調査4日目、親善

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       ―()(とき)―    大浴場の玄関前で合流したバルタ クィナールの面々と、客船ヴィサイアの面々は、その扉を前にして、男女に分かれる。 「さあ!行きますよ!不都合を教えてね!大きなところは、あとで変えるけど、細かいところは、調整するわ!」 張り切って声を上げるのは、ミナの義理の祖母、アマリアだ。 「協力してあげる!」 「協力するわー」 「協力ね!文句を付けるのも、協力ね!」 こちらに来た、(さざき)のチェーリッシとメリダとモーリンテイラーの言葉に、なるほどそうか、文句を付ければいいんだなと、後ろの者たちが頷いていく。 「そ、それは…」 小声で呟くミナだけれど、楽しいから、まあよい。 早速、玄関から入ると、ちょっとした広場になっていて、壁際に、湾曲して設置した、()(もた)れのない腰掛け場がある。 「ここは待ち合わせとか、入浴後のことを打ち合わせる場所ね。毛の深い者とか、服を必要とする者とか、分かれるから、合流地点を話し合うわ。今日のところは、まとまって動きましょ!それじゃ、私たちは、こっちね!」 「あ、ちょっと待ってください。なんか、(なか)、広そうだし、合流するための配置図ぐらいは、要所で見られるといいんですけど…」 「あらっ!それもそうね?でもそれ、難しそうね…」 「あ、じゃあ、簡単に、ええと、誰か、土、貸してくれない?」 「私が!」 近くにいたラグラが手を上げて、足元に黒色の板を作り、すぐに考えを変えて、それをそのまま、支柱の位置の具合を確かめながら持ち上げた。 そこに、アニースが指示を出す。 「ちょっと待った、高さはそこで()めてくれ。えっと、誰か土の、腰掛け作って欲しいんだ、後ろから覗けるといいだろ、多いから」 「そうですね!私やります!」 テナが勢いよく片腕を差し上げて、一目(ひとめ)で腰掛けの位置取りを決めてしまうと、ちょっと下がって、とか、ちょっと前に、と、集まる者たちを促しながら、中央を覗き込む者たちに、段差を作った。 「アマリア、女湯の大体の形は、半月状ですか?」 「ああ、ええ、ちょうど中央を分ける端が、南のここ。東西南北の方角を定めてから作ったのよ。そうそう、綺麗な半月で大丈夫よ」 話を聞きながら、ラグラは、円形で薄い茶色に変えた机を土台とすることに決め、その上の中央に、半月状の、人の目に眩しくない程度に黒色を混ぜた白い板を作った。 「ここは入口だけど、隣は出口の広間よ。更衣室の出入口が、4ヵ所にあって、外向きには、入口と出口に開いてるわけ。そこの扉が、ふたつに分かれてるのは、更衣室に入る者と、服を替えずに、汚れを軽く流す沐浴(もくよく)室に入る通路ね」 沐浴(もくよく)室は、入口と出口とに分かれているので、かなり横幅が広い。 ラグラは、アマリアが指で示す辺りをなぞって、黒色の線を(えが)いていった。 「体の大きい子とか、鳥たちとかに合わせて、空間は天地(てんち)にも、結構、広げているのよ。大まかには、そうね、沐浴(もくよく)室の向こうは、涼むための場所で、茂みが覆っているの。その茂みを割って、道を通してる。低温水浴と高温水浴があるから、両方の風を混ぜて、この(すず)()に、湿気を適当に除いて、流しているの。まあ、この(すず)()では、合流は難しいわ。入湯(にゅうとう)するところが、中央の広い区画ね。氷が浮くぐらい冷たいのから、沸騰直前までの湯があるわ。西から、氷水(ひょうすい)浴、温めてない玉水(ぎょくすい)浴、温水浴、高温水浴となっているわ。で、その奥が、休憩()で、ここでなら広く見通せるから、合流しやすいし、出口の沐浴(もくよく)室に向かうのに、1本道があるわ。この休憩()の向こうは、遊楽(ゆうらく)区画ね。手前に液体ではない温冷浴(おんれいよく)の個室があるの。地下空間が広いのは、ここね。地上階は大体、人の大きさに合わせた出っ張りになってて、廊下側から気温の違いを確かめて、入るのよ。で、その外では、奥の方、北の方ね、そっちに、水温が違う川が流れてて、更に奥の、西の壁際は、行き来はできないけど、男性と待ち合わせて、会話しながら同じ湯を楽しめるわ」 「え!?」 思わずミナが声を上げると、大丈夫よおと、アマリアが片手を前後に揺らす。 「()わせるのは、言葉だけ。姿は見えないわよ。案内鳥で会話できるから、前後する時間に到着できるし、互いに見えないけど、衝立(ついたて)越しに会話するのって、ちょっと、どきどきしちゃうでしょ!ふふ!」 「そ、それは…」 「多人数用もあるけど、ふたりだけとかも、家族だけとかも、作ったからね!そういう交流も、してみたいから!」 「うっ!………」 ()()かる義理の繋がり。 求められておきながら、そのような交流を認めないのは、相手の、親しみたい気持ちを、否定したり、無いものとしたり、向き合わない不誠実と捉えられても仕方がない。 また、付き合いの上で、配慮に欠けると言われても、反論できない未熟さを露呈してしまう。 返答に(きゅう)していると、同じく義理の繋がりとなるヒュテリナが、まあまあ、と割って入った。 「それは、追い追いね。ほら、アマリア、イエヤ邸の娘たちもいるし」 「あら!そうだわ!でも、来てもらえるかしら?」 確かに、それは無理そうだ。 ミナは、慌てて頭を(ひね)り、解決策を絞り出す。 「あっ、あの、イエヤ邸にも、大きな浴場はありますから、結構、使ってますし…」 「うーん。まあ、そうねえ…。でも、どきどきが…」 「ほら、ほら、話を進める!いつまでたっても、湯に入れないじゃないの!」 ヒュテリナの言葉に、深葉(フカバ)が、我に返ったように声を上げた。 「そうだわ、このまま聞きたい気もするけど、早く入りたい」 「あら!そうね!浴室としては、こんなところよ。あとは外縁(がいえん)に休憩()が、ちょっとと、出口の沐浴(もくよく)室から、水を落として、更衣室か出口の通路に出て、更衣室からは入口にも戻れるけど、外縁に沿ってる出口の待合広場に出ると、飲料用の水を置いてるし、上の階層に男性と待ち合わせできる広場があるからね、そっちに上がって、そこでちょっと飲み物を口にしたりで、帰る時間を合わせられるわ。まあ、こんなで、移動が、かなり大変だから、浮遊(かご)も用意したわよ」 「あ、では、案内鳥と、浮遊(かご)の使い方を示すぐらいは、あると良さそうです。それはまた、そうだ、アマリア、力を貸してもらえませんか」 「ええ?力を貸す?」 「はい。風の力を発してもらえたら、あとは私の方で、調整します。あの、気分が良くないかもしれません…」 ちゃんと口で説明すれば、出来るのかもしれないが、不具合が多いだろうことは、その異能を見れば、ミナには明らかだった。 拒否される、そんな不安と、受け入れられない、奥底からの忌避に遭う予感。 ミナの表情から、そこまでを察するのは無理としても、やはり長く生きた、彼女は、他者の心を()む、風の者だった。 アマリアが、そっと身を寄せて、ミナの、届く方の手を包んだ。 顔を上げると、年長の者の、包み込む心の豊かさが見えた。 「どんなことをするのか、教えてちょうだい」 快活なアマリアらしい、同時に、年上の家族の、やさしい声が求める。 ミナは、ほっと表情を柔らかくして、頷いた。 「はい。では、鳥にしましょう。胸の奥に彩玉を(とど)めます。口真似をする、鸚鵡(おうむ)がいいかな。覚えて、求める時に、繰り返してくれます。復唱。記憶を辿る助けとなれ、録音鳥ペパー。名乗り」 「記憶を辿る助けとなれ、録音鳥ペパー。アマリア・ルゥト・イエヤ」 術語を終えると、緑色の多い、触ることのできる羽を持つ鸚鵡(おうむ)に似た鳥が、形作られた。 ペパーと言うのは、(ひと)真似(まね)で喋る鳥の個体名として知られる。 アルシュファイド国民には馴染み深い(つた)(ばなし)だ。 彼らにとって、有名な鸚鵡(おうむ)で、古い時代に政王の恋を助けたとされている。 そのため、この、彩玉鳥を形作るための意識を確立し、力を整えるには、よい名となった。 「まあ、まあ!こんなこと、私、したことないわ!ちょっと試してみてもいい?」 「はい。ただ、録音できるのは、あとで必要だと、発言者が思う言葉だけです」 「ああ!先ほどの力は、そのような形になっていたのね!言葉にできないけれど、明確な指定があったから、戸惑ったのだけど、すごく綺麗にまとめられたわ!」 「それが、小さな力量の者と、力を合わせることの、利点です。とにかく、試してみましょう。この施設の設備に関する、利用者への説明です」 「そうね!施設設備の説明をしたいわ!」 「再生しましょう。ペパー、繰り返し、利用者に対して」 録音鳥ペパーは、()を置かず繰り返した。 「ペパー、繰り返し。この施設の設備に関する、利用者への説明です。ペパー、繰り返し。そうね!施設設備の説明をしたいわ!」 ペパー、繰り返し、という言葉と、ほかの言葉では、全く声が違い、ペパーの声と、ミナの声と、アマリアの声として聞こえた。 「うん。ちょっと面倒もありそうですが、こんな感じです」 「発言者ごとに分かれているの?」 「いいえ、内容に向ける気持ちの違いです。今のは、施設設備の利用者に対して、なんらかの気持ち、意図を持った発言であることが、再生の条件でした。言葉を発するときには、内容に対する気持ちが、少なからず生じますからね。再生条件は、あとでも整えられます。今は、思い付くままに、聞かせましょう」 「分かったわ!それじゃ皆さん、行きましょうか!」 アマリアの声に促されて、それまでの見慣れない作業を、感動を持って眺めていた者たちは、気持ちを、大浴場への期待に向けた。 更衣室と直通路での分かれ道に向き合うと、布とは違うものを身に(まと)う者たちに目が向いた。 例えば、深葉(フカバ)が身に(まと)(ころも)は、枝の、言ってみれば葉の部分だ。 ここで、枝人形(えだにんぎょう)の体の一部として取り込んで、後で再び作り出すこともできる。 「それなら、深葉(フカバ)は、服の無い者たちと同じ入口でもいいけど、そうだ、人と一緒に浴室に入る機会があるだろうから、一緒に更衣室に入ろうよ。外見の変化を、ここで作ったら?」 ミナの提案に、深葉(フカバ)は、考えるように顔を上向けた。 「うーん。まあ、人の生活は、知っておきたいかしら」 「じゃ、こっち、一緒ね」 (さざき)のチェーリッシなど、服は無くとも同行する鳥獣がいたりで、それぞれ別の扉から入ると、ミナたち、人は、服を着替え、服のようなもので身を覆う者などは、一部はそのまま、ほかは、人と同じ(よく)()(まと)った。 服を着替えた分、遅れた者たちが沐浴(もくよく)室に入ると、先に湯に入る者たちが、彩玉()の1頭ずつに案内されているようだ。 「ここは、基本的には、温度は同じなのよ。ただ体の大きさに分けているだけ。寒いから、浸かりましょ」 湯の中に歩を進めると、それぞれに、1頭ずつ、黒い彩玉()が顔を出し、案内を始めた。 鳥たち、空中を飛ぶ者には、鳥の案内が付き、同行していたチェーリッシは、アニースに別行動すると告げたらしく、頷き合うと、案内鳥と、ほかの同行の鳥たちとともに、飛び立って行ってしまった。 「自分の周りにある湯だけ、個々の体温に応じて変化するのよ。(しゅ)の違いで(くく)るより、術語を組み立てるのが簡単だったわ。彩玉を彩石の代わりにすることとか、あの子、ファルセット、すごく機転が利くわよね!」 大事な子の1人なので、褒められると、嬉しくなる。 にっこり笑みを浮かべるミナを、テナが、何か言いたそうに見た。 会話をする余裕があったのは、ここまでで、体に()れる湯の変化や、頭の上から降る湯など、個々で状況に対応する。 沐浴(もくよく)の最後の行程として、岸に並ぶ枝から、薬を流すための湯を受けると、腰を落ち着けられる場所を見付けて、同伴者を待ちながら、小休止の時間を取った。 「湯を浴びるって、気持ちがいいのね!」 枝人形(えだにんぎょう)の気持ち良さは、共感できるものではないのだろうが、喜んでくれているのは、嬉しい。 「そうだ!イエヤ邸の湯も、ちょっと工夫しないと!」 今更気付いて、ミナは、後でデュッカに、イエヤ邸への伝達を頼もうと心に()めた。 これまでは、獣の数が少なかったので、体表の付着物の違いに配慮して、適当な浴槽を、その都度作っていたのだが、家族としての鳥獣が増えたことだし、今後の客にも対応しなければならないだろう。 「折角だから、(なか)(はな)れも使い方を考えよう。子供だけとか、うん。そうだ!(なか)(はな)れを整えてから、イエヤ邸を改築してもらおう!」 はっきり聞こえる一人言(ひとりごと)を呟くミナを見て、深葉(フカバ)は、その様子を観察する。 接したことがないので、人の表情は、よく分からないけれど、土、風、水、火の、よっつの要素を、自分に扱える存在として捉える深葉(フカバ)たちは、その気になれば、(わず)かな体温の上昇や、胸の響きも知覚できる。 その温かな血の、流れも。 「………なんだか、嬉しそうね」 総合的な判断なので、明確に理由を語れはしないのだけど、()いて言うならば、そのように感じた。 言われたミナは、幸せに頬を(ゆる)ませて、笑った。 「うん!嬉しい!楽しい!そして、楽しみだなあ!どんなことが、できるか、あるか!」 ほんとうに、喜んでいる。 それは判るけれど、同時に、異能の乱れ、いや、身体(しんたい)の乱れに引き()られて、異能が乱れているのも見分けられた。 「興奮…、と言うもの、かしら…」 深葉(フカバ)浅葉(アサバ)は、同じ()たちだけでなく、周囲の生物から、様々な事柄を教わったので、言葉の構成や、意味、真名(まな)など、口伝や文字によって、知ってはいるけれど、実際の状態、というものは、見聞きした経験が少ないのだ。 深葉(フカバ)の言葉の意味を理解しかねて、ミナは、戸惑うような、問い掛けるような表情だ。 その頬の赤みが、濃いように見える。 「あなた、大丈夫?」 「え?」 そのとき、いつの間にか近寄って来ていた彩玉()の1頭が、ミナの前に進み出て、発言した。 「あなた、湯から出るといい。入湯室に進みましょう。承諾してもらえるか」 「あ、え、えと…」 「ミナ、先に進もう。そちらで待つ方が良さそうだ」 近くにいたアニースに声を掛けられて、ミナは、素早く同伴者たちの様子を確認すると、頷いた。 「分かった。深葉(フカバ)も行かない?」 「ああ、そうね。行くわ」 (とど)まる理由がなかったので、先に彩玉()に言われていた通り、入湯室に進む、と言うと、脇に退(しりぞ)いていた彩玉()たちが、言った者の数だけ寄ってきた。 手荷物を入れた(おけ)に違いがないので、最初に触れた時に、対応する者を特定したのだろう。 彩玉()に連れられて湯の中を流れていくと、すぐに終点に着いたので、手荷物を回収し、入湯室への扉を開けた。 心地よい風が吹いて、ミナは、自分の不調を自覚した。 「あ、そういうこと…。深葉(フカバ)、ありがとうね。察しが悪くて、ごめん」 「ん。いいけど…。自分のことなのに、そんなに判らないものなの?」 「うっ…」 代わりのように、アニースが言った。 「不調の自覚があるのに無理を押してるから、健康の境界が曖昧になってるんだ。ミナの基準は、作業が出来るか出来ないか。出来なきゃ休むが、出来る時は、不調だと、言わない。言わない理由が判るから、強く求められない。私らは、ミナの周囲から危険を退けることはできるが、ミナ自身が抱え込もうとするものには、手出し出来ない。苦労のすべてが、ミナにとっての悪しきものではないってことも、取捨選択を難しくさせてる」 「………」 謝罪が口から出そうになるが、言ってもよい、という判別が、付かなかった。 ミナは、視線を落として、手荷物を入れた(おけ)を見つめる。 「ふうん。なかなかの困った子なのね」 深葉(フカバ)がそう言って、呆気に取られるミナたちを余所(よそ)に、辺りを見回す。 「ねえ、ミナは、ちょっと、湯から離れてた方がいいんでしょ?なんか、涼み()?とか言うの、そこじゃないの?」 アニースが我に返って、頷いた。 「あ、ああ、そうだったな、確か」 「なに?反応、(にぶ)いわね。アマリア!私たち、ちょっと涼み()の様子を見たいわ」 「そう?私は低温湯に行くわ。じゃあ、案内鳥を付けるといいわね。術語は、案内鳥を求める、名乗りよ」 「案内鳥を求める、深葉(フカバ)」 「案内鳥を求める、アニーステラ・キャル」 鳥の声が、それぞれに応えて、本体が現れる。 「ラグラも付けた方がいい。ん、聞き逃した、案内鳥、名は?」 「僕はベッカ!アニーステラ・キャル、なんて呼ぼうか?」 「アニースにしとくれ」 「分かった!アニースって呼ぶね!案内するよ!どんなところに行きたいの?」 「4人で涼み()を利用したい。楽に座れる椅子のある所に案内してくれ」 「あら、ちょっと待って!ラディが、少し具合が悪いみたい。私も、ちょっと涼みたいし、一緒に行くわ」 ラディとは、選別師パラディナ・メンデルの通称だ。 看護師ノーマの声に、周囲の観察をしていたテナが寄ってきた。 「それじゃ、みんなで…」 「あら、あなたは、大丈夫そうだもの。分かれすぎてもいけないけど、(ふた)()ぐらいは、分かれた方がいいわ。勤務のことは置いといて、今は、涼みたい者だけ、行きましょう」 勤務のこととは、護衛の騎士たちのことだ。 彼女たちは、さっと互いの顔を見て、分かれ方を決めたようだった。 その様子を見て、ノーマが言った。 「今は体調を崩せませんからね。冷えているほどでなくても、暑いぐらいに思ってないなら、湯に入りなさいね」 強めの忠告に、再び顔を見合わせる騎士たち。 アニースが、くすっと笑い声を漏らした。 「この程度は任せてくれ。休みなりに、騎士の本分は、持ってるだろう?」 「はい。テナ、行きましょう」 カチェットの促しから、同じ警護隊のキャサリナとリスル・リートがテナたちに同行し、支援隊騎士班の者たちは、瞬時には決めかねたが、最も答えを出すのが早かったマリーが、口を開いた。 「私は、ノーマと行くわ。体の方は保護してでも、騎士班の誰も、もう一方を知らないのは、動き(にく)いもの」 アニースは、その判断を支持することにした。 「そうだね、マリー。合流してから、役割を交替すればいい。今は、楽な方を選んだら」 後半は、マリー以外の者に向けたものだ。 彼女たちは頷き、それじゃあ、あとでと、分かれていった。 ミナたちの方は、もう1人、ヒュテリナが加わって、アニースは、答えを待っていたベッカに向けて、8人だと訂正した。 「分かったよ!8人で、楽に座れる椅子があるのは、こちら!」 ベッカは、アニースの前で尾羽を見せると、上下に高さを変えながら、前方に進む。 手近な茂みに近付くと、大人が1人通る幅で、白い道が足元に現れた。 「せっかく出したけど、案内の必要ないわね」 深葉(フカバ)に応えて、彼女の案内鳥ピックが、ピィッ、と鳴いた。 「案内鳥は、道案内と、位置案内と、設備案内をするよ!」 「え、道案内と」 「ピュイッ!ここだよ!」 思いの(ほか)、目的地は近く、道の終わりは(ひら)けた空間で、頭上も含めて辺りを見回すと、作り物の枝に覆われて、見える天井に覗く空が見えるほかは、やはり作り物の木のような幹の連なりと、枝葉(えだは)の重なりしかないようだ。 さわさわと風が通る音が絶え間なく、頬に当たる風は、ひんやりとしているが、首から下は、いくらか温かさを感じるようだ。 「ちょっとした個室だねえ!」 環境を確認して、アニースが声を上げる。 「ふうーん。なんだか、生まれた森と変わらないけど。これも椅子というものなのね?」 深葉(フカバ)は、周囲の木々など、作り物だろうと、見慣れた景色に興味は持てなかった。 そんなものより、人の体を休めるための椅子の形が、興味深い。 そこには、形状の違う椅子が、適度に(あいだ)を空けて置いてあった。 「そうね。体を、大きく傾けて、全体を預けられるのなんかは、特に、寝椅子って、言うわね。これとか、そっちのも、形状は違うけど、ほとんど寝転ぶように出来るでしょう」 ミナの説明を聞きながら、感触を確かめて、寝椅子のひとつに体を預ける。 「ふーん。ちょっと硬い感じ」 「ほんとね。そっちは、軟らかめみたい。ラディは…」 振り向くと、ノーマに勧められて、近くの椅子に座っている。 「あなたも座りなさいな、まずは自分のことを考えなさい」 深葉(フカバ)に言われて、ミナは、少し戸惑いもあるが、(もっと)もだと思えたので、自分の近くの、肌触りが柔らかい椅子に座り、感触を確かめながら、体を預けた。 「ナック、ここで使える設備を教えて」 ラグラの声に、そちらを見ると、彼女の声に応えて、案内鳥が説明を始めていた。 「分かったよ!ここで使える設備は、椅子と、飲料設備と、湯上(ゆあ)(ぬの)と、()(ぬぐ)いと、枕だよ!真ん中の腰掛けの丸いところから出せるよ!」 ラグラは、早速、この広場の中央に設置してある、大人1人の身長ぐらいはありそうな直径の丸机を背にして、座面を下げ、椅子の形としている多人数用の腰掛けに近付いた。 「ナック、飲料設備を使うには、どうすればいいの?」 「僕が動かすよ!使用開始、飲料設備!」 案内鳥ナックの言葉が終わると、丸机は、手の長さ程度の外縁(がいえん)を残して、内側だけが、ぐるりと回転し、ラグラの横にいるナックの前で、3分の1ほどの扇形となって、突き出るように上昇してきた。 高めに立ち上がった弧を描く側面に、色違いの箇所があり、(くぼ)みに指を引っ掛けて右側に引くと、戸が(ひら)いた。 戸は、引き込んだ部分がどうなっているかは判らないが、扇の弧の部分を全開すると、取っ手部分で停止した。 「えー!何それ!」 叫んだ深葉(フカバ)が駆け寄って、ラグラの脇から顔を覗かせた。 深葉(フカバ)を追ったピックが、飲料設備だよ!と答えた。 「近くの安全な海水を加工して作った磁萌水(じほうすい)って言う水を飲料水にしたよ!左は凍り(にく)いぐらいの冷たい水で、右は沸騰しないぐらいの温かい湯だよ。取っ手の棒を上げると出てきて、下げると止まるよ!気を付けて使ってね!」 「ふうん、なるほどね!こういうのも、案内するんだ!」 「そうだよ!」 ピルルルル、と、どこか機嫌良さそうにピックが鳴く。 どことなく、笑いを誘われる愛嬌を感じる。 「いい機会ですから、使ってみましょう。深葉(フカバ)は、水が良さそうですね」 「そうね」 「器は、こちらにしましょう。取っ掛かりはありませんが、一般的な水を飲むための器です」 「ありがとう!ええと、この棒を…」 「あ、水が出るのは、こちらの棒の先なのです。こちらは、取っ手、と覚えると、便利でしょうね。こちらの棒は、水を通す(くだ)だから、穴が空いているのです。水の道である(くだ)と書いて、水道管。この先にある、水の出口を、水口(みずぐち)、こちらの湯が出る仕掛けの先を、湯口(ゆぐち)、と言い分けます」 深葉(フカバ)は、ふんふんと頷き、観察して、取っ手に手を掛け、水を出した。 すぐに水が満たされるので、ラグラが慌てた声を上げる。 「取っ手を下げて!そんなに力は必要ありません。ああ、そうです。湯口(ゆぐち)から出る湯は、熱いですから、器は(ふち)の分厚いものを選んで入れます。こういうものです。取っ手がある方が安心ですけどね、こちら。それと、直接触れては、いけません。あ、そうか。痛覚などはないでしょうか?それでもやはり、用心した方がいいです」 「分かったわ!……ん。んん。じほうすい、て、これは、鉱物と植物の混ざり物ね。磁、萌、水、か。なるほど」 「ノーマ、お水が必要ですか?」 ラグラが声を掛けると、ノーマは、そうねと応えて、近くに来た。 「水差し、ああ、あるわね。こちらに、もらうわ。盆、あら、浮くのね」 鳥の飾りが付いた盆を、棚から完全に引き出すと、盆は浮力を持ち、いつの間にか、飾りの鳥の目に、緑の光が見えていた。 「そっと載せて!そっとね!」 そう言葉を発する。 「まあ、こんなことまで…」 ノーマが感心の声を上げた。 ラグラも、(あふ)れる感動を抑えられない声を上げる。 「便利ですねえ…!私も色々、考えてみないと…!」 「まったくだわ!」 そんな声も、ちょっとは気になったけれど、深葉(フカバ)は、目の前にある様々な道具、ひとつひとつを手に取って、観察に余念がない。 ラグラは、ノーマがラディの(もと)に戻ったので、深葉(フカバ)が手に取る、その、ひとつひとつを説明していった。 やがてそれが終わると、湯上(ゆあ)(ぬの)()(ぬぐ)いを収められた部分を開けて確かめ、次に、枕の入った部分を(ひら)いて、確かめた。 「ふうん。同じ枕って言っても、形が色々なのね…!なかなか、面白いわ!」 「色や模様の違いも、使う者にとっては、気分が変わるなどの効果がありますよ。触り心地だけでも、気持ちいいとか、具合が悪いとか、感じるでしょう?見るものも、それに近い感覚がありますから」 「なるほどねえ…!人の国に行くのが、楽しみだわ!」 「はい!楽しんでもらえると、嬉しいですね!」 明るい笑顔は、自己紹介の時に見た、控えめなものではなくて、深葉(フカバ)は、ラグラという、その者を、改めて眺めた。 「? どうかしましたか?」 「いえ…何か、初対面の時と、印象が違うなと思って…」 「ああ…」 ラグラは、ちょっと困ったように笑った。 「あの時は、仕事中の意識が強かったので、完全に頭を下げないように、できるだけ、顔を伏せ気味にしていたのです。そうすると、顔全体に、影が落ちやすくなりますからね。見た目に不鮮明な記憶しか残らないのです。あ、でも、深葉(フカバ)の見え方は、人とは違うのでしょうか…」 「そうねえ…。私たち、木は、通常なら、ほかの生物とは、違う感覚のなかで生きるわ。ただ、今は、木人(もくじん)の視覚の造りを真似(まね)てるから、人に近いんじゃないかと思うわ。でもまあ、やっぱり、この見た目を見れば、違うところは、ありそうに思うわね…」 「モクジン…ああ、()(ひと)、ですか。()容姿(ようし)(かた)ですね」 「ええ。造りを同じにすることはできそうなのだけど、理解力が追い付いていないのね。そのもの…人が物を見ている、身体(しんたい)の器官を作ることはできるけど、その働きが不明瞭だから、働かせることができないでいる。それで、なんとか、自分に理解できる仕組みを加えたりして、調整しているのだけど、これで同じ、という確信は、どれだけ試しても持てないのよね…」 「へえ…。でも、現存する物体は、その組成を知らなくても、作れますよね?」 「うん。そこなのよ。組成を知らなくても作れる、というのは、物体の捉え方に問題があるの。鉱物は分かりやすいわ。その性質を捉えさえすれば、見た目には、同じものを作ることができるの。だって、鉱物は、そこにその存在があるから、存在のもたらす結果があるの。でも、生物は、ただ、そこに、身体(しんたい)を構成する物体があったって仕方がない。物体を、要所に組み立てて、繋げなければならないのよ。そうでなければ、その作り出した目に、光を見せることすらできない。その辺りに、たとえ力量は充分あっても、生物を異能では作り出せない、限界があるのだわ」 「ふうん…。その点、生物として同じ、人同士では、少なくとも、同じ機能で物を見ている、という強みがあるから、視力に問題がある人を、治せるんでしょうかね…」 「だと思うわ。それはたぶん、機能を完全に治しているのではなくて、治す人の知る景色を見られる仕組み、という定義付けによる、問題の改善なのよ。問題がなかった頃と、大体同じ結果になるなら、そこに本質の違いがあることなんて、問題には、しないんじゃない?」 「それはそうですね…。視力が戻ったという喜びの前に、言ってしまえば、どうでもいいこと…」 「でも、ちょっと怖いわよね。だって、治す者に悪意があるなら、ひどいものを見せることだって、できるってことじゃない?」 「それは…っ」 ふっと、ラグラは、寒さに襲われて、肌が泡立った。 その肌に、温かな風が当たり、いくらか、気持ちを助けてくれた。 「ん?今の…。何か、風の当たり方にも、仕掛けがあるのね?」 深葉(フカバ)が気付いて、何か、探るような目をする。 「え?そうなのですか?」 「ええ。なんにせよ、あなた、もう、寒いぐらいなんじゃない?湯に浸かった方がいいわ」 そこまで、じっと、ふたりの話を興味深く思いながら聞いていたミナが声を上げた。 「あっ!そうだね!私も、だいぶ良くなったし、ちょっと、ひんやり」 首から下は温かめなのだが、顔の辺りは、ひやりとする、とても弱い風が吹くので、吸う息は体を冷やす。 それに、温かいとは言っても、()き出しの肌を温めると言うほどでもなく、ただ、風の当たり方が、柔らかいだけなのだ。 (よく)()は、余分な水など含まず、湯から上がると同時に、体表にあったものも、水はほとんど流れて落ちてしまった。 そのため、水気は少なかったので、気になるところだけ拭けば、髪以外は、粗方(あらかた)風で乾いてしまう。 けれども、乾くと同時に、熱を奪われたようで、未だに水の残る頭の方は、結構、冷たい。 体調の悪かったラディも、そろそろ温まりたいようなので、低温水からにしようかと、移動することにした。 今度は、深葉(フカバ)の案内鳥ピックに頼んで、低温水の集まる区画、なかでも、温水浴に向かう。 それほど時間を掛けずに到着したそこは、いくつもある湯入りの円筒から成る段々(だんだん)があり、高い所から温度も高く、人が入ることができるのは、中ほどからだとピックが説明する。 「同じ温度の泉もあるよ!近い温度で泉を集めてるの!高い位置にあるところから、湯が(あふ)れて落ちてくるけど、泉の中の湯はそんなに変わらない!(ふち)に流れてる湯に気を付けて入ってね!」 泉は、5個前後でひとまとまりになっており、間には、幅の違う通路が挟まれて、泉の大きさも考え合わせれば、単独から多数の利用にも対応できそうだった。 「じゃあ、一番、高めの所に行きましょうよ。深葉(フカバ)も大丈夫かしら?ピック、判る?」 対象者ではないはずのヒュテリナの問いに、ピックは、ちゃんと反応した。 「ピュイッ!枝人形(えだにんぎょう)には、高温はお勧めしないよ!自分で調整できるなら、問題ないよ!」 「ふーん。それじゃ、ひとまず、試してみましょうか」 深葉(フカバ)の言葉に、一同は頷き、人が入ることのできる温度から確かめて、少し低いかなというところで落ち着くことにした。 「低温とは言っても、人にとっては、高温浴でも通る泉があるんですね」 ミナは、この施設の構築に関わったらしいヒュテリナに聞いてみた。 するとやはり、いくらか関わったようで、答えてくれた。 「ええ、高温浴にも、人には低い温度のものもあるのよ。(しゅ)によっては、それでも高温だし、そういう定めの内なら、他種族との交流も自由が広がるでしょう?」 「ええ、かなり。イエヤ邸の改築の参考にします。今、考えているのは、本屋(ほんおく)を寝るためと、食べるためと、集うための場所として、(なか)(はな)れを、遊興のような交流の場、入浴を中心にすることなんです。本屋(ほんおく)の方は、改築ほどでは、ないかもしれませんね。人数が特別多い時に、(なか)(はな)れの入浴設備を使うという形です。あと、子供たちだけで、大人から離れて過ごすのもいいかなって、思うんですよ。離れの管理を行う大人が()るなら、ブドーとジェッツィが、今年13歳ですから、敷地内での責任は、本屋(ほんおく)()ることの延長でいいのかなと思うんです。まあ、まだ、もうちょっと、コーダとキリュウ次第かな…」 そこまで話して、一番、言いたかったことに立ち返る。 「あ。そんなで、イエヤ邸の使い方が、がらっと変わっちゃうかなって思うんです。あとのことも少しは考えますけど、今は、今の使い勝手を優先したい。子供たちを中心の家に。その中に、入ってもらえるでしょうか。考えてもらえるでしょうか?」 ヒュテリナは、その話の締め(くく)りに、目を大きくした。 次に、その口から放たれたのは、ははっ、という、笑い声だった。 「あはははは!なんて子なの!人がそんなに、抱えていけるわけがないのに!」 非難されているのかなと、ミナは思ったけれど、そうとも言い切れないように、一頻(ひとしき)り笑ったヒュテリナは、しばらく苦しそうに呼吸を繰り返して、自分と同じ、イエヤ家の嫁を見た。 「私ちょっと、アマリアが羨ましかった。ディートリは風の者にしては寛大でね。あの子が当主だった頃には、子供が、オズネル以外にも()て、賑やかだったの。なんだか、それが、妬ましくって、背を向けてしまっていたけど」 ヒュテリナは、ミナの(あご)を、両手で(すく)うように手を添えて、額を近付けた。 「今からでも、私、やれるかしら!?」 (ちか)()ぎて、よく見えないけれど、ヒュテリナの閉じた(まぶた)(ふち)(にじ)むのは、湯の(しずく)ではないかもしれない。 「分かりません。抱えられる数なんて、ほんとは、私にも、無いんです。いつだって、自分だけで、手一杯で。でも、だからこそ、自分のことだけ、するんです。押し付けって、言うのも、考えるのも、無責任だけど、そうじゃなくて。自分にできることがあるように、自分にしたいことがあるように、ほかの人にも、同じことが、言えるんですよね。デュッカはその(へん)、完全に割り切ってて、困ったなって、思うこともあるけど、すごく、救われる」 目を開けて、顔を離したヒュテリナに、ミナは、想像したことで、吹き出しそうになりながら、言った。 「言ってみては、どうでしょうか、わがまま。きっと、ものすごく、いやな顔をするけど、でも、なんか、仕様がないって、諦める顔が、浮かんじゃう。ふふ!」 ヒュテリナは、しばらく、その想像に時間を掛けてから、やっぱり、ふふ、と笑う。 「うわ。ほんとう、嫌そうな顔」 イエヤ家の直系らしい性質を持つ、自分の夫、ナイリヤのこと。 「ふふふ!あ!そうだ!それこそ、(なか)(はな)れで試してみませんか!?改築の形から、利用の仕方の形作りまで、ひとつ、形になれば、次は、作りやすいと思うんですよ!」 「いいの?」 「もちろん、私の意見が主軸になります。ブドーとジェッツィの希望を取り入れて。詰め込み過ぎの建物になりそうですけど、それをうまく収める手伝いをしてもらえませんか!そこで満足するのかもしれませんし、途中から、自分の考えを形にしたくなるかもしれません。その時は、それでいいじゃありませんか。楽しいことって、楽しめることをしているから、楽しいんですもん!」 楽しむために。 何か、責任を負うためではなく、ただ、自分が、楽しむために。 ミナの提供する状況を、使えと。 「ふふ!」 強い、笑いの衝動が湧き上がる。 「任せなさい!私も、娘たちに、素敵なおばあちゃんって思われたい!」 「いや、おばあちゃんはないかも…」 「何それ!人の夢を!」 「いや、鏡、見てますよね、解りますよね、言いたいこと」 「そこは、はい、おばあさまって、言うのが嫁の務めなのよ!」 「うっ。はい、おばあさま…」 「きゃっ!初めて、おばあさまって言われちゃった!」 「き、強制的にですが…」 「ほほほ、次は嫁いびりね!」 「あ、じゃあ、それはアマリアの方で…」 そんな、家の作る、繋がりでの掛け合いは、それらしい遠慮と、同時に、気安さもある。 これから、気持ちの食い違いとか、生じるのかもしれない。 でも、戻って来てくれた、先達に、関わり合うのなら。 必要とすること、自立すべきこと、間違わないように、付き合って、いきたい。 そんな身近なところから、きっと、始まる。 組み立てられるのだ。 遠い昔に分かれた、この世界を共有する、仲間たちとの、つながりが。
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