父親

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リビングで固定電話をかけている硯を横目に仄は台所に入っていった。 髪を結い、腕まくりするとエプロンを首にかける。 ちょうどお風呂から上がったのか 祠が肩に掛けたタオルで髪を拭きながら歩いてきた。 「あれ、仄さんもう大丈夫なの?」 冷蔵庫からコーラを取り出すと喉を鳴らしてそれを飲み干す。 「平気」 背が越しに答えて玉子を割る。 祠はそれを覗き込んで呆れたように言った。 「また玉子焼き?」 「.....。」 祠の問いには答えずに作り置きしていた出汁を計りながらそれに加える。       「仄ちゃん」 台所を覗き込み硯が声をかけるが仄は答えない。 「駄目だよ、今 卵 焼いてるから」 祠が代わりに振り向いて答えると硯は肩を 下ろして、また受話器に耳を当てた。 卵を焼き始めると仄は夢中になりすぎて 周りの音が耳に入らない。 集中しすぎも考えものだ。 そう思いながら祠は溜め息をついた。 「すっかり職人だよね」 正面に真剣な背中を見据える。 テーブルに座ってその姿を見つめていると、隣に硯が腰かけた。 長兄は座るなり大きな溜め息をついた。 「毎日食べる方も大変だけど...何かあった?」 兄の表情に首を捻る。 「いや、高木(たかぎ)が心配してた」 「(まこと)さん?」  高木 真  硯の大学時代の友人の彼女は国際弁護士をしている。以前仄が水商売の店を辞める際たまたま日本にいたため、力になって貰った。仄の服やら何やらも買う際にもNYで世話になった人物だ。 話の途中で二人の向かい側に仄が焼きたての玉子焼きをテーブルに置いて座った。 「体調は?」 硯が聞くと仄は頷いて答えた。 まだ意識は湯気の上げた玉子焼きにあるようだ。 箸で一切れ切って口に入れる。 仕上がりに納得出来ないのか、仄は首を捻って口元に拳を当てた。        「仄」 硯のいつもとは違う呼び方に顔を上げる。 「バイト、どうする」 「やる」 真剣な顔をしてそう聞く硯に驚きながらも仄は即答。何事も無かったかのように答えた。 「平気、ちゃんとやる」 硯は目を閉じ、大きく溜め息をついた。 「やりたいならやればいい」 いつもとは雰囲気の違う硯に戸惑ったが仄はその言葉に ほっ と息をついた。 「ただし、忘れるな。 お前のこと心底心配してる奴等がいること」 目を見開く。硯は怒っているんだと気がついた。 「些細なことでも必ず誰かに相談する事。 一人で抱え込むな。いいな」 仄は呆然としながらうなずいた。 「...あと、あの店長の事だけど高木に 頼んで脅しかけて貰うから。もう近づいて こないとは思うが気をつけるように。 教えてくれればそれなりに手を打てることもあるんだよ。」 「...ごめんなさい」 仄は素直に頭を下げた。 まさか叱られるとは思わなかった。 自分の事をしてくれるなんて思っても みなかった。
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