調査3日目、巡り合わせ

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       ―宵―    セスティオ・グォードの北東部に設置された温水の湖は、遠目に大きな円蓋(えんがい)を見せており、既に船内で湯を浴び終えた人々は、翌朝(よくあさ)にでも出掛けてみようかと、話して盛り上がっていた。 ルークとカィンは、祭王親衛隊の男騎士5人、レトール・パーナ、ナッシュ・ヘイン、ミル・クロード、ジャックス・エレン、ホービル・リスキーと共に、船員に調えてもらった湯浴みの一揃(ひとそろ)いを持つと、近付く者に()(ぐち)を教える彩玉鳥によって円蓋(えんがい)の出入口へと案内され、中に入った。 出入口は、まず、男女に分けるための表示があり、男の()(ぐち)から入ると、更衣室に入る扉と、沐浴(もくよく)室に入る通路への扉が並び、服を着る者たちは更衣室、服を着ない者たちは沐浴(もくよく)室に案内する彩玉鳥が()た。 「え、あ、ここから!」 ルークが声を上げ、カィンたちも、分かれて入っていく、服の有無がある生物を眺める。 「そっか、服…」 「こっち、沐浴(もくよく)室、覗いてもいいかな!」 ルークは、そわそわと落ち着きなく言うが、今は、勧められたとおり、休むのが先だろう。 「(あと)にしましょう。まずは一通(ひととお)り」 「あー、うん!それじゃ、行こ!」 そうして、更衣室に入ると、内側に()た彩玉鳥が、服を着替えて!と声を上げた。 「沐浴(もくよく)入湯(にゅうとう)も服を着たままだよ!流れてる薬湯(やくとう)に浸かって、体を(こす)ったら、そのまま次の湯に進んで、入湯室に入ってね!出る時は、出口になってる沐浴(もくよく)室から入って、更衣室に戻るんだよ!」 子供向けの説明のようで、発声は強めだが、砕けた口調のためか、聞く印象は、柔らかい。 たぶん、今のキリュウでは内容を理解できないけれど、一連の流れを覚えたなら、そのうちには、理解できそうだ。 「えっと、じゃあ、洗剤は使うなってことかな?」 「あ、そうですね。廃水の問題が…とにかく行ってみましょう!」 こんなところで、ぐずぐずしている時間が惜しくなり、カィンは急いで、更衣室の様子を確かめた。 今はまだ、貴重品の扱いなど考えられていないようだが、荷物の置き場はきちんと閉じることができるし、簡単な留め具を掛けると、開けるには、利用者自身の名乗りが必要となる。 細かなことを教える彩玉鳥が要所に配置されているので、戸惑うことはあっても、それほど困るものではない。 男物の(よく)()は、肩から掛けて、布の機能の一部らしい伸縮する帯によって、腰で絞られ、(もも)の半ばまで隠すものだ。 上半身を隠す意図はなく、吊り下げる帯が太いので、結果として、肌の多くが隠されている。 大きさの違いはあるようだが、生物の違いに対応するためのようで、簡単に、成体用と幼体用の区別があるだけだ。 ルークとカィンよりも、頭ひとつ大きい親衛隊の5人と同じ大きさを選んだが、身に付けると、いくらか調整されるらしく、身長や体の厚みに対して、過不足は感じなかった。 「へえー!器用だねえ!誰が作ったんだろう!」 「うーん…。これ、ハイデル騎士団並みじゃ…」 「とにかく、入りましょう」 ホービルに声を掛けられて、入浴道具を入れた、手提(てさ)げとも出来る取っ手の付いた湯浴(ゆあ)(おけ)を持ち、いよいよ、沐浴(もくよく)室の引き戸を開ける。 しっとりとした空気は浴室特有のものと思ったが、湯煙はなく、簡素な室内の床には、手前を除いて、一面に湯が溢れていた。 きゃっきゃと(はしゃ)ぐ声は、人の子の声にも似ていたが、どこか音に重なる低音の響きがあって、違う、ということを気付かせる。 目を向けると、人よりも大きな生物が、太い尾をぶんぶんと振り回して、湯の中で暴れている。 そう、あれはもう、暴れている。 「お、おお…」 ルークは、人ではないと、判別できる生物たちを前に、驚きっ放しだが、カィンたち騎士は、我に返って、辺りの様子を観察する。 ここに()る生物の大きさは様々で、ただ軽く身を清めるためだけの設備だろうに、この場だけで楽しんで長居していそうな者たちも少なくない。 見上げた天井は、(そら)を見せるが、先ほど外から見た時には、内側は全く見えなかったので、そういう仕掛けが施してあるのだ。 既に空の色は、赤みを薄くして、黒い色が広がりつつある。 屋内の照明は、天井に貼り付けられた明かりと、壁際の高い所と、低い所に設置されたもので、遠くまで見通せる。 あとで仕掛けなど、聞かなければならないが、ここまででも、かなり時間を取りそうなので、もう、諦めて、状況を知るだけに(とど)めるしかないのだろう。 足元に視線を戻して、湯の溢れている床面を、よくよく見てみれば、そこは床面などではなく、水面で、床は手前から、なだらかに深くなっていることが分かった。 「すごい、深い…」 呟いたカィンの目の前に、浮上してくる黒い亀があった。 人の顔ほどの大きさの甲羅を持つ亀は、水上に顔を出すと、さあ、おいでと、穏やかに(さそ)う。 足を踏み出して、水面下にある傾斜に進むと、(つか)まりなさいと声がする。 ここにきて、カィンはそれが、彩玉()であることに気付いた。 非日常の空間に、すっかり気を呑まれていた(あか)しだ。 肩まで湯に浸けて、小さな前の(ひれ)に指が触れると、亀は、たちまち大きくなった。 同時に、甲羅の上に浅めの桶が現れたので、カィンは、自分の桶をそこに入れると、後ろの者たちを確認した。 どうやら、カィンの様子を見ながら、真似(まね)をするようだ。 確認を終えたカィンが、改めて亀の両方の前の(ひれ)(つか)まると、四肢を動かすでもなく、後ろ向きに進み始めた。 「これは薬湯(くすりゆ)だ。途中で流れが強くなるから、手を離してはいけないよ。ほら、ここだ」 言葉通り、強めの流れが通り過ぎていき、水中に浮く首から下を、洗っていく、そんな感覚があった。 体表を、(こす)っていくような強さだけれど、体を丸ごとは押し流さない。 「今度は、上から湯が落ちるよ。目と口を閉じて、準備はいいかい?」 「うん!」 「じゃあ、はい」 ざばあっ。 大きな音を立てて、湯が大量に降ってきたけれど、細かい粒だったのと、聞いた音ほどには勢いが無いのか、負担は小さい。 「手を離していいよ。顔を(こす)って、髪をよく濡らしなさい」 降る湯量は変わりないようだが、いつの間にか足の下にあった底面に立ち、ちょっと顔を前に出すと、容易に湯の雨から抜け出せた。 「ちゃんと髪を洗い流せたかい?」 「あっ!ちょっと待って!」 思わず、そう返事をすると、カィンは、湯を浴びながら、がしがしと髪を()き回して、顔にも、その湯を受けて(こす)り、それからもう一度、湯の雨の下から出た。 「いいよ!次に…あ!」 素早く振り返って確かめると、ルークたちも、カィンとは別の亀に案内されて、頭から湯を浴びている。 頭上を見ると、低めの天井に無数の穴が開いていて、生物の真上だけ湯が降るようだ。 「進んでもいいかい?」 向き直るカィンに、亀が聞く。 条件に対する反応とは分かっていても、いや、だからこそだ、感心する。 ここまで、対象者に対応できるのは、風の力で、対象者の心が強く願うところを、よく()み取っているからなのだろう。 これほどの指定は、ただの言葉の組み合わせだけでは、カィンには難しく思われた。 さておき、今は先に進むために、声を上げる。 「いいよ!」 「(つか)まりなさい。次は薬を洗い流すよ」 再び、体が湯に浮くが、今度はカィンも、この浮力が、水の力によって指定を受けているものと気付いた。 身に受けた力を即座に読み取れなかったことに衝撃を受けるが、今は、置いておくことにする。 身に触れる湯の感触が、なんだか変わったようだと気付いて少し進んだ(あと)、彩玉()の告知があり、先ほどと同じ、身を清める流れが通り過ぎた。 「今度はこちら。その枝から、湯が降ってくる。首から上の薬を流して、休むといい。次に進む時に、入湯(にゅうとう)室に進むと言うのだよ」 「分かった!」 応じると、亀は、たちまち小さくなって、残った(おけ)を、中身をそのままに運び、この湯場の脇に寄った。 改めて周囲を見回すと、湯のある所には、体の大きさごとに通路があるのか、進行方向に向かって左手には、人よりも小さな生き物が()て、右手には、手前から順に大きくなるように、生物が分かれているようだった。 「カィン、薬、流しましたか?」 声を掛けられて、カィンは慌てて、ジャックスに答えた。 「あっ、いいや!すぐ浴びる!」 「(あと)に、たくさん続いてるから、手早くした方が良さそうです。それに、ここまだ、()(ぐち)と言っていいところだと思うし」 「そうだな!」 ひとつひとつ見ていると、時間が掛かって仕方がない。 今、彼らが()るのは、本流の脇で流れのほとんどない水域だ。 本流との境辺りに島のような突起物があり、その手前では、生物がいくらか、休んでいるようだ。 岸沿いには、低めの木に似せた、ひとつの設置物から伸びた枝が並び、生物が下に来る度に湯を降らせている。 それが気に入ったのか、繰り返し浴びに来ているらしい個体も、いくらかある。 ルークたちの一団は、薬を洗い流すと、急いで先に進んだ。 このままの進度では、夕食が、かなり遅くなってしまう。 本流に戻ると、すぐに沐浴(もくよく)室の出口に到着した。 湯から上がって、彩玉()に預けた(おけ)を受け取り、いざ、入湯室へ。 扉を開けると、顔には涼しい風が、首から下には温かいと言える空気が、柔らかく肌に当たる。 「ふあ!」 気持ちよくて、ルークは思わず声を上げてしまい、ほかの者たちも、深呼吸する。 ルークたちの後から、人と同じくらいの大きさの、竜と呼んだ方が良さそうな生物が3頭続き、その後ろにも、別の生物…狼らしい生物が続く。 「気分は悪くなっていないかい?湯に浸かり過ぎてはいけないよ。適度に湯から上がって、楽しみ、休むんだ。じゃあ、行ってらっしゃい」 声の方を振り仰ぐと、扉横の壁の、高い位置にある(くぼ)みの中で、止まり木に佇む彩玉鳥が、一気に入室した一団を見下ろしていた。 「どの浴槽でもいいの!?」 「いいよ。ただし、大きな生物の近くでは注意してね。経験の浅い子には、特に注意するんだよ」 「わかった!ありがとう!」 「どういたしまして」 きちんと答えるのは、もしかすると、キリュウたち向けなのか、いや、そうでなくとも、子連れなどには、このくらいの丁寧さは必要だろう。 カィンは、はっと息を吸って、そうか…、と呟いた。 こんな違いを、持たせることが、ルークの行う事業では、必要な場合が多いのだ。 「すごく学ばされますね…」 「ヘっ!?なにっ!?」 勢いのある声に、そちらを見ると、ルークは瞳を輝かせて、(あふ)れんばかりの好奇心を表す。 「あ、いえ。まずはどこに…いえ、それより、のぼせてはいませんか?暑いのでは?」 「あっ!でも!それより、入りたい!」 ミルが言った。 「じゃあ、低温湯を探して入りましょう。これだけ広大なんですから、温度の違いぐらい、ありそうです。あ、そうだ。彩玉鳥!案内してくれ!」 「私は扉番のリスクフル。案内が必要な者は、唱えなさい。案内鳥を求める、名乗り」 「僕が言う!案内鳥を求める!ルシェルト・クィン・レグナ!」 ピュイー!、と、湯煙の立つ(みどり)の茂みの方から、鳥に近い鳴き声がして、緑色の多い鳥が飛んできた。 ルークの顔の前で、見せ掛けだけ、ゆっくりと翼を動かして、(とど)まる。 「僕は案内鳥シッカ!よろしく、ルシェルト・クィン・レグナ!なんて呼ぼうか?」 「ルークって呼んで!シッカ、今回だけ?」 「分かった!ルークって呼ぶね!今回だけ?」 羽ばたきながら、器用に首を傾ける。 「えーと…」 ルークは、彩玉鳥相手に、会話が成立する範囲を考えた。 その(あいだ)に過ぎた、時の長さに対応したようで、シッカが言った。 「ルーク!案内するよ!どんなところに行きたいの?」 「あ!ええと、低温湯!」 「低温湯!低温水の温水浴はこっち!」 「え?低温水の温水浴?」 「低温水は、氷が浮かんでるのと、温めてないのと、温めてるのがあるよ!温水浴は、温めてるのだよ!」 「ぶ!こ、氷?」 「氷水浴(ひょうすいよく)はこっち!」 「うわ!ちち違う!ええと、水!いや、温めてるのにして!」 「分かったよ!温水浴は、こっち!」 「は、はあ…」 思わず音を伴って息を()き、尾羽を向けるシッカのあとに付いて行く。 シッカは、小さな声量で、ピルッ、ピルッ、ピリルルルッ、など、調子よく鳴く。 辺りの緑は、どうやら作り物で、けれども、さわさわと風に揺れる葉のような連なりは、耳に心地よい音を聞かせる。 シッカは、緑の(あいだ)にある白く細い道の上を飛び、ルークの目線から胸の辺りまで、高低を適当に変える。 「何か意味でもあるのかな…」 呟くと、すぐ後ろを歩くカィンが、動きがある方が、注意しますねと言った。 「あんまり動かないと、目を離しちゃうじゃないですか。その辺り、子供向けなのかなって、俺は思うんですけど」 「子供向け…!」 「それに、生物の違いがあれば、理解力も、いや、理解の度合いですね。それが、かなり違うんじゃないでしょうか?なんて言うか、子供向けに分かりやすいのが、誤解や間違いを防ぎやすそうです」 「理解の度合い…」 「いや、範囲かな。理解の違い、て言うのが、合ってるのかも」 「ああ、そうだね。理解の違い…」 「そろそろだよ!」 シッカの声が掛かり、慌てて顔を向けると、すぐに視界が開けた。 「うわあっ!」 「すごい…!」 「はあ…」 少しだけ、役目を忘れてしまいながら、騎士たちも、ルークと感動を同じくする。 アルシュファイド王国のレシェルス区にある源流のひとつが、この場のように、円筒の岩棚の(ふち)まで満たされた水によって、水の丸机が段々になっているのだが、それよりもずっと広大で、何より、そこに()る生物たちが、多様で、目を見張る。 「人だ、人だ!」 「人が来た!」 「あれが人?」 「そうよ。まだ子供がいるわね」 最後の言葉は、ちょっと引っ掛かります。 「え?あれ、子供って、もしかして僕のこと?」 「あー…、その、たぶん、俺とルークですね…」 まあ、異種族の判別では、体の大きさ、特に背の高さが基準となったのだろう。 ルークもカィンも、そろそろ背丈は()まる年齢だが、カィンは、日々の変化から、まだ、もうちょっと、成長しそうだと思っていた。 「あれ?今の口調、ここ、男湯じゃないの?」 ルークの気付きに、シッカが答えた。 「ここは男湯だよ!男湯に入るのは、男と、性別が無い生き物!」 「あ、性別が無い…」 ふと、ジャックスが呟いた。 「性の区別が無い…?」 ナッシュが、はあっ、と息を吸った。 「ちょっと待て!両方の性がある生物は!?」 大きな声に、答える声があった。 「そんな生きもんはいないはずだぞ」 よく通るその声に、振り返ると、ちょっと低い浴槽…と言うべきか、とにかく、湯の(ふち)に両腕を掛けた、人によく似た姿をした者が、彼らの近くに寄って来ていた。 「まあ、入れ。泉ごとに熱さが違う。とは言っても、どれも低めのようだがな」 言われて、ルークたちは、その者の近くの湯の温度を確かめて、それぞれに入った。 ルークは、ちょっと寒いかなとは思ったが、なるべく、声を掛けてくれた、その彼、人ではないと判る人型の者に近い場所を選んだ。 「君、どういう生き物?種類かな…」 ルークの問いに、彼は答えた。 「私は木だ。むいの島の(むく)の木の実黒(ミクロ)枝人形(えだにんぎょう)だがな」 「え、ええと、むいの島、と言うと、ええと、むい、(ろく)?」 「カサルシエラの、むいの島さ。そんなことも知らぬとは、始まりの地の者ではないのか」 「ちちち違うよ!始まりの地って、アルシュファイドだよね!そっ、その、ちょっと、いろいろ、混乱、して、記憶が、曖昧に…」 「ふうん?まあいい。私は、この姿は、枝で作った人形(にんぎょう)なのさ。それ、お前たちが着ている(ころも)のように、大気の中では、一定の水しか含まぬようにした枝だ。教えてやったら、大層(たいそう)喜んでくれた」 「え、と、誰に教えたの?」 「トーベリウムたちだ。人の子もいたぞ。騎士だったな。そう、ファルセットと言っていた」 「ヘ、ええ…」 カィンが会話に入った。 「君たち、そんな風に交流してるの?」 「ううん?まあ、そうだな。ミオトたちが、色々と作り出したから、ずっと様子を見ていたのだ。それで、ちょっと話を聞いてみただけさ」 「そうなんだ…。いろいろ、聞いたら、教えてくれる?」 「気が向けばな」 「あ、そっか。そうだね。そうだ!そう言えば、木とかは、単体で()を作るだろ?それって、両方の性があるってことじゃないの?なんて言うか、確か、植物には雌雄同株(しゆうどうしゅ)って、言うのが、あったと思うけど…」 「うーん?しゆう。どうしゅ。それはよく分からないが。花ならば、確かに、2種類咲くかな。しかし、枝先に咲く花が2種類あるからと言って、それらが()(もと)となるからと言って、人の男女の違いのように、両性を具有するとは、思えん」 「なるほど…。あ、じゃあ、人型で、両性を具有する見た目の者はいない、てこと?」 「うむ。枝人形を、そのように作れもするが、まあ、(いたずら)な生き物の交ぜ合わせは、気持ちが良くないからな、たぶん誰も、したがらないだろう」 「そうなんだ!教えてくれて、ありがとう!」 「うむ。お前、名はなんと言う」 「あ!俺、カィン!カィン・ロルト・クル・セスティオ!」 「ああっ!僕はルシェルト・クィン・レグナ!これでも、その、祭王なんだよ…」 「ん?さいおう…」 実黒(ミクロ)は、遠い記憶を辿るように、じっとルークを見つめる。 「ルー…フェス。さいおう。双王の片割れ。祭事の(かなめ)…!」 思い至ったように、突然に身を乗り出した。 「わあ!ははは!お前、ルーフェスの子か!気付かなかったぞ!そんなにも似ているのに!ああ、よく似ている!」 大声を聞いて、周りの生物が近寄ってきた。 「ルーフェスの子。ほんとう、そっくり」 「ちっこい。ちっこいわよ」 「ルーフェスはなんかこう、もっとこう、黒かったぞ」 「だからルーフェスじゃないんだろう」 小さな者、大きな者と近付き、じっくり顔を眺めて、匂いを嗅ぐ者もいる。 実黒(ミクロ)が、両腕を挙げて、手首の先を前後に揺らした。 「これこれ、お前たち、驚いているじゃないか。えーと、なんだったか、ルー、…ト?なんか違うな」 「あっ、ルシェルトだよ!ルークって呼んで!」 「承知だ、ルーク。そっちは、カィン。ん?なんか、聞き覚えのあるのが交じってたような…」 「あっ、セスティオじゃない?セスティオ・グォードは、えーと、俺の、お(じい)さんたち…えっと、が、作ったんだって…」 そう言えば、2人のうちどちらか、両方かと考えて、語尾が怪しくなっていく。 「ん?いや、それじゃないな。そうか、セスティオの者か。それはそれとして、もう一度、名乗ってみよ」 「あ、はい。カィン・ロルト・クル・セスティオ」 「ぶは!おまえ、ヘパートの子か!それがお前、セスティオって!ヘパートとコルティリオが顔を歪めそうだな!」 「なに?なに?ヘパート?」 言いながら、泳いできた狼が、湯から飛び出して、実黒(ミクロ)と同じ浴槽に入った。 「おお。ヘパートの(すえ)らしいぞ。まだ幼いが、面影はある」 「へえー!ああ、ほんとう!ヘパートの子なら、きっとこんな感じね!」 親衛隊の者たちの名も聞くが、聞き覚えがあるようなないような、程度に認識されたようだった。 それにしても気になるのは、言葉遣いが女っぽいのが、ちょくちょく()ることだ。 あんまりにも気になるので、君は女の子?と聞いてみると、違うわよと答える。 「人と違って、見た目じゃわからないものね。でも、なんで女だと思ったのかしら」 「こ、言葉遣い…なんだけど…」 「へ?そうなの?人は女だけがこんな話し方?育ててくれた者たちは、男も女も、違いはなかったわよ?」 実黒(ミクロ)が答えた。 「それはあれだ、子供に対して、柔らかな口調を選んだんだ。木たちは私のような言葉遣いだから、それを好む男が多くて、子に多く接する女は、お前のような言葉遣いで定着したのだ。(しゅ)によっては、子育てを男女で変わりなく()るから、そういうのは、言葉遣いが同じになる」 「ふうーん!私も変えようかなあ…」 「まあ、そうしたいのなら」 「枝人形(えだにんぎょう)。枝を寄越(よこ)せ」 その時、上空から声が降ってきて、実黒(ミクロ)は、右腕を横に、まっすぐ伸ばした。 同時に、大きな影が静かに滑り込み、実黒(ミクロ)の腕に大きな、ほかの鳥たちと比べて横幅が太めの鳥が止まった。 いや、それよりも気にするべきは、その頭部の大きさだろうか。 鳥にしては、大きい。 頭の先から足までの長さを見ても、10歳ぐらいの人の子程度の高さがありそうだった。 これほどとなると、大陸で確認される飛ぶ鳥の中でなら、最大級と言える。 緑色の羽毛が多い、その鳥は、ひたりと、迷いなくカィンに視線を定めると、よく見るように、頭を前に伸ばし、少しして戻した。 「俺は透虹石の(ふくろう)イヒタール。ロルトを継ぐ者。話がしたい。なんとかしろ」 「ヘっ!と…」 耳元で聞こえる言葉に驚いたが、ロルト、の名を出されたことが、(はら)の奥の芯を硬くさせた。 「あ、わ、か…っ、分かった。あ、でもちょっと、待って。その…」 「分かった、待つ」 そう言葉が聞こえると、(ふくろう)のイヒタールは、静かにその場に佇む様子だ。 「なんだ、イヒタール。話す彩石動物を持っていないのか」 実黒(ミクロ)の言葉で気付いた。 多くの透虹石の鳥獣が、身に付いた異常彩石の処置などで王都中心地に集まったが、目覚めた郊外の、その場に居残った者たちも少なくはないはずなのだ。 声を持たない彼らのための発声器となる彩石動物は、黒檀塔に来た者たちには全員に渡したが、会ってもいない個体には、予備は、いくらかあるものの、すべて王城に保管しているので、今、この場にはない。 「あっ、透虹石、の…!そうか、黒檀塔に来なかったんだ!?」 カィンが叫ぶと、イヒタールは、ゆっくりと頷いた。 たった今、発した言葉は、風の力を多量に消費して作り出したのだろう。 「それなら僕、今、作るよ!任せて!」 ルークが言ってくれたが、彼らは今、彩石など持っていない。 「えっ?でも、彩石がないですよ、透虹石が」 「そうだ…ね!そうだ!彩玉で大丈夫なんじゃない!?いやまあ、ちゃんと形のある彩石の方がいいんだろうけど、今だけなら、問題ないよ!」 話しながら気付いて、作り始める。 以前に何度も繰り返した作業なので、壊れやすい彩玉を、土の力で保護すれば、さらに安心だ。 「……できた!透虹石のフクロウ…フクロウって、鳥って思えばいいの?」 言葉だけでも、術は発動するが、存在の認識の度合いは、術の効果の確立に影響する。 実黒(ミクロ)が答えた。 「(ふくろう)とは、真名(まな)では、こう書くのだ。高い木の天辺(てっぺん)に止まって、夜の見張りをしてくれていた姿だ。紅月に浮かぶ影で、下の木が足に見えたのだ。高い所から周囲を見張る、翼持つ者という真名(まな)さ。イヒタールの名は、ほかの透虹石のと違って、必要量の彩石を小さくして、数を増やしてから食べていたことから、稲の穂の多くの実りの印、豊穣の印という吉事(きちじ)を示す言葉として、付けられた」 実黒(ミクロ)は、空いている左の手の上に、(ふくろう)真名(まな)を示した。 枝人形(えだにんぎょう)の体の一部を変形させたのだ。 続けている必要はないので、人々がそれを視認すると、すぐに枝人形(えだにんぎょう)の一部として戻した。 「実黒(ミクロ)とは知り合いなの?」 ルークは、答えられないイヒタールにも、一応、目を向けた。 すると、ゆっくりと頷いた。 その動作が、ルークの心を鷲掴(わしづか)みにした。 なるほど猛禽類!とか思うが、それは関係ない。 「そうとも。そう言えばお前、枝人形(えだにんぎょう)と言っていたな。私を実黒(ミクロ)と知って来たのではないのか」 イヒタールは、ちょっと首を傾けて、実黒(ミクロ)を見ると、目をゆっくりと(まばた)きさせる。 「くあっ!かわいい!」 感激の声を上げるルークを見て、首をちょこっと傾けたり、翼を動かしたり、羽毛を広げたりと、狙っているとしか思えない、かわいらしい動きを連発する。 「うーむ。こいつは喋らん分、動作で相手の反応、見るところがあるからな…」 え、それ、どうなのと思うが、カィンは、言葉を発する余裕はなく、ロルトの名に注目されたことに、まだ、気を取られていた。 亡くなった父の家の名を。 「はっ!そうだ!ええと、透虹石の(ふくろう)イヒタールを代弁せよ。始動」 我に返って、起動の言葉をルークが発すると、作り出した彩玉鳥は、(わず)かに身動きしたが、それ以上の動作はしない。 「イヒタール、君の意思に従って動くはずだよ。取り敢えず、横に立つようにしたら」 ルークに言われて、イヒタールは、また、かわいらしく首を傾げる。 その直後、彩玉鳥が羽を広げて、(ゆる)く弧を描きながら、イヒタールの隣、実黒(ミクロ)の腕に、人々に向き合う形で足を下ろした。 「世話を掛けたな、今代の祭王か。ルーク。ありがとう」 何度も経験したが、話し始めてくれる、この第一声を聞くと、ルークは感激に胸の奥が震える心地だ。 「うっ、うん!どういたしまして!」 「ふむ。さて、カィン。しばらく、お前を観察したいな。以前に、ヘパートと行動を共にしていたから、懐かしい。お前は、あいつとは違うけど、子供たちと離れてしまったことを、今でも後悔してるんだ。代わりにはならないが、強く、お前と()たいと、今、思うから。できないだろうか?」 「はっ。あっ、うっ、うん!い、一緒に…」 どきどきと、胸の鼓動が騒がしい。 どこか、レイネムやセイエンが、人を相棒としているのとは、違うけれど、でも、こうして、声を掛けられたことを、理屈なんて何もなく、嬉しいと、思う自分がいた。 「一緒に、俺も、()たい。ほんの短い間でも、嬉しいよ」 「では、よろしくな。しかし、ヘパートは大男だったからなあ。お前の肩には、乗れそうもない」 「ごっ、ごめん!ええと、じゃあ…」 「謝ることではないさ」 「あっ、うっ、うん…」 「それじゃ、その彩玉鳥を作り変えようよ!ちょっと借りていい?」 ルークの申し出に、では頼むと答えてから、イヒタールは、彩玉鳥をそちらに戻した。 「レイネムが使ってるのに似たので、いいと思うんだよね!止まり木の幅を、大体このぐらいかな、で、こんな感じ!尾羽は、短いね!まあ、シュティンベルクが特別長いのか…まあ、こんなで!乗ってみて!」 彩玉鳥は、すぐにその姿を変えられて、彩玉(いた)の上に、実黒(ミクロ)の腕と同じくらいの太さの止まり木を備えて、力の元である彩玉を内包する(たま)を添えられた。 「あれ、板、余分じゃない?そのまま、乗っててね!これもう、止まり木だけでいいや!いや、横に小鳥を置いて、こう!自力で浮くけど、自分で飛びたい時は、木を(つか)んだまま移動すればいいよ!一応、思うように動くはずだよ!やってみて!」 そうして、具合を確かめ、微調整を済ませると、イヒタールは満足の頷きを見せた。 「ふむ!これならいい。ルークよ、ありがとうな」 「うん!どういたしまして!ああ、それにしても、いいなあ、カィン。僕も、仲良くしてくれる子が()ないかなあ…!」 「あっ!俺からも、ありがとうございます、ルーク…」 「うん!あ、そっか!カィンと()るなら、これからたくさん会えるね!」 「そうなのか。それは嬉しい」 「そういえば、イヒタール、(きみ)、なんでここにいるの?て言うか、いつの間にアルシュファイドから?」 カィンに応えて、イヒタールはそちらに顔を向けた。 「ふむ。(つるばみ)の奴が訪ねてきた時に、風鳥の島が上空にあってな。連れて行ったついでに、こちらまで送ってきたのだ。あいつを置いて、すぐに帰ってもよかったんだが、何やら楽しそうなことをしているんで、あちこち見ていたところだ。さっきまで、あっちで水浴びしてたんだが、人の子が来たと聞こえてな。そのうち、ヘパートの名が出たから、来てみたんだ」 ルークは、先の報告で聞いていたことを思い出した。 「(つるばみ)…!そうか、鳥が連れて来たって、君のことか!ありがとうね!彼…?(つるばみ)が来てくれて、君が連れて来てくれて、助けられたと思うよ…!」 「ならいいな。しかしまあ、知己のことでもあるし、我らも、できることはしたかったのだ」 「そっか!懐かしい顔には、会えた!?」 「うむ。まだ、話していないのも、いるがな。見掛けただけで。まあ、御木(ミケ)には会えたし、ほかは、回っていると、切りがない。カィンと行ける時で、いいさ。お前は、そんなに自由な時間は、無いのだろう?」 顔を向けられて、カィンは、躊躇(ためら)うように頷いた。 自分の都合に、本当に付き合ってもらえるのだろうかと、不安が浮かび上がる。 「あ、うん…。いいのか?」 「まだ、今のアルシュファイドの様子も見ていないからな。そんなに、心配そうな顔をするなよ」 ふふっと、()く息が笑っているようだ。 なんだか、恥ずかしい。 そこへ、そっと割り込む声があった。 ナッシュだ。 「あ、あの、そろそろ、温かい湯に移った方が…寒くないですか」 温水浴と言っても、生物によって、体温との差が違う。 それなりに高い温度の湯もあるのだが、確かに、そろそろ、今より温かな湯で、温まった方が良さそうだった。 そうであるならば、低めの湯が多くなっている、この場で、高めの湯を探し回るよりも、高めの湯が多い場所に移った方が、今の体調に合った湯を、探しやすくなるはずだ。 「あっ、そうだね!ごめん、僕たち、そろそろ行くよ!また、会いたいなあ!かなり、遅くなりそうだけど…!」 「うーん。そうだな。子は、あまり長くは、生きないから。しかしまあ、楽しみにするぐらいは、よかろう」 実黒(ミクロ)に応えて頷き、ルークは笑顔で言った。 「うん!じゃあ、またね!」 「ああ、またな」 そうして、彼らをその場に残して、シッカに案内してもらい、ルークたちは高温の湯が多い区画に移動した。 見掛けは、先ほどの低温水同様、円筒の(ふち)まで満たされた湯によって、湯の丸机が段々になっており、シッカの説明によれば、ここは、すべて温めた湯で、最上部が最も熱い、沸騰直前の湯、下段に行くごとに、温度が下がっていくそうだ。 よく見ると、流れが、上の段から落ちるものと、横の(とい)から注ぎ込むものがあり、確かめると、(とい)に流れるのは、温めていないらしい水だった。 湯は、上から落ちるもののほかに、底面の中央から湧き出しており、量としては、そちらが多い。 (とい)の水を()()めるなどで、いくらか温度を調節できるわけだ。 この、(とい)からの流れの部分で低い温度が溶け込んでくるので、体温が上がり過ぎたかという時には、湯から上がって(ふち)に座る以外に、湯の中で位置を移動して、低温の流れに入っていくこともできる。 この(とい)と仕掛けは、先ほどの低温水の集まりには、なかったものだ。 熱い湯の飛沫(しぶき)などが掛からないようにだろう、上段に接する部分には木の葉の緑色の茂みが高く、かなり多めに水が飛んでも、守られそうだ。 先ほどには、気になったものの、詳しく調べていなかったのだが、用心のために、今度はきちんと確かめると、上部からの指定以外の存在の移動は、完全に阻む障壁だった。 カィンには詳細は判らないのだが、湯の動きを見た限りでは、飛沫(しぶき)は空中に叩き付けられて、真下に落ちて同じ湯に戻るし、(ふち)から落ちる湯を増やそうとしても、一定の高さ以上には(あふ)れないらしく、落ちる湯量に変化はないようだ。 「これ、たぶん、お(じい)さん…ミオトさんじゃないかな…すごい…」 カィンの呟きに、湯に体を休めながら、ルークはそちらを見る。 「すごい?」 「ええ。力は、いくらか、乱れ…みたいなものがあって、操作自体は、やっぱり、基礎修練をした方が良さそうなんですけどね。組まれた術が、堅固だって、判ります。ほかと比べたら、全然、読み解けない…」 「ふうん…ほか」 「ええ、ほかの、土の宮が関わっている術ですよ。たぶん、あっちは、努めて簡素に作ってるんですよ。だから、継続が簡単だけど、術語を書き換えようと思ったら、それなりに力量は必要ですけど、技術としては難しくない。こっちは、悪用に備えてだろうけど、すごく複雑。もちろん、指定自体の複雑さもあるんですけどね…」 興味本位で触れると、きっと怪我もする。 思わず、ルークの気分のまま飛び出してきてしまったけれど、とても得るものの大きな遠出となった。 ルークは、だからと言って、自分の行いを正当とは思わなかったけれど、それでも、来てよかったな、と、呟きそうになる口を、湯の下に急いで沈めた。
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