恋心

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恋心

あの時、もしも、あなたの手を離してなかったら私は今でも彼と居られたのだろうか。 あれっきり、恋をしていない。 あれから何年経っているだろう。 30歳の誕生日を迎えようとしている今現在の私はデスクに向かったまま、缶コーヒーを口にし、はーぁと息を吐く。 「もう、こんな時間だ…」と呟くように口にした。 再び、手に持ったままの缶コーヒーを口にする。 「もう少し、頑張るか…」 そんな時だった。 「あれ?まだ、いたの?」 声がした。 振り返り、「柄井先輩!」と立ち上がる。 「まだ、仕事してたの?」 「はい」 私は、立ったままだった。 「あっ、ごめんね!邪魔してしまって」 私は慌てて「いや、そんなことないですよ、柄井先輩こそ、こんな時間までお疲れ様です」と言った。 柄井先輩は、高校が同じでサークルが同じテニス部だった。 就職先が同じと知ったのは、就職してから3ヶ月経とうとしていた頃である。 同じ部署だったこともあり、私を気にかけてくれているようだった。 「いいよ、気にしなくて。座ってやって」 「…すいません…」 そして、座った。 再び、デスクに向かい、パソコン業務を行った。 静かになり出す空気。 それでも、私は、仕事に集中した。 しかし、少しすると、 「ねえ、そう言えばさ…」 柄井先輩は口を開く。 パソコンと向き合ったまま、文字を打っているとその手は自然と止まった。 「彼とは…もう…」 「…なんか、ごめんね…」 気まずい空気が漂い始める。 「…いいえ、全然!いつも気にかけていただいてありがとうございます」 私は、止まった手を動かす。 また、静かな空気が流れる。 パソコンを打つ音。柄井先輩のコーヒーをすする音。 「はーぁ…やっと、終わった!」 背伸びをする私。 そこに、「終わった?」とドアから入ってくる柄井先輩。 両手にカップを貰っている。 私に近づいて来てから、右手に持ってたカップを「はい」と渡す。 「ありがとうございます」 私はそれを受け取り、「頂きます」とコーヒーを口にした。 こんな、誰かにコーヒーを淹れて貰うなんて久し振りと思っていると、「俺、久々にコーヒー淹れたわ」と柄井先輩は言った。 「ねえ、飲みにでも行かない?」 「え?」 「なんか、予定あったりする?」 「…いや…」 「じゃあ、行こう!」 微笑みながら言う柄井先輩に私は反論出来なかった。 暗くなった空の下を歩く。 なぜか、高校の時の話で少し盛り上がりながらも「長瀬も…」と彼の名前が出る。 「…」 私の足は止まる。 「…あっ…ごめん…なんか…」 「…あっ、いや、全然…もう…10年以上経ってますし…ねえ!」 気まずい。 「…ねえ、聞いてもいい?」 「え?」 「…よりを戻そうとか思わなかったの?長瀬と」 「…うーん…どうでしょ!」 夜の空気は冷たく、電灯さえ、きれいに見える。 「ここ!」 柄井先輩は足を止め、指を差していた。 「…あっ…」 柄井先輩は、お店のドアをカランと開ける。 「ファストレディー」と私の背中を押すように入る。 中に入ると、カランと閉まった。 彼は、誘導するように、私を中へと連れていく。 「…」 目の前を見て足が止まる。 「…楓くん…」 足が止まる。 彼も止まっている。 「…どうしてここに?」 「…あ…え…ーと…」 戸惑っている私に、「俺が誘ったんだよ!」と口を開く。 「え?」 彼も戸惑っている。 しかし、気まずい。 「…久し振りだな!元気だったか!」 「…あっ…え…久し振りだね…まあまあかな…」 「…そうか…」 間が空く。気まずい。 「何を話したら…」とそんなことを思っていると、 「…会えてよかった…」 「え?」 彼は「あっ」というように目を私の目から外す。 「こいつね、ずっと、会いたかったんだよ、別れたと言っても相原に!」 「…」 少し下を向いた感じの私は彼を見る。 「…まあ、取り敢えず、座ろうか」 柄井先輩は言う。 「…あっ、はい…」 私達は取り敢えず、座る。 「何、飲む?お腹、空いてるよね?」 柄井先輩はリードしてくれている。 「…あっ…えーと…コーヒー…」 「食べないの?」 「…あっ…うーん…」 メニューを開いてくれた。 メニューを見て、私は、「これにします」と指を指す。 顔を上げると、目の前に座ってるのは彼だった。 「…」 「…」 「…柄井先輩は…」 「…なんか…トイレって…」 「…そうか…」 まるで、最初の頃と同じで私は少し笑いそうになる。 「…なんか…最初の時もこんな感じだったよね」 「え?」 「…柄井先輩がさ、私達を連れてきたのに、なんか、急に二人だけにされて…」 「あー、そうだったな…」 何故か、笑えた。彼も微笑ましい顔をしていた。 そして、注文したコーヒーが来た。 そのコーヒーを一口口に含ませる。 その時、私は、ふと思った。 私は…あの時、落し物をしたんだ! 恋心というものを。 あなたを思う気持ちを。
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