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井川愛子が、故郷に帰って行った。
彼女は、地震による津波で家も家族も失った。
そのショックから失声症になったそうだ。
荻野医院に、通院していた93歳のおばあさんがいた。品が良くていつもオシャレをして、お化粧もしてとても綺麗なおばあさんだ。颯も彼女をよくおぶって彼女の家まで送り届けた。
偶然にもその彼女の曾孫が、愛子だった。偶然の再会だったらしい。
愛子が突然声がでるようになった翌日、彼女は亡くなった。
愛子は色々思う所があって、故郷に帰ったのだった。
颯は、愛子はとても苦労していたと分かっていても、一輝の目の前からいなくなったので嬉しかった。
これで、親友としてだけど一緒に居られる。
”僕を見てくれるよね?一輝。”
一輝は、愛子がいなくなってから、受験勉強を今まで以上にするようになって行った。
颯が、一緒に部屋にいても机に向かったままだった。
けれど、それでも颯は傍にいるだけで幸せだったので気にしなかった。
欲を言えば、颯を見て一緒にもっと喋ってほしかった。
颯は、一輝の家にも毎日何時間でもいた。今まで以上に一輝から離れれなくなっていったのだった。
だが、それは突然終わりを迎えた。
学校の教室で、一輝は颯に真剣な顔をして言った。
「俺さ、今まで何となく診療所継ごうと思ってた。でも、愛子に会って、考え方が変わったと言うか、このままじゃダメだなって思ったんだ。
愛子は今必死に自分と向き合って、自分の家族、広江さんの思いを受け止めて必死に生きようとしてるんだ。広江さんがね、愛子に言ったんだ。″流れゆく時代をあなたの故郷で沢山過ごして下さい。そして長生きしてください。″って。
俺の故郷は、この街で、この街や人が大好きだ。だからこの街の人が、1人でも多く、″長く流れゆく時代″を過ごせる手伝いがしたい。この街の人が病気や怪我をしたら治療して治してあげたい。辛いことがあるなら一緒に寄り添いたい、そんな医者になって、父さんの診療所を継ぎたいんだ。」
颯は、驚いたように目を見開いていた。
「それに俺は愛子が好きだから、次会う時に恥ずかしくない生き方をしておこうと思った。それで、もう一度、好きだと言いたい。」
一輝は、優しく笑う。
「だから、暫く家には来ないでくれ。今は勉強に集中したいんだ。ごめんな?」
颯は、俯き、涙が零れ落ちそうになるのを堪える。
「愛子、愛子って。親友でずっと一緒にいた僕より愛子を取るんだ?」
「颯?何言ってんだ?愛子だけの為じゃないって言ってるだろ?」
「僕がどんな気持ちでいるか知りもしないで、、、一輝なんかもう知らない。勝手にしろよ。」
"僕がどれだけ一輝の事が、好きなのか分かりもしないくせに。どれだけ、苦しくても、一輝が好きで好きで堪らなくて、、、"
颯は、俯いたまま立ち上がり、教室を出ていった。
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