【 第10話: 家に帰りたい 】

1/1
前へ
/14ページ
次へ

【 第10話: 家に帰りたい 】

 この部屋に落ちた日は、『2011年11月2日 水曜日』。  その日から、もう1ヶ月ほど経っていた。  私は、夕食を持ってきてくれたお兄ちゃんに、この日、思い切ってこう話をしてみた。 「お兄ちゃん、私の足はいつ治るの……?」 「骨はね、くっつくのに半年はかかるんだ。だから、まだ安静にしておかなくちゃいけないよ」 「でも、もう随分良くなってきたと思うんだけど……」  すると、お兄ちゃんは、また急に怖い顔を見せた。 「何を言ってるんだ! 君は医学のことを何も分かっちゃいない! 骨はすぐには再生されないんだよ!」 「で、でも、早くお家に帰りたいの……」  お兄ちゃんは、座っていたベッドからスクッと立ち上がると、更に怖い顔で私を(にら)みつけ、こう口を開いた。 「真帆、君はもう二度とお家には帰れないんだ! 一生ここで暮らすんだ。僕とね……」  私は、それ以上何も言い返せなかった。  涙さえ、出てこなかった。  それが、幼かった私でも、絶望的な言葉だったということは理解できていたから。 「さあ、食事は終わったね。いつもの痛み止めを飲むんだ」  お兄ちゃんはそう言うと、いつも通り2錠の痛み止めを私にくれた。  でも、この日私は、この痛み止めの薬を1つだけ飲もうと決めていた。  それは、足の痛みが少し治まってきていたこともあるが、この薬を飲むとすぐに眠くなってしまうから、2つ飲んだふりをして、1つだけ飲もうと思っていた。  2つの薬の内、1つを中指と薬指の間に挟み、1つだけ口の中へ入れた。  その様子をお兄ちゃんも見ている。  私は、お水と一緒にゴクリと飲んだ。  そして、その指の間に挟んでおいた1つの薬を、こっそりとベッドのマットの間に差し込み、隠した。  バレていないか……。  お兄ちゃんは、私の様子をじっと見ている。  いつもより、眠くならない……。  でも、お兄ちゃんに怪しまれないように、いつも通り眠い表情を見せて、ベッドに横になった……。  それからのことは、もう全て……、忘れてしまいたかった……。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

44人が本棚に入れています
本棚に追加