いじわる。

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いじわる。

リビングに、キーボードを打つ無機質な音が響いていた。 せっかくの週末の夜なのに、隣に座った男は持ち帰った仕事を片付けるのに忙しそうだった。 仕事だから仕方ないのは分かる。 分かるけど、面白くない。 俺は、さっきコンビニで買って来たお菓子の箱に手を伸ばした。 子どもじみてるとは思うけど、意地の悪い悪戯心には勝てなかった。 「ん、」 口に細長いチョコレート菓子を咥えて差し出すと、振り向いたその人は、 案の定、ほんの少しだけ顔をしかめた。 俺の年上の恋人、浅科さんは甘い物が苦手だ。 そんな事は百も承知で、俺はわざと口に咥えたお菓子をゆらゆらと揺らして見せた。 まるで猫じゃらしをちらつかせる様に。 「…恵、…お前な、……」 低く呟いて、微かに眉間に皺を寄せたかと思うと、そのまま整った顔がグッと近づく。 サク、サク、サク、 軽い音とともに、一口ごとに距離が縮まる。 僅かにお互いの唇が触れた瞬間、浅科さんがその顔を離した。 間髪入れずに、無言でマグカップのコーヒーを煽る姿が妙に可笑しくて、俺は思わず吹き出した。 甘い物がそんなに嫌いなのに、俺が差し出した物なら口にするんだ そう思うと尚更可笑しくて、肩を揺らして笑っていたら不意にうなじに手を添えられた。 「なに、」 何すんの?と聞こうとした言葉は、温かい感触に遮られた。 食む様に重なってくる唇。 そのままリードされるのが悔しくて、やり返す様に甘噛みすると、微かに吐息が零れた。 「コーヒーの味がする」 「……お前は甘いな」 「なら、もういらない?」 その言葉に、浅科さんは困った様な呆れた様な顔をして、そっとパソコンを閉じた。 三回目の口付けは甘くて、深くて、俺は隙間が満たされていくのを噛み締めながら、夜の始まりに目を閉じた。
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