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―朝Ⅳ 段取り整理―
アルシュファイド王国のレグノリア区中心地にある1本の原初の木。
多くの者は、その種の名を知らないが、それを求めた人々は、橡、と確認している。
つい先日に発覚した事実を、目の前に突き付けられた人々は、一様に溜め息を吐いた。
レグノリア区で原初の木として親しまれていた1本の木は、その枝を人の姿に変えて、自在に歩き回っている、ということ。
「久しいな!皆。透虹石のが起き出したと思ったら、二柱の術の効果切れだったらしいな。ここに来るまでに見掛けた島には、枝を置いてきたが、さすがに処置は順にするより、ないらしいからな。鷦たちから、四色の者の所在を聞いて、こちらに来てみた」
そう言うと、細身だが、均衡のとれた体付きの人の姿をした者は、樂果の手を取り、空中に身を躍らせた。
ゆっくりと下降する体は、ジュールズの作った浮遊艇に近付いて、その足を付け、ミナの前に立った。
「会えて嬉しいよ、四色の者よ。改めて、私は橡。木の象の真名を持つ。君の名を聞こう」
ミナは、すっと椅子から立ち上がって答えた。
「ミナ・イエヤ・ハイデルです。はじめまして」
「ふむ。さあ、座って、少し休むといい」
両手を取られて、座るよう促されながら、ミナは、自分の異能を整えられているのを感じた。
透虹石の者たちがしてくれることとは違い、余分な力を抜いたり、荒れを宥めたりするのではなく、揺らがぬよう、ぴしりと整えられる感覚。
御蔭で、だいぶ楽になった。
「さて、こちらに来るまで、興味深い話のようだったので、顔触れの名だけは、聞いていたよ。そこで、緑嵐騎士よ。既に協力を仰いでいるのだが、この近辺に隠れた浮島を呼ぶことにした。アルシュファイドの南に集まろうとしていたから、近い内に到着する。そのあと、この辺りに、まとめて秘匿の術を掛けるとしよう。個別の術の整えは、それからにすればよい」
「は。あ、それって、レグノリアの上空の」
「ああ、それもさ。私がミナの補佐をして、ミナが四の宮を補助すればいい。ミナには、ほかの生き物よりも、人である方がいいから、火の宮が来られるようになったら、合わせればいいさ。術の効果切れで問題がありそうなのは、ここと、海竜、海鳥、海龜、海蹄、海牙の海中浮島だろう。あれらは、突起だけ出して海中に漂うのが常態だが、生物のために、ここと同じように浮き沈みを術で循環させているんだ」
「あわっ!ちょっと待ってくださいっ!書き留めます!」
慌ててファルセットが叫び、周囲が、ようやく、自分を取り戻したようで、わやわやと声が上がる。
ゼンが言った。
「橡よ。積もる話もあるが、我慢しよう。その個別の術の再構築は、人に頼らねばならないか」
「うん?ゼンよ。人の手を借りぬでもいいが、それは後回しにするがいい。ほかは良くても、カサルシエラのように術で島を動かしているものは、術の再構築のためには、環境を変えない方がいい」
「そうか」
「ミナには負担が大きいが、二柱を起こすほどとは、私には思えんのでな。悪いが、手伝ってくれ」
「あっ、うん!」
顔を向けられ、ミナは急いで頷いた。
「それで、お前たち。全体の秘匿の術は、どうせ集まるのだから、お前たちがするがいいさ。中央に山鳴たちを置くがいい。コットンロットンモート・グォードをな」
そう言うと、橡はネイの作った浮遊板に飛び移った。
樂果の手を引いて、その動きは、どうも風に乗っているようだった。
「土の宮。どちらか力を貸せ。土塊で模した方が判り易かろう」
「お。いいぞ」
「ありがとう、手を」
協力を了承したゼダンの手を取ると、橡は、物体を少しずつ出現させるように言い、その物体に手を加えて、前方に土の塊をいくつも浮かべた。
「緑嵐の、お前の風を借りているから、この場に満たし続けろ。皆、これを見てくれ。中央をコットンロットンモート・グォードとする。土竜人が守護しているはずだが、まあ、朝嵐が居るなら、問題ない。失われているのなら、ここは私が受け持つ。カサルシエラは動かさぬ方が良いから、水のを、この南西に延ばして配置する。土竜のクランディンフェルノをカサルシエラの北、ほかの土のは、そこから北西だ。風竜のは海面近くに降ろす。北東に配置して、やはり風のはその北東に延ばす。火は、残る南東だ。カサルシエラの全島浮上時に、すべての島を海面近くに浮かべ、海底から天の縁まで、秘匿結界を展開する」
どうやら、土の塊のひとつひとつが、浮島らしく、どんどん数が増えていく。
熊人アリウステイトが声を上げた。
「朝嵐に枝を折らせるのか!」
「それをしてもいいかもしれんが、人々や透虹石のに手を借りよう。細かい手順は後回し、4色の竜たちは、まだ存命か」
ゼンが答えた。
「青のは寝ているようだった。ほかは知らぬ」
「では起こしてきてくれ。四竜の島と四鳥の島で力を発する。だから四鳥を最も遠くに配置しよう。竜たちは海面から下を、鳥たちは海面から上を受け持ち、土の守護、風の媒介、水の幻影、火の解離を朝嵐にまとめさせる。ミナよ、そういう処置を行うので、使用彩石の指定を頼む。島の配置が終わるまでは、体調の整えと、カサルシエラの調査に務めてくれ」
「あっ!はい!分かりました!」
答えると、橡が振り向いて、笑った。
「お前にしかできないことはあるが、我らにできることがないわけではない。手伝って欲しいことは言うから、世話焼きに苦心まで、することはないからな」
穏やかな、声。
「う、うん…」
ミナは、頷いて、深められたその微笑みに。
心の重みを、軽くしてもらえたと、思った。
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