ばち

2/5
前へ
/42ページ
次へ
「あ、レモンの砂糖漬け」 部屋の置くにある小さな冷蔵庫を開き、拓海はそれを取り出す。 「もうすぐ夏だねぇ...一つ食べる? 夏になると信也さん作っておいてくれるんだよ。夏バテ予防? スタッフへの心配り」 そう言うと仄の丼に一つ乗せてやると拓海はレモンにかぶりつく。隣に座ると仄も手を合わせた。 「...いただきます」 レモンに口をつけると甘さのあとに独特の酸味が走る。 「美味しい」 「聞きづらいこと聞くけどさ」 拓海が豚丼を頬張りながら続ける。 「仄ちゃんのその手って」 豚肉を一枚挟んだ箸が指の力が抜け、 器に落ちた。 「やっぱ..痛いの?」 「.......ん?」 振り向くと拓海がちらりと常に着けている 手袋を見た。 「いや、あんまり痛いようなら瓶運び 辛いんじゃないかと」 「あの...」 困惑した表情で丼を両手で持っている仄を 見て、拓海は首を傾げた。 「あれ、子供の頃 火事にあって その後遺症で素手じゃ触れないって」 「それ、誰に聞きました?」 「ん?店長。多分店長は麻実ちゃんから」 「....。」 「え、違うの?」 「..いえ..」 麻実には何も話していない。 それでもずっと、手袋を着けている理由も聞かず、助けてくれてる。 仄は思わず微笑んだ。 「麻実に感謝しなきゃ」 「友達は大事にしなきゃだね。 ここも麻実ちゃんの紹介なんでしょ?」 頷くと拓海はもう食べ終わって、お茶を飲んでいる。 「いい子だよね。この店潰さないようにって、社長にかけあったのも麻実ちゃんらしいよ。 信也さん、麻実ちゃんのお願い断れないし。板長と麻実ちゃんぐらいじゃない、信也さんが言うこと聞くの」 笑って拓海がそう言うと勢いよく襖が開いた。 「いつまで食ってんだ」 信也が眉間に皺を寄せて立っている。 「拓海が戻らねぇと板さん食えねぇだろ」 「あ、すいません。すぐ!」 慌てて立ち上がると拓海は 聞かれたな と苦笑いした。 「仄ちゃんは食べてからでいいよ。 瓶の話、いつでも手伝うから言って」 「ほう、  じゃあ今度から拓海にも雑用頼むわ」 腕を組んで信也がそう言うと、拓海は飛ぶように厨房に戻っていった。 「....何だ」 仄が首を振ると、信也は目を細め、 鼻で笑った。 「さっさと食え 新人」 そう言うと戻っていく。 小さく溜め息をつく。目の前には豚丼。 食えと言われても...まだ半分以上残ってはいるがもうお腹は膨れてる。 普段から少食の仄には食べ盛りの男と同じ量なんてとても食べきれない。 もしかしたら三食分になるかも... 「どうしよう」 思わず声にすると板さんが入ってきた。 「お、いたな」
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加