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―移し身の白狼―
全島浮上時の大きさが、かなりのものなので、もしかすると未明のうちに到着してしまうかもしれない、という懸念もあったのだが、思いもよらない発見が先だった。
水竜の島だと聞いていたのに、透虹石の狼セイエンに似た白い狼が、しかも3頭、海を泳いでいたのだ。
ライネスは、船長として、最初の接触を図り、叩き起こしたジュールズに、彼らが並んで乗れる浮遊板を作らせて、人の体の3倍はあるかと思われる彼らと、目線を合わせることに成功した。
彼らは、旧知のレイネムの姿を見て、驚き、そして何より、大きな息を吐いて緊張を解いてくれたようだった。
「なんとまあ、移し身とは、そのようなことになっていたとは、思いもよらなかった」
この白い狼たちは、水竜ボールトーガたち、それぞれの意思で動くように設定付けられた動物で、呼吸の必要が無いなど、生物ではないという違いはあるが、見た目だけなら、セイエンに似ていた。
「真っ先にお前に会えてよかった。その者、風の騎士か」
「ああ。今は、強い騎士は彩石騎士と言うのだ。積もる話はあるが、まず聞かせてくれ。お前たちがその姿で、ここまで来たということは、時間の余裕が無いということか。今すぐ、朝を待たずに動かねばならないほどに」
「いや。時間の余裕は無いが、朝を待たなかったのは、待つ意味がないからだ。始まりの地に行くのに、暁月の明かりも必要はないからな」
「そうか。それならよかった。だが、人に余計な不安を与えないためには、明るいうちの接触を試みた方がいいかもな。もし今後、何かあれば」
「覚えておく。それで、お前がここに居るのは、偶然ではないと思っていいんだな」
「うむ。カサルシエラの術を確かめに行くところだった。お前たち、術の効力切れの相談に来るところだったか」
「いかにも。我らは静かに過ごしたいのだ。できれば、人とは、会いたくない」
「そうか。分かった。では、このまま、この船を進めていいか。対処を行うにしても、まずは調べなければならないし、そのためには、この船ごと、乗っている人々も必要となるから」
「うむ、承知した。サリーナ、キリ、お前たちは?」
「選択の余地はなさそうだ」
「承知する。でも、色々と聞きたいところ」
「うむ。それでは、引き返そう。案内が必要か?」
「ああ、頼む。この船が島に乗り上げないように」
「承知。では」
邪魔をしないようにと黙っていたジュールズが、3頭が背を向ける前に、急いで声を上げた。
「あ、待って待って。板をふたつに分けるからさ、1頭はライネスに進路を指示してやって、あと2頭は、現状の説明をして欲しい。休む必要が無いなら」
「お。うむ。では、キリ、案内を頼む」
「おう。ライネス、どこで指示したらいい?」
「んじゃ、キリ?のとこ、分けるな」
ライネスとキリは、操船の都合と陸地の位置を確認して、どこに船を進めるか決め、停船しやすい速度だったバルタ クィナールは、通常速度での航行を再開した。
ジュールズは、船の窪となっている中央の緑地付近に白い狼2頭、通称をゼンとサリーナとする彼らを誘い、船の外側に浮遊板を固定した。
その頃には、異変に気付いた透虹石の獣たちが集まってきて、共に休んでいたデュッカ、カリ、セラム、ステュウ、アニース、マルクト、ヘイン、ファルセット、キド、そして、同室ではなかったが、ガフォーリルと共に来たムトなど、人々もいくらか、集まってきた。
「多いな。セラム、ステュウ、アニースは戻ってくれ。フエルシス、遠境警衛隊は最小限でいい。騎士班は戻って休め。話は、朝に。コルトも戻れ、ゲイル、悪いが、残ってくれ」
ムトが、いくらか人々を選んで残し、あと、2時間かそこら、すっかり目は覚めてしまったかもしれないが、部屋に戻るよう指示した。
ゼンとサリーナは、小さくはなっているが、旧知の鳥獣が多く居ることに、安心を深めたらしく、自分たちの白い狼を浮遊板の上で伏せさせた。
「ああ、お前たち、居たのだな…」
ゼンに応えて、レイネムが言った。
「最近まで眠っていたのだ。運なのか、定めなのか知らないが、とにかく、幸いだった。四色(しそく)の者が、居ることもな」
「アルトリーデ…!?が、いや、違う、のか…」
「うん。彼女の裔だ。それで、あと、どのくらい、時間はある」
「はっきりとは言えないが、数日ではないだろう。もしかして、1年以上か。だが、気付いたのでな、行動しようと決めた。今、始まりの地は、どうなっているのだ。大陸は、人が増えたのではないかと、思っているが」
「うん。少し前に、アルシュファイドの外に出たが、かなり多いな。原初の人々の裔も、残っている。記憶はないが、記録はあるようでな、今は、ミナが1人で、それらを確認している」
「ミナ…?」
「今代の四色の者だ。そこの風の宮公、デュッカの、女の連れ合いだ」
「そうか。今代の番は風なのか。風のみやこうとは、なんだ」
「風の騎士、リックの裔だ。土と風と水と火の騎士たちは、一部が、四の宮公となって、役目を継いでいる。宮は、ほれ、大きな家さ。そのほかは、彩石騎士として、今も双王を支えているのだ」
「そう、か…」
「それで、カサルシエラだが、今はどうなっている」
「うむ。定位置の海域にあって、一週間で浮沈の循環を繰り返している。零の月だけ、10日間、全島浮上だ。必要なら、浮沈を停止して、我らが移動させるが、余人に気付かれたくないのだ。もう、悪意に歪む人の顔を見たくない。命を奪いたくない」
「ゼン」
セイエンが、身軽に跳び上がって、ゼンの白い狼に顔を寄せた。
「だいじょうぶ。きっと、だいじょうぶ」
そのとき、肩に乗るラーマヤーガの求めに応じて、キドがゼンに近付いた。
「ゼニーリスカイ。それでも、少し、勇気を持つ必要がある。人々と関わらずに、この先を進めはしない。僕も、そう思うの。カサルシエラの守護者は、もっとずっと、強い心が、必要」
サリーナが言った。
「独りではない、ゼン。私たちもいる」
「ふう、む…」
シュティンベルクが、デュッカの肩の上で言った。
「なに、そう、深刻になることはない。ミナはちょっと、アルトリーデと違うからな」
「うん?」
どういうことかと、ゼンは首を傾げ、セイエンが、声の無い息を、軽く震わせた。
「ふふっ!それは、あるね!」
「僕、もう、キリュウのとこに戻る、キド」
ラーマヤーガが、あっさりそう言って、キドは戸惑いながらも、ムトを探して振り返った。
「あ、ああ、じゃあ…、ムト、」
「ああ、キリュウが不安がるかもしれないしな、戻ってくれ」
後に残る者たちを見て、ムトはジュールズを見た。
「ジュールズ。適当に腰掛けでも作れ。俺のでは、邪魔になる」
「んあ?んー、まあ、いいけど、俺様、なんか、いいように使われてるような」
「あ、ジュールズ、俺たちの、机も付けてくださいよ、そっちの方が書きやすい」
ファルセットの要求に、ジュールズは、ちょっと汗が出る。
なんで、自分はこんなに扱いが低いのか。
「おま、おま、従者の自覚ありますか?」
「おー、俺は、体でかいんだからよ、ちゃんと合わせてくれよな!」
「ふっざけんな、カルメル、自分で作れっ!」
「あ、私は立ってますので、お気遣い無く」
「いや、ニーニ、そこは甘えてくれ、頼む」
「いっそのこと、彩石鳥のに机も付けてくれたらいいですよね」
「レッドよ…お前も言うようにって、キサは?」
「そこまで鈍感じゃないですが、寝てるみたいです」
「そうかよ、あとで八つ当たりしよっと」
そんな会話がある一方で、カリが、そっと、2頭の白い狼に近付いた。
「わたくし、水の宮を預かっています、カリ・エネ・ユヅリですわ。カリと呼んでください。あなたたちのことは、どのように呼びましょうか」
「移し身で失礼する、ゼニーリスカイ、ゼンと呼んでくれ」
「私はヴェルサリーナ。ゼンとキリはサリーナと呼ぶけれど、急いでもいないなら、そのまま呼んで欲しい」
「分かりましたわ、ゼン、ヴェルサリーナ。水の力で、お役に立てることがあれば、なんなりと」
「心強い、カリ」
ヴェルサリーナの言葉に、ゼンも頷く。
「それならば、嬉しいわ」
カリが、にっこり笑って答え、それから、ヘインの自己紹介など、しばらく、名乗り合って、バルタ クィナールの暴露甲板は、賑やかになった。
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