To Paulownia

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 その国は伝統工芸によって栄えていた。  美しく複雑な彫刻が施されるそれは家具や額縁などの需要もあったが、中でも装飾品としての人気が特に高かった。  職人達は出来の良い伝統工芸を身に付けることで自らの腕前を披露した、衣装による広告である。  だから腕の良い職人ほど沢山の装飾品を身につけていた。  そんな国だからだろうか、不思議な伝統も存在していた。 『故人が生前に身に付けていた装飾を身に付けると来世も出逢える』  ロマンチックな言い伝えにまつわる話である。  とある猛暑の昼下がり、著名な職人が亡くなった。彼は国でも有数の伝統工芸の職人であり、好色漢としても有名だった。妻も妾も二桁はいたんじゃないだろうか。  そこで問題が発生した。  伝統に沿った形見分けの問題である。  開放的で涼しい風の通り抜ける広い屋敷の一部屋に多くの寡婦が集まっていた。  職人の遺書にはこう書かれていた。 『私の身に付けたものは全て私の女に』 豪奢な葬儀を終え、人心地がついた頃に伝えられた遺書の内容は女たちの悲しみを吹き飛ばすのには十分だった。  来世を信じる者から装飾品を売って富を築きたい者までさまざまな思惑が飛び交った。  女たちは形見分けの相談のために目をぎらつかせている、その様子を葬儀の手伝いに来た私は端で見ていた。  葬儀の後とは思えぬ殺伐とした空気の中、外へ行く女を見かけて慌てて声をかける。頭を覆った黒いケープの隙間から覗く薄紫色の髪を見て、彼女が妾の1人だったと分かった。 「形見分けには、加わらないのですか?」 急ぎ足だった女は立ち止まり振り返った。  凛とした瞳が私を射抜き、穏やかな声音が私の鼓膜に響いた。 「高名な職人の形見は私には過ぎたものです、彼にもらった指輪があれば構いませんから」 彼女があまりに毅然としているものだから 「それは、寂しくはないのですか」 興味が先行して思わず聞いてしまった。  先刻まで涙を湛えていただろう彼女の瞳が伏せられる。 「今までと大して変わりません、それに」 そういうと、彼女は愛おしそうに指輪を見つめた。 「この指輪に思い出が詰まっていますから」 ああ、彼女はきっと彼の隣にいる時間よりも彼を見つめている時間の方が長かったのだろうと感ぜられた。  彼女は会釈をしてその場から去っていった。  風の噂で聞いた話、あの薄紫の髪の女性は若い頃は職人の弟子だったらしい。しかし、生家の没落のせいで裕福な職人のもとへ嫁いだと、正妻になることを望まれたが地位の低い生まれでは叶わなかったと。  きっと彼女は職人の身に付けていた美しい装飾品を手に入れられないだろう、伝統になぞらえれば来世は職人に会えないかもしれない。    でも、それでいいのかもしれない。  私は、遺書に使われていた便箋が彼女の髪色と同じ薄紫色であったことを言うべきか迷っていた。
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