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―アルシュファイド王国にて 報告―
浮沈集合島カサルシエラ調査隊からの何度目か覚えていない報告書を前に、人々は沈黙を守った。
読み上げるのは、交替で、シィンの従者の中でも騎士見習いのメイリイ・カン、アクオ・レド、ガンツリー・キトの3人だ。
見習いなので、まだ士官学校所属の14歳と15歳の少年たちは、文字を追うのに懸命になっている。
それと言うのも、周囲の上位者たちが、それも成人して立派に責務を果たしてきた大人たちも含めて、顔色を悪くし、異様な空気を体全体から発しているものだから、そちらに意識を取られないためには、目の前の報告書を読み上げるという仕事に専念する以外に、平常心を努める術がないからなのだった。
「……では、ここから、今後の予定を読み上げます。まず、彩石判定師は、カサルシエラ調査後、一先ず休暇を1週間いただきたいとのこと。帰国の週の円の日までです。これは自己申告を受けて、緑嵐騎士の判断で、5日以上と決定しています」
帰国日が朔の日の朝なので、この日は報告を済ませて休ませることになるだろう。
想定される拘束時間は、長くても昼までだ。
週末の藁の日と円の日は基本規定での休日なので、朔の日に報告以外に急ぎの用件があれば、この日の内に済ませ、残る出勤規定の繊、朏、半の日は、規定外を承知で休む、ということだ。
尤も、カサルシエラ調査期間中、4日ある休暇日を勤務日としているので、4日間は振り替えという扱いの休日で問題ない。
いや、1日足りないことは問題だと、思いながらも、それ以上休暇を取られると困るため、言葉を呑み込む。
「了承する」
言葉の切れ目にアークが声を上げ、手振りで先を促した。
アクオは、それを目の端で捉えながら、文字を追う。
「調査団のほかの者は、休暇を1日以上とします。まず緑嵐騎士は朏の日に1日、これは従者たちのためで、交替するとは言え、緑嵐騎士と事態の把握を近付けたいという従者側からの要望になります」
「ちっ。了承する。ほかは?」
言葉の前半で、いやに書類が、がさがさ音を立てたのは、きっと偶然だろう。
「その従者たちは、翌週まで使って、藁と円の日以外に交替で3日以上の休暇を取るそうです。ハイデル騎士団は、繊の日に全員休暇、翌日の朏の日から翌週の半の日まで、こちらも藁と円の日は別に、状況を見て交替で2日以上休暇を取るよう配慮するとのことです。彩石選別師は、繊の日の昼以降、円の日まで休暇、翌週中に交替で2日ずつ休暇取得としたいそうです」
「ふうん。まあ、いいでしょう」
朔の日に帰国で、簡単な報告後帰宅、翌日の繊の日に出勤して、昼までに業務の調整を済ませるということなら、振替休日としては2日しか消化していないので、残り2日が翌週に繰り越されるのは当然だ。
アークの心情としては、船に乗っているだけの移動時間を含むとは言え、身体よりは心の疲労が大きいだろうと、せめて休暇日を多く与えてやりたいところだ。
船での移動にしたって、苦手な者には回復に時間が掛かる。
明らかな不調は無くとも、慣れた自宅ではない場所での生活を経た者には、調整期間を与えたいのが本音だ。
そうは言っても、あまり休まれると、彩石判定師と同様に、この大変な時期では、困るのも無視できない現実なので、彼らを十全に労わってやれないことに不満はあるものの、納得するしかないのだ。
アークが面白くなさそうな声を出すけれど、この程度なら聞き流していい範疇だなと学んでいるアクオは、続ける。
「付従者指定の収集官1名も同じく」
「分かったわ」
「残りの、調査団の一員だった支援班は、繊の日から半の日までに2日以上の休暇を基本とし、翌週に、前の週の休日数に関わらず、2日の休暇を役割ごとに配慮した交替態勢で取得します。収集官のガルードなどは、例外として扱うかと考えているそうです。ただし、藁と円の日以外に、1日以上の休暇を、管理官より命じて欲しいとのことです」
アークが、同席している王城書庫管理官テオを見ると、応えるように頷いて、言った。
「承知した」
「彩石判定師の侍女は、彩石判定師と休暇を同じくします。バルタ クィナールの乗組員は、朏と半の日に休暇、前日の朔の日から、整備ということで、船は船渠に預けたいとの要請です」
「受けるわ」
「彩石判定師の侍女と、王城の侍女からの客室に関する要請については、翌週から話し合いの場を設けるなどしたいそうなので、ほかの船の都合も考え合わせて、優先順位と大まかな内容を指定してもらいたいとのこと」
この話は、侍女長から聞いていたが、発信がミナの侍女からということで、アークは、ちょっぴり、彼女をミナに付けたことを後悔した。
ほんとう、ちょっぴりとだけ。
「くっ!ま、まあ、それはフェスティオが適任ね!」
「同意だ、次」
アークの言い逃れに、重々しくユラ-カグナが答える。
激しく同意だ。
ここで侍女長の上役である城内庁長官フェスティオ・マトーレが仕切らずに、なんとする。
て言うか、格式と実用を両立させるなら、彼が主導するのが当然だし、そのための城内庁長官なのだ。
王位の尊厳の確立と顕示。
べ、別に、この忙しい時に、彼だけ呑気に茶を啜っていることを、常日頃から忌ま忌ましく思っていることに掛かる不満解消ではないのである。
うむ。
そんな心の内での言い訳を完結させつつ、ユラ-カグナは手元の書類確認に勤しむ。
「はい。次は…」
アクオの問う視線を受けて、ガンツリーが促した。
「メイリイ」
「ああ。では、休暇後の動きです。彩石判定師は、6月1日にユーカリノ区調査に向かいます。そこで、丸ひと月、調査とします。チュウリ川が分ける東側と西側を、半月ずつで調査できればよいとの見込みですが、調査対象によっては、所要時間に長短が出るので、決定事項と言えるのは、7月1日に王城、若しくは彩石官邸に戻ることだけだそうです」
「彩石官邸…」
小さな呟きが聞こえたが、取り上げることを適当とは思えなかったので、メイリイは、僅かな躊躇の空白を置いて、続けた。
「緑嵐騎士は、ユーカリノ区に同行する形ですが、王城との連絡役に新たな騎士を2名以上、従者か、従者の補佐として配置するとのことでした。現在、抱えている従者たちは、ユーカリノ区で、その人数が必要だろうという判断です。緑嵐騎士は、多方面の把握が必要なので、ユーカリノ区に向かう前に、部下の増員を求めるとのことでした」
シィンが、並行処理していた書類から顔を上げた。
「従者の補佐の増員か」
「いえ、それもありますが、執行部隊がいいのではないか、という考えです。備考を読み上げます。緑嵐騎士の下に従者とは別の執行官数名、これは位階としては従者の補佐の地位になります。機警隊で言えば、補佐隊の位置付けですね」
「ふむ…ほかには?」
「備考には他に、その執行官の補佐に数名、さらにその下は、彩石騎士の執行部隊、という位置付けではどうかとあります。流れとしては、緑嵐騎士の指示から、従者が適任となる執行官を指定し、執行官は直属の補佐官とともに、彩石騎士の執行部隊として待機する人員を数名動かす、という形です。執行部隊の者は、足りないところに入ればいいですが、一応、担当として、特定の方面について、知識や技能を努めて身に付けることを期待する、ということです。執行官以下の者たちには、書類処理ではなく、実動…警護なり、交渉なり、補給なり、伝達なりを務めてもらいたいと」
「従者が使う執行官か?」
「いえ、命じるのは、彩石騎士ですね。従者は、執行官を選びますが、彩石騎士の意向に沿う人選です。ただし、上位者は、従者で、判断の難しい案件には従者が同行し、現場での判断を助けて、命じる権限を持たせます。これは、見習いの俺たちにできることではないですね…」
呟いて、この場の状況を思い出す。
「あっ、失礼しました。えっと、ですので、各執行官の選定は各彩石騎士の従者が行い、各彩石騎士が決定、執行補佐は執行官の任命、執行部隊の選定は執行官と執行補佐、決定は全ての彩石騎士、となります」
「彩石騎士それぞれの下に執行部隊があっては、現場が混乱するな。それに、ジュールズの立ち位置からしても、各方面に散った騎士の中に、特に状況判断を預けられる者は必要だし、そんな人物には、常にその方面の状況を見ていてもらわなければ困る…。そうだな。分かった。命令系統を整えて、配置を定める。命令系統に含む対象者に年齢制限を設けるので、お前たちは、これまで通りでいい」
「あっ!はい!」
つまり、白剱騎士の意向に沿った命令を騎士見習いの従者が発する必要はない、ということなのだろう。
これまで通り、白剱騎士の意向を伝える、強めの依頼を行えばよいのだ。
その程度であれば、拒否権のある相手も、譲り合いの幅を広げてくれる。
「続きを」
「はい!必要があれば、従者には従者補佐を付けますが、そちらは、執行部隊に対する命令権を持たせず、事務処理を主な役割と考えているそうです」
「ああ。どうやら、こちらの体制の形が見えてきたようだ…」
ジュールズが来る前には、すべての部署に彩石騎士が直接命令を下していたが、今後は、彩石騎士の意向を従者が整理して、執行官に依頼し、執行官が必要な部署に彩石騎士の意向に沿うとする命令を発して、現場監督をする、という形だ。
命令に齟齬が生じないよう、また、不正が起こらないよう、監査の必要も出てくるが、彩石騎士たちの手助けをしてもらう上では、良い形に思われた。
「そうですね!あっ、すみません…続けます、えっと。彩石判定師以下、ハイデル騎士団と支援隊の全員は、ユーカリノ区に、ひと月滞在となります。一部、離れる場合もありますが、彩石官邸の本屋が整うまでは、ユウフラムのランプ亭に宿泊です。そちらで、体制の試しを行い、官邸の始動に備えます。その前に、支援隊の騎士班を整えたいので、団長からも、人員選定をしたいとの要望があります」
「承知した、ほかは」
「ユーカリノ区の調査のあとは、ひと月、レグノリア区滞在としてもらいたいとのことで、それを終えて、8月1日、改めて、カサルシエラに向かい、術の消滅が近いと思われるので、再構築まで、そちらに滞在したいということです。再構築が済み次第、海中浮遊島の術の精査をして、いつつの島の術を再構築することになるので、2ヵ月程度、秘匿海域での滞在を見ているとのことです」
「そん、な…」
アークの強い呟きに、顔を上げると、シィンが静かに言った。
「続けろ」
「あ、はい。三月以上は掛けず、一旦は戻るということですが、アルシュファイドに近い海域に、人工浮島セスティオ・グォードを設置するので、そちらにバルタ クィナールを係留しての滞在となるそうです。そういう恐れがあるので、ハイデル騎士団を伴わずに、毎週末帰国する許可をもらえないかと、あります」
「………」
「検討する。次」
「はい」
このほか、原初生物対応機関改め、特殊対応機関の今後の活動予定と、秘匿海域に集まる各種浮遊島に整える設備、カサルシエラに限らず、各浮遊島からのアルシュファイド王国長期滞在者の受け入れ対応など、報告だけでもかなりの時間を取ることになった。
シィンとユラ-カグナとで、担当を振り分け、メイリイとアクオとガンツリーは、彩石騎士の部下の配置について整えるようにということで、指示があった。
報告の開示を終えると、メイリイたち彩石騎士の従者は、3階の会議室のひとつに入って、大まかに6区画に配置された席に戻った。
ここは、彩石騎士付き従者執務室の改築が済むまでの、仮の執務室だ。
同時に隣に居室も作るということで、ちょっと嬉しい。
いや、表に出さないようにはしているが、かなり嬉しい従者たちだ。
白剱騎士従者の正騎士キースが、メイリイたちに、与えられた指示に対する細かな指定を指摘して、部屋を出た。
それを受けて、メイリイたちは、まず、名称の確定を行う。
従者たちはそれぞれ、各彩石騎士の二つ名を分けてもらい、白剱騎士付き従者を白靱(はくじん)従者、緑嵐騎士付き従者を緑颯(りょくそう)従者、緑鉉騎士付き従者を緑率(りょくそつ)従者、緑棠騎士付き従者を緑褒(りょくほう)従者、赤璋騎士付き従者を赤琢(せきたく)従者、碧巌騎士付き従者を碧嶝(へきとう)従者とし、執行官も同じくするかと話し合う。
「名称が多くなると混乱するけど、同じというのも、それはそれで混乱しそうだ」
真名辞書を前に、うーんと首を傾けていると、緑鉉騎士付き従者のユーナ・ホワイドが声を掛けた。
「お疲れ。休憩に行かないか?」
「あっ!はい!」
アクオが返事をして、3人揃って立ち上がると、大きな息を吐いてしまう。
「ははっ。だいぶ疲れてるな」
「まあ、その、ずっと真名を見比べてたから」
「真名?」
食堂に入るまで、自分たちの作業を話すと、ユーナは、自分の名称を聞いてきた。
「えっと、緑鉉は…」
どの部分を使ったかと、アクオが記憶を辿っていると、ガンツリーが言った。
「率だ、緑率従者。聞き慣れないけど、そのうち馴染むかと」
「え、そつ?て、いうと」
「率いるです。色々意味があるんですけど、強いのは、まとめて引っ張っていく、という感じの意味ですね。黒い糸を引き絞る、という意味の、玄を採用しました。緑鉉騎士の、技術を一本化して行き渡らせて、能力向上のために全体を引っ張ってくれようとしてるとこ、ユーナの活動と重なるかなと思ったんです」
「お、おお…」
「まあ、まだ、彩石騎士たちに上げてないですけどね。そういう意味を持たせてると、執行部隊の分け方も定まるかと思ったんですけど…。ほかは、なかなか。白剱騎士のところは、しなやかで強い、とか、意味は悪くないけど、繋がるかなっていうところがあるし」
アクオが言った。
「暫定でってことで、取り敢えずそれに。それぞれの彩石騎士で決めた方がいいかもしれません。ただ、真名も限られますから、参考ということで、一旦、決めて、次に進もうと」
食堂で、4人掛けの机を囲むと、先に注文をして、話を続ける。
「で、困ったのが、執行官の名称です。従者と同じ、よりは、別の名前がいいかなと思うんですよ。働きが違うから」
「ああ…。ああ、それこそ、動物の名前を付けるといいかもしれないよね。ほら、試験で使っただろ。所属ごとに違う動物をさ。白剱騎士なら、ナムリが居るし、白狼なんていいんじゃない?白狼…執行官じゃなくてさ、部隊の名前にしたら?そこの隊長が、執行官代表、てことにしたら」
「あ!そしたら、執行官の数も限定しなくていいです!」
「あ、それはいいな。隊長なら、位階の判断に迷わないし、その下は、見習いも入れそうだ」
ガンツリーが言う。
見習いは、彼らと同じ、士官学校所属の少年少女なので、大きな役割に対して、掛けられる責務が小さいが、ひとつの部隊の構成員ということなら、無理がない。
メイリイが、感激した様子で声を上げた。
「ありがとうございます!なんとかなりそうです!」
「うん。まあ、動物も、それはそれで悩むけどね。ほかの彩石騎士は、透虹石が居ないから」
ユーナが、感謝を受けて、ちょっと照れたように言う。
「印象じゃいけませんか?」
アクオの言葉に、ユーナは、いいけど、と返すが、首を傾ける。
「ジュールズはレイネムを連れてるのもあるし、竜巻とか考えたら、竜で良さそうだけど、ほかの彩石騎士の印象って?」
「ですね…、アルは、じゃあ、ガルバル?いや、真名がいいか」
ガルバルは、火山区に住む、四つ足の火の獣で、恐ろしい動物として、大陸中で有名だ。
「ガルバルは獅子とされているよね。ほら、アルシュファイドの雄のベッフェラと、外観は同じ系統」
「うん…もうちょっと、アル自身には、親しみがありますよね」
「いや、有名な部分で、親しみがあると言えなくはないよ。ガルバルは置いといて、ベッフェラなら、自国の獣として、なんか、自慢したくなるだろ」
「ああ!それはある」
「赤獅、でいいんじゃないかな。透虹石の獅子はいなかったけど、これから、……会えるかもしれない」
ユーナは、場所を意識して、言葉を考える時間を置いた。
それに気付いた3人は、そうですね、と返すに止め、急いで食事を終わらせると、彩石騎士居室に入った。
応接用の椅子に落ち着くと、話の続きを始める。
「楽しみですよね!ほかの浮島!火の島とか、上陸できますかね…」
メイリイが、楽しみを現すような表情で言い、笑いが漏れるが、自分たちも同感だ。
ユーナが言った。
「そうだね。火と言えば、白剱騎士も、火だけどね。名称としては、白を使うのがいいんだろう」
ガンツリーが、顔を向けて聞いた。
「あとの代では、変えた方がいいでしょうか」
「うーん、それはそうだね。動物の名称は重なるだろうけど、あとの人物によっては、白竜でもいいし、同じ世代で白狼、緑狼、いや、緑狼でもいいんじゃない?」
メイリイが、身を乗り出して主張する。
「いや、言い難いけど、そこは、りょくろうで!」
「あは。こだわるね。それはそうと、じゃあ、ファイナなら?」
「うーん。あの人は鳥かなあ…」
ガンツリーに続けて、アクオが言う。
「うん。どっちにしろ、飛ぶような動きかな。静かなようでいて、あの人、すごい勢いあるよな」
「ああ、鍛練の時な」
メイリイが身を前に倒して、会話に入る。
「でも俺は、さ、ほら、ガフォーリル!あの重量がある感じ、似てるって思うなあ…動く時は速く、蹴る足は力強く、静止の時は、すごい静かだろ!」
皆、同意を示して頷き、ガンツリーが代表のように語る。
「ああ、その点、狼は、蹴る足が、なんか、軽いよな。とんとんとんって。ガフォーリルのは、地面に食い込むような感じで、がっ、がっ、がっ、て、感じ。本気の度合いにもよるけどさ、だって、軽く走る時は、ほんと、あの大きさで、なんでって思うぐらい、音がしない。ああ、まあ、体重はないのか?」
「人と同じくらいの時はな。そして、地面を走ってるのに、飛んでるみたい」
アクオに続けて、ユーナは、話を戻した。
「じゃあ、部隊の名称にするなら、緑虎?」
ガンツリーは、元々の話題を思い出して、応じた。
「あ、そうですね。でも、ガフォーリル、そんなところでいきなり使われて、戸惑わないでしょうか」
アクオも、意識を先の問題に戻した。
「1頭しかいないからな。でも、それこそ、ほかの島には、虎の仲間と言える種がいるのかも」
「じゃあ、その辺り、見てみて、出そう」
そんな風に話していると、昼の休憩時間が終わりに近付いたらしく、彩石騎士たちが戻ってきた。
メイリイたちは仮の執務室に戻り、ユーナは、ファイナとシィンに、今の話をした。
「名称の確定は置いておくとして、方向としては、その方が助かるのかなって、思います。伝達動物の作成の点で」
ミナからの、要請に近い提案で、部署ごとに伝達に使用する動物の作成について、多く使われる鳥ではなく、動物全体に選択を広げ、種類に系統を感じさせる違いを、持たせる取り組みがあるのだ。
「ふうん…それでいくと、俺は?」
ファイナに聞かれて、ユーナは、虎ですと答える。
「虎。ガフォーリルか…」
「シィン!狼?白い狼使うの!?」
ナムリが、なんだか、喜びを抑えきれない様子だ。
いや、楽しみか、表現するなら、わくわく、だろうか。
「ん。まあ、通常では、鳥の方が、慣れているから使いやすいが、ちょっとした使いとか、それこそ、固定で形を作るなら、それはいい区別のように思うな…」
そこに、廊下側の扉からカィンが入って、何かありましたかと聞く。
その後ろから、ルークと、緑棠騎士カヌン・スー・ローゼルスタインが入ってきた。
「ああ、ちょっと待て」
シィンは、別室のメイリイたちと通話を繋げて、話をした。
「今、彩石騎士の下部組織の枠組み作りで、執行官の部隊を動物の名称とする考えがあるそうだな」
ガンツリーの声がした。
「あ、はい。シィンとジュールズには、透虹石の獣が付いているので、そちら寄りの獣になるかと思うんです。あと、種類が同じになったとき、配色に特徴を持たせて、例えば、飾毛を作って、色違いにするとか、どうかと思うんですが」
「スー、アル、カィン。どうだ。伝達動物を、その辺りから違いを示して、作ってみては」
アルが即座に声を上げる。
「おっ!楽しそうじゃん!俺は何!?俺の自由に決めていいの!?」
「まあ、それなりに精悍に見えるといいんだが」
カィンが、アルに先を越されたことで、短いながら考える時間を得て、口を開く。
「あ、それ、いいかもしれませんね…。いや、悪いかも?今後、カサルシエラや、ほかの島から、人以外の動物が来るじゃないですか。その辺り、影響があるかもしれません。明らかに、意思が無い物と、区別できるようでないと」
「ふむ」
ユーナが、思い付いて、はっと息を吐く。
「籠を持たせましょう!高速移動時には必要ないんで、受け取りと差し出しの時、籠を出して、ああ、大きくして、品物の出し入れをするんです!で、それ以外では、籠、まあ、鞄がいいですね!似た形の鞄を持っていれば、伝達動物だと、説明とか、判断とか、しやすいです!そう!鞄を、伝達動物と同じ毛並みにするんですよ!それなら、生物でないと、見分けられるんじゃないですか!?」
「作ってみる」
スーがそう言って、緑色の彩石猨を作り出し、斜め掛けの鞄を持たせて、見せた。
「え、猨?」
「好きなんだ」
いつもと変わらぬ、淡々とした声だけれど、そこに熱がこもっていることを、仲間たちは気付いていた。
「そうすっと、スーは猨にすんの?執行官の名前」
アルに聞かれて、スーは、先ほどシィンが、精悍、と、口にしていたことを思い出す。
猨は、理知的ではあるけれど、どちらかと言うと、いや、スーが好む理由は、かわいい感じ、なのだった。
「……だめなのか?」
言葉少なに、落胆する様子を見ると、どうも、望みを叶えてやりたくなる。
シィンが、咳払いをしつつ言った。
「ま、まあ、ラーマヤーガを参考にするとアレだが、ザラを考えると、個体にいくらか差があるからな。追い追い、整えるとしよう。では、執行官の団体名に入れ込む動物の名に寄せて、彩石動物を固定化するか」
カィンが言った。
「そうですね。あとの世代への伝え方は置いといて、今、試しに、始めてみますか」
「ああ。では俺は、白狼にしよう。毛先にでも、赤色を付けるか」
ルークは、それを聞いて、自分を顧みた。
「わああ…僕もなんか考えよう!ユラ-カグナに話聞いた時は、考えられなかったけど、そっか、系統ごとに分けられる動物って考えたら、なんか、想像を刺激されるね!」
話を聞いた時には、また面倒が増えるのか?という思いが勝ったものだが、こうして、形を作ろうとする様子を見ていると、想像が広がり、視界もまた、広がりを見せた気がした。
「僕も、行きたいなあ、浮島…!」
小さな呟き。
それが落ちた途端に、ぶわっと、ルークの感情が溢れ出た。
色んな動物に会える場所!
「僕、浮島に行きたい!」
「は?」
カィンたちがルークを振り返り、シィンが、がたがたと音をうるさくして立ち上がった。
「ちょっと待て!」
「だいじょぶ、だいじょぶ、さっと行って、すぐ戻ってくるよ!」
「え、ルーク、本気ですか…」
カィンは、戸惑う様子だけれど、シィンの慌て様は本物だ。
「だっ!おま!勝手に…!」
「それじゃ、あとのこと頼んだよ!」
普段は聞き分けの良い大人しい祭王を演じ切っているが、頑固なところはレグナの血筋。
ここのところの多忙から、感情の抑えに限界が来たのだろう。
幼いうちなら付き合ってやれたが、今は、シィンには、他ならぬルークのために、守らなければならない立場がある。
身を翻して出ていくルークに、シィンは素早く判断を下した。
「カィン行け!スーは残って政務処理だ!」
「うえ?あ、の、いくらなんでも、すぐには…」
「あれは支度もせず行くつもりだ…!いいから、とにかく、あとを追ってくれ!」
「俺が行ってもいいぜ?」
アルが言ったけれど、とんでもない。
「お前は一緒になって遊ぶだろうが!」
カィンは、ルークの姿がすぐにも消えるので、慌てて追い掛けた。
出遅れたと、アルが息を吐いてぼやく。
「信用ねえなあ…。見習いの頃とは違うことぐらい…」
「………悪いとは思うが、カィンには、サリが居るからな…」
アルは、目を見開いたけれど、確かに、否定しようと思うと、どこか嘘を吐く気になる。
今、ルークが、アルにとっての恋愛対象でないのは、そういう関わりが無いだけだ。
経験なんて、とても淡い思い程度しかないけれど、だからだろうか、その訪れには、誰も、もちろん自分も、抗えないことは、なんとなく、知っていると思う。
「……。ま、悪いと思ってんなら、許してやるか!」
息を吐いて、アルは、んじゃ、どうすっか!と、切り換える。
「あ、でも、やっぱ、いろんな動物は見たいぜ!原初も居るんなら、動物の形の元になってんだろ?機会を積極的に作って、行ってもいいよな!?」
「あー…、ここしばらくを乗り切ったらな…」
「おっしゃ!」
上機嫌で、仕事に取り掛かる。
こういう、仲間だから、やっていけるんだなと、シィンは改めて、胸の深いところに、思いを据えた。
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