調査4日目、親善

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       ―夜明け(がた)―    (そら)が白む。 陽はまだ、海面の下だろう。 陽が海中にあるとは考えられないから、世界の(ふち)の向こうには、陽と月が世界を一周するための空間があるのかもしれない。 夜の空の深さを見るに、星たちも含めた、それらは、予測も付けられないほどに、ずっと遠くにある存在なのかもしれない。 そんな思い付きを頭に浮かべて、そろそろ支度をしようと、振り返った。 この時間まで勤務だと言うアニースと、その肩に乗る(さざき)のチェーリッシに、声を掛けようとした瞬間、彼女たちのいる暴露甲板の近くが騒がしくなった。 どうやら、会合用の浮遊艇だと、気になったので、そちらに向かう。 ジュールズたちが、どこかから戻ったことには気付いていたが、今朝は大浴場に行く約束があったので、挨拶は(あと)にしようと思っていたのだ。 早々に決めたことを覆すことになってしまったが、まだ、5時前なので、間に合わなければ、6時の組と共に出ればいい。 船の方から見ると、会合場の横に、移動用の浮遊艇が繋がっていて、そこから、ぞろぞろっと様々な(しゅ)の者たちが降りてくる。 そのなかに、キリュウたちよりも小さな人影を見て、ミナは目を大きくした。 枝人形(えだにんぎょう)だと見分けはしたが、どうも、(つるばみ)が使い勝手の都合で変える大きさの調整ではなく、未成熟な印象を持った。 そう、短い髪の子の、落ち着きの無い挙動からだ。 ミナは、大声を上げかけた口に、ぱしっと、音を立てて(ふた)をしてから、呼吸を(なだ)めた。 それから、急いで移動すると、彼らが入ろうとする会合場に、自分も踏み入れる。 「あ、ミナ!おはよう!ちょうどよかった!」 ジュールズが笑顔で手を振る。 ミナは、それに笑顔で応えて、近付くと、なんとなく先頭にされた、2体の枝人形(えだにんぎょう)の前に腰を落とした。 「おはよう。私はミナ。ミナ・イエヤ・ハイデルと言います。彩石判定師なの。ミナって呼んで。あなたたちのことは、なんて呼んだらいいかな?」 「私は深葉(フカバ)」 「あっ。ぼくは、浅葉(アサバ)」 「ん!深い葉の色と、浅い葉の色?」 「ええ、そうよ」 「おまえ、なに?」 ジュールズが横から、顔を突き出した。 「デュッカの、連れ合いだ!」 デュッカが、素早くミナの横に並んで、片膝をついた。 「俺の連れ合いだ。この、ミナの、体を、整えてやってほしいんだ」 ミナは、驚いてデュッカを見た。 デュッカは、彼女と目を合わせて、頷く。 「(つるばみ)が、前に、やってくれたことだ。教わって、してくれる」 デュッカは、自分に近い方のミナの腕を、ぎゅっと、(つか)んだ。 「お前には必要なことだ。だから、彼らの都合と考え合わせて、(つるばみ)が、こうするといいと、言ってくれた。まだ若い彼らには、根と枝を伸ばす場所が必要で、イエヤ邸の子供たちと接することは、学びとなるだろう」 深葉(フカバ)浅葉(アサバ)の後ろから、(つるばみ)が覗き込んでくる。 「ミナよ。係る整えは気にせず、甘えてくれ。この子らは、こんな(なり)だが、ちゃんと自分の意思を定められる程度には、生きている。まずは、聞いてみてくれ。この子たちの答えを」 ミナは、心を乱しながらも、自分が、今、しなければならないことを、(つか)もうとした。 「あ、の…。ふたり、私を、助けてくれる…のかな?」 浅葉(アサバ)が、(うかが)うように深葉(フカバ)を見るのが分かった。 やはり、先に口を開いたのは、深葉(フカバ)だった。 「あなたはまだ、詳しく聞いていないみたいだけど、私たちが聞いたところでは、扱いは、そう悪くないように思う。私たち、別の場所に根を張ってはどうだと言われていて、浅葉(アサバ)は怖がってたけど、私は、違う景色を見てみたかった。こういうの、好都合と、言うのでしょ。私たち、これから行くところが(いや)だったら、別の場所を探すわ。だから、まず、あなたたちの家を、見ようと思っているの。あなたのことは、(いや)じゃないわ。(つるばみ)の技術を教わることも、してみたい。まずは、あなたを助けることができるか、試させて」 「あ…」 「お前は、ぼくに助けて欲しいのか?」 浅葉(アサバ)が、そっとミナの様子を(うかが)うようだ。 ミナは、自分の()るべき態度、というものが、判らなかった。 判らないけれど、自分に必要なことは、理解したと思う。 慎重に考えるべきことだと、そんな考えが確かに(よぎ)る。 でも、今、(つか)まなければ。 何よりも、この、小さな子たちを、一時(ひととき)でも、一瞬でも、困惑させることは、したくない…! 「あっ、の、私ね、私…」 でも、どうしよう。 言葉が出ない。 代わりみたいに、涙が出る。 「っ、、たす、けて、欲しい…っ」 顔を伏せて、奥歯を噛み締めた。 やっぱり、まだだめだ。 心がこんなにも、不安定。 ちょっとしたことで、感情が乱れる。 体を固くするなか、さわ、と、誰かが額の髪を触った。 「何を、そう思い詰めているの」 どこか、呆れたような声は、深葉(フカバ)だと、聞き分けた。 顔を上げると、目に(にじ)む涙を、ぐいぐい指で(ぬぐ)う。 「ふうん。確かに、そんな状態では、(つら)そうね」 「ふ、深葉(フカバ)、泣かせたの、ぼく、泣かせた?」 浅葉(アサバ)の言葉に、ミナは慌てた。 「あっ!ちっ!違うよ!こっ、これは、泣いてるんじゃなくてあの、あ、あの、感情が、ぐっ、ぐちゃぐちゃで、勝手に出てくると言うか…」 あわあわとした自分の大声に、驚いている浅葉(アサバ)を前にして、言い訳のひとつも出せないでいると、彼は言った。 「勝手に出てくるのは、なんか、わかるかも…」 気遣われているのだ。 そう思う。 確かに、共感、ということではあるのだろうけれど、小さな子に気遣われた自分を情けなく思う。 そんなミナをよそに、目の前の、ふたりは、どこか気を良くしたような、感じ。 「元気出して!ミナ!なんかわかんないけど!大丈夫だよ!」 突然、浅葉(アサバ)がそう、励ましてくれた。 「えっ。あっ。ありがとう…浅葉(アサバ)」 気を呑まれながら返事をすると、浅葉(アサバ)は、ぷあっと、口を広げて、そのまま、あわあわと動かした。 隣の深葉(フカバ)が、あとを継ぐ。 「ミナ。助けてあげる。まだできないけど、努力するから。浅葉(アサバ)に、お礼、言ってくれて、ありがと。この子、そんな経験、あんまりないから、嬉しいのよ」 「フっ!深葉(フカバ)!」 「なによ、そうなんでしょ。それはそうと、これからどうするの?私たちをどこに置いてくれるの?まあ、ここでいいけど」 「え?置く?」 「ええ、そうよ。だって、これはただの枝。本体は、それ。後ろ」 はっとして、目を上げると、まだ細いけれど、それなりに背の高い木が、2本、浮いているようだ。 ジュールズが答えた。 「おっ。そうだなあ…。鉢に入れてるから、そっちの庭でもいいけど、ああ、セイエンたち用の、バルタ クィナールに、くっ付けてる寝所に置いたら?寝所だから、静かだぞ」 「ん。まあ、そうね…。賑やかなところもいいけど、どうせ私、この姿で歩き回るし!案内して!そして運んで!」 どこか命じ慣れている感じが、(つるばみ)に似ているようで、汗が出てしまうジュールズだ。 とにかく、必要なことを、やってしまわなければならない。 「はい、はい、お姫様。そんじゃ、ミナ、詳しいことは、また後で。帰国してからでもいいぐらいだし。浴場に行くんだろ?」 「あ、うん…」 「え、なあに、出掛けるの?すぐ?ちょっと待てない?私も行く!」 「あ、ええと…」 時計を見ようと、ミナが手首に目を落とすと、アニースの声がした。 「大丈夫だよ!支度ができたら、こっちに戻っといで!私は、アニース!騎士の1人さ!詳しい挨拶は、またあとで!」 「あ、分かったわ。じゃあ、また後で!アニース、ミナ!」 小走りでジュールズを()かす深葉(フカバ)と、それについて行く浅葉(アサバ)を見送って、なんとなく立ち上がっていたミナは、顔を正面に戻す。 そこには、(つるばみ)が立っていて、ちょっと驚いた。 「ふふっ。ちょっと、じっとしてごらん」 笑い声は、ミナの驚いた顔が、()が抜けていて可笑(おか)しく思ったからだろう。 ちょっと恥ずかしくて、赤くなりながら、じっと静止する。 力の流れが、整えられて、気持ちの乱れも、(なだ)められた気がした。 「ありがとう…」 「どういたしまして。では、私の預かり子を頼むよ、ミナ。そしてデュッカ。君たちに会いに行く口実ができて嬉しい」 やさしい、やさしい、始まりの木。 最初に()を分けてくれた、その行為が、アルシュファイド王国を作った。 それぞれに必要な、そこにあるものを、分ける行為。 身を削るのではなく、ただ、分けられるものがあるから、分けて、与えた。 それが結果として、多くの、姿の違う、存在の違う者たちを、助けた。 自己の存在だけでは、それを保てない、神々に作られた者たち。 ほかからの助けが必要な者たちのため、国という枠組みを必要とした、その、(もとい)となる、心持(こころもち)。 やさしさが胸に()みて。 またちょっとだけ、涙が(にじ)んだ。
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