百度参り

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 空が白み始めたころ、通りがかった男は、社で倒れている少女を見つけた。  周囲には砕けた貝が散らばり、手足は血が滲んでいる。  ――ああ、ついに連れていかれちまったのか。  男は息を落とした。  大丈夫、平気、どうってことない。  青白い顔で懸命に言い張る少女を大人たちは遠巻きにながめ、けれど死なない程度には目をやった。  仕事を与え、食料を分けた。  貧乏なのは、少女の家だけではない。臥せっていた父親が還らぬ人となったのはたしかに気の毒ではあるけれど、自身の家族が第一だ。少女を受け入れる余裕のある家族は、この界隈にはいなかった。  ――おじさん、百を数えるにはどうすればいい?  そう訊ねられたとき、少女にも馴染みがあるものを使うことを教えたし、折に触れて渡している様々な貝殻を使えば容易だろうとも思っていた。  百度参りを想像しなかったわけではない。  けれど、小さな女の子に続けられるわけがないと、みな思っていたのだ。  彼岸の社。  群生する彼岸花が血のように紅く咲き誇ることから、そんなふうに呼ばれている。  いつしか、願掛けの対象を彼岸へ連れていくと噂になり、死した人の数だけ花が増えるとも囁かれるようになった。  あの赤は、血を吸った証なのだ、と。  誰かが少女を呪ったのか。  少女自身が己に呪を掛けたのか。  それを知っているのは、社の神のみ。
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