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―夜暗―
体が温まると、ルークたちは、すぐに船に戻ることにした。
入湯室を出ると、案内鳥のシッカも付いてきて、先ほどとは違う沐浴室で、個別の浴槽に入り、薬湯を動かす強い流れで洗われ、頭の上から流れる薬湯を浴び、次いで満たされた混ざりものの無い湯を流し回され、同じく薬湯でない湯を浴びて、完全に薬を洗い流し、脱水室で余分な水分だけ払われ、最初の更衣室に戻ってきた。
ちなみに、鳥や、体毛が厚い獣は、湯の洗い流しのあと、再び何かの液体に浸かってから、別の脱水室に案内されていた。
そのように、扱いに違いが多いからだろう、出口の沐浴室では、すべての個体に案内鳥が付くようで、シッカはルークに付いたまま、カィンたち6人とイヒタールには、沐浴室の入室直後から、別の案内鳥が現れたのだった。
「ど、どうなってんの…働き、すご過ぎない!?」
「う、うーん…」
湯上りとは違う汗が出るルークたちに、更衣室の外の出口用待合室で合流したイヒタールが、何に動揺しているのかと、首を傾げる。
「あれだけ多くの者たちが取り掛かったんだ、基礎部を作ったら、あとは皆で、不都合を解消しただけだから、早かったぞ。あの、ヘリオットとかいう奴、物知りだな!湯から上がったら、我々の体には不可欠だからと、流れた体表の被覆要素を戻す調整湯を作ってくれた。御蔭で、水浴びしかできなかった我らも、湯を浴びられる。長い時間、浸かるのは止められたがな。充分楽しめる」
「そう言えば、鳥たちは、毛の者たちとも、また扱いが違ったね」
ルークに応えて、浮遊棒に止まるイヒタールが頷いた。
「鳥は特別、体温を調節するのが苦手なんだと。温度変化が少ないように分けてくれたんだ。鳥たちは、この島から離れたがらないかもな」
ふふっと、息だけで笑うイヒタール。
こんな、楽しそうな姿を、もっと見たい。
一緒に、楽しみたい。
そのように思いながら、一団はバルタ クィナールに戻った。
そこでルークを待っていたのは、母である前代政王のネイと、父のジェドだった。
2人とも、責めはしなかったけれど、その抱擁と、撫でる手の優しさが、胸に痛かった。
「それで?どうだ、来てみて」
暴露甲板から場所を移し、食堂の、横並びで窓に向かう席で、セスティオ・グォードを眺めながら夕食を摂る親子3人は、夜の暗闇に覆われていく島に、多くの生物が動き回っていることを知る。
「う、ん。アークには悪いけど、来てよかった。………」
逃げ出した、という事実が。
代わりのない片割れには、本当、悪いと思いながらも、でも、心に、軽さをもたらした。
すっきり、した。
「まあ、な。そういう必要を、否定はしない」
珍しく、静かに落とす声は、片割れが居ない時を支えてくれた、前代の王だった。
ネイは、そう言った後、すぐに、ふっと笑う息を吐いた。
「まあ、お前たちは、お前たちだ。今後の対応を、ミナが考えてくれたから、思う存分、甘えるがいいさ」
「え?今後の対応って」
「詳しいことは、後で聞きな。取り敢えず、夜の内に帰らなきゃならんが、それまでは自由でもある。好きに過ごせ。お薦めは寝所での、お喋りだが、帰るんなら、まあ、子供らの遊び場を見に行けば。夜に元気なやつらが、遊んでるみたいだぞ」
「そんなのがあるの?」
「ああ。昼間にキリュウたちが遊べるやつだ。明日は、どっち道、調査団は休暇態勢なんだがな。祭王が国を離れているという状態は、やはり政王とは違い、あるべきではない。お前は、今夜中に、帰すほかないだろう」
「うん。それは、いいんだ。大丈夫」
「そのセスティオ・グォードは、領海外の常駐だが、領海内の島桟橋と気軽に行き来できる距離で隣接予定だ。今より、本土から渡りやすくなるだろう。楽しみにしてな」
「う、ん…。来てもいいの?」
「それが、現代の対応というわけさ。我が家を、帰れるようにしようと思ったが、私らはしばらく、こっちでの活動が必要そうだ」
「え…」
「そうだ。良ければ、お前が使いな。城に居ることが多いみたいだが、私らも、急に帰国する必要がある時に使えると、助かるからさ。一応、使えるようにはしたんだが、家人が居ると居ないでは、食材なんかも都合があるし、何より、空気が、変わるだろうから」
「ま、待って、それ、クィン邸…のこと?」
「そうだよ。いつか、お前たちが退位する頃には、互いに行き来できるといいな」
隣り合う、クィン邸と、そして、アークの、ローグ邸。
代々の、双王の家族が、住まう場所。
王城に、政王家族の間はあるけれど、それは、子が乳を必要とする程度の幼子である場合に対応するための場で、一人部屋を与えられる頃には、城から出るのが慣例だった。
同様に、主神殿に住んでいた祭王家族も、ある程度、子が大きくなると、クィン邸、若しくは、ローグ邸を使う。
退位した双王は、多く王都を離れたものだが、次代は、王として立った後は、しばらく王城と主神殿での生活となる。
そして子ができたなら、いずれ、その子だけか、連れ合いと子が、クィン邸とローグ邸を使うようになる。
アルシュファイド王国では一般と言える家庭と同じように、子を中心に、家族が輪を作る。
そんな、生活を、今から。
作っていこうと。
「あ…」
「承服できないか?」
見ると、ネイは、申し訳ないような、顔で、頬を緩めている。
幼くして祭王として立たなければならなかった。
息子の思いを、母だからと言っても、想像は追い付かない。
至らない対応しかできなかった自分を知っている。
ルークは、見せるべき姿に困って、同じように頬を緩める。
でも、するべきことは、決まっているのだ。
「そんなの、もちろん。いつかアークの子がローグ邸に住む時、僕、隣にいたい。引き取ってもいい」
ネイは、今度は、ちゃんと笑った。
「そこはまだ、早いだろう。でも、創建局もあることだし、在位中でも住居として使うのには、便利なほどだな」
「でしょ!あわよくば父親を疎外して…」
ふふふと、黒い笑いを窓硝子に映す。
初代祭王ルーフェス・クィン・レグナを知る者なら、きっと、これだこれだと、懐かしい思いを抱くことだろう。
「こらこら。私はファイナも好きなんだけどね」
「くっ!母さん、そこまだ、決まってないから。僕まだ認めてないから!」
「ははっ。まあ、そうだね。まあだ、かな」
どこか意地悪な笑顔の母が、何を思うものかは判らない。
特段、それだけが影響を与えるものではなかった。
ただ、話していて。
この瞬間、ルークの気持ちを押す、湧き上がる熱があった。
背筋を伸ばして、決意の声。
「ん!僕、頑張るね!明るい家族計画を立てるよ!」
「そりゃ、頼もしいね」
嬉しそうに笑ってくれる母を見て、ルークも嬉しくなる。
やっぱり、この母には、元気な方が似合う。
楽しい、世界が、自分も、嬉しい。
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