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2.眞比呂
男気があって曲がったことが嫌いな、しかし要領が悪く、生徒にも同僚にも好かれる、学生時代に柔道で鍛えた身体が眩しい後輩、里村伊吹。
硬派なイケメンと人は彼を呼ぶ。
この里村の本心(らしきもの)を聞いた時、俺はにわかには信じられなかった。
こういうタイプは所謂勝ち組というやつで、ゲイやトランスジェンダーなど認識しない世界で生きているのだと思っていた。
なのに。
「名波先生、恋人は…いらっしゃいますか」
いきなりそう聞かれた時は面食らった。
「なんだ、いきなり」
「もし今、お一人でしたら、お願いがあるんですが」
このパターンは、名波先生のことを好きな生徒から頼まれて…とかそういうやつだ。俺は困ったように笑うしかなかった。
「お願い?」
「お……お付き合いを…」
里村は言葉を濁した。やはり誰かに仲介を頼まれて、断れず実直に請け負ったのだろう。最後が聞き取れず、聞き返した。
「?誰に頼まれたんだ?うちのクラスの島崎か…C組の笠井か?まさか宮澤先生だったら、悪いけど俺は…」
最近、ふたりの女子生徒と保険医から交際を申し込まれていた。一人ずつ丁重に断ったはずだが。
「違います、誰にも頼まれていません」
「何?」
「僕と…お付き合い、して頂きたいんです」
全身の毛穴から汗が吹き出した。
そんなに物欲しそうな目で、俺は里村を見ていたのだろうか。
最初に感じたのは自分自身への後悔だった。
実は、里村はどちゃくそタイプだ。
密かに目で追っていたのを気付かれたかと肝が冷えた。
ゲイであることは誰にもカムしていない。
しかしそうではなかった。
里村は真っ赤な顔をして両手を強く握りしめ、しどろもどろに告白した。
「す、すみません、気持ち悪いですよね…でも、言うだけ言わせてください。俺、自分でもなんでこんなこと言っているのか…」
「さ…里村、お前…」
「いいんです、俺、気持ちを伝えられただけで十分です、すみません、忘れてくださいっ」
実直すぎる里村はくるりと背を向け、俺から逃げ出した。
「待て!」
俺は、自分より10cmは背の高い里村の腕を掴んだ。その逞しさに、不覚にも心臓が跳ね上がる。
「ちょっと待て!話を聞け!」
「すみません!すみま……」
俺は渾身の力で涙目の里村を押さえ込んだ。
泣くほど本気なのか?
「すみません言ってないでこっちを向け!本気か?」
「すみません、ごめんなさい!」
「どうして謝る?お前、もし俺が嫌じゃないと言ったら…どうするんだ」
「…え?」
里村は切長の目を目一杯開いて、ぴたりと止まった。
勢いだけで言ってしまった。変な汗が止まらない。
「名波先生…っ」
「…………」
自分で聞いておいて、言葉が出ない。と、いきなり里村の野太い腕に抱きしめられた。あまりの強さで息ができない。
「里村…」
「俺のき…聞き間違いですか」
「違わない」
俺は普段より縮こまった里村の大柄な身体を壁に押し付けた。
そして言った。
「これは2人だけの秘密だ」
俺はガチガチに固まった里村に、触れるだけのキスをした。
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