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―活動Ⅲ 親善―
水竜人カインテルロは、みつの島の浮上時に、海上に来て、ミナたち一行と入れ代わるように、人の姿でバルタ クィナールに乗船していた。
来てみれば、カサルシエラの同胞たちが、驚くほどに多くて、言葉を失った。
けれども、すぐに連れ合いのウルトリーニヤの恐慌を思い出して、身近に通り掛かった人を掴まえた。
「私の息子は…、代表の者はどこか」
通り掛かった船員は、接客を務める騎士の1人で、その言葉から、すぐに事態を察した。
「一団の代表の者は、島に上陸していますが、この船の船長が居ます。すぐに探しますので、会合場にご案内しましょうか」
「会合場?」
「はい。この船の横腹に、話し合いのために、皆さんが集まっておられるので、何かご存じの方が、おられるかもしれません」
「分かった。案内してくれ」
暴露甲板に降りたところだったので、案内されるほどの距離ではなかったが、庭の道を回り込んだ時、自分や連れ合い、何より息子によく似た髪色を見付けて、歩幅が広がる。
「レイルマルト!」
大きな呼び声に振り向いた少年は、しかし自分の息子ではなく、充分に近付いてみたが、その認識は変わらなかった。
「あなた、名前、なに?」
見上げる少年に聞かれて、戸惑うカインテルロは、反応に迷った。
「カインテルロ。事情は判るけど、キリュウに答えてあげて」
自分の名を聞いて、そちらを見ると、見知ったラーマヤーガの上の彩石鳥が嘴を動かし、言葉を発していた。
「ラーマヤーガ…?」
「ほら、早く」
強く促されて、カインテルロは、赤髪の少年…キリュウを見た。
「あ、ええと…、私の名はカインテルロだ…」
「あ、ええと、わたしの、名は、かいんてるろだ。カインテルロ、だ?カインテルロ!ぼくキリュウ!よろしくね!」
「あ、ああ…、よろしくな…」
「うん!」
どこか、返答が滑らかではないことに気付いて、カインテルロは、横の男、キドの肩に乗るラーマヤーガに問うような目を向けた。
「キリュウは、まだ、生まれたばかりと、おんなじなの。それより、レイルマルトなら、さっきヴェルサリーナが、ふたの島の沈下に合わせて送ったよ。14の島まで、送ってくれる」
「!、や、はり、ここに来ていたのか…」
「子供は見付かったか!?」
そこに新たな声が掛かり、見ると、船長ライネスとガーシュウトが、水に乗って移動し、すぐ近くに着地した。
「俺はこの船の船長でライネスだ!船内を探させる、容姿を聞かせてくれ!」
「大丈夫だよ、ライネス。さっき送ったレイルマルトの父親なの」
「あ、そう、か…!入れ違い!それは悪いことをしたな。しかし、こうなると、連絡手段の構築を急がないと!」
「そうだね。カインテルロ、どうせ2時間は沈む島が無い。そこで話し合いに参加したら」
「それがいい。折角来たし、どれ、ライネス、我々も行かないか」
ガーシュウトも頷いて、ほれほれ、と、胸の前の両手を上下に振る。
「あ、ああ、そうだな。ええと、カインテルロ、と呼んでいいのか?改めて、俺は船長のライネスオリオ・ボゥワークという。通称がライネスだ」
そのように名乗り合って、彼らは会合場に入ると、緊急時などの連絡手段を議題とするよう求めた。
そのなかで、やはり、浮上中の島と、海底の島の間での遣り取りは欠かせないと、皆、首を捻って考える。
「音を通すのは、風。水中というのも問題だが、やはり一番は、距離と、障壁ともなる結界か」
ガーシュウトに応えて、カリが頷く。
「水の抵抗力は、風の中とは、やはり違います。それもあって、伝える、ということは、どうしても弱い部分がある。風を通すにも、固定された場所というのは、必要なのではないでしょうか」
「島は必ず、浮上するからな。ずっと沈下している島はない」
「この船のように、ずっと浮上…ではなく、海底に会合場を固定化して、そちらから、沈んだ島に働き掛けるなら、いくらか障害が減るのではないでしょうか。いえ、手間は増えそうですが、その分、問題を分けることができそうです。問題を分けることで、簡単な手法を繋ぎ合わせることが容易にはならないでしょうか…!」
話しながら、そのように思い付き、カリは瞳を輝かせる。
「ひとつには、海底に固定の会合場を設けること、ひとつには、海底の全体の結界内に働き掛ける伝達手段を構築すること、ひとつには、海底の会合場と海上の会合場を繋ぐ伝達手段を構築すること、です!」
ガーシュウトが頷きながら答える。
「ふむ。全島浮上時は全体結界は海底では消失するが、海底に島のどれかがある時間は長い。結界再出現に合わせて伝達を繋げ直すことができるなら、それほど手間とはならないだろう」
「異能に頼らないことと、動物や品物の行き来もいくらかできるようにということで、繋ぎは土の方に物体を作ってもらいましょう!カサルシエラの海域に固定結界を敷いて、人の設置物がカサルシエラの存在を教えることがないようにするといいですね。海域に入れば、魚や竜たちが、きちんと回避できるように、認識しやすい形としましょう」
「そうであれば、新たなカサルシエラの結界に、秘匿の術は省けるか」
「いえ、用心もありますし、二重にすることは大きな安心です。手法は変えても、元の術の形は保つ方が良いように感じますので、これを理由としての変更は、考える段階とは言えません」
「ふむ。もう少し全体像が固まる方が良い?今後の流れなど…」
「ええ、そのように思いますわ」
思い付きを口にして、きらきらと瞳を輝かせ、また、思慮深さを窺わせる様子は、心地よい水の面に似て、ガーシュウトは、この水の年若な女を気に入った自分を知る。
「別嬪さん、名をなんと言う」
賛辞であると同時に、親しみを感じて、カリは、なんだか、どきりと胸が鳴った。
「あら。まあ。わたくし、カリです。カリ・エネ・ユヅリと申しますわ。あなたの、お名前を聞かせてくださいませ」
「うむ。ガーシュウトだ。矢のように、突然に飛び出す水という意味さ。生まれた時に卵から勢いよく飛び出したからということだ」
そう名付けてくれた者が、そのために顎の下に頭突きを食らったのだと、痛みを思い返して歪める顔を思い出し、ガーシュウトは、くくっと笑った。
「まあ。何やら楽しそうな思い出のようですね。後ほど聞かせてくださいませ。それでは、土の者が到着してすぐ、取り掛かれるように、大まかな仕組みを話し合いましょう!」
会合場には、続々と鳥獣、二容姿の者たちと、そして、枝人形で様子を見にきた木たちが集まり、会合場に入り切れなかった者たちは、外から覗き込む。
従者レッドは、ジュールズからデュッカに話を通してもらい、彼は、ミナたちと戻ると、会合場を、今よりも深く広い、すり鉢型に修正してくれた。
「土の先代が到着したら、遊び場にでもするか。消える前に警告を発するようにしておく」
そう言って、今は仮の機能を付加すると、キリュウも遊べるように、ガーシュウトの作った滑り台などと繋げ、直接には触れ合えないが、対話のしやすさを心掛けて、各所に休憩できる場など整えた。
「ふむ。無いものは作ってやるか」
呟いて、キリュウの遊び道具と同じものを、横や上下に並べることで、接触はできなくても、同じ体験ができるように、感じられるようにしてやった。
「ふむ。セイネーリェ、気が向くようなら、キリュウたちと遊んでみるか」
なんとなく、船まで付いて来ていたセイネーリェやリュカ、水狼デュッセルデルトに連れられて来た、栃の古木樂果が作った枝人形は、試しにその遊び場を利用してみて、同じように楽しむキリュウと、会話を楽しんでくれるようだった。
「ああ!私も、交ざりたいなあ…」
呟いて、ミナは、自分の疲労を冷静に判断する。
「昼まで、休みます。また、何かあれば、知らせてください。セラム、お願い」
肩のシュティンベルクをデュッカに預けて、ミナは、いつの間にか来ていた侍女ラグラと、部屋に向かった。
ラグラは、イルマの後ろで、一旦、振り向いて、きちんとした一礼を示す。
そこに居る一同の表情を確かめると、もう一度、今度は軽い一礼を示してから、ミナに遅れないよう立ち去った。
ここからは、自分の領分。
言葉はないのに、そう言われた気がして。
男たちは、なんとも居心地の悪い沈黙を流した。
ぷふっと、女の吹き出し笑いが聞こえ、目をやると、アニースが意地の悪い目で笑っていた。
「さあてと!私もちょっと休もうかね!」
そう言うと、会合場の近くで控える接客係に、飲み物を求めやすい場を尋ねに行った。
「な、なに?ラグラって子、なんか、あんな子だっけ?」
スティンに小声で確かめられて、セラムは、あんなものだろうと答えた。
「見掛けただけだが、侍女長などが、あのような所作だった」
「なあっ!俺は行ってもいいだろう!?いいんだよな!?今の、俺に対する牽制だった!?」
パリスが取り乱してセラムの腕を掴む。
痛いなと思いながらも、セラムは宥める気持ちで、好きにさせておいた。
「あそこで踏み出せなかったことが答えだろう。仕事上どうしても必要なら、理解を示したはずだが、お前自身、必要とまでは言えないと知っていたから、今、ここにいる」
「ぐ、あ、あ、あ、」
「まあ、休んでいろ。昼前だし、調査期間は短くない」
「う、うう、ファルめ、さりげなく得しやがって…」
多くラグラ付きとなったので、ファルは今も、ラグラの無言の圧力から外されて、付いて行った。
「あいつ、そういや、選別師の方は!」
話していると、ムトが来て、状況の確認のため、会合場の横の会議机を囲むことになった。
顔触れは、ハイデル騎士団の手の空いた数人と、付従者の一団と、支援隊騎士班の数人。
それと、ジュールズの従者キサとニーニ。
そして珍しく、シュティンベルクを肩に乗せたデュッカが居て、ちょっと驚く。
とにかく、ムトから、まずは船の状況や、アルシュファイド王国からの知らせを聞くことになった。
それによれば、朝から、四の宮公の先代たちがアルシュファイド王国の王城に集まって、支度ができ次第、こちらに向かうとのことだった。
「追って、先代たち用の客船が明日の朝か、遅くとも昼には到着するだろう。同時に、食料や、一応、寝具も多めに補給する船が来る。さすがに騎士隊では手が足りないので、補給は兵士隊に依頼したという話だ。そのあと、翌日にでも、カサルシエラからの客の迎えとして、客船を一隻、向かわせるとのことだった。その辺りは、ネイたちの管轄だろう。不都合があれば、ジュールズに解消させる。キサ、ニーニ。そういうことだから、伝達はしっかり繋がるようにした方がいい」
「はい」
「あっ!はい!」
確りとムトを見るニーニと、慌てたように答えるキサ。
思いの外、この組み合わせは、悪くないのではとムトは思う。
セラムが口を開いた。
「ミナの方は、このまま、何度か、上陸して様子を見ることになりそうだ。提案だが、藁の日に、一度、休日として、軽い遊興の催しをしてみてはどうだろう。ただ休めと言っても、この環境では、気持ちが落ち着かないと思う。遊興で、体を動かす遊びで、皆で疲れて、皆で休む、分かりやすい流れを見れば、ただ見ているだけでも、皆が休む時には、彼女も安心して休めるのではないかと思ったんだが…」
「ああ、休日を入れて区切りを付けることは必要そうだ。うむ。デュッカ、どう思う」
「ん…、まあ、悪くないかもな」
「では、体の違いを気に掛けずに遊べる仕掛けが必要だな。共通の乗り物で、競争…か、まあ、追い駆けでも、いいし…。なにか、回収して、その数を競うことが、いいかもしれないな。デュッカ、そちらの作成を頼む。帰ってから、子供たちも遊べるような仕組みなら、ミナが喜びそうだ」
「む。では、邸の上空で使える遊び場でも作る。藁の日までにか」
「ああ、その日の朝までに。姿の違う竜たちにも手伝ってもらうといい。土の者も居るようだし、暇な時間に調整などするといい」
「分かった、やってみる」
ほかには、支援隊の者たちの動きなど確認して、しばらく休んで部屋から出てきたミナに、簡単な報告をすると、昼食を摂った。
活動再開する13時に浮上していたのは、むいの島のみで、ミナは、結界石を守る古木に挨拶に行きたかったが、思いの外、体調が整わない。
さいわい、宛てがわれた部屋から島を眺めることができたので、屋内から島の様子を確認すると言って、1人、部屋で休むことにした。
やはり、あまり体を動かしていないとか、嬉しい出会いがあったとかは、疲労を癒すものとはならなかった。
心の重みから来る体の不調はどうしようもなく、ミナは、これが自分の特性なのだと、どうにもならないことなのだと、今は思い込むことで、乗り切るよう努めることにした。
悩むことは、今はできる状態ではない。
デュッカは、ミナと過ごせないことは面白くなかったけれど、やることがあったので、いい気晴らしだと、サキとエオにも手伝わせて、アリウステイトの息子や、そのほかの子供世代にも適当に協力させ、土と風と水と火で作った遊興施設を近くに浮かべた。
それを見たライネスは、青い顔で、俺の管轄ではないと呟いていたが、あとから来る船の都合を考えれば、いずれかの船長が配置など考えなければならないことは分かり切っている。
しばらく、ぶつぶつ聞き取れない文句を発していたが、砂時計ひとつ未満で立ち直ると、きりりとした表情で指示を出し始めた。
15時頃、茶の時間を区切りとして、暴露甲板に出てきたミナは、辺りを見回して、感動の声を上げた。
第一に、アルシュファイド王国から、四の宮公の先代やその連れ合いたち、そして、透虹石の獣たちが到着したこともあり、辺りは非常に賑やかだった。
それに釣られたのか、カサルシエラの者たちも、さらに増えて船の周りに集まり、声を上げないでは、いられない。
第二に、前々代土の宮公ゼダンと前々々々代土の宮公ミオト・グランディール・クル・セスティオが到着して、アルシュファイド王国管理人工浮島セスティオ・グォードの土台が造られており、こちらには、ただただ息を呑むばかりだ。
第三に、先にデュッカの手で作られていた風の会合場は、子供用…かは、さておき、遊び場が付加されている状態で、なんだか大きさが数倍になっている気がした。
第四に、今週末、藁の日だが、親睦遊戯会場としてデュッカやカサルシエラの者や、到着した先代たちが工作している海面浮遊物もまた大きなもので、話を聞くと、海面下にも、何やら仕掛けがあるとのことだった。
加えて、今夜はそちらに寝るのだと言う先代たちがあることで、さらに大きくなった寝所もあり、バルタ クィナールが、それら海上に浮遊する物体に囲まれて、ミナは乾いた笑いを発してしまう。
そんな状況の中、ふと、気配を感じて、顔を向けるのと、相手が降り立つのが、同時だった。
「……お前は?」
その容姿と、何より、異能の色を見て、ミナは相手を知った。
「デュッセネ・イエヤの妻です。ミナ・イエヤ・ハイデルと言います。よろしくお願いします」
「高祖父のイーリヤ・イエヤだ。後ろの護衛はデュッセネが付けたのか?」
100歳を越えているはずなのに、とても60歳を越えているとは思えない容姿に驚きたいところだが、ミナは初めて会う義理の両親との挨拶のように緊張して、それどころではない。
「いいえ。政王陛下に…あっ、増えたのはシィンが…ええと、たぶん、政王…陛下の意向と考えて差し支えないんではないでしょうか…」
「? 双王ではないと言いたいのか」
「あっ!いえ!祭王陛下も、改めて確かめれば、同意なさることと思います。ただ、その場の流れで、その時は祭王陛下も居られなくて、思い返すと確認はしていないのです…」
「ふうん?シィン。白剱騎士から指示されたのなら、すなわち、国家として警護を求める必要のある者。お前。何者か」
そのとき、デュッカが同じ甲板に降り立った。
「デュッセネ・イエヤだ。デュッカと呼ばれている」
「………ナイリヤに似たな」
ナイリヤ・イエヤは、デュッカの曽祖父で、イーリヤからすれば息子だ。
特に感想も持てないので、デュッカは、聞きたいことだけ聞く。
「単独で来たのか」
王城に集まった者たちは、まとめて祖父のディートリ・イエヤが運んだという話だった。
「様子を見にな。暇だから。それで、この嫁は何者か」
「国格彩石判定師。双王とマナ-レグナの相談役だ」
「相談…」
「彩石の判定をしていると色々と気付くらしくてな…それはともかく、来たんなら手伝え。そこの遊戯場の細工でも」
「うん…、そういえば、何をしているんだ」
「まあ、手遊びと変わらん。暇潰しには、ちょうどいい」
「ふうん。ミナよ。手伝ってくれんか」
「へっ」
「だめだ、やらせん」
突然の指名に驚くが、デュッカは予期していたように返答が速く鋭い。
そしてその返答も予期していたらしいイーリヤは、すっと身を屈めて、ミナの目を間近に見る。
「連れ合いを無くした哀れな独り身の夫の祖父に、手を貸してはくれないか?」
「憐れとは思いませんよ」
ミナは、それだけ言うと、じっとイーリヤを見て、手を差し出した。
何気なく挙げられた手を、両手で包んで、ぎゅっと握ると、少しして、放す。
迷うように笑みを見せて、言った。
「それじゃ、ちょっと遊んで来ましょうか!」
イーリヤは、瞬きして、それから、ゆっくりと微笑んだ。
「そうだな。まずはどこに行く」
「そうですねえ…!」
ミナは、その微笑みを受けて、笑顔を広げると、デュッカが先ほどまで居た場所を見た。
「まずは、そこの流れの調整から!デュッカ!乗り物作って欲しいんですけど!」
デュッカは、嫌そうに妻を見る。
「ああ?」
「そんなこと、俺が抱いて」
「これに乗れ!」
一瞬で作り出された浮き籠に喜んで乗り込むミナの後ろで、嬉しそうな高祖父と、それを睨む玄孫。
またややこしい関係になると、護衛たちは顔の色が悪くなるのを自覚した。
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