調査3日目、巡り合わせ

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       ―夕―    湯を浴びて、夕刻の空を眺めていたミナは、その存在に気付いて、振り返った。 まだ、小さな影に向けて腕を振り、たちまち表情の判別が付くほどに近くなる彼らを、手招きで引き寄せると、鍛練場の一角に降り立ったルークの前に立ち、ちょっと怖い顔をして見せた。 「こら!仕事をほっぽり出すなんて、社会人のすることじゃありませんよ!」 直前までの笑顔が罠だと知ったルークは、そちらに衝撃を受けて、驚きの表情だ。 それがおかしくて、ミナは、すぐに吹き出してしまった。 「ぷはは!もう、ルークは。もう子供の年齢じゃあ、ないんですけどね」 笑いが残るけれど、困ったような顔のミナに、ルークは、それまで高揚していた気分を、地に落とし付けられた気がした。 それは、とても柔らかな着地だけれど、押さえ付けられる重みは、軽いものではなかった。 「ごめんなさい…」 「だいじょうぶ。でも、単独で飛び出したら、みんな心配します。カィンはもとより、親衛隊を連れて来ているだけでも、よかったです。みんな、お疲れ様。(ひと)()ず、湯を浴びておいで」 ミナとともに、この場に来ていたラグラが、そっと付け加えた。 「よろしければ、セスティオ・グォードの大浴場に行かれては、いかがでしょう。ひと息つくには、ちょうどよいかと」 「ああ!そうそう、男の人たち、楽しそうだよ!たくさん、人も獣もいるし、様子見も兼ねて、都合がいいね!この船の船員に声、掛けて、着替えを持たせてもらうといいですよ!」 そう言うと、ミナは、驚いた顔の、でも元気のなくなったルークの肩を、ぎゅっと(つか)んだ。 「ね。反省したなら、それはそれ。今度から、教えてください。私たちが見逃してること。きついなって、とき。いっぱい、押し付けるものは変わらないけど、それでも、一緒に抱えるから。そうしたいから」 「ミナ」 ミナは、両手を差し出して、求め、握り合ってルークの目を見た。 「今日は、ちょっとだけ、息をつきましょ。朝になったら、また、頑張れるようにね」 「ん…」 ずっと、世話の焼ける目上の女として、見守っていたけれど、自分の方こそ、見守られていたのだと、ルークは気付く。 役割としては、もちろん、頼っていたけれど、同時に、守るべき民として、大切な身内の1人として、自分こそが、守る、存在だと思っていた。 でも違う。 もちろん、守る。 それは変わりないけれど。 ミナは、彼女なりに、ルークのことを、守ろうと、してくれているのだ。 その意識こそが。 今、自分の心を、抱きしめて、くれている。 息を()いて、気を取り直し、笑顔を上げると、ミナも、にこりと、笑顔を返した。 「まったく、ミナは結局、誰にでも甘いんだよな!」 声の方を振り仰ぐと、ジュールズが高い空中から降り立った。 「ははっ。誰にでも、いい顔をしたいわけじゃないんだけど」 悪い意味かと受け取るミナに、ジュールズは、盛大な溜め息を()く。 「そうじゃなくて!まあ…、はあ。いいよいいよ。俺様を甘やかしてくれるんならさ…」 ぶつぶつ呟いて、がしっと、ルークの頭を(つか)んだ。 「たまに無茶振りすることで、発散し切ってると誤認してたようだ。彩石騎士の1人として、不甲斐ないことですまん」 ジュールズが自らの非を認めることは、普段の行状からは意外なことに感じて、驚きに目を大きくしたが、そうすることで相手の心を(すく)い上げることは、彼らしい気遣いだとも、思い出す。 そう。 こんな、感じだった、昔から。 安心感に憩うのも(つか)()の話で、すぐに、(つか)まれた頭が、ぎりぎりと圧迫を受ける。 「痛い痛い痛い痛い!」 「言えるじゃねえかよ、未熟者め」 ふっと息を()めると、ジュールズが手を離した。 「ちょっとは、言えた気になったかよ」 言えた。 痛いって? 別に、言えないことではないし。 疲れたと。 いや、大変だと、そんな文句は、よく言うけれど。 そう言えば、最近、疲れた、なんて、言うと、気を使わせるかと、()けていた気がする。 不満ひとつも、言葉を選んで。 それはもちろん、聞く相手が()るなら、気を重くするような単語は、()けるけれど。 その度に、心を、押さえ付けて。 苦しい。 「どんなに、やり抜きたいことでも、苦労や疲労がないわけないだろ。ないわけないって、ちゃんと分かってるから。出して当然の言葉まで、抑えるなよ。その程度で潰れるほど、弱くないっつの」 「でも、ジュールズ」 「歯止めが利かないなら、()めてやる。そのための、同志なんだから」 ほかの国には()ない、こんな、騎士たちは。 四の宮公のような血筋でもなく、代々の双王を支えてくれた、彩石騎士たち。 それだけの力量を持つ者が()ることさえ(まれ)なのに、騎士となって、アルシュファイド王国を守ってくれる。 双王を支えてくれる。 ルークはちょっと、泣き笑いのような顔になってしまったことに気付いたけれど。 仕方ない。 本人の性質もあって、同じ王城で暮らしていたときも、祭王と彩石騎士という関係になってからも、会うことの少ない彼だったけれど、どこか、兄に対するような甘えが、あるようだ。 「うん」 それだけ、やっとの思いで言うと、涙はなかったけれど、頬の辺りをごしごし(こす)った。 自分で、立つ、それは、双王の1人である以前に、人としての、自己の確立。 それよりなにより。 男、だから。 意地を張っちゃう、意識が強いのだ。 力の強さを誇示するためではなく。 きちんと、自己ではない、いろんなものを、守る力があるんだって、示して、認めてもらいたい、そういう、意地。 双神が造ったのは、ただの器。 心を形作るのは、体を動かすための、ただの機能なんだろう。 それが、様々なものを見て、学んだ。 きっと、男神と、女神を見て。 その違いが、意識に刻まれて。 子に、同じように、見せることになったのだ。 理想像。 たぶん、そう。 生まれてからこれまでに、得た様々な事柄から。 そう、呼ぶべきものが、胸に、置かれた。 ルークは、男である自分を意識した途端、なんだか、お(なか)がくすぐったくなって、笑ってしまった。 大丈夫。 今度は、ちゃんと、笑えている。 「うん!じゃあ、僕、湯浴みに行くね!」 「行ってらっしゃい」 ミナが笑顔で言う横で、ジュールズが、首を傾ける。 「ん?お前、………まあ、いいか?」 「え、何。何かあるの?」 「いや。それはそれで、おもしれえから、俺はいいぜ。行って来い、大浴場」 「うん?はっきりしないなあ…」 カィンが、ようやく言葉を発した。 「シィンですよ。今は()ないから、いいんじゃないですか」 「あ」 共同浴場とか、イエヤ邸での宿泊でも、男同士とは言え、多人数での入浴には、シィンの鬱陶しい抵抗に()っていたのだ。 「そっか!ぶつぶつ言われなくて済む!わーい!行ってきます!」 どの道、最終手段として、強行してきたので、文句を言われないことに開放感を覚えるほどだ。 用心のため、このことは自分からは言うまいと、カィンと、そして同行していた5人の親衛隊隊員は、固く口許(くちもと)を引き締めた。
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