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一.
二人の若い男女が、山深い渓流の川岸にて、少し距離を空けてそれぞれに黙々と釣りに勤しんでいた。
秋風が少し肌寒く、紅く色付く前の木立をざわざわと揺らし、その葉音と川のせせらぎだけが響く心地の良い森閑であった、が、
「なぁ、知ってるか」
針先に全く何も手応えが無いままに、餌だけが水流に飲まれていく苛立ちの表情を浮かべた女が、針を引き上げ不意に口を開いた。
「なんですか」
「ニジマスってのは鮭の仲間なんだそうだ」
「そうなんですか?全然似てませんし、大きさも生態も違うじゃないですか」
さほど興味も無さげに男は竿先をじっと見詰めたまま答える。
「それは日本という、ニジマス本来の生息地では無いがゆえに、完全体になったニジマスの姿があまり知られていないからだろう。あいつらは最終的には種類にもよるが鮭と同様に一メートルとかになるんだからな」
「え?ニジマスって日本の魚じゃないんですか?いつでもどこでも釣り放題みたいなイメージありますけど……っと、なんだ、葉っぱか……」
重量感のある手応えに一気に竿を引き上げた男だったが、糸の先にぶら下がっていたのは大量の枝葉が絡まった焦げ茶色の塊であった。
「おいー、徹くぅーん?真面目にやってくれるか?今日はそのニジマスを釣りに来てるんだぞ?日本の生態系を密かに乱していると、一部の専門家の間で問題視されたりされなかったりしている外来種を、我々がいち早く駆除して回ろうという試みなんだからな。葉っぱも同じゴミ掃除かも知れんが、まずはちゃんと狙ったものを釣り上げてくれよ」
「ゴミって、表現が悪いですよ、まだ特定外来生物には指定されてないんでしょ?それに遊佐木先生だってさっきから葉っぱどころか何一つとして引っかかりもしてないじゃないですか」
「うるさいな、こういう偶然性の高い狩猟方法をそう都合良くコントロールできるか。もしくは場所が悪いのか?というかそもそも日本在住のニジマスってのはどこに棲息してるんだ?いつでもどこでも釣り放題な感じで放流されまくってるなら、こんな渓流に来ればいくらでも釣れると思ってたんだが」
言いながら遊佐木は、手元に手繰り寄せた針に、ピンセットで挟んだ何かを必死に取り付けている。
「あの、それ、何付けてるんですか?」
遊佐木が自分の釣り餌とは異なるものを使っていることに気付いた徹は、いったん竿を置き遊佐木の方へ歩み寄りながら尋ねた。
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