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父親
仄が平政で働き出して、早くも1ヶ月が経とうとしていた。
その日は朝からずっと雨で、送り梅雨の恵みが これでもか と降り注いでいた。
そんな日は酒瓶も一本ずつ丁寧に拭いて冷蔵庫にしまわなければならず、いつもよりも時間がかかる。
空瓶も外へ出した後ビニールシートを被せ紐で縛る、いつもなら洗い物をする時間だったが幸いと言って良いのか天気のせいで客足は少なげだった。
一通り作業を終え、厨房に入ると信也と茉莉が何か話していたようだ。
仄と目が合うと茉莉はきつく睨み付け厨房を出ていった。
「....?」
首を傾げると信也の大きな溜め息。
呆然と茉莉の出ていった先と信也を交互に見ると信也は目を細め、頭を掻いた。
イライラしている時の信也の癖だ。
「何 突っ立ってる」
「あ、はい」
返事をしてトイレ掃除に向かう。
今日はお客さんが少ないので洗い物も少ない。そんな時はひたすら掃除だ。
トイレの個室を掃除中誰かが入ってきた。
入り口に背を向け、慌てて掃除用具を片付けていると蛇口を捻る音がした。
いざ出ようと振り向いた瞬間、目の前にあったのはバケツ。顔めがけて水が飛んできた。
水の圧力を感じ目を閉じる。
雫が垂れ、目を開くと入り口のドアが閉まる音。呆然と走り去る足音を見送った。
床が水浸しになり、溜め息をつく。
仄は一度目を伏せるとモップを取り出した。
CLUBの店長が来店したあの日以来、フロア
スタッフの中でも若い人達が自分を見て
ひそひそ 話しているのを仄は知っていた。
時々、嫌みのようなものが飛んでくることもある。
ロッカーのネームプレートに「舞ちゃん」と書かれたりもした。
晶と優子が怒ってくれたけど、嫌がらせは日に日に増えていった。
でも...と仄は思う。
今はいい。昔はこんな嫌がらせも出来ない程怖がられてたんだから。
化け物って逃げられたり、目を合わせないよう避けられたりするより、ずっといい。
理由はなんとなく、わかっているし。
なんとか水を拭き取り、掃除道具をしまうとロッカールームに走った。
ロッカーがあるのは休憩室の座敷を襖で半分に仕切った所、厨房の東だった。
「仄ちゃんどうした」
厨房に戻ろうとしていた拓海と出くわした。
上半身ずぶ濡れの仄に拓海が目を丸くする。
「トイレでこけた」
それだけ言って部屋に入ると自分のロッカーの前で手際よく着替えた。
「聞いた? 仄の噂」
優子の声だ。休憩中なのだろうか
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