百度参り

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 昼間は大人たちを手伝い、夜になれば社へ向かう。  なつは、それを繰り返していた。  取り出しては仕舞うことを幾度となく重ねたせいか、小さな貝殻は割れてしまい、なつの指を突きさす。  ぷっくりと膨らむ血がぽたりと石畳の上に落ち、月明かりの下で赤黒い染みを作る。血を流す指を口へ含むと、なんともいえぬ味が咥内に広がった。  なつが入口まで返り、ふたたび戻ってきた時。石の上に落ちていたはずの血が消えており、首をかしげる。  自分の手はじくじくと痛み、まだじわりと血が滲んでいる。  垂れてしまったと思ったけれど、暗くてよく見えなかっただけで、あれは血の跡ではなかったのだろうか。  並べた貝殻を回収し、なつは家に戻る。  東の山際が明るくなり始めており、急がなければ仕事に間に合わない。  本来は家族の中で行う仕事を、なつは手伝わせてもらっているのだ。  父子ふたりの家族であることは知られており、その父親が臥せっていることも知られている。お情けで働かせてもらっている身で、不義理はできない。  その家の女の子が――、なつと同じぐらいの女の子が、こざっぱりとした季節に合った衣を着て母親の足に縋りついているところを見ていると、ふつふつと得体の知れない何かに襲われる気もするけれど。  ――それでも、おとうちゃんが元気になれば、きっと。  百度参りを始めてから、父は少し元気になったような気がするのだ。  臥せってばかりいたけれど、身体を起こして、なつと話ができるようになっている。  売り物にするには小さく、もう捨ててしまうしかないような貝を駄賃代わりに貰うことも多く、それを使って汁物を作るのだが、父はそれだって食べられるようになってきた。  なつ、うまいなあ。  柔らかく笑う父の顔が嬉しくて、なつは一日中、働きつづけるのだ。
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