ばち

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そう言った時だった。思わず睨み付けた瞬間、勢いよく襖が開いて腕を引っ張った。 乱暴に座敷に放り投げられ、襖が勢いよく閉じた。 「全く、最近の若いもんは達が悪い」 テーブルを挟み、TVを見ながら丼を食べているのは板さんだった。 これ以上無いほど不機嫌な顔で、男の前に立っているのは2m超えのがたいのよい板前。 しかも段差で更に大きく見える。それが腕を組んで上から睨みつけてきた。 男は一瞬たじろいで、後ずさりをしたが 「何だよ、オレは客だぞ」 そう言っても、ただ睨んでいるだけなので男はいきり立った。 「親もいねぇ家もいねぇって奴に飯食わして稼げるようにしてやったんだ、感謝されて当たり前だろ。 体売ってでも恩返ししろよ、なぁ舞! あんたらもあんな価値のねぇ女 雇って後で絶対後悔するからな」 信也は黙って男を見下ろした。 「聞いてんのか!出てこいよ舞!」 叫び声が大きくなって、他の座敷から客やスタッフの視線が集まる。 連れの女が慌てて男の腕を引いた。 「わかったから、もう行くよ」 「慰謝料取りに来るからな!    今度は逃がさねえぞ!」 大声でわめき散らしながら腕を引かれ男は店の外へ出た。 大きなため息。 「拓海 塩くれ」 「どうぞ」 言われる前から準備していたのか信也が手を広げるとすぐに塩の入った壺を渡される。 それに左手を突っ込む。 店の入り口まで行き、引き戸を引くと狙いを定め、拳に握り固めた白い塊を思いっきり ぶん投げた。 ギャアギャア とまだ騒いでいた男の頭に 見事直撃する。     「二度と来るな」 そう言うと戸を閉めた。 振り返り、何事も無かったかのように厨房に戻ろうとするとカウンターの板長と目があった。 「...手は出してないっス。          投げた塩がたまたま」 「当てたのか?」 信也は観念したかのように はい と答えた。 板長は にやり と笑って 「よくやった」 つられて信也も笑ってしまいそうになり顔を背けた。
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