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そのまま少し行くと、三上の進む方角にライトが点いていくのが分かった。振り返れば、点いていたライトが次々と消え、後方は暗闇に呑まれている。
どういった仕組みなのか、センサーでもついているのかと、不思議な思いで空を眺め走っていると、少年に髪を引っ張られた。
「イテ、何?」
「危ないぞ」
「え?」
踏み出した先にはぽっかりと穴が空いており、三上は真っ逆さまに暗い穴へと落ちていってしまった。
「う、嘘だろ!?」
大きく底の見えない深い穴だ。落下の速度によって、離れてしまいそうな少年に手を伸ばし、三上は少年の体を抱き抱えた。
パラシュートも、バンジージャンプのように命綱もない、ただただ奈落の底に落ちていく状況に、助かる方法なんて見いだせない。どうしたらこの状況が好転するのか、三上はパニックになりながらも、とにかく片腕を伸ばして、土壁に触れようとするが、いくらもがいてもそれすら叶わない。
「くっそ、」
三上は地面の見えない足元を見つめ、三上はごくりと唾を飲み込むと、決心して背中を下に向けた。上を向いても真っ暗で、もう自分達がどこから落ちたのか分からなかった。
せめて少年だけでも助かる事を願って、三上は少年の体を、頭を抱えた。自分が下敷きになれば、少年だけでも助かるかもしれない。
「どうした?」
「だ、大丈夫だからな…!」
大丈夫、そう繰り返して、震える手で小さな体を抱きしめる三上に、少年はその意味が分かったのか目を丸くした。やがて少年はそっと頬を緩めると、その温もりに顔を埋めた。
「やはり、君は温かいな」
ポソリと少年が呟いたかと思うと、ポンと何かが弾ける音がした。それと同時に、背中が何かに包まれた気がして、三上は驚いて目を開けた。体の下に、弾力のある、ふわふわな手触りの大きなクッションのような物が突然現れた。そのお陰か、落下速度も緩やかになった。一体何が起きたのかと三上が困惑していると、三上の腹の上に乗ったまま、少年が腰に手を当て、ドヤッとふんぞり返った。
「もしかして、これ、君の…?」
「うむ!小生の尻尾だ!小生にも、まだこれくらいの事は出来るぞ!」
「そ、そうなんだ…助かった」
よく見ると、大きなクッションの一部と少年の腰元が繋がっている、どうやら尻尾だけを巨大化させているようだ。
ありがとうと礼を述べたが、理解し難い状況に混乱は続く。そもそも不思議なのは、少年に限った事ではない。
目を開けた時から、全てがおかしい。ここはどこで、自分はどこからやって来たのか。
思い出せない、思い出せない事が良いのか悪いのか、三上はそれすら判断が出来なくなっていた。
ゆっくりと少年の尻尾に乗って降りていくと、だんだんと周囲の様子が変わっていった。奈落の底の方は、ランタンのような灯りがポツポツと浮かんでおり、ただの土壁だと思われたそこには、無数のドアがぐるりと二人を囲んでいた。
ふわ、と空気の抵抗を受けながら、底についた。三上が少年を抱えながら尻尾から降りると、少年の尻尾は普通のサイズに戻っていった。
灯りの届く範囲しか見えないが、手を伸ばしても届かないであろう場所にもドアがあり、ネズミしか出入り出来ないような小さなドアもある。空を見上げると、道の上の灯りはもう見えず、暗闇に遮られてしまっていた。ここは、それほど深い穴だと知る。少年の尻尾が無かったら自分達はどうなっていたか、改めて考えればゾッとする。
「君のおかげだよ、本当」
改めて礼を言えば、少年は照れくさそうに三上の体に抱きついた。三上は、ぽんぽんとその背中を撫でながら、小さく息を吐いて空を仰ぐ。
命は助かったが、脱力していられない。
「…どっかのドアから出られるのかな」
試しに目の前のドアを開けようとするが、鍵が掛かっているようで開かなかった。少年も三上の体から降り、二人は手分けして手の届く範囲、手当たり次第開けてみるが、どのドアも開く事はなかった。
「ダメだな…」
「おや、このドアは開いたぞ」
少年が、小さなドアを開けた。三十センチ程のドアだ。
「そこが開いたって通れないんじゃないか?」
「あぁ、だが見てくれ、ボールがあったぞ!」
「ボール?」
そのドアの中は、まるで専用の収納箱のように、ボールが一つだけ収められていた。
白いボールを手に、少年が瞳を輝かせながら三上にそれを渡す。バレーボールだった。
「ボールがなんでここに…」
覚えのある感触に、そうだ、バレーボールをやっていたと唐突に思い出す。それと同時に、脳裏にある人物が過った。
「どうした?」
「…なんでもないよ」
だが、三上の脳裏に過った人物はすぐに影となり、霞のように三上の中から消えてしまった。
ポケットにしまった誰かの懐中時計が、少しだけ熱を持った気がする。
ずっと、誰かの背を追いかけていた。バレーはなかなか上達しなかったけれど、その人と共に過ごす時間は楽しかった。あれは、誰だったろう。
「やや!あれは鍵ではないか?」
少年の声にハッとして顔を上げると、先程までランタンしかなかった空に、風船が浮いているのに気づいた。風船の紐には、少年が言ったように鍵がくくられていた。
「ボールを当てれば、鍵が落ちてくるかもしれないぞ!」
「えぇ?当たるかな…」
早く早く、と少年に服を引っ張られ、三上は、分かった分かったと、ボールを構えた。そのままトスを上げるように、オーバーハンドでボールを空にトン、と弾いた。
ふと、三上の視界に、見えない筈の天井が見えた。側にはバレーのネット、体勢を崩しながらどうにか上げたトス、信じて繋いだボール。ボールの行く先を倒れ込みながら目で追いかけると、視界に人影が映る。キレイなフォーム、絶対的な安心感。誰もが決めてくれると信じられる、皆のエース。
俺だけのヒーローだったのに。
あれは、誰だった。
トン、とボールに当たった鍵は跳ね上がり、風船から離れて落ちてきた。少年が鍵を拾う傍ら、手に落ちてきたボールは霞のように消えてしまった。
「見てくれ!鍵が判子みたいだ!これならどのドアか分かるぞ!さっき、変な鍵穴のドアがあったんだ」
嬉々として駆ける少年の背中を、三上はぼんやりと見つめる。
一体、自分は何を忘れているのか、どうして思い出せないのか。
少年が向かったドアは、地面に近い普通のサイズのドアだった。
鍵の模様とドアの鍵穴の模様を合わせるように重ねると、カチャと鍵の開く音がした。
「開いた!さぁ、先へ進もう!」
少年の声に、三上は我に返り頷いた。今は何より、この世界から出る事が先決だ。
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