春の会隷

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~春の会~  〈花桜視点〉  私、『田村伊 花桜』は四月から私の通う高校、『五位鷺大学付属高等学校』で晴れて二年生に進級した。  友人とクラスが別れたりもしたが彼氏とは相変わらず仲が良いし、四月に行ったテストは相変わらず赤点ばっかだし、特に一年の時と代わり映えのしない平凡な日常。  ――いや。一つだけ、大きな変化がある。  それは――私が所属する写真部で、私が副部長になったこと。一年生の時に幾つか応募した写真コンテストの中で、一つだけ入賞したからだと思ったが、よく考えればそもそも部員が同級生に二人しかいないから絶対的に部長か副部長になれるのだと気がついた。  けれど昔から愛していた写真のクラブで副部長という地位を手に入れられたので、過程はともあれ満足している。  ――そして栄えある我が部長は誰なのか。  それは――  「やっほー!澪ちゃん!」  クラブ室の代わりの理科室で、私は扉を開けながら…つまりは扉の奥に誰がいるか判らない状況の中、それでも私は確信を持って元気よく叫ぶ。  すると案の定磨りガラスの扉の先の理科室には、赤眼鏡の奥に凛とした黒い瞳、ショートカットのサラサラ黒髪。そして両頬には怖い印象を持たせる吊目を調和させるソバカスのある、美人という言葉が似合う顔の整った少女が少々気だるそうにこちらを見ていた。  『真鶴 澪』。  生徒会書記係であり学年成績上位の彼女は写真部の部長も勤めている、まさに優秀の塊だ。  そしてそんな優秀な澪ちゃんは鋭い視線を私に向けながら、私に向けて挨拶…ではない言葉を放つ。  「煩い。扉は静かに開けて。何度言えばわかるの?あと左手のスマートフォンの電源は切りなさい。五秒以内に切らないと、校則違反で没収するわよ。」 「う、はーい……」  やや冷たい口調の少女は、これでもマイルドに話してくれている方で、彼女の言葉はこの一年で大分ましになっている。  初めて会った時は平手打ちとは比べられ無い、恐らく機関銃より痛いというか殺傷能力の高い言葉ばかり投げ掛けてくる澪ちゃんが、これほどマイルドになったのは喜ぶべき変化……なんだけど、そのお陰で私は欲深くなった。挨拶を返してほしくなったのだ。その上やっほーと言ってくれたら最高に嬉しい。  私はそんな澪ちゃんの様子を想像してから、いつも通り、一番前に姿勢正しく座る澪ちゃんの左隣の丸椅子に座って、澪ちゃんに懇願する。  「ねーえー、一回で良いから、澪ちゃんも挨拶…やっほーって返してよ~!」 「何でよ」 「だって、やっほーって帰ってきたら嬉しいじゃん!」 「やまびこ?やだ。バカらしい。」 「ええ~!」  駄目だった。これ以上言っても逆効果だろうから、ここはおとなしく引き下がるろう。  澪ちゃんはふんっと鼻を鳴らして私に向けていた視線を外し、右手にもつ手のひらサイズの本に目を向けた。  「あ、この前も読んでたよね。面白い、それ?」 「……まあね。というか、本が好きだから、これが面白いってうよりは、本を読むのが面白いって感じかな」 「へえ……」  私にはよくわからない感覚ではあるが、柔らかく笑う澪ちゃんに感化されたのか、初めて私は本を自分から読んでみたいと思った。
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