いじわる。

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

いじわる。

リビングに、キーボードを打つ無機質な音が響いていた。 せっかくの週末の夜なのに、隣に座った男は持ち帰った仕事を片付けるのに忙しそうだった。 仕事だから仕方ないのは分かる。 分かるけど、面白くない。 俺は、さっきコンビニで買って来たお菓子の箱に手を伸ばした。 子どもじみてるとは思うけど、意地の悪い悪戯心には勝てなかった。 「ん、」 口に細長いチョコレート菓子を咥えて差し出すと、振り向いたその人は、 案の定、ほんの少しだけ顔をしかめた。 俺の年上の恋人、浅科さんは甘い物が苦手だ。 そんな事は百も承知で、俺はわざと口に咥えたお菓子をゆらゆらと揺らして見せた。 まるで猫じゃらしをちらつかせる様に。 「…恵、…お前な、……」 低く呟いて、微かに眉間に皺を寄せたかと思うと、そのまま整った顔がグッと近づく。 サク、サク、サク、 軽い音とともに、一口ごとに距離が縮まる。 僅かにお互いの唇が触れた瞬間、浅科さんがその顔を離した。 間髪入れずに、無言でマグカップのコーヒーを煽る姿が妙に可笑しくて、俺は思わず吹き出した。 甘い物がそんなに嫌いなのに、俺が差し出した物なら口にするんだ そう思うと尚更可笑しくて、肩を揺らして笑っていたら不意にうなじに手を添えられた。 「なに、」 何すんの?と聞こうとした言葉は、温かい感触に遮られた。 食む様に重なってくる唇。 そのままリードされるのが悔しくて、やり返す様に甘噛みすると、微かに吐息が零れた。 「コーヒーの味がする」 「……お前は甘いな」 「なら、もういらない?」 その言葉に、浅科さんは困った様な呆れた様な顔をして、そっとパソコンを閉じた。 三回目の口付けは甘くて、深くて、俺は隙間が満たされていくのを噛み締めながら、夜の始まりに目を閉じた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!