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12
玄関を出ると、彼女がいた。
肩胛骨の辺りまで届く黒髪が艶やかに光っている。
たった今、俺の後ろで自動で閉った扉の音に、こころなしか彼女の背中が震えた気がした。
母屋の電子鍵と違って、アナログキーで扉を閉めてる彼女を堪能した。
あの後ろ姿は、俺が背後から抱きすくめたら、もう一度震えるのだろうか…
戸締まりをした彼女が振り向き、笑顔で俺に挨拶をする。
まともに顔を見るのは久し振りだ。
己の鼓動が若干早くなった気がする。
だが、その顔が気に入らない。
先刻耳にした翔瑠の鼻歌、
今、目の前で笑っている彼女、
昨夜抱き合ってキスをしていた2人…それらが相まって、俺の中でドス黒い感情が湧き上がる。
ささやかな庭の樹木を寝床に、鳥達がさえずっている。鳥だって朝の挨拶を交わしてるのに、俺は彼女の挨拶に応えないまま近付いた。
彼女の暖かそうな手袋とコートの間に覗く、細い手首を見た途端、体が先に暴走し彼女を力強く捉えた。
同時にコントロールしなければと思う葛藤で、我知らず低い声が出た。
「随分ご機嫌だね?」
誤魔化そうとする彼女が、一段と笑みを深くする。間近で作られるその顔にカチンときた。
「止めろ!その嘘くさい笑顔!」
俺が放った大声で、鳥達が一斉に朝の空に飛び立った。
カチャン
彼女が握っていたキーが落ちた。
強く手首を握り締め過ぎたせいか、
彼女が俺の激昂に驚いたせいか、
静謐な朝の空気の中で、俺の感情だけが煮えたぎっている。
余りに冷静な彼女を見つめていると、焦りから、絶対聞くまいと思っていた言葉が滑り出た。
「アイツはヨかった?」
俺を睨み付けた彼女は、ふぅと一息つきながら背を曲げる。その際、拘束していた手首が離れる。
「もう止めましょうよ。そういうの」
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