4人が本棚に入れています
本棚に追加
―夜気―
食事後、しばらく、この海域で過ごしたルークが去ると、ミナは、彼らの乗る浮遊艇を見送って、冷たい潮風を深く吸った。
「あ、いいな」
呟いて、意識して鼻で風を吸い、口から吐く。
振り返ると、近くにラグラが居て、目が合った。
柔らかな笑顔は、たぶん、彼女の本来の表情ではない。
ただ、その控えめさが、ミナには、安心するものになる。
ハイデル騎士団もそうだけれど、受け入れてしまえば、こんなに心強い存在もない。
「ラグラは、明日は、休むよね!」
「はい。皆さんの、ご様子を見て、仲間に入れてもらえそうなところに行ってみようかなと、思っています。候補としては、ノーマと、テナでしょうか。選別師の女性、お2人とは、まだ、お話も、ご挨拶程度で」
「えー、そうなの!?てか、私も、あんまり、話してないや!でも、私と一緒だと、気が休まらないかな?でも、この程度で話せないほどだと、困るな…」
「そうですね…。私には、彼女たちの気持ちは分かりませんが、休暇と言っても、それも仕事の内ですし、そう考えたら、周囲の仕事仲間との関係を整えるのも、仕事の内かと…。でも、誰にとっても、そういう負担は、重いです…ああ!」
そこまで話して、ラグラが、急に声を上げて両の手のひらを合わせた。
先ほど耳にしたことから、思い付いたのだ。
「無理に話さない距離感なら、どうでしょうか!セスティオ・グォード上陸は、皆でまとまって行動した方がいいですから…あちらの大浴場に行きたいけど、護衛騎士の方々は困るだろうと、先ほど話していました!」
「え?そんなの、気にすること…、ああ、そうか。護衛の意識とか、判らないから、どの程度、どんなふうに、気を使えばいいか判らないんだ…。明日は、じゃあ、みんなで、大浴場に行こうか!朝ごはんの前に!起きられたらでいいからさ!ガルードの方も、キャツィのために譲ってもらおー!」
そう言うと、早速、ラグラと連れ立って、騎士も含めた、女たちの都合を聞きに行った。
朝食の時間も関わるので、5時過ぎの組と6時過ぎの組に分かれ、客船ヴィサイアに宿泊する女たちにも、連絡を取って、共に行くことにした。
皆、5時には間に合わなくとも、6時には起きているし、湯を浴びるためなら、荷物を今の内に用意すれば、身拵えは簡単でいい。
そのように、段取りの相談をすることで、会話が成り立つので、自然と、相手を選んでの口調も、定まっていく。
休みの時間に上役と過ごすなんて、ミナだって、我が身となれば、気は進まないけれど、幸いと言うべきか、今は完全な休暇ではなく、特殊な環境下での団体行動中だ。
無理に、ぴったりくっついていないのなら、同伴は許容範囲だろう。
何より、警護の都合と安全面からすれば、要警護者の行動は、簡素に掌握できるものであった方がいい。
それが楽しめるものであるなら、休暇としての過ごし方として望ましいし、湯浴みは、疲れるところもあるけれど、心身を解すという、ほかにはない効果がある。
仕事のことを考えることは、あまり好ましくはないのだが、異種族の観察と触れ合いを行える機会とすれば、貴重だ。
多くの事情が絡み合うし、適度な具合を知ることが、それなりに難しいので、良いこと尽くめとは言えないのだが、どんなことでも、何をするのでも、不都合が生じることは、当然の結果だと、考える。
平坦な日常を、ミナだって望んでいる。
変化は怖い。
動くことは面倒だ。
そう思う一方で、新たな顔触れと親しめるなら、そのような機会は、受け入れたいとも思う。
仕事上の都合のためだけでなく、自分の、心の豊かさに加えられることを、期待して。
立場は違うけれど、同世代の友人とか、作れたりするだろうかと。
そんな淡い期待が自分にあることを、ミナは知っていて、心の隅に追い遣った。
人との関係が多く広くなって、複雑になれば、自分が困ったことになるのに、まだ、そんなことを望むのかと、我が事ながら呆れる。
そういう、愚かしさが、自分という者の、本質であり、すべてだと、諦めてしまう。
強欲と、身勝手。
それを得ようとする打算。
ぐるぐる考えて、最終的に疲れて、混濁した意識の中、選び取るのは。
どれにせよ、愚かな考えに違いない。
それでも、できる限り、楽しいことを。
他者が、喜んでくれることを。
選べたらいい。
なんて、やっぱり。
それは愚かで強欲な。
自分の心。
最初のコメントを投稿しよう!