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―休暇日Ⅱ 遊戯会場―
身支度を済ませて、8時前後に、人々は行動を開始することにした。
8時ちょうどには、完成した遊戯場で、上空と、セスティオ・グォードに繋がる橋と、海面下に、9門開き、通る者に、遊び場開場!と言葉を聞かせた。
当初は、藁の日に開催する予定だったが、完成したし、調査団の休日だしで、半の日の今日に前倒しになったのだ。
ミナは、深葉とラグラと並んで、セスティオ・グォードから橋を渡って乗り移り、遊戯場の開かれた大きな扉をくぐった。
「見物者はこっち!右に行くよ!」
「参加者はこっち!左に行くよ!」
声の方を振り仰ぐと、くぐった扉の両脇の高い所に窪みがあり、狼に似ているけれど、ちょっと顔付きの違う獣たちがいた。
いや、見直すまでもなく、彩玉から形作られた、生き物ではない彩玉動物だった。
2体は、ミナたちが自分たちを認識したと知ったように、その場から飛び降り、空になった窪みには、新たな、同じ姿の彩玉動物が素早く形を成した。
「見物者はこっち!付いてきて!」
そう声を発して、彩玉動物が右手の通路に向かう。
「えっと、どうしよ、何するか分かんないし、私は見物するけど」
ミナの声に、深葉が元気な声を返した。
「私は参加してくるわ!じゃあね!」
「私も行くわ!それでは、また、後ほど」
イルマが即座に続き、アニースも、私も行ってくるよと、後を追った。
「私も見物してから、参加するか決めます。ご一緒して、よいでしょうか?」
ラグラが言ってくれたので、ミナは、1人にされなくて、ほっとした。
「うん!よかった!」
それから、後続の女たちを探して振り返るが、少し遠いようだ。
「それじゃ、行こっか!」
「ええ」
ミナとラグラは、並んで彩玉動物の1体を追い、そのあとを、デュッカと、ファルが追った。
後方に居た女たちは、その様子を目に留めて、新たに形作られた彩玉動物の案内を聞くと、テナはアマリアと、急いで深葉たちの一団を追い、そのほかの女たちは、ミナたちを見失わないように足を速めた。
見物者用通路は、緩やかに上る傾斜と、深めに下る傾斜に分かれており、その手前で、彩玉動物が立ち止まって、振り向いた。
「上は海上から空の遊戯場で、下は海中の遊戯場だよ!どっちに行く?」
「え、ええと、上!」
あまり考えずにミナが答えると、分かった!と答えて、彩玉動物は軽やかに傾斜を上り始めた。
すぐに、横の壁に空いた大きな穴から、建物の天井を抜けて空の下に出たと思うと、海上から空の高い所まで、螺旋状の半透明の通路が何本も上っているのが見えた。
「う、わ、す、ご、」
言葉にならない声を発する後ろから、首を伸ばす者たち。
「わあ!」
「まあ!」
「すごい!」
後続の女たちの声が上がり、ミナは、通路を塞いではいけないと、急いで彩玉動物を追った。
「こっちの斜面は、全部、見物用だから、好きな所を選んでいいよ!椅子を作ってあげる!」
内側の傾斜が、なだらかな椀状の遊戯場は、中央を囲む側面全体が見物者用となっており、近い場所ほど低いので、全体を見るには見上げることが負担になりそうだ。
「椅子を作ってもらえるなら、背凭れが大きく倒せるものも作れるでしょうか?それなら、低い所で近く見られるし、高い位置は、見上げることにはなりますが、姿勢は楽になります」
ラグラの質問を含む言葉に、彩石動物が答えた。
「僕は形を変えられる椅子を作るよ!自分で調節してね!」
デュッカが言葉を添えた。
「生物の姿が違うから、そのような設定だ。同じ人でも、楽な姿勢は違うから、ちょうどいい」
「じゃあ、前に行こっか!下の方!」
ミナに応えて、ラグラは頷く。
「ええ、そうしましょう」
「私たちも!」
すぐ後ろから声がして、振り向くと、火の双子の1人、ギィだったようだ。
そう言えば、ちゃんと挨拶をしていないと思ったが、ミナは、とにかく身を落ち着けることにして、彩玉動物の先導で通路の斜面を下り、作り出された背凭れのある椅子の仕様を確かめた。
薄く虹色が見えるような膜に覆われた液体が内容物のようで、触り方によって、形の変え方も違うそうだ。
「今、床に付いてる所は、持ち上げないと動かないよ。一番低い面から伸びた所は、そこだけが動くよ。座ってみて、背中を預けても倒れないけど、もうちょっと強く押してみて…ほら、動いた」
「ああ!」
「伸ばしたいところは、端と端を同時に押しながら、伸ばしたい方に力を入れてみて。そしたら、伸びるよ」
「お、おお…」
言われた通りに引っ張ったり、押したりしてみると、簡単に形を変えられる。
「戻す時は、逆向きに力を入れるんだよ。変えた順に戻るから、一度に元の形に戻すなら、一旦、椅子から下りて、ちょっとだけ触りながら、戻れって言うんだよ」
戻す方法も確かめて、改めて、ミナは、自分に都合の良いように、活動場を見やすいように、椅子の形を整えた。
デュッカは、珍しいことに、その隣をラグラに譲り、自分は、ラグラの反対側の、ミナのすぐ斜め後ろに自分の椅子を置いて、居座る気のようだ。
「ここに机を置いて水差しと水飲みを載せろ」
「分かったよ!」
彩玉動物は、4種の力を備えてあるので、土の力で机と水を容れるための器を作り出し、そこに水を満たした。
問題は、その場所で、ミナの左手側に置くものだから、その分、ミナの左隣の席の者が、彼女に遠くなる。
「ええ?ちょっと、やり難いわね…」
ギィが文句を言うが、デュッカは、つんと、そっぽを向く。
「あ、ねえ、ちょっと、ミナたち、全体で後ろにさがって!できるかしら?」
ヒュテリナの言葉に、デュッカは、ちょっと考える素振りを見せたが、一瞬と言っていい短い時間で、すぐに頷くと、ミナや自分の椅子、机はもちろん、ラグラと、その隣に椅子を用意していたファルの分も、全体を風で浮かせて、後ろにさげた。
「いいわ!そのくらいで降ろしてちょうだい。ねえ、あなた、彩玉…何?」
「僕は彩玉狐のフェルリ!狐は、狐ってこと!おっきな耳と、太い尻尾で区別してね!真名は、これ。尻尾が太くて、瓜みたいだから!」
フェルリは、土の力で真名の形を示すと、得意げに、尻を床に付けて、ぴんっと体を天に伸ばし、大きくて太い尻尾を、ゆらっと、揺らした。
意思持たぬ存在だが、なんだか、笑みを誘われる。
「そう。フェルリ。私たち、女たちの人数分だけ、椅子をひとつにして、寝転べるようにしてくれない?」
「いいよ!できるよ!床、何人分?」
女、の定義が、されていないのか、人数分というのを、指定されない限り、その数を認識しないのか判らないが、どちらにせよ、数の指定を、こちらで決めるのなら、女に限らなくていい。
ヒュテリナは顔を上げて、顔触れを見回した。
「女だけで、床に寝転ばない?あらでも、鳥の姿なら、止まり木がいいの?」
シュティンベルクが答えた。
「小鳥は、人の肩にでも乗る方がいいだろう。踏み潰されてしまうからな。それか、鳥用の台を作ればいい」
「そう。なら、ええと、人が6人と、マーシェラとミカエラも寝そべりましょうよ」
「そうだな」
「ええ、仲間に入れて」
透虹石の竜のマーシェラと兎のミカエラも加えて、数としては8名分の床ということだが、もう少し余裕のある広さの床面が、人の膝の高さで作り出された。
配置としては、ミナたちの前だ。
「フェルリ、こっち側だけ空けて、横と前だけ、縁を高くして、大小の鳥が足を置けるように…そうね、平らな面を作りたいの。一気に出来ない?」
「出来るよ!始めるから、気を付けて!変えるよ!」
「ええ…どうぞ!」
確認し、合図を出し合い、床の縁が、人の腕の長さほど、太い帯となって立ち上がり、もともとあった高さの倍になって、止まった。
だいたい、ミナの椅子の背凭れより低いぐらいだ。
同時に、指定しなかったが、床面が減った分、ゆとりのある両脇だけ、広がった。
「あら!いいわね!フェルリ、椅子ぐらいの大きさの塊を8個、貰えない?柔らかいのを、そこの床の上にね」
「あげられるよ!置いていい?」
「ええ、どうぞ!」
ヒュテリナの合図で、8個の楕円形の塊が床面に出現した。
「さあ!靴を脱いで乗ってみましょう!ミカエラ、足の汚れを落とせる?」
「ええ、簡単よ!」
2足歩行していたミカエラと違って、マーシェラの方は、ずっと浮遊板に乗っていた。
その浮遊板は、マーシェラが床面に飛び移ると、小鳥になって、その長い体の上に、横向きに足を置いた。
「やっぱり、横を歩かせるか」
具合を確かめて、マーシェラは、ミナの前へと移動した。
「話す機会がなかったな。私は竜のマーシェラ。娘たちに会ったよ。シェヘランバードやメリクリオに先を越されて悔しい」
「あら!ふふ!気に入ってくれたんだ!」
「だって、かわいいんだ。戻ったら、また会いに行ってもいいか」
「もちろん!きっと、あの子たちも喜ぶし、知り合いも増えるんじゃないかな!」
「そうだな。男の子供も、別に嫌いじゃないんだが、なんとなく、一緒に居るのは、女たちの方が落ち着くんだ」
「そうなの」
「分かるわ!私も、そうね!なんとなく、私たち、分かれたわね。もっと、どっちつかずになりそうなものだけど」
ミカエラが、両手の下に小さくした塊を置いて、マーシェラの隣に寝そべった。
「分かれたんじゃなくて、そういう性質なんだな。サーロンとリッテが違うから、私たちも、どちらかに親しみが傾くんだ」
「そうね。そんなところね」
ヒュテリナが、入り込む場所を見付けて、顔を近くに寝そべった。
胸の下には、ミカエラと同じように、軟らかそうな塊がある。
「聞いていい?男神がサーロンで、女神がリッテなの?」
「そうだ」
「そうよ」
「名前はどう決めたの?」
ミカエラが答えた。
「なんとなく、音の響きから。サーロンとリッテが、互いに決めて、それから、その音の響きに、後付けの意味を加えたの。サーロンは、男神という意味。リッテは、女神という意味。神は、天に向けて願うことに、地に向けて応える、高き所から遍く恵みを与える者ということ」
「真名の形としてはな。意味の要は、超越する者。我ら、作られた者とは違う、この世界を作るほどの、いや、我らには、到底、計り知れぬ存在ということだ」
マーシェラが補足する。
ヒュテリナの浅い知識として、神という真名を構成する示は土の台、申は雷を表す形を整えたものだ。
ふたりの言葉を理解しようとするならば、土の台が何をするものか、雷が何をもたらしたか、ということを考える方が、合致しやすそうだ。
例えば、土の台は、希う際に用いた祭壇で、雷は、それに応えて与えられたもの。
そうして連想していけば、元の意味と、かけ離れてしまうのだろう。
今ここで、元の意味を知る彼らに巡り合えたことは、もしかすると、現在使用している言葉から見直すほどの、大きな変動を、世界に起こすのだろうか。
でも、そんなことより。
ヒュテリナは、ただ、今、彼らが語ることを、聞いていたい気がした。
吹き抜ける風の音を聞くように。
穏やかな音を。
「ふたりとも、イエヤ邸に行くのなら、一緒に中の離れを改築するのに、知恵を貸してくれるといいわねえ」
ミナが、両の手のひらを合わせて、喜んだ。
「あ!それ、いいですね!姿が違う者向けに!人だって、幼子から老人まで、体の大きさや、動きに、違うところがありますからね!もっと多種類の動きに対応できる手法を思い付ければ、楽な部分が増えたり、安全を確かに出来るかもしれません!」
「あら、そこまでは考え付かなかったわ。そういう仕組みを求める?」
「いえ!そのような、ではなくて、注目するのは、多くの事柄を考えられるという点です。多くのことを考えても、実行できることは、ひとつ、複数にしても、多くはないです。そんな限られた中で、どれほどの利便を追求できるのか、すごく興味深くありません!?」
きらきら輝く瞳は、こちらの胸をも震わすもので、ヒュテリナは、くすぐったさに、笑いが溢れた。
「楽しそう!色々、考えさせてもらうわね!マーシェラ、ミカエラ、どうかしら。気が向くようなら、知恵を貸してくれない?」
「いいわよ。でも、どこに行くって?イエヤ…」
「うちの邸よ。ミカエラは行ってないのね」
「ええ。そう言えば、ウェルファルミナ・リーデの近くに、透虹石のが集まってる邸があるって、言っていたわね。すぐ向かいということだったけど、個人の邸とか聞いたわ。それ?」
ウェルファルミナ・リーデは、イエヤ邸の向かいにある屋敷で、ハイデル騎士団や警護隊と、支援隊の独身者用官舎として確定した本屋と、いくつかの付属施設を整えている最中のはずだ。
なかでも、イエヤ邸にも設置した、屋外の会合用広場は、特に透虹石の者たちが利用しやすいようにと、考えて設置したもので、イエヤ家の子供と、その友人たちが主動して作ったため、それが、ちゃんと機能している、使ってもらえていることが、ミナには、とても嬉しい。
身を乗り出して話に加わらなければ、いられないほど。
「うん、そう!本屋の邸は気兼ねするかもしれないけど、会合用の広場は自由に使って!」
「ありがとう!そう言ってもらえると、気が楽ね!以前は、個人のものではなかったから、改めて個人のものだって言われると、ちょっと入り難かったの」
「そっか。でも、ウェルファルミナ・リーデを使えてるんなら、よかった」
「そうね!私たちが滞在できる邸も、チュウリ川の近くに用意してくれるのですって!帰る頃には、場所の確定は出来ているだろうって言うの!黒檀塔の上空も、そんなに居心地悪くないわ!何より、昔馴染みが多かったし!」
「そっか!イエヤ邸で作業が多くなるなら、本屋に滞在してね!部屋数には限りがあるけど、寝る場所をみんなと共有するなら、無理にはならないと思うの。マーシェラもね!」
「ん。ありがとう、ミナ」
「うん!私も、また、あの男の子たちに会いたいわ!」
目覚めて、こうして、増えていく約束。
種の違いで、表情は、確信は持てないけれど、喜んでくれているように、人々には見えた。
「いいな、いいな!ねえ、私も、イエヤ邸に行ってもいい!?無理なら、寝泊まりは、カヌン邸に頼むから!」
ギィが言うと、バレリアも、両手で抱えられる程度に小さくした軟らかい塊を抱いて、にじり寄ってきた。
「あら、まあ…。私も、訪ねていいかしら?マディクの様子も見たいけれど、なんですか、そちらも、小さな子が居るのですよね。次代の男の子?」
「ええ!子守りで、シュエラも来てくれます!年代としては、同じですか。仲が良ければ、同室で寝るのもいいかと思うんですけど…」
「ああ…。実は、あまり話したことがないのです。なんと言うのか、時機も悪かったりして」
多くの感情が混ざったような困り顔なので、ミナは、それ以上、勧めることは、しないことにした。
少なくとも、今は。
「そうですか。では、機会がある時に。子供たちの関わりもあって、親世代も、その上も、顔触れを変えて楽しんでいるところがあるんです。年代としては、いくらか差はあっても、同じ身籠っているとか、預かっている子供が同年代とか、友人関係が年代違いで成り立っていたり。同年代に限らず、透虹石のみんなとか、人にも限らず、繋がるところは、色々あるかもしれませんからね!」
バレリアは、そのように幅を広げられて、気持ちが楽になったのを感じた。
「そうですか。それは、楽しみですね」
控えめな笑みだったけれど、言葉だけではないと信じて、ミナは頷いて見せた。
「はい…!」
「私はー?」
「ええ、もちろん、ギィ!女の子たちは、大人しい子と元気な子がいるけど、今のところ、まとまって行動しているみたいなんです。人数が増えてきたから、そろそろ分かれるかな?ファラは身重だから…小さな子は、男の子ばかりなんですよね。子守りは女性が多いのか…連れ合いがいたりで、定まらないかな?色々話してみて、入れる所で仲間に入れてもらうといいですよ。そう言えば、火の女の子はいなかったっけ?確かキサの妹さん、リズが少し持ってたような。あ、そうか。テナの家で預かってる女の子が、火の子なんですよ。そういう繋がりもあるし、趣味とか。うちのジェッツィは、歌ったり踊ったりが好きなんですよ。預かり子の女の子は、花のような編み方とか、織り方とか、好きみたいです」
「へえー!食べる以外では、あまり趣味ってないけれど!」
「作ることが好きなら、家庭料理が上手な女性がいますよ」
「あら!家庭料理には、ちょっと頑張っているわよ!」
「あ、あの、ちょっといいかしら。歌ったり踊ったり?」
バレリアが、なんとか話に追い縋って、気になっていたことを口にした。
「あ。好きなんですか?ええ、そ…うか!そうだ、水の宮って、そっち関連の家でしたね!」
言いながら気付いて、ミナは身を乗り出した。
ヒュテリナも、会話から外されまいと、声を上げる。
「あら、あら、バレリアの名を知らないなんて!リィナ・レジェックほど人の口には上らないけれど、かと言って、名を知らない人なんて、信じられない程よ!まあ、あなた、舞台とか、行かないなら仕方ないけれど…」
「すっ、すみません!リィナの名すら知りませんでした…」
「あら、私も知らないわ。リィナ・レジェック?舞台…歌人?」
ギィの言葉に、ヒュテリナは、まあ、まあ、と、呆れ声だ。
「舞姫よ!いいえ、至上の舞姫よ!バレリアも、若い頃は、これぞ舞姫と思ったものだけれど、年を重ねるごとに、舞に深みが加わってね。舞人の…祖と言うに相応しいと思ったわ。始まりに立ち返るよう。私も好きなの」
にこっと笑って、バレリアを見る。
バレリアは、見る間に頬を赤くして、嬉しそうに笑った。
ミナは、ああ、確かに、この人の舞は、リィナやジェッツィとは違うのだろうなと、思った。
「見てみたいです。3人が同じ舞台で舞うところ。あ!今更ですけど、改めて、ミナです!産んだ子は、今、1歳の1人ですけど、家族に養い子が2人居ます。12歳の双子の男女」
「ああ、一応、名乗ったけれどね。ギィって、珍しいでしょ。カグリーディズィトっていうのね、木の名なのよ。でも図鑑見ても、名前が見付からないの。なんなのかしらね。もう、祖父には聞けなくて、ジスがくれた通称だけが、実感できる自分の名なの」
マーシェラが言った。
「カグリーディズィトは木人のひとつだ。木の図鑑を見ても見付かるまい」
「え。木人の図鑑があるの」
ミナの驚く顔が面白かったのか、マーシェラは笑うようだ。
「あるぞ。王城の禁書庫に、彩石判定師室と同じ仕掛けで遺すことにしたのだ。木人を知る悪意なき知識求める者のみが、見付けることができる。だからまあ、木人を知らぬ今の人では、見付かるまいな」
「そう、なん、だ…」
ミナが、何事か考える様子を見て、デュッカが、その頭に手を載せた。
そちらを見ると、横のナイリヤに顔を向ける。
ナイリヤが、ちょっと不機嫌そうなのは、連れ合いのヒュテリナが、自分とは身を離しているからだ。
とても共感できるデュッカではあったけれど、同情はしない。
ヒュテリナがミナに構う所為で、自分を見てくれないのだ。
まあ、そればかりでもないけれど。
「ナイリヤ、ネイに言っておけ」
「甘えるな。お前が言え」
「木人は、そちらの管轄だ。そのほかもな。俺からはアークにしか言う筋がない。まあ、ジュールズに言うがな」
「それなら必要ない」
「俺は別にいいんだがな、そうすると、ヒュテリナから、ディークに話すことになるだろうな。あの皙煉騎士に」
「ああ?」
「まあ、直接ネイに言うにしても、男女の違いは、お前には、あまり無いんだろう」
「…………」
ヒュテリナが、くすっと笑う。
「私は、どっちでもいいのよ?」
意地悪な顔で、見上げるヒュテリナは、とても楽しそうだ。
ナイリヤは、そんな表情は、あまり見ることがないので、どきりと、不意の鼓動に驚いた。
表情は、それほど変わらないけれど。
「………やっておく」
その言葉に、デュッカは、そっと息を吐いて、ジュールズ向けの伝達を作成し、飛ばした。
いちいち共感してしまうが、居心地が悪いったらない。
気付くと、ミナがデュッカを見ていて、目が合うと、ふふっと、かわいらしく笑う。
帰ったら、どうしてやろうかという思いに並んで、幸せが。
そう、幸せ、としか言いようのない満足感が、デュッカの胸の底で、じわじわと広がった。
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