調査4日目、親善

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       ―早朝―    ピリリリリリ、ピィルリリリ、と、風の力を使って、気持ちよく音を奏でることが、(さざき)たちの日常での、お楽しみのひとつだ。 それに応えて、シークェンセスが、鳴き声を返す。 「チェーリッシたちだ!向こうも楽しいって!」 「なに!?ミナも()るのか!?」 目の色を変えるジュールズに、途中で分かれたって!とシークェンセスが教える。 鳴き声だけで、そこまで細かいことが判るのかと、同行していたムトは、シークェンセスを、じっと見つめる。 「なー、シークェンセスよおー、」 「ジュールズ、こんなとこで当人の連れ合い刺激しない!今日はキリュウの(そば)()るんでしょ!行っちゃいますよ!行きますよ!」 覆う部分の少ない(よく)()では、肌に触れずに移動を強要できないので、なんとも具合の悪いファルセットだ。 「あーあー、どーせ(さわ)られんならかわいい女の子がいいのにー」 「俺だって、俺だって、ぶふっ!」 想像しかけて、呼吸をしくじり、思わず床面に両手をついて咳き込んだり、呼吸を乱したり。 「おーおー、少年よ、妄想を(いだ)け!」 「なはッ!なあんのッ!標榜(ひょうぼう)だっ!!」 「ジュールズ。無責任に煽るのも大概にしてください」 珍しく抗議するのは、やはり同行しているファルだ。 出会った当初は、控えめな印象だったが、守るべき存在が定まっていると、態度も確立するらしく、打ち付ける釘の位置が的確で、ムトは、ちょっと見直した。 ファルセットは、その声の冷たさに、びくっと肩を震わせている。 ジュールズは、面白くなさそうにファルを見ると、ちーえっ、と不満の声を出した。 「ふーんっ!だ!俺にだって、かわいい妹は()るんだ!かわいいジェッツィが()るんだもん!」 「ぶふっ!」 こちらも、呼吸をしくじったキサが、続けて激しく咳き込んだ。 ジュールズは、そちらを冷たい目で見ると、おまえは、からかい甲斐がねえからな!と、それなりに酷いことを言う。 「な、なんですか、からかい甲斐って…」 ファルの氷の空気の()(かげ)で、立ち直ることができたファルセットが聞くと、ジュールズは、ちろりと、順に視線を投げて、前を向いた。 「お前には教えてあげません!」 「はあ、何ですか、その局地設定の意地悪は」 「ふーん!ふーん!だ!」 謎な()ね方に首をちょっと傾けて、ファルセットは、気を取り直し、キリュウたちを追うジュールズを追った。 男女に分かれた大浴場は、構成としては同じだが、特に入湯室の遊楽区画は、仕掛けが、かなり違う。 女湯は、流れに身を任せて漂うように、激しい流れというものが少なくなっており、男湯は、その逆だ。 同じ流されるのでも、衝撃には、ある程度の覚悟が必要で、そこを楽しむ鳥獣が多い。 誤って、爪や牙、(くちばし)といった突起物や、長い毛など、引っ掛かりやら絡み付きやらに警戒して、キリュウとサキとエオには、入湯の間だけ、生物には直接、触れられないようにしてある。 遊び場よりも近くに寄れるので、体の触れ合いで意思を伝える、鳥獣の動きには、3人とも、穏やかになれる何かを、受け取っているように見えた。 人として、言葉は大切だけれど、言葉は無くとも、教わることはあるのだと、それを見ると感じる。 近くで見守るヘインは、すっかり保護者の顔付きに見えるが、時折(ときおり)、ジュールズを探して、こちらを見付けては笑顔で手を振るキリュウを見るに、自分が離れるには、まだ早いのだと、判断するしかないのだろう。 ヘインのことを、身近な存在として、求めている、と見える。 でもそれは、守ってくれる者ではなくて、仲間なのではないだろうか。 キリュウの意識には、そもそも、親という、絶対の庇護者というものが存在しないからには、家族の枠組みを作ることは、少なくとも、親と子から成る家族というまとまりに()めることは、現時点では難しいのだろう。 キリュウの理解と、心の育ちが、家族の構築と噛み合わない。 今、親という存在を刻み付けなければ間に合わない。 そうでなければ、何があろうと庇ってくれる、安心感を、キリュウは一生、得られない。 たとえ失われても、血は繋がっていなくとも、子供には、そういう、自分には確かに、親が()たのだと、そういう記憶があってこそ、安定した心を築けるものだと、思う。 アルシュファイド王国では、そのように親の存在を定義するからこそ、孤児保護施設は存在しないのだ。 今は1人でも、早い時期に、生活の場は、離れていても、きちんと、保護責任者だけは、1人1人にきちんと持ってもらう。 その理念の(もと)、未成年者は、一時的な預かりとしている。 早い時期に肉親が失われることや、血が繋がっていても、親子の関係を作れないことはある。 ジュールズ自身、今でも、ネイは、保護者だけれど、親、とは、思っていないのだ。 育ててもらった記憶はなくても、自分の親は、失われた、あの2人だと思う。 それは、けれど、失われているから。 庇護者じゃなくて。 ただ、今、生きている自分を、与えてくれた感謝でしかないのだ。 そこに()る、自分の穴を知っている。 不幸に思う感情は湧かないけれど、それでも、その穴を自覚している。 現状の自分は、それも()って、形を成している。 今の自分には、好感を持って、突き進んでいる。 この先、どうなるか判らないけれど、ミナが()て、デュッカが()て。 マトレイが与えてくれたもの、オズネルが譲ってくれたこと。 ネイの慈愛と、ジェドの寛容。 そして、相棒。 ジュールズは、傍らで湯に浸かるレイネムの頭を撫でた。 気持ちよさそうな顔を見て、笑みが(こぼ)れる。 「キリュウは、キリュウよな…」 彼には、親、という存在を、与えてやれないかもしれない。 それでも、人は、終わりの時まで生きていく。 代わりにはならないけれど。 自分のように、穴が生じても。 埋めようと、思わないし。 そういう、自分だから。 「ふふっ」 突然、笑い声を(こぼ)すものだから、近くにいた年若い従者たちが、不審げにジュールズを見る。 失敬な奴らだ。 「なんですか、気味悪い」 ファルセットの、いつもの、余計に多い一言。 「お前は、ほんとう、かわいすぎて困るな」 「ぎゃっ!気持ち悪い!」 「わはははは!」 こういう、瞬間に、いちいち満足してしまう。 「うん!俺様、今日も、絶好調!」 天井の向こうは、もう明るい。 今日も、楽しい日に、していこう。 ぶつぶつ言うファルセットを、ちょっとだけ、いじめて、ジュールズは気持ちのよい湯に、肩まで()かった。 なんたって、絶好調に、甘え上手な自分なのだから。 今日もまた、作っていく。 この先に繋ぐ、ひとつひとつの。 楽しい、こと。
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