調査2日目、活動

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       ―活動Ⅱ 青の島の再上陸―    ただの散歩だと言ったけれど、移し身の白狼で、キリが付いて来てくれた。 ミナたちは、水狼(すいろう)デュッセルデルトに案内を頼み、デュッカの作った浮遊艇で、(ふち)の狭い水場を高めの上空から見下ろしつつ通り過ぎて、深い森の手前の草原(くさはら)に降り立った。 この草原(くさはら)は、端から見たときの境界部分が、人の目に視認できる程度の幅で、帯のように延びて、奥の森を囲むように続いており、そちらの終わりは視認できなかった。 ミナは、通り過ぎた水場に戻って、草原(くさはら)(がわ)から、その奥を覗き込み、なかの動物と目を合わせて、はっと息を呑んだ。 思わず身を引いたけれど、相手は、じっと見ているので、そのまま少し、観察してみた。 人の姿とは、言えないけれど、それはとても人の顔に似た造作をした動物で、頭部の毛は、髪と呼んで良さそうだし、ひらひらと水に漂う、(ひれ)のようなものがありはするけれど、腕の先にあるのは、指の分かれた手に見えるし、胴の下は、()(にく)くはあるが、2本の足であるように見えた。 「声が聞こえるかな。こんにちは」 言うと、相手は、ゆっくりと浮上して、顔を水平にして空気中に出し、やはり(ひれ)のようなものがある耳らしき体の部位までを、水上に出した。 「今、なんと言ったの」 「こんにちはって、挨拶したの」 「ふうん。こんにちは。今頃は、おはようと言うかと思ったわ」 「あっ!そっ、そうだね!おはようの方が良かったね!」 「まあ、いいけど。四色の者。あなたね、ミナ・イエヤ・ハイデル」 そう言うと、相手は、水上に体の大部分を出した。 水の中にある一部は、(ひれ)のようで、ゆらゆらと水中で揺らめいている。 「私は水竜エンディケのセイネーリェ。透虹石の者たちと仲良くしてくれているようね。ありがとう」 「そっ!そんな!こちらこそ!仲良くしてもらっているの!」 「ふうん」 「セイネーリェ!リュカはどうしたの!」 ミナの横まで、素早く移動した桃色の彩石(えん)を見て、セイネーリェは目を細めた。 「ん。ラーマヤーガ。(さる)?誰か判らないわね。リュカはどっか行っちゃったわ。人どもを見てくると言っていたけれど、さあ、臆病だから、遠くから覗いているのでしょう」 「チェーリッシよ!桃色のチェーリッシ!」 チェーリッシが遅れて、彩石(えん)の頭の上に乗った。 「(さざき)。の、チェーリッシか。桃色…ああ、あの、軟らかい()。ちょっと(ちが)わない?」 「桃色は、花の色だからよ!」 「桃…の()の花?ということ?花は見たことがないわ」 「綺麗よ!桜よりも濃いの!」 「ふうん。桜。なんとなく覚えているわ。なるほど、確かに、濃い気がするわ」 その時、激しい水音とともに、水中から飛び上がった影があった。 「セイネーリェ!」 髪の長いセイネーリェに対して、短い髪の、少年…青年と言うには、少し若い印象の、似た動物…たぶん、水竜エンディケだ。 両者とも、身長は15歳のユクトやラフィやカチェット程度には、ありそうだったが、その輪郭は、肉付きが薄く、人であれば現れているはずの性別の違いがない。 「リュカ。(さざき)は、桃色のチェーリッシですって。紫のは?」 声を掛けられて、紫の彩石(ろう)が進み出た。 「メリダよー。ほかのエンディケはどうしたのー?」 「その辺りに()るわよ。私たち、なかなか終わりが来ないみたい。退屈だし、アルシュファイドに行ってみようかしら」 「いいんじゃないー?ねえ、ミナー、一緒に連れてってもいいでしょー?」 「え?うーん。成人…成体なら、いいんじゃないかな?あっ、でも、船の客室が足りるかは、分かんない」 「平気よー、自分で行けるものー。そうでしょおー」 「まあね。メリクリオは?一緒に来てるんでしょ?」 「メリクリオはー、ウラルと一緒なのー」 「ウラル」 「かわいい子ー」 「やさしい子!」 「やわらかい!」 「きゅうってなるのー」 「きゅうってしたい!」 「きゅってしてやる!」 いつの間にか会話に交ざっているのは、水色の彩石(すい)()を操るシークェンセスだ。 そこから置いて行かれて、ぽかんと口を開けるリュカに、ミナが話し掛けた。 「あの、エンディケのリュカ?私、彩石判定師のミナ・イエヤ・ハイデルです。えっと…おはよう」 よろしくと、言うのが自然な気がしたし、そうしたかったけれど、同時に、図々しいかという気もしたので、朝の挨拶をしてみた。 「あっ!あのっ…、…っ!…なに、名前、勝手に、知ってんだ!」 途中から、理解した状況への対応を確定したらしく、大きな声で怒りを表す。 ごめんなさいと、急いで謝ろうとすると、鋭い叱責が聞こえた。 「リュカ!私が教えたのに決まってる!文句があるなら私に言いな!」 きちんと教えられた覚えはないが、名を出したこと自体、セイネーリェは、自分で責を負う気持ちがあったのだと、ミナは、その心の有様(ありよう)に、驚き、感動に体の中心が震えた。 弱い者には、けして持てない、どんな小さなことにも、覚悟を持つ、その意志。 なんて、高潔なんだろう。 ほかの誰にも、この澄み切った(こころざし)は、感じたことがない。 セイネーリェは、少し心配するような顔で、ミナを見る。 「いきなり怒鳴って、ごめんなさい。リュカは、臆病すぎて、時々、反応が、ひとつひとつで過剰なのよ。ラーマヤーガほどには、気を付けなくていいけど、ちょこっとだけ、寛容になってあげて欲しい」 「あっ!うん!大丈夫だよ!ありがとう。謝ってくれて。気持ちが落ち着く」 「そ?」 セイネーリェは、ちょっと笑って見せてから、怖い顔をリュカに向けた。 「ほら、」 くい、と(あご)を動かして、行動を促し、リュカは、ミナを見て、いきなり怒鳴ってごめんと、言うと、頭をきちんと下げて、顔を上げた。 ミナは、かわいいなあと思いながら、ううん、大丈夫と、笑って、歩み寄りながら、両手を差し出した。 誘われるように近付いたリュカは、その手を取って、軽く握られ、握り返した。 「あ、あの、おはよう…」 「うん!これから、なにかとよろしくね!」 「あ、う、うん…」 おどおどと、視線を下に向けて、さ迷わせる様子が、またかわいい。 自分より、はるかに長く生きているはずなのに、ブドーを思い出して、笑ってしまう。 「それであなたたち、何をしに来たの。調査のようには見えないわね」 セイネーリェに聞かれて、ミナは、そちらに向き直った。 「あっ、うん!調査ではないね。ちょっと、環境に慣れようと思って、歩いてるの。こうして見ると、各島には、それぞれの特徴がありそうだね」 「そうね。形が違うから、住む者も、色々と違っているわ。昔は、あちらこちらに移動することを楽しんでもいたけれど、エンディケは、ここの青色が好きでね、なんとなく集まったわ」 「そうなんだ!もしかして、底の方では、繋がってるの?」 「ええ、分かれているように見えるけれどね。まあ、境目ごとに植物には違いもあるけれど、それほどに環境は変わらないわ」 「そっか!ふうーん…もっとちゃんと、この島全体も見てみたいけど、どうしよう…」 「どうしようって?」 広く陸地を見渡したミナは、首を傾けるセイネーリェに顔を戻すと、話した。 「力を使うには、物事を、自分の中で明確に判別しなくちゃいけない。だから、一部分だけ見て、知った気になるんじゃなくて、ちゃんと知って、判別したいんだけどね。時間がないから、ちょっと難しい。その、短い時間で、できることは何かなって、考えてるの」 「ふうん。…そっか。ありがとうね。カサルシエラのため…私たちのためって、思っていいのかしら?」 ミナは、なんだか、嬉しくなって、うんっ、と頷いた。 でも、押し付けがましくなったかと、ちょっと心配になる。 「なあに?」 表情の変化を見て、不思議そうに聞くセイネーリェに、あっ、うん…、と返しながら、説明の難しさを思う。 「えっと…。あの、押し付けがましく聞こえないといいんだけど…」 結局、あからさまな言い方になってしまい、居心地悪く身を縮めると、セイネーリェは、ちょっと目を大きくして、それから、なんだか、意地悪を思い付いたように笑った。 「あら、あら!それじゃあ、私たちのことを好いてくれているって、思ってはいけないのかしら?」 「いっ、いけなくないよ!いっ、いけなくないけど…その」 にやにや笑う、セイネーリェには、なんだか、やっぱり、意地の悪いことを、されたみたい。 「うもう、意地悪だなあ…」 「うふふ!新たな顔触れは、やっぱり、新鮮ね!懐かしい顔も見たいし!それじゃ、ミナ、帰る時に、声を掛けてよ。私もアルシュファイドに行きたいわ!」 「あ、うん、分かった!その時に!」 「よろしくね。それはそうと、じゃあ、案内してあげる!」 そう言うと、セイネーリェは、下肢を強く打つように(しな)らせて、飛び上がり、ミナたちの立つ草原(くさはら)に降り立った。 その足は、どうやら、人のそれに似て、足先と、指の形に、人との差異は見られない。 ただ、その肌色は、薄青い水色で、腰の下辺りから、両脇に(ひれ)のような、軽めの布に似た形状の、薄い、ひらひらしたものが付いていて、それが(くるぶし)の辺りまで掛かり、足下(あしした)では、その長さは、ほかの部位の2倍ほどあったが、地に付かせることなく、ゆーらゆーらと揺らめかせていた。 髪は、風に(なび)くが、(ひれ)らしきものは、尻尾のようなものだろうか、意識して動かせるのではと思われた。 足の付け根部分は、腰回りにある、その(ひれ)に覆われて、見えない。 腹部は、引き締まった肌の張りがあるが、胸部は、それよりも柔らかい印象で、区別はできるが、それ以外には特徴の無い、平らな面を見せる。 獣人たちは、人の姿では、それぞれの異能で(まと)っているらしい布のようなもので服としているようだが、エンディケたちは、鳥獣と同じ感覚なのか、人の姿に似てはいても、布を(まと)うということは、しないようだ。 「それじゃ、行きましょ。そうだわ。樂果(ラッカ)には、会ったのよね、昨日(きのう)は調査だったのでしょ?」 人のように、2本の足で、セイネーリェは歩き出す。 リュカは、ちょっと時間を置いて、そのあとに続くようだ。 ミナは、突然できた同行者に、嬉しくなる。 「ええ、うん!デュッセルデルトとね。今日も案内を頼んだんだけど…」 「この辺りは、セイネーリェも詳しい。俺は、樂果(ラッカ)の所に戻ろう」 そう言って、デュッセルデルトは、あっさりと森の奥に消えた。 その背に慌てて、ありがとうと声を掛けると、振り返りはしなかったが、尻尾を一振りしたのが、(いら)えだったのだろう。 改めて、ミナはセイネーリェに向き直った。 「今日は調査じゃないから、森の中じゃなくて、この周りから見ようと思うんだ。ちょっと低空飛行で回って、で、そんな感じだから、えっと…。それに同行してくれる?椅子みたいのが、ある程度だから、降りたい時に行動を制限しないと思う」 「あら、さっきのね?乗せてちょうだい!」 そういうことで、付近に漂わせていた浮遊艇に再び乗り込んで、デュッカに、先ほどとは椅子の形状を変えてもらい、ミナは、通路を挟んでセイネーリェと隣り合って座った。 ミナの左隣は、長椅子の片側に座るデュッカで、セイネーリェの右隣は、リュカだ。 ほかの顔触れは、適当に同乗して、騎士たちは、浮遊艇の(ふち)に手を掛けて、浮遊(いた)に立つ。 そうすると、浮遊(いた)は、上に立つ者が引っ張られる方向に、同じ速度で動いてくれるのだ。 これは、上に立つ者、すなわち所有者である騎士たちが、浮遊艇と同じ速度で飛行するという望みを受けて、対応する仕組みが動いているのだ。 この仕組みというのは、彩石判定師の働きを助ける役目の者たちすべてに配られた、透虹石に掛けられた術によるもので、特に騎士たちは、突然の他者の持ち物での操作に戸惑わないように、似た仕様を備えている。 「昔よりも、随分(ずいぶん)と移動が(らく)そうね。昔は、多く馬たちに乗せてもらっていたものだけれど」 騎士たちを見て、セイネーリェが感心したような声を上げる。 「今でも馬には、お世話になってるよ!これからは、こういう、自立?自動?みたいな乗り物が主流になるのかな…」 ミナの呟きに、デュッカが答えた。 「そうかもしれんが、現在の乗り物を馬に引かせているのは、引く馬を飼育することで、馬の生活する場を保つ目的もある。多くの獣の居場所を奪ったが、移動を助けてくれるという役割もあったから、人は馬とは、そのような関係を築いたんだ。その辺り、何か考えねばならんだろうな…」 風の宮公としても、長く続いたイエヤ家の当主としても、馬の生活の場である馬場の運営と運用は、大きな出資をしているということだけでなく、気に掛かることだ。 「何かするんですか」 「ああ。具体的には浮かばないが、手法の開拓は促さなければなるまい。うむ。あるいは、馬たちの生活の場を、こちらのような浮島(うきしま)に丸ごと移すとかな。その場合は、新たな浮島(うきしま)を作ることになるか。しかし管理者が問題だ。うむ。しかしこのように隠れていいなら、ミナ、隠居は浮島(うきしま)にするか」 「は?隠居のために浮島(うきしま)を作るとか?」 「うむ。別に島でなくてもいいか。浮遊艇で構わんだろう」 「いや、いや、いや、構いますよ。いくらなんでも2人っきりの浮遊艇生活?いや、それはいやです」 はっきりと拒否されて、デュッカは、じろりとミナを見る。 「なんだ、それは」 「え。だって、2人だけって、話すことも何もなくなっちゃうでしょ。困ります」 「俺は困らん。話すことも何もなくなりはせん。お前さえいれば」 「は?いや、なくなりますよ?」 「いや、なくならん。第一に、ほかのことに(かま)け過ぎて、俺のことを見ていることがないだろう。別宅にいても子供のことばかり、話を聞くだけならいいが、そう言えば俺がしたいこと」 「あああちょっ!それは帰ってから!帰ってから聞きますからね!今はやめてください、聞きませんからね!」 「いや、お前は俺のことを(ないがし)ろにし過ぎている」 「いや、それはっ!その、あの、お願い、今はやめて…」 「そういうところはリックにそっくりよね」 段々と、他者の耳には入れられない()り取りになっていたところ、セイネーリェが割り込んだ。 「ほかのことには気が回るくせ、リーンの心情には疎いのよ。あなたは周りのことなんてどうでもいいのかもしれないけど、ミナは周りが気になるのよ。そんなに彼女が大事だって言うなら、時と場所ぐらい、考えてやったらどう」 口を閉じたデュッカを、ミナ越しに見て、セイネーリェは促す。 「どうなの」 「………。これでも我慢はしているんだ…」 「我慢の仕方を変えればいいのよ。今のだって、今、この場でなければいいわけだし」 「分かるが、しかし」 「機会は、案外、あとに移せるものなのよ。もちろん、今しかないものもあるけど、努力次第というところも(おお)いにあるわ。逃してしまった機会は惜しいけど、あとの楽しみにも変えられる。そうした方が、少なくとも、ミナには、負担が少ないと思うわ。ね、ミナは?どう思う?」 ミナは、考えてみて、大きな感情の波に揺らされはしたけれど、確かに、今の状況の改善にはなりそうだと、認められた。 「う。そ、れは、その、今よりは、いい、かも…」 「ふうん。ま、それなら、いいってこと?」 「う、うん…、たぶん…」 「じゃ!そういうことで、試してみれば!」 「え、ええと…」 試すって、具体的にどうするんだろうと、判らないところもあったけれど。 デュッカを見ると、ちょっと考えたあと、納得したように頷いた。 「分かった。考え直してみる」 その、どこか落ち着く様子を見て、ミナは、あれ、と、気が抜けるのを感じた。 なんだか、追い詰められる感じが、減じた気がする。 「よし!リックよりは素直ね!さあ、それじゃ、張り切っていきましょう!」 セイネーリェの声に、そちらを見て、デュッカを見ると、前を見ていて、ミナの視線に気付くと、このまま進むかと聞いてきた。 「あっ、はい…、お願いします…」 「ん」 前を見る、その横顔を。 なんだか、久し振りに見たなと、そう思う。 いつも、正面から見つめられて、恥ずかしさに、隠れてしまいたくなるけれど。 ほっと、息をついて、ミナは。 同じように前を見て。 そっと、ぎゅっと。 デュッカの服の端を掴んだ。
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