信也の玉子焼き

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信也の玉子焼き

次の日、目が覚めるとそこは自分の部屋だった。 窓から光が差し込んで部屋を照らす。 朝日..というよりすっかり日が上って しまったようだ。熱をおびた眩しい程の光に目を擦る。 よく見ると平政の制服のまま、髪も結った まま寝てしまって、 ボサボサ だった。 ぼーっ とする頭を押さえ、なんとか立ち上がりシャワーを浴びる。 リビングに行くと誰もいない。 そうか、今日 月曜日だった。 珍しく仙寺も祠もいないので妙な気分だ。 ...変なの。 自分で自分の思っていることに文句を言う。 ここに来てまだ2ヶ月程度なのに。 まるでずっとここにいたような、変な感覚になっていた。 あの日の出来事を忘れたわけではないのに。 父さんと暮らしたあの部屋を、生活を、 忘れたわけじゃないのに... テーブルの上には仙寺が作ったであろう朝食 と一枚のメモ。 「ちゃんと食え..か」 声に出して読むとコーヒーを煎れにいった。 昨日、あれからどうしたのか記憶が全く無い 仙は怒ってたかな... 先日の怒った仙寺の顔が頭に浮かび、小さくため息をつく。 信也さんには迷惑をかけてしまったし.. 自分の行いが急に恥ずかしく思えた。 手で顔を覆う。 どんな顔で明日から会えばいいのか.. 深いため息。 落ち込むこと5分。ふと、 そういえば 麻実の番号登録しなきゃ  不意に思い出しスマホを探した。 鞄の中、部屋やリビングも順に探して見つからずに頭を捻る。 最後に見たのは確か...平政で呑んだ時。 仄は朝食という名の昼食もとらずに家を出た。 徒歩一時間の道のりを小走りで歩ききり、 平政の裏口に着く。 確かスマホを持って外に出たはず.. 誰もいない店のドアに手をあて、 辺りを見回す。 入り口横にある水場の回りに、空瓶の入った箱と壁との隙間。 膝をついて奥まで見えるように姿勢を低くすると突然裏口のドアが開いた。 鈍い音と共に頭頂部に痛み。 「...何してる」 思わず頭を押さえると降ってきたのは信也の声だった。 顔を上げると、私服の信也が訝しげに 見下ろしている。 「携帯を..」 今日は定休日。なぜここに信也がいるのか 呆然と見つめる仄に あぁ と呟いて、 一度ドアを締めた。 立ち上がり、膝をはたいているとすぐにドアが開き ぽいっ と信也が投げてよこした。 「そこに落ちてた」 そう言う信也は黒いTシャツにジーンズ姿。 いつもの板前の格好より、年相応に若く 見える。 スマホの電源が入ることを確認すると  ほっ と息をついた。 「ありがとうございました」 「二日酔いしてないみたいだな」 あんだけ酔っておいて とつけ足して信也は調理台に向かうと包丁を握った。 「昨日は...その」 急に恥ずかしくなって口ごもると信也は 仄を ちらり と見た。 「タクシーのシート代お前払えよ」 「は?」 「思いっきり吐いてたからな」 「うそっ?!」 顔を真っ赤にして口を押さえると、信也は顔を背けた。 肩を小刻みに震わせながら、笑いを 堪えている。━━━━━━━ だまされた!
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