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調査4日目、親善
―未明 集結―
碧巌騎士カィンは、アルシュファイド王国の南の領海の南端手前に、島桟橋として、大きめの人工浮島を設置し、その東西の先は、その場より南の公海上に、主力軍艦を5隻程度係留させられる人工浮島を、東西にある南沿岸の1国ごとにひとつずつと、あとは同じくらいの間隔で東西の世界の縁まで配置し、間に黒い帯状の浮遊物を海面で漂わせていた。
それにより、海上を航行する船や、漂う浮島は、通り抜けることができなくなってしまったが、その頃には、すべての秘匿された浮島が、境界より南に入っていたため、この日、まだ光のない時間、秘匿予定海域に、意思持つ生物たちの浮島が揃うことができていた。
ちなみに、アルシュファイド王国が定める領海の南端は、1時間に50サンガ進むことのできる船を、8時から16時まで休ませず速度を落とさず、まっすぐ南に進めた位置で海底に打ち付けた、境界標という名の杭のある境界線だ。
南海に面した国家が成立するごとに、そのように通知しており、他国もこれに倣って領海を定めようとしたものの、同じ性能での航行を実行できる船がなかったために、アルシュファイド王国から測定用の船を借り、大きな額の測定費用を捻出して、時間半ばを計る土時計ひとつが示す海底、すなわち湾口を起点として25サンガ沖に、これもアルシュファイド王国に作ってもらった境界標を打ち込んで、南の境界とした。
その先は公海と呼ぶ海域で、資源の採取など、利用規則は、アルシュファイド王国が定める公海上での利用公約に則り、定めたものだ。
領海利用の規則も、同じくアルシュファイド王国の規則を規準としており、これは、領海測定を行う際に求められた取り決めに従ったためだ。
アルシュファイド王国と南の境界を同じくする、という声もあったが、この程度すら自力で出来ないのだと証明し、そうであるなら、いずれにせよ、管理など、とてもできないだろうと、技術提供国として、提言したのだった。
もちろん、アルシュファイド王国の領海の扱いが、沿岸国にとって納得できるものだったところも大きい。
基礎となる取り決めは、国家の財産を害する意図が無い者の通航は、これを無条件で許容する、というものだ。
アルシュファイド領海内に於ては、外国籍船は、資源の採取や、形状や種類に関わらず投棄する行為、海域を損壊する行為はできないが、どの国でも同じことを求めることができるし、アルシュファイド王国も、相手国のこれを認め、取り決めを蔑ろにはしなかった。
領海域が広い分、公海上での資源採取は、大陸より500サンガ沖からと決めたので、各国の領海沖で多く見掛けることのできるアルシュファイド王国の船は、通航か、調査か、船舶の安全を見守る軍艦だ。
古い時代には、海での遭難が多かったのだが、アルシュファイド王国の領海内に立ち入れば、たちまち救助してもらえたので、これを当てにして漁に出た者もいるほどだ。
ただし、悪質な首謀者には強制労働を含む賠償を求めたので、悪用は数えるほどで済んだ。
また、海賊などの略奪行為はもちろん、不当売買まで察知して取り締まるものだから、アルシュファイド王国の領海は、特に安全な海域とされ、取引相手を求めて、王都レグノリアの港に入る商人も増えた。
現在、アルシュファイド王国が、国家として、各国と交流を深めていることもあり、いずれ、南海も、そして北海も、アルシュファイド王国が接していない東海と西海も、アルシュファイド王国と同等以上の領海域を定める国力を付けるのかもしれない。
そうなった時に、基準とできるように、アルシュファイド王国が境界標を打ち込んだのは、大陸に繋がる海底が、さらに落ち込んで深くなる、その手前となっている。
どんなに強大な異能を有する者が多いアルシュファイド王国でも、ここを、一国の管理の限界だとして、他国を納得させる資料も、抜かりなどない。
とにかく、現在、また、この先、20年程度は、他国との交流が進んだとして、領海の大幅な改定を行うには至らないだろう。
それをするには、まだまだ、各国には力が足りない。
無理に領海を広げずとも、利用できる範囲の公海を含めば、争いなしに、国民に必要な糧を得ることはできる。
それ以上に船を進めても、負担の方が大きいし、食物ではない海底資源はあるかもしれないが、その有無を確認すらできない。
そんな現状なので、アルシュファイド王国の領海南端海域は、通常航路からは大きく外れた、大陸の者には、とても遠い場所と言える。
ただ、ひとつ無視できないのが、世界の縁の海に沈む彩石を求めて、船を出す冒険者だ。
この広い大海で、目印にできるのが、各国の領海を示す、境界標なのだ。
果てしなく思えるほどの海洋で、その杭の列は、自分たちの位置を、大陸よりも先に教えてくれる。
そして、北から戻るにせよ、南から戻るにせよ、最も近いのは、アルシュファイド王国の境界標なのだ。
そのため、世界の縁までの距離からすれば、せいぜい陽が出てから沈むまでという距離の、小さな違いなのだが、皆、こちらを経由して旅立つし、戻りたがるのだ。
冒険者は、特別、好奇心が強い。
アルシュファイド王国から持ち出せる彩石には、限度があるとはいえ、命の危険を冒しても自由採取できる世界の縁に行こうと言うのだから、その意思は、ほかの者には、想像も及ばない強さなのだろう。
強い思いというものは、時に、他者の大切なものを、見逃してしまう。
第一、冒険者の多くは、利益を得るため、船を出している。
もっと近くに、得られるものがあれば、そちらに意識が向くのは、当然だろう。
険しい顔で暗い空を見るジュールズに、カルメルは、ひっそりと笑みを零した。
恋愛対象は異性なのだが、どうも、こういう表情には、見惚れてしまって言い訳に困る。
「よ、緑嵐の。どうやら、皆、揃ったようだ。まだ暗いのに、起きているなら、少し話をしようか」
不意の声に目を向けると、幼子の大きさをとった、橡の枝人形が、大人の大きさになるところで、その横では、二容姿を持つ、鳥人だろう、赤い髪と赤い衣のようなものを纏う、人の男の姿の者が、変化を終えるところだった。
「ああ、橡。お前は休んでなかったのか」
「まあ、特別、必要でもない。少し明るい所で話そう。そうだ、この者は水鳥人のレグレッティア。イヒタールが居なくなってしまったから、あちらこちらで運んでくれるように頼むことになった。まあ、いつものことだが」
「ん。そだ、お前にも、移動手段を渡しとくな!朝になったら…カルメル、お前、置き場、知ってるか」
「知ってるけど、しばらくは話すんだろ。話そうぜ」
「ああ、はいはい。まったく、俺様の従者って、どいつもこいつも…」
ぼやきながら、ジュールズは肩にレイネムを載せて、バルタ クィナールの暴露甲板を歩く。
セスティオ・グォードに会合場が移ったので、最初にデュッカが作った会合用浮遊艇は、また少し変化を加えることになり、いくつかの丸机を置いて、体の向きを変えることで、少人数から会合場全体での話し合いまで、対応できるような仕様になっていた。
一団が会合場に入ると、橡に気付いた者たちが集まってきて、ジュールズは、会合場中央の机を囲むことにした。
この周辺は特に、多くの者が集まりやすいようになっているし、後方に向けて広がることができるのだ。
大体の顔触れが席に落ち着くと、橡が口を開いた。
「さて、と。今の内に話しておこう。島の名は置いておいて、島に分かれた生き物のことを話しておこうな。まず、植物の祖となる源始と言始の植物が多いのは、術の中央とするコットンロットンモート・グォードだ。これを植物の島とする。土の生物は、土竜、土亀、土蹄、土牙、土鳥の順に西北西に向けて並べるが、難しいのがほかの、土の生物で、やはり5種類ずつ、10島の配置なんだが、術の構築には使わないので、南の海域に寄せていいか?」
「うん。ちょっと、落ち着くまで待ってくれ」
ジュールズは片手を挙げて顔を伏せた。
海の者たちの島が5島在ると聞いた時に、いやな予感はしたのだが、別のことを優先していて確認を怠っていた。
「……あー、いいぞ。さて。10島、でいいんだな」
気を取り直すと、平静を努めつつ、聞く。
「うん、土はな。あと、風の生物も、東北東に並べたが、やはり北側に少しでも余裕を持たせたいから、そっちの10島も南に動かそう」
ここまで聞けば、もはや、ただ受け入れる以外にはない。
「えー、橡よ。水と火は、察するに、そっちも、15島ずつあるのかね?」
「いかにも!秘匿の術を掛けているのは、カサルシエラのような集合島を、ひとつと数えて、62島とできる。つまり、41島を、これより南の海域に置いて…、うん。ちょっとこの上に、配置図を作ってくれるか」
ジュールズは、ようやく確認した事実に、内心で悲鳴を上げながら、火の力で、温かな光を見せる、この海域の配置図を机の上に浮かべた。
火の光は、闇の中で眩しいが、外側に向けて柔らかくなる様子を思い描けば、術語の補助付きで、人の目には直視もできるようになる。
橡は、この光をどのように見ているのか、判らないが、眩しさに面を動かすことはない。
「そうそう。うーむ。こうして見ると、北にも、東西にも、置くか?北に2島、東西にそれぞれ1島で2島、力を発すると均衡が取れないから、配置だけとしよう。残る37島を、うーん。やはり、補助させるとして、北は少し、上げられないか。磁竜と磁鳥だけでいい。同様に、東は虹竜と」
「ま、待て待て、悪いが、じりゅうとじちょうの説明から…ん?じちょう?」
どうも、判らないと理解できない名称らしいので、聞き覚えもあったが、ジュールズは慌てて止めた。
橡は、求められている事情に気付いて、配置図から視線を外した。
「ああ、そうか。ええと、お前、名をなんと言う」
そう言って、見るのは、カルメルだ。
「俺か?カルメルだ」
「カルメル、力を貸してくれ。真名を示したい」
「お。いいぞ。どうすりゃいい」
「席を換わってくれ。ありがとう、手を」
橡が席を移動して、腰を落ち着けると、カルメルの差し出した手を取った。
「少しずつ、土を作り出す力を流してくれ。そう、そのくらい」
橡は、カルメルの力を利用して、光の配置図の下に真名を形作っていき、ジュールズは、その位置の上に、配置図に載せるように作っていた光る火の力の球を移動させた。
そして、橡の作業を見ながら、生き物の島ごとの分かれ方を、覚えていく。
一旦、すべての配置を整えると、橡は説明を再開した。
「さて、この中央が、さっきも言ったが、コットンロットンモート・グォード、植物の島。で、土から順に、土の竜、龜、蹄、牙、鳥。それより北側で中央寄りのが磁竜で、西寄りを磁鳥とする。磁鳥の島が北端になるが、力の補助をするなら、形状は、いくらか角が増えてもいいだろう。で、土のを挟んで、真西の手前が萌竜、奥が萌鳥。あ、そうそう。この、磁というのは、磁石ではなく、鉱物とそれに繋がるものを示している。すなわち、活動しないもの、静止する物で、静物だな。こっちの萌は、生き物の意味のセイブツだ。土は、鉱物も生物も等しく育てる土台の意だ。それぞれに島を分けることになった時、土の存在を、そのように定義して、分けた。どの場所を選ぶも自由だが、共通の特徴を持つ者が集まれば、力を合わせる時には、都合がよいのだろうと、そういうことだ」
「え、と、つまり、同じ土でも、土竜と磁竜と萌竜じゃ、え、違う力を使うの?」
「いいや、ただ、そちら寄りになる、というだけだ。土竜は様々なものを内包し、育てるので、鉱物でも生物でも、多く大きく育てることができる。磁竜は、土の中でも、鉱物の力を発揮しやすい。ただ、磁石など鉱物の特徴を強く出そうと思うなら、容易に出来るが、生き物に対して与えることのできる影響は弱い。鉱物を使うことで働き掛けることは容易だが、例えば、ただ枝を曲げるだけでも、萌竜ならば、小細工なしで折らずに曲げられるものを、磁竜だと、細工をしても、ぽっきり折りやすい。生き物に働き掛けることが、不得手なんだ。萌竜は、その逆な。土竜は、なんでも出来るわけではないが、影響力は、両者に対して均等に持っている。その強さは、力量による、という枠組みだ」
「ふん、ふん…。風は?」
「風は吹く者。大気を流動させる者だ。掴めないが、確かに存在するもの。そして動かす力だな。雲を冠する者たちは、大気を組成する者という枠組みだ。風は大気を作り出すが、雲は、大気の中身を、組み立てることに長けている。だから、分かれていれば何事も起こらない空に、水を多く含ませたり、気温の変化を作りやすくしたり、雷を生じさせやすい。虹を冠する者たちは、大気を操る者たちだ。作り出すよりも、そこに在る組成のまま、大気を動かすことで、他に与える影響を定める。そのような特性があるために、雲は意識せずとも雲を生じさせやすく、虹は同様に他を巻き込む動きを生じさせやすいから、色の違い、見た目に、虹を見やすくなる」
「んー…。なんか、土の分かれ方とは、違う?」
「そうだな。水は恵む者。水そのものを生じさせる。海を冠する者たちは、波立たせる者。これは波という動きということではなく、波のある海を示して分ける。特徴は、不純物が多い、ということの方だ。土のように混ざる素材を作り出すのではなく、作る水に、素材としてでなく、そのような存在、という、不純物が混ざりやすい。土と違うのは、水に塩を混ぜているのではなく、海水という、塩の働きの多い、動植物や鉱物の働きを合わせて含む、水を出す。特に海水を体が必要とすることも関わり、海水の働きを持つ水を多く出すが、水に混ざるものであれば、水の枠組みとして、生じさせることができる。淡水を出すのも同じ枠組みだ。ただ、出しやすいのが海水の方なのでな、淡水を出すよりも、薄い海水を出す方が彼らには容易い」
「そ、それは…」
理解の追い付かないらしいジュールズを見て、橡は、ふっと笑う。
「要は、身近さの違いなのさ。体をそのように作られているから、淡水よりも海水の方が馴染みがあり、作りやすい。知らないものは、作り難い、ということだ。淡水に囲まれて育っても、海の者たちは、自身に確かに在る海水の存在の方が作りやすい」
「う、うーん…」
「どうやら、これは、後回しが良さそうだな。ただ、そうだな。水の者たちは、海水に対して淡水を作り出すのではなく、あらゆるものに自身の存在を恵む、という枠組みだ。だから、土の者、風の者、水の者、火の者という存在は、それぞれの力だけを扱うことに長けている。そのため、支柱としては、彼らに重きを置きたいのだ」
「は、あ、なるほど。ええと、ちゃんとした理解は、できてねえけど、術の構築には土、風、水、火の、より純粋な力が、必要ってことじゃねえか?合ってる?」
「うむ。その通りだ。最初に戻ろう。土竜と土鳥は土の力。磁竜と磁鳥は鉱物を扱うが土の力を発させる。同様に、生物を扱う萌竜と萌鳥も土だ。彼らが北西方面。で、風の方は、北東方面。雲竜と雲鳥は大気の組み立てを扱い、虹竜と虹鳥は風に舞う微物を含めて扱うが、やはり風の力を発させる。南西方面は水の力。水竜、水鳥、海の竜と鳥、それから、霜竜と霜鳥。霜の者たちは、温度を下げるわけではないが、流動するものを固める。固める方が得意だが、彼らの本質は、状態の変化だ。そのため、変化の条件を持たずに、存在の状態を変化させることができる。氷を溶かすのではなく、水という液体に変化させるし、気体にして大気に混ぜることもできる。彼らも、水の力を発させる」
言葉を切って、続ける。
「そして、南東方面は火だ。火竜、火鳥、照竜、照鳥、熔竜、熔鳥。火は、焼く者。存在を失わせ、それにより、変化を与える者。照を冠する者は、光を発する者。遍く照らす者だ。熔を冠する者は、熱を届ける者。融かし、また、解す、和らげる者だな。彼らは、火の力を発させる。それぞれの特徴を加味すれば、複雑な術も作ることができるが、今回は短期ということもあるし、特定の力を必要としないことで、対応できる者の幅を広げられる。術者は、各島の管理者を避けて、力量が大きな者を選ぼう。土、風、水、火は、先に確認した通り。そのほかは、これから交渉しよう。あまり年齢を重ね過ぎているのも不都合が多いかもしれんし、良く知らぬ者では、中央の朝嵐が、遣り難いことになる。そちらは、私に任せてくれ。先ほど言っていた、移動手段には、頼らせてもらいたい」
「お。おお!もちろん!んじゃ、機能についても、話さないとだな。ほかに優先することは?」
「優先と言うよりは、ミナには、術者全員に顔を合わせてもらいたい。原初の力の4種に寄せるとは言え、彩石を選ぶ者には、最善を自分の納得できる形にさせたいのだ。あれは世界を見る。その望ましい形というものをな。彩石で言う、完全体というやつだ。世界の中に、無理のある存在を生じさせては、何かと、知覚を刺激してしまうからな。世界に負担の少ない形を、あれに誘導してもらうのが、無理なく問題の生じ難い術の構築になるというわけだ。そもそも、術は、自然を曲げる行為だから。曲げて猶、緩やかに世界に溶け込むという、努力をすることは、欠かせないことなのだ」
ジュールズは、以前に聞いた話を思い出して、そうなのだなと、刃の冷たさを見る気持ちがした。
すっと冷やされて、まっすぐ、見る方向を促される。
「そうか。時間を取る。順序としては、どうする。一応、今日は、親睦の日としたいんだが」
「では、ちょうどいい。夜までには話を付けよう。セスティオ・グォードにでも、宴の場を用意しておいてくれ。中央の会合場を使えるといいな」
「お。そうか。しかし、みんな、何を食べるんだ?」
「飲み食いするものは持ち寄ろう。竜は、見た目に似合わず、酒に弱い。量よりも違いを楽しむ。しかし体が大きいからな、その分は、飲食するぞ。人と比較すればいい。人も、一杯の杯で足元の危うい者は、弱いと言うだろう。体の大きさに対して、そのくらいの量だ」
「あ、それはな!そういう目安があると助かるな!船の者に頼んどくよ!」
「うむ。あ、そうそう、残りの島だが、南に配置な。十二角形としよう。北端は磁鳥と虹鳥、南端は、熔鳥と霜鳥だ。四色の力を保持しない植物と動物の島を中央寄りに置いて、東西で対称となるようにしよう」
「了解。そだ、カサルシエラのことで、何か注意することある?そうだ、橡は、個々の島に掛けられた術について、知ってるんじゃないの?」
「うむ、知っている。しかし、再構築に向けての助言は無い…かな。最善は、やはり四色の者にしか判らん。それだけは、双神も持たぬ、彼らの知らぬ、理なのだ。ルア アジール ハ、いとしい子、思い出、失った名。この言葉の示すように、双神にも力及ばぬことはあるのだ。ハムラシェム、失っても、忘れはしない」
あとの言葉は、ジュールズたち、周囲に聞かせるような声ではあったけれど、深く、自らに刻む様子でもあった。
その名を呼ぶ機会を失った。
それは動かせない過去、そして同時に、その笑顔を忘れていない、忘れない、そんな、思いだった。
橡は、少し伏せた顔を上げると、にこりと笑って、表情を改めた。
「私も注意しておくが、ミナには、枝人形が居ると、いいのかもな。ふむ。若木の誰か、付けておくか。私は、ミナの行う多くのことに関わるには、枝が足りない。ちょっと、コットンロットンモート・グォードに行ってこよう。桂の連理が、都合良さそうだ」
そう言って、橡は、少し考える様子を見せた後、その場に居る者を、見回した。
「お。では、ベントリークス、マルクエス、手を貸せ。んー…」
ぐるり、ぐるりと辺りを見回して、橡は決めたようだ。
ジュールズに視線を戻すと、笑顔で言った。
「うむ。ジュールズ。コットンロットンモート・グォードの者らに紹介してやろう。私たちを運ぶがいい」
なんと言うのか、命令とは、ちょっと違う、求める声に、逆らえないジュールズだ。
「わ、分かった…」
なんとなく引っ掛かるところはあるが、何やら、ミナのために、してくれることがあるらしい。
彼女の近くに、新たな顔触れが増えるということでもある気はしたけれど、彩石騎士の1人として、新たな顔と知り合う機会なら、逃す手はない。
カルメルも、面白がって、…強調すると、従者としてではなく面白がって、同行すると決めたので、これに便乗する者を数名、伴い、一団は出発した。
まだ夜明けの遠い時間、船から離れようとすると、不意に浮遊艇に何者かが乗り込んだ。
見ると、シュティンベルクを肩に載せたデュッカだった。
「お?デュッカ。俺たちゃ、コットンロットンモート・グォードまで行くんだぜ?」
言うと、デュッカは、嫌そうに顔を歪めてから、答えた。
「あー…。想定していなかったが、いい。別に不安があって、くっ付いてるわけじゃない」
「ふふっ。デュッカは、いくらか、離れる努力をすることにしたのさ」
シュティンベルクが言って、橡の肩に移った。
「それはそうと、朝嵐に用か。私も挨拶に行こう」
「いや、今は、桂にな。あそこは今、連理の子が居るんだ。若木が宿って、どこに植えようかと相談していたから、ちょうどいい」
「ん?術に使うのか」
「いや、いや。それにはまだ、若過ぎる。お、そうだ。お前、デュッセネ・イエヤ。お前が今の当主だろう」
いやな予感に、眉根を寄せて、デュッカは、なんだと答えた。
「イエヤ邸に若木を2本、植えてくれ。待合広場桃花咲く枝の辺りにな。娘たちには、私から、お願いしよう」
デュッカとミナが現在の主であるイエヤ邸には、カサルシエラに来る前に、養い子と預かり子の娘たちと、その女友だちで作った、鳥獣や人が集うことを目的とした、待ち合わせ広場と、寄り合い広場があるのだ。
寄り合い広場は、多くの者が向かい合って、同じ話題を共有しようと、作られているのだが、個別の待ち合わせ場として、複数の集団に対応するのが、名称を桃花咲く枝と言う、広場なのだ。
自分の知らない間に、娘たちの存在を知っていたのだと察して、デュッカの機嫌が更に悪くなる。
「ああ?」
睨むデュッカなど無視して、シュティンベルクが話を進めさせる。
「イエヤ邸に行ったのか」
「それはもちろん、あれだけ透虹石のが集まれば、顔を出さぬでは居れまい。若木たちには良さそうな環境だから、イエヤ邸の木を、いくらか、セスティオ・グォードに移植して、こちらの環境も整えていこう。きっと皆、アルシュファイドの枝葉を好いてくれる」
デュッカは、そこまで考えているのかと、沈黙したあと、聞いた。
「その若木とやら。ただ植えるだけなのか」
「いや、いや、まさか。土地への影響を、ただの気紛れでは加えんよ。四色の者という存在は、この世界の神々の知らぬ理に、大きな影響を受けている。脆弱とは言わんが、負担と判っていることを、対策も無しに続けさせるのは、忍びない。透虹石では、力を吸い尽くす恐れがあるから、根本まで手を伸ばせないのだ。我ら原初の木や、その裔であれば、根本から、正して、支えてやれる。手法は伝えるし、相談にも乗れるが、浮遊島の者たちが人々と関わる今、私の出来ることは、そちらに向けるべきだろうから、せめて、私と同じように出来る者を、代わりに付けたいのだ。解ってはもらえまいか」
静かな、説得にも似た声音に、デュッカは、その必要の、度合いを知ったと思った。
何より、大切なのは。
実は自分の我が儘だったけれど。
彼女の安全に最善を尽くそうと思う気持ちは、それを、後に回す程度には、優先したいことだった。
大切に思うことと、優先したいと思うことは、この場合、デュッカには、別のことだった。
「承知した。移植の影響は、俺も断絶を心掛けよう」
言うと、橡は、ふふっと笑った。
「そんなに思い詰めることでもないさ。そのために、そこの、ふたりを連れてきた」
そうして、磁竜ベントリークスと萌鳥人マルクエスを紹介した。
「ベントリークスには、移植用の鉢を作ってもらう。土を完全に落とすから、代わりの土も作ってもらう。植える時は、消してもらえばいいだけだからな。マルクエスには、微小なものを含む生物の除去を頼む。いずれ、その若木の子が育ち始めたら、その時に対処すればいいさ。どうだ、これなら、国内での移植と、危険はそれほど変わらないだろう?」
何かを変えるなら、影響は必ずある。
それは、そこに住む人々だって同じなのに、異種の生物だからと、止める正当な理由があるだろうか。
アルシュファイド王国を、国民のものとしているのだって、それが正しいからじゃない。
周囲にとって、多くの者たちにとって、都合がいいという、ただそれだけのことなのだ。
自分たちが行えるのは、こうしてくださいと願うことだけで、都合を押し付けることなど、できはしない。
だから互いに、譲り合っていく、覚悟が必要なのだ。
「そこまでしてくれるのに、感謝以外の言葉はない。いや、そうだな。よろしく頼むと、言っておこう」
「ふふっ。承知した」
橡は、どこか、シュティンベルクに似ている。
たぶん、長く生きた、心の余裕を見ているのだろう。
デュッカは、水竜ガーシュウトに似た容姿のベントリークスと、人の男にしか見えないマルクエスに、よろしく頼むと頭を下げた。
ガーシュウトに似ているなと声を掛けたところで、ジュールズが注意を促した。
「橡、こっからどこに行けばいいんだ?」
「ん。もう着いたか。ええと、朝嵐、は、置いておいて、桂はどこだったか。通りすがりに声を掛けられたから、判らんな。適当なのに声を掛けよう」
そう言ってから、ぱっと見で、行く先を決めた橡の言葉に従い、多少、方向をずらして、その島に浮遊艇を最接近させた。
カサルシエラと違うのは、一見、動物を見掛けないことだ。
小さな姿が駆け去るのは見たが、どんな動物、と言えるほどの視覚情報は得られない。
また、大きめの動物は居ないと示すように、人ですら、通すような茂みの隙間が見当たらない。
まあ、朏の月の光と、浮遊艇の光だけでは、無理もない、暗闇の中だ。
どうすんのこれ、とジュールズが、声を掛けようと橡を見ると、鬱蒼としたその茂みに向けて、大きめの声を発するところ。
「おおい!ちょっと道を示してくれないか!桂の所に行きたいんだ!」
すると、ざざっと、そこここで茂みを揺らす音があり、その内、浮遊艇の光が僅かに掛かる辺りから、人と同じくらいの大きさの頭が飛び出した。
耳の形から類推して、大型のニモかと思ったのは、かなり近い答えだったらしく、大きいが、よく知るニモの動きで、その姿の全体を見せてくれた。
「お前、誰だ」
「橡の枝人形だ。桂の所に行きたいんだが、道を知っているか?」
「桂に何の用だ」
「先日、相談されたことで話があるんだ。案内なしでも行けるんだが、面倒だから、道を開けて欲しいな」
「図々しい奴だ」
「よく言われたぞ。そして私は、あまりそう言われるのが好きではない」
急に口調が変化して、ジュールズは、思わず橡を振り返った。
「いや、まあ、別にいいのだが、言葉自体には、そう不快感はないのだが、そう言う者との会話は長くなりがちだから非常に面倒でな、ははっ。苛々してしまうんだよ」
笑顔にすら見えるけれど、視線が鋭過ぎる。
大型ニモは、何か危険を感じたように、姿勢を低くした。
シュティンベルクが、長めの首を伸ばす。
「アッテンの者よ。シュティンベルクを知る者、急いで来てくれ」
風の力で木々の間を駆け抜けた声は、すぐにその効果を見せてくれた。
動物が素早く動く音がしたと思うと、茂みの中から、先に出てきた大型ニモと非常に似た者たちが数体、飛び出て来たのだ。
「シュティンベルク!シュティンベルク!シュティンベルク!」
「いない!いない!いない!いない!」
「なんだ、お前ら、お前、ら、あっ!人!」
その声が上がる頃には、後から来た者たちは、警戒するように後ろに下がった。
すぐに、彼らは茂みに隠れ、それから少しして、また数頭、同じような容姿の大型ニモが現れた。
今度は、ゆっくりと足を進める。
「……誰だ、シュティンベルクの名を出したのは」
「私だ、シュティンベルクだ、小さくなる術を掛けてもらったのだ。お前、ええと、ベルリュージユ、か。いや、違ったか。アッテンは似過ぎてて判らん」
「いかにも、私はベルリュージユ。久し振り、シュティンベルク。移住の際には世話になった」
「うむ。悪いが、桂と話せる場所を教えてくれ。アッテンの若いのが、橡の機嫌を損ねたのだ」
「ん?橡……あ」
ベルリュージユと名乗った個体は、枝人形を見て、状況を知ったようだった。
「それは、すまぬことをした。少し南に行こう。道を開けてくれる」
ベルリュージユと名乗った個体は、そこから沿岸沿いの裸地を南に歩き、いくらか移動したところで、茂みに向けて声を掛けた。
「桂と話したい。客を連れて行く。橡たちと、人だ」
その声を受けて、多くの茂みが左右に割れ、その中に、人や獣の姿が見えた。
人の姿をした者は、元々隠れていたのか、二容姿なのか、確かめるには、尋ねるような時間の余裕がなかった。
浮遊艇の形を、一団を乗せたまま縦長に変えて、ジュールズは、その開かれた道の奥へと進めた。
確かめると、ベルリュージユたちは、アッテンと言う種で、言始の獣のひとつなのだそうだ。
「ガフォーリルを基とする姿の者たち。虎とは、だいぶ違うがな。言始の大型の獣で、肉を多く必要とする者たちは、この島に多い。言始の生物は、人以外、身の内に異能を持たない。察知は出来るので、長く生きる者なら、触れる程度のことは出来るだろう」
シュティンベルクの説明に、なかなかに奥の深い生物たちらしいと、察するジュールズだ。
「ふ、ふうん…えっと、ベルリュージユは、じゃあ、かなり長いんだ…」
「そうだな。長くて助かった。まあ、終わりがあるのかは、判らんがな」
ベルリュージユは、黒い体毛に浮遊艇の光を煌めかせながら走る。
その姿は、いかにも軽く、全力ではないと思うが、かなり速いものだ。
数頭のアッテンが同行して先導してくれており、地面の様子を見るに、何者かが、進行方向へと、地を行くアッテンたちの走行を助けてくれているようだ。
「地面を動かしてくれてるのは、誰なの?」
「付近の木たちではないかな。朝嵐の領域なら、あれが道を開けてくれるが。この辺り、ほかの山鳴の領域でもなさそうだし、外からの客へは、こうしてやろうと、取り決めてあるのなら、手順も決まっているのだろう」
「地面を動かすのとか?」
「うむ」
これほどに状況の判別が出来るのならば、シュティンベルクは、思う以上に、多くの働きをしてきたのだろう。
だからこそ、頼みを、すんなりと叶えてもらえる。
助けてくれた、仲間意識、家族、か。
その心のすべてを理解はできないけれど、こんな、すごい生き物に、家族と思ってもらえることが、ジュールズには、なんだか誇らしい気持ちに似た嬉しさを与えた。
上空には、木々の枝葉が覆いかぶさっているので、確認とはいかないが、空はまだ、暗闇の時だろう。
暗い前方ながら、木々が途切れているような場が見えたと思った時には、そこに到達していた。
ジュールズは、浮遊艇を停止に近い状態で浮かせて、正面に立つ人、いや、たぶん、枝人形を見た。
狼に似た黒い獣が、2頭、左右に居て、何によるものか、白っぽい、柔らかな光の中、両腕を軽く差し出す。
「よく来た、多くの客たち。久しい顔も多い」
その言葉のなか、辺りが緩やかに、けれども目で追えないほどの速度で、光に満たされていき、ジュールズたちは、そこが草木の全く無い、裸地であること、周囲を、同じか、似た種類の木々で、隙間も少なく囲まれていることを知った。
確かめると、来た道だけは、ぽかりと口を開けている。
「降りた方がいいよな」
「うん。頼む」
橡の言葉に頷いて、ジュールズは浮遊艇を地面の僅かに上におろすと、浮遊艇からの降り口を、通路に合わせるなどで、要所に適当な大きさで、開けてやった。
ほかの者に先を譲り、最後に浮遊艇を降りると、周囲を見回し、小型化して、ひとつだけ開いている道の脇に浮かべた。
次々と挨拶を交わすなか、自分も橡に桂たちを紹介してもらい、話を聞く。
「それで用向きだが、先に言っていた、若木らをな、アルシュファイドに連れて行こうと思うのだ」
「ん。場所は、あるのか」
桂は、白いまっすぐな髪を腰よりも長く伸ばし、白い服を纏う、若い人の男の姿と見えたが、どことなく、目、耳、鼻の各部位が、通常の人とは違うように見えた。
どこがどう、とは、形にならないのだが、じっと目を見てみると、これは人の目ではないなと、気付く。
その辺り、橡は、かなり精巧だ。
ジュールズの観察の横で、会話は進む。
「ああ。このデュッカの住まいとする敷地内の木を、いくらか、人の作った浮島に移植して、場所を開けることにした。今後、そのような、人の島が増えるからな、この島で遣り繰りしていた種やらを、そちらに配るといいのじゃないか。その辺りは、人と話すといい。その子らに限って、この申し出をするのは、四色の者の守り手として置きたいと思うからだ」
「お前の代わり…というわけか」
「そういうことだ」
「ふむ」
桂は、少し考える素振りを見せてから、口を開いた。
「深葉、浅葉。来なさい」
さわさわと、風よりも、動物が触れた葉擦れがして、遠ざかったと思うと、不意に、がさりと、茂みを割って、2体の幼い人の子のような枝人形が顔を出し、順に全身を見せた。
外見の年齢としては、5歳ぐらいと考えるのが適当そうだった。
「こちらにおいで。橡は覚えているな。そこの2人は、騎士と言うのだよ。そこの男は、デュッセネと言う。これから、お前たちを預かってくれる」
桂の服を確りと握り締める、前に立つ子の服は明るい緑色で、後ろから顔だけ出す子の服は、明るい薄緑色だ。
その姿は、一目で、人ではないと判るものだが、表情の違いは明らかで、前に立つ方は、透き通る眼差しで向かい合う者たちを見ており、後ろに立つ方は、勝ち気そうな目で睨み上げている。
ほかに違うのは、川底を見せない水の流れのような髪の、その長さで、前の子が長く膝まで達しており、後ろの子は、耳に掛かり、首を見せる程度の短髪だ。
髪型と表情から、髪の長い子が女、短い子が男と見える。
「こちらの長い髪の子が女で深葉、短い子が男で浅葉だ」
橡が進み出て言った。
「お前たちのことは、私が預かる。いずれにせよ、お前たちが育つには、生まれた場所は狭過ぎるのだ。来てくれるか」
深葉が口を開いた。
「わかった、私が行く」
「深葉!」
焦るように叫ぶ浅葉を、深葉は見ることなく、続けた。
「私がいなくなれば、浅葉はここにいてもいいよね」
「いくらか遅らせることはできるが、やはり、生物を育む場所には限りがある。今はまだ、違いを作るよりも、一緒に、同じところに行く方が良いだろう」
「………わかった」
深葉は、浅葉を振り返った。
「行かなきゃいけないみたいだ」
「行くよ行くよ!別のとこに行くことより、深葉と離れることの方がずっと怖いんだよ!」
「甘えん坊」
深葉は、無表情でそう言って、浅葉が、ぎゅっと目を瞑った瞬間、その時だけ、ふっと笑い、それから表情を無にした。
橡に向き直って、まっすぐ見上げる。
「原初の木、橡。私は桂の深葉。預かられてやるわ」
浅葉が、深葉の後ろから顔を出し、橡を睨み上げた。
「原初の木、橡!ぼくは桂の浅葉!いじめたらひどいんだからな!」
しん、と、沈黙が落ちて、周囲の者たちの視線が橡に集まるなか、静かな声がした。
「やり直し」
深葉と浅葉は、びくっと体を震わせて、声の元を見上げた。
発言者である桂は、穏やかな笑顔だけれど、2体の枝人形に向ける目は、とてもとても怖い。
深葉と浅葉は、ぴっと背中を伸ばした。
「失礼をお詫びします、橡。どうぞよろしくご指導くださいますよう、お願い申し上げます」
「ししし失礼しましま、どぞよろしくです。お願いです。申し上げるです」
深葉の手のひら返しも堂に入っていて立派なほどだが、浅葉の動揺の表し方も、手本にしたいほど明確だ。
ちょっと何かに使えそうだと、ジュールズは一応、記憶に留めた。
汚れた大人の、いけない学習だ。
浅葉は、素直な反応を、そのまま見せてくれるところが素晴らしいけれど、深葉は、心を隠し切れない詰めの甘さが、身を震わせてくれる。
「やだこれ、すごく嵌まっちゃう」
口許を押さえて、漏れ出た言葉を、なかったことにしようとする。
小さかったので、誰も聞いていなかったらしく、反応を返す者はいなかった。
こっそり周囲を確認してから、ジュールズは、素早く気持ちを立て直して、前を向いた。
その間にも、話は続けられている。
「ふむ。よろしくな、深葉、浅葉。家主のデュッカにも挨拶するといい」
橡に促されて、デュッカはその場で片膝をつき、高低差を少なくして、若木の、ふたりを見下ろした。
「デュッセネ・イエヤだ。デュッカと呼べ。お前たちに、俺の連れ合いのことで頼みたいことがある。交換条件ではないが、引き受けてくれると助かる」
深葉は、少し考えるようで、じっとデュッカを見つめる。
浅葉は、そんな深葉を不安そうに見て、デュッカを睨み、顔を向け直すごとに表情を変えた。
いくらか時間を掛けてから、深葉が言った。
「礼儀のきちんとした者は好き。あなたの連れ合いが嫌な者でなければ、引き受けるわ」
「そうか。ありがとう」
浅葉が叫んだ。
「引き受けてやってもいいぞ!」
デュッカは、1拍、考えるように息を止めた。
「…………。考えておく」
明らかに断りたい様子だ。
浅葉は、怖い気持ちが吹き飛ぶほどに衝撃を受けた。
「ええっ!?」
なんだか切ない。
期待されない悲しさが襲う。
「いや、すまん。気持ちはありがたいが、性別があるというところが、少しな、引っ掛かるんだ。うん。長くなるかもしれんが、考えてみよう」
見た目が幼いからだろう、デュッカの応対が、いつになく柔らかい。
どうやら、気に入ったんだなと、気付いて、ジュールズは、ふふっと、笑い声を漏らした。
新たな顔触れの増員に、ミナは、やっぱり負担もあるだろうけれど、それを押しても、助けになる。
そう信じる。
家族の括りではなくても、考えてくれる。
大切に思ってくれる気持ちが、ここには、あった。
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