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ひらまさ
細い路地、コンクリートは敷かれていたが
店が近付くにつれそれは土色に変わる。
所々でたんぼぽが咲いている竹垣がズラリと並ぶその一画はどこか時代を感じさせない懐かしさがあった。
立てば2mの巨人が店の裏口に腰掛け、何やら作業している。
「ちゃんと許してもらったんだろな」
歩いてきた仄に顔も上げずにそう言うと、仄は硯に貰った紙を信也の顔に突きつけた。
「これで文句無いでしょう」
信也は紙を見てから立ち上がり、腰を伸ばした。
髪をしっかり結い上げ、服も着替えている仄に小さく溜め息をついて、足元に置かれた
さやえんどう の山を指差した。
「すじむき」
早速の指令に、信也が座っていた場所に腰掛けそれに手を伸ばすと大きな手が頭の上に乗った。
「...よくやった」
小さな声が降ってきて信也は厨房に入っていった。
呆然とそれを見送ると昨日と同じように激が飛ぶ。
「手」
「はい」
「それ終わったら酒」
仄は慌ててすじむきを始めた。
酒瓶・空ビン運びが終わると細身の中年の
男性が声をかけた。
店長の小林と名乗ると挨拶を済ませ、店の中を一通り見せながら説明してくれた。
元々『平政』は板長である平 義政の店であり、
その味に惚れ込んだ麻実の父が経営援助と
いう形でやっている店なのだそうだ。
三年前、平が舌癌になり、味覚の一部を失った。店を閉めることを考えていた平に、名前も店の方針も全て平のやり方で残すことを約束し、教育の場としてスタッフも手配しているのだとか。現在フロアスタッフは店長あわせて11人。
板長と信也以外は麻実の父の会社のスタッフだそうだ。
「因みに八城さんは平政側の新人だから、
お給料はあっちから貰う。」
「はぁ...」
ややこしいことはともかく、信也が直属の
上司というのは変わらないようだ。
そういう信也は次板。つまりは副料理長。
板長の右腕であり、料理の味付けを任されている。
他に板前は二人いるが、元々の平政の味を出すには信也が欠かせないのだという。
店の構造はシンプルだ。上から見て、長方形の真ん中をくりぬいたようにカウンターと
厨房があり、両端に4つずつ座敷。
元は小さい座敷が8つだったようで、真ん中を襖で仕切ることも出来るという。
そのうち奥座敷のひとつをスタッフの休憩場所とロッカールームに分けていた。
さやえんどうの筋剥き以外は昨日と同じ、
ひたすら洗い物と掃除で一日が終わり、少しの間 信也の下ごしらえを見る。
店を閉め、信也がバイクを押してくると
ぽいっ と仄にヘルメットを投げた。
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