調査3日目、巡り合わせ

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       ―夜暗(やあん)―    体が温まると、ルークたちは、すぐに船に戻ることにした。 入湯室を出ると、案内鳥のシッカも付いてきて、先ほどとは違う沐浴(もくよく)室で、個別の浴槽に入り、薬湯(くすりゆ)を動かす強い流れで洗われ、頭の上から流れる薬湯(くすりゆ)を浴び、次いで満たされた混ざりものの無い湯を流し回され、同じく薬湯(くすりゆ)でない湯を浴びて、完全に薬を洗い流し、脱水室で余分な水分だけ払われ、最初の更衣室に戻ってきた。 ちなみに、鳥や、体毛が厚い獣は、湯の洗い流しのあと、再び何かの液体に浸かってから、別の脱水室に案内されていた。 そのように、扱いに違いが多いからだろう、出口の沐浴(もくよく)室では、すべての個体に案内鳥が付くようで、シッカはルークに付いたまま、カィンたち6人とイヒタールには、沐浴(もくよく)室の入室直後から、別の案内鳥が現れたのだった。 「ど、どうなってんの…働き、すご過ぎない!?」 「う、うーん…」 湯上りとは違う汗が出るルークたちに、更衣室の外の出口用待合室で合流したイヒタールが、何に動揺しているのかと、首を傾げる。 「あれだけ多くの者たちが取り掛かったんだ、基礎部を作ったら、あとは皆で、不都合を解消しただけだから、早かったぞ。あの、ヘリオットとかいう奴、物知りだな!湯から上がったら、我々の体には不可欠だからと、流れた体表の被覆要素を戻す調整湯を作ってくれた。()(かげ)で、水浴びしかできなかった我らも、湯を浴びられる。長い時間、浸かるのは()められたがな。充分楽しめる」 「そう言えば、鳥たちは、毛の者たちとも、また扱いが違ったね」 ルークに応えて、浮遊棒に止まるイヒタールが頷いた。 「鳥は特別、体温を調節するのが苦手なんだと。温度変化が少ないように分けてくれたんだ。鳥たちは、この島から離れたがらないかもな」 ふふっと、息だけで笑うイヒタール。 こんな、楽しそうな姿を、もっと見たい。 一緒に、楽しみたい。 そのように思いながら、一団はバルタ クィナールに戻った。 そこでルークを待っていたのは、母である前代政王のネイと、父のジェドだった。 2人とも、責めはしなかったけれど、その抱擁と、撫でる手の優しさが、胸に痛かった。 「それで?どうだ、来てみて」 暴露甲板から場所を移し、食堂の、横並びで窓に向かう席で、セスティオ・グォードを眺めながら夕食を摂る親子3人は、夜の暗闇に覆われていく島に、多くの生物が動き回っていることを知る。 「う、ん。アークには悪いけど、来てよかった。………」 逃げ出した、という事実が。 代わりのない片割れには、本当、悪いと思いながらも、でも、心に、軽さをもたらした。 すっきり、した。 「まあ、な。そういう必要を、否定はしない」 珍しく、静かに落とす声は、片割れが()ない時を支えてくれた、前代の王だった。 ネイは、そう言った(あと)、すぐに、ふっと笑う息を()いた。 「まあ、お前たちは、お前たちだ。今後の対応を、ミナが考えてくれたから、思う存分、甘えるがいいさ」 「え?今後の対応って」 「詳しいことは、後で聞きな。取り敢えず、夜の内に帰らなきゃならんが、それまでは自由でもある。好きに過ごせ。お薦めは寝所での、お喋りだが、帰るんなら、まあ、子供らの遊び場を見に行けば。夜に元気なやつらが、遊んでるみたいだぞ」 「そんなのがあるの?」 「ああ。昼間にキリュウたちが遊べるやつだ。明日(あす)は、どっち道、調査団は休暇態勢なんだがな。祭王が国を離れているという状態は、やはり政王とは違い、あるべきではない。お前は、今夜中に、帰すほかないだろう」 「うん。それは、いいんだ。大丈夫」 「そのセスティオ・グォードは、領海外の常駐だが、領海内の島桟橋と気軽に行き来できる距離で隣接予定だ。今より、本土から渡りやすくなるだろう。楽しみにしてな」 「う、ん…。来てもいいの?」 「それが、現代の対応というわけさ。我が家を、帰れるようにしようと思ったが、私らはしばらく、こっちでの活動が必要そうだ」 「え…」 「そうだ。良ければ、お前が使いな。城に()ることが多いみたいだが、私らも、急に帰国する必要がある時に使えると、助かるからさ。一応、使えるようにはしたんだが、家人(かじん)()ると()ないでは、食材なんかも都合があるし、何より、空気が、変わるだろうから」 「ま、待って、それ、クィン邸…のこと?」 「そうだよ。いつか、お前たちが退位する頃には、互いに行き来できるといいな」 隣り合う、クィン邸と、そして、アークの、ローグ邸。 代々の、双王の家族が、住まう場所。 王城に、政王家族の()はあるけれど、それは、子が乳を必要とする程度の幼子(おさなご)である場合に対応するための場で、一人部屋を与えられる頃には、城から出るのが慣例だった。 同様に、主神殿に住んでいた祭王家族も、ある程度、子が大きくなると、クィン邸、()しくは、ローグ邸を使う。 退位した双王は、多く王都を離れたものだが、次代は、王として立った後は、しばらく王城と主神殿での生活となる。 そして子ができたなら、いずれ、その子だけか、連れ合いと子が、クィン邸とローグ邸を使うようになる。 アルシュファイド王国では一般と言える家庭と同じように、子を中心に、家族が輪を作る。 そんな、生活を、今から。 作っていこうと。 「あ…」 「承服できないか?」 見ると、ネイは、申し訳ないような、顔で、頬を(ゆる)めている。 幼くして祭王として立たなければならなかった。 息子の思いを、母だからと言っても、想像は追い付かない。 至らない対応しかできなかった自分を知っている。 ルークは、見せるべき姿に困って、同じように頬を(ゆる)める。 でも、するべきことは、決まっているのだ。 「そんなの、もちろん。いつかアークの子がローグ邸に住む時、僕、隣にいたい。引き取ってもいい」 ネイは、今度は、ちゃんと笑った。 「そこはまだ、早いだろう。でも、創建局もあることだし、在位中でも住居として使うのには、便利なほどだな」 「でしょ!あわよくば父親を疎外して…」 ふふふと、黒い笑いを窓硝子(がらす)に映す。 初代祭王ルーフェス・クィン・レグナを知る者なら、きっと、これだこれだと、懐かしい思いを(いだ)くことだろう。 「こらこら。私はファイナも好きなんだけどね」 「くっ!母さん、そこまだ、決まってないから。僕まだ認めてないから!」 「ははっ。まあ、そうだね。まあだ、かな」 どこか意地悪な笑顔の母が、何を思うものかは判らない。 特段、それだけが影響を与えるものではなかった。 ただ、話していて。 この瞬間、ルークの気持ちを押す、湧き上がる熱があった。 背筋を伸ばして、決意の声。 「ん!僕、頑張るね!明るい家族計画を立てるよ!」 「そりゃ、頼もしいね」 嬉しそうに笑ってくれる母を見て、ルークも嬉しくなる。 やっぱり、この母には、元気な方が似合う。 楽しい、世界が、自分も、嬉しい。
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