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落とし物
クリスマスのイルミネーションのライトアップまで、あと数分。学校帰りに、駅の点灯式が見たくなって、二駅先の都心まで出てきた。本当は塾に行かなきゃいけなかったけど、今日はなんとなく行きたくなかった。受験まであと二ヶ月という時に、そんなことを言っている場合ではない事くらい、わかってる。それでもなんだか、勉強に身が入らなかった。親は、将来のために大学を出ろと言う。友達もみんな、大学進学を目指してる。だから、僕も流れで、受験する。大して興味もないけど、地元の大学の理学部。理学部行って、将来何になりたいとか、今はまだ考えてない。点灯式のステージの上で、市長がカウントダウンを始める。
「十!九!八!七!…」
あと二ヶ月で、大体の将来が決まる。周りにはたくさんのイルミネーション目当ての人が来ていた。みんな、僕と違って秋から冬にかけたファッションをしている。
「…三!二!一!」
辺り一面のイルミネーションにパッと光がともる。綺麗だなぁと思いながら、ライトアップされるところを見れて満足したので、帰ることにする。周りのカメラを構えた人達の写真に、なるべく写らないようにしながら。学校帰りでジャージ姿だったし、場違い感でちょっと体を小さくさせて、そそくさと駅のホームに向かう。周りには、サラリーマンが多くいた。ふと、考える。社会に出てる人はみんなすごい。やりたいことをやって結果を出してる人はもっとすごい。僕は、社会の歯車になるしか能がないだろうから。きっとこれからも、大学に受かっても、周りに流され続けて就職したりするんだろう。そして流れで交際した人と適当に結婚して、子供が出来て、歳をとっていくんだろう。
『そんなのは嫌だ』
と心のどこかの僕が言う。黙れ、と言ってそれを無視する。
小さい頃は何になりたかったっけ。確か、小学校に入る前までは、戦隊モノのアニメの中のブルーになりたかったんだ。小学校の時は、先生に憧れて教師になりたくて、中学に上がってからはゲームが好きで、ゲーマーになりたかった。高校に入ってからは、軽音部で音楽に目覚めて、その道を行きたいと思ってた。でも、誰一人として賛成してくれる人はいなかった。だから、みんなが作る流れに乗って、これからも、流されて生きていこうと思ってる。
『それは生きているって言えるの?』
と、またどこかで僕が言う。黙れ、と言って、その考えを振り払う。僕はこのまま、流されて生きていくんだ。そうしていた方が、「普通の人」として生きていられる。
『普通って何?』
心の中の僕が言う。普通って…普通は普通だろ。大学行って、就職して、家庭持って、歳をとっていく。それが普通だろ。
「三番ホームに電車が参ります、黄色い線の内側までお下がりください。」
駅のアナウンスが流れる。並んでいた所とは反対側に電車が停まる。なんとなく、乗る予定の電車ではなかったけど、目的地と反対に進む電車に乗ってみる。
「ドアが閉まります、ご注意ください」
と車内に流れた後、ドアが閉まる。
『ねぇ、普通って何。』
座席に座って落ち着いたところで、もう一度僕が問う。答える間もなく
『中卒や高卒で働いている人は普通じゃないの?』
とまた僕が問う。それは普通だ、普通に働いているじゃないか。
『さっき言ってた定義と違うよ、普通って何。』
普通って…。逃げるように、視線を窓の外に移して、ぼーっと眺める。知らない景色が次々に移り変わる。普通って…
考えている間に、僕は深い眠りについた。どれぐらい眠っただろう。
「お客様、終点ですよ、起きてください。」
目が覚めると、知らない駅に着いていて、駅員さんが僕を起こそうとしていた。
「あっ、すみません、すぐ降ります。」
そう言って、急いで電車を降りる。知らない駅だ。時間は、いつもなら塾が終わるくらいの時間。そろそろ、帰らなきゃ。家方面の電車を調べて、そちらのホームに移動する。ふと、これが普通なんじゃないか?と思う。目的地に向かって、敷かれたレールの上を走る。それが、普通なんじゃないか、と。そうなると、さっきまでの僕はなんだ?目的もなく、ただ反対方向の電車に乗って。あれが、普通じゃない状態じゃないのか?
「ドアが閉まります、ご注意ください。」
家に向かう電車が、そう言ってドアを閉める。じゃあ、今の僕はなんだ?敷かれたレールの上を走っている。逃げられない、出られない、電車の中だから。
『普通って、苦しそうだな。』
そう、心の中の僕が言う。苦しいかもしれないけど、みんなそうやって動くじゃないか。
『本当に、そのままでいいの?』
このままでいい、と即答する。
『じゃあ、なんでイルミネーションなんて見に行ったの?』
流石は僕だ…、痛いところをついてくる。
『普通、が嫌だったんじゃないの。流されるままが嫌だったんじゃないの。』
そう言われて、考え直す。でも、みんなそうじゃないか。みんな、どこかで社会の歯車なんだ。流されなきゃ、みんなから嫌われる。
『みんなって、誰?』
みんなは…ほら、みんなだよ。でも…、あれ、僕は何を怖がっているんだ?大して興味もない理学部に行くのは、誰のため?誰に嫌われるのが嫌でそうしているんだ?
いつから、夢という言葉を使わなくなったんだろう。どこに僕は夢を落としてきたんだろう。
『ねぇ、本当に、このままでいい?』
もう一度、僕が問う。嫌だ、今度はそう答える。
『なんで?』
なんでって、だって、僕は…音楽が、好きだから。食べていけるだけの才能はないと思ってる。けど、僕は音楽が好きなんだ。片手間じゃなく、本気で音楽をやりたい。
『これから、どうするの?』
それは…決まってる。
「次は〜〇〇駅〜〇〇駅〜」
そうしている間に、最寄り駅に着く。駅から家まで、なんとなく、走って帰る。
「ただいま!」
ドアを勢いよく開けて言う。
「おかえり、ご飯食べるから手を洗っておいで。」
母さんがキッチンからチラッと顔だけ出してそういう。手を洗って、リビングに行くと、父さんが先にいた。ちょっとして、母さんがメインの料理を持ってくる。
「さぁさ、お待たせしました、食べましょ。」
「あ、待って。」
父さんと母さんが箸を持つ手を止める。
「あのね、父さん、母さん。聞いて欲しい話があるんだ。僕は…
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