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「さっさと乗れ 新人」
自転車にも乗った事の無かった仄がバイクに乗った事があるわけもなく、恐る恐るそれに股がると前に座った信也が腕を引いた。
慌てて手を振り払おうとする仄の腕を
信也は力ずくで前に引くと自分の腰に巻き付けた。
「ちゃんと掴まれ、落ちるぞ」
ぎこちなく信也の腰を挟んで、自分の手を握る。
「おい」
呼ばれて顔を上げるとしっかりヘルメットの紐を締められて
「返事」
緊張しながら小さく返事をすると信也は前を向いて びびりすぎだろ と口元で笑った。
エンジン音と共に少しの振動。
信也が足を放すと グン とバイクが走り出す。
自転車とは違い、どんどん スピードが上がり風が体を包み込んだ。
仄は ぎゅっ と腕に力を込める。
路上の景色が尾を引くように通りすぎた。
歩きで一時間近くかかる道のりが あっ という間に終わり、家に停まる。
「下りろ」
信也の声で手を放し、慌ててバイクを降りた。顔を上げると信也がヘルメットを指差し、そのまま掌を返して人指し指を
クイクイ と倒した。
ヘルメットを返せ ということらしい。
きつく締められたのでなかなかベルトが外れない。
「...ったく」
世話の焼ける と言いたげに信也は手を伸ばし、それを外した。
そのままヘルメットを片手で鷲掴みにすると仄が座っていた座席を上げ荷物の中に押し込んだ。
「じゃあな」
無愛想にそう言うとバイクを傾ける。
「あ、ありがとうございました」
慌ててそう言うと、ちらり と仄を見て
行ってしまった。
緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが出て
溜め息をついた。
振り向くと玄関の戸を開け、仙寺が顔を出す
「お、帰って来た」
その下から祠も顔を出し
おかえり を言った。
思わず顔がほころんで ただいま を言う。
待ってくれている人がいる。
それはとても幸せなことだと思った。
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