34人が本棚に入れています
本棚に追加
それが一転したのは、数ヶ月前。
久し振りに彼女と姿勢と所作のトレーニングが一緒の時間になった。
互いにソロで売れ始めてからは、意識的に距離を置いた。
事務所からの指示だった。
いつまでも弟キャラを演じないで、今後はそのイメージを払拭し幅を広げる。
僕達はどこまでいっても操り人形…と腐る気持ちが時々生じる。
それを打ち消すのはファンからの応援の声。
『今までと全然違った演技で驚きました』
『悪役も似合うね』
『初めての舞台頑張って!』
等。
「美希さん!」
「翔琉さん…」
「あれ?顔色悪いけど、大丈夫?」
その日、美希さんは明らかに元気がなかった。
美希さんは僕と違い、本名の佐竹美希から採った『美希』という芸名で活動していた。
僕は近付いて、彼女の額に手を置いた。熱はない。
「…平気」
「体調悪かったら今日休んだら?先生まだ来てないし」
「体じゃなくて…一昨日、伯母の四十九日行って少し気持ちが落ちてるの…かな」
美希さんは髪をかきあげ笑顔を作る。
そうだった。
訃報を聞いて僕も葬儀に駆けつけようと思ったが、通夜も本葬も外せない仕事が入っていた。
かきあげて止まったままの手首を取り、
「ああ、まだ全然辛いよね…無理しないで」
彼女の顔を覗き込む様に労った。
僕は耳にタコって位彼女から、伯母さんがどんなに素晴らしいか、どんなにお世話になったか、慈愛に満ちてるか聞かされいた。
楽屋で郷里の話が出ると必ず最後は、伯母さんの容体を案じる悲しい顔つきに彼女がなるので、自然としなくなったのだ。
途端に覇気のない瞳になる。
この切り替えの早さは、彼女の武器の一つだ。
「有り難う…」
「あ~僕も付き合いたい」
彼女の気分転換あるいは癒される何かに、僕もトレーニングを休んで付き合ってあげたい、という意味だった。
最初のコメントを投稿しよう!