旅の顔触れ

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       ―Ⅲ―    今回の船旅は、丸一日なので、大陸を横断するほどでなくても、長いものだ。 大陸の南北に横たわるアルシュファイド王国国内を縦断して、船でも馬車でも一日の24時間を掛けないのは、チュウリ川や地面に細工をしているからだが、そこを利用する船や馬車自体にも、接触する水や路面はもちろん、叩き付ける風に対しても、耐性や、衝撃を緩和する仕組みを、その構造と、組み込まれた彩石を作動させる術語によって、備え付けられている。 仕掛けをしていない広い海路を走っても、隣国の港に数時間で到着できるのは、船自体の、性能だ。 なかでもバルタ クィナールは軍艦の(くく)りの高速船なので、この船で、無理のない速度で丸一日と言うのは、だいたい、大陸中央南端のレテリム港から、大陸西端中央にあるサールーン王国の南寄りの大きな港、ラッカ港に到着する程度の距離だ。 ちなみに、他国の船でこの距離を移動するとしたら、燃料や、彩石の代わりに船の耐性や掛かる衝撃の緩和を行う術者の限界を考えずに、2倍程度の時間が掛かる。 燃料の補充を行い、術者たちに無理をさせずということになれば、通過する各港に寄らなければならず、術者を休める必要も生じるので、それをするなら、船を乗り換える方が移動時間は速くなる。 そのような事情を考えるに、寄港地のない、補給の手立てがない海路を、大陸の南に向かう船は、世界の(ふち)で彩石を得ようという、(あらかじ)め準備と、もしもの帰還手段を万全に整えた冒険者ぐらいのものだろう。 海賊もいるかもしれないが、黒土の海底はあっても、海面には岩もない場所まで、来る理由がない。 どこかの国の海軍に追われたとしても、なんの備えもないのなら、この半分の距離まで来たところで、大陸に向けて引き返さなければ、命の危険を感じるはずだ。 それほどまでに、アルシュファイド王国の作り出す乗り物というのは、他国とは性能が違うということでもある。 ただ、船の動力の限界を越えて、漂っていたところで、浮島(うきしま)を見付けた、ということは、あったかもしれない。 そうなると、カサルシエラは、海賊たちに占拠されている恐れがある…。 ハイデル騎士団員のヘルクス・ストックたちに生じた、その懸念を、実際に現在のカサルシエラを確認したレイネムは否定した。 島を覆う術には、悪意に対しての拒止(きょし)対応も組み込まれていて、進入後の悪意に対しても、排除の方向で働き掛けるようだということだった。 詳細については、ミナの方が解読できるだろうという話だったので、もし、人の存在があったとしても、過剰な防衛などにならないように配慮しなければならない。 先ほどまで同席していたムトがジュールズに呼び出されて以降、ハイデル騎士団のヘルクスと、マルクト・シラキウスと、仲間内ではシェイドと呼ぶシェイディク・カミナ・レントは、ジュールズの従者の1人である青年騎士レドリア・トレンホーク、通称レッドと、彩石判定師付従者(ふじゅうしゃ)警護隊の青年騎士ティル・グローナーと女騎士キャサリナ・メイン、彩石判定師及びハイデル騎士団支援隊騎士班の男騎士2人、ボオズ・ゲイリイとケンドウ・イズマ、遠境警衛隊の女騎士フエルシス・レナーと男騎士ガイデン・オールたちとともに、船長のライネスオリオ・ボゥワーク、通称ライネスと、船の乗組員である騎士たち数名と、警護態勢について話し合っていた。 「操船はもちろん、船の安全に関わることは我々が取り仕切る。いざというときは、ジュールズが主導するが、通常は俺の指示に従ってもらう」 船長ライネスの言葉にあるような基本体制から、通常では起こり(にく)い事柄への対応まで確認し、不明瞭な点などを明らかにしては、取り決めを定めていく。 それとは別に、ここには、支援隊司書師班の収集官ガルード・キースリーもいて、机の端で、会議を聞きながら、その内容などを書き留めていた。 こういった、騎士たちの警護態勢についても、様々な観点から、後世に遺していくべきことが多くある。 ガルードが書き留めているのは、そのための資料だ。 収集官とは、このようなことをする官吏たちのことで、収集官としての一定の活動実績を持ち、国家資格取得試験に合格した者を収集師と呼ぶ。 この収集師など、書物に関わる国家資格を所持している者たちは皆、司書師と名乗り、アルシュファイド王国内ではそのように認識されており、司書師班は、そういった、資格を持つ者と、資格取得に努めている専門職官吏と見習い官吏たちの班だ。 今回の旅に同行している司書師班の者としては、あと1人、テナ・ローダーゴードと言う娘がいる。 彼女は、ミナの付従者として指定されており、現在は、ミナの意向を()んだガルードの指示で、今回の旅の一団について、収集すべき事柄を探索中だ。 「さてと。こういったところか。休憩にしよう」 茶の時間を過ぎて、話し合いを終えた一同は、ライネスに促されて立ち上がった。 ここは船橋にある会議室なので、喫茶室に行くのなら階下におりることになる。 階段を下り掛けると、何やら下の方で声がする。 彼らが階段を下りる音に気付いたのだろう、話し声が途絶えて、ライネスたちは、この旅の同行者である少年たちと顔を合わせた。 「おや。キリュウ。この上には、あがってはいけないぞ」 「うん!」 「ライネス!大丈夫!ここまで、案内してもらったんだ!」 「お。セイエン。そうか。船内探検でもしていたか」 「そうだよ!」 「俺たちは、これから休憩だ。一緒に行くか。何か飲みに」 「そうだね!キリュウ、サキ、エオ、何か飲みに行こう!」 「うん!」 元気な返事をするキリュウたちと、合流した場所から程近(ほどちか)い出入り口から、展望喫茶室に入る。 そこには、多くの鳥獣と人々が居て、キリュウたちに気付くと、集まりの中心に招いてくれた。 「どうだ、船内探検は楽しめたか、キリュウ、サキ、エオ」 聞くヘインに、興奮で赤く染まる頬を見せる。 「たのしめた!はいったらいけない、たくさんあった!」 「ははっ。まあ、仕方ないな。さあ、冷たいのと温かいの、どちらを飲む?何か食べるか?」 近くにいた給仕の男から差し出された献立表は、手書きで、横に(えが)かれているのは、どうやら、献立にある品々を写した絵だ。 文字は、平仮名と片仮名が多く、日常生活でよく使われそうな真名(まな)の上には、振り仮名まである。 彩石騎士専用船なのだから、子供用の献立表が、もともとあったわけではないはずだ。 きっと、キリュウのための、そして、同じものが3冊あるということは、サキとエオのためにも、用意された、この船の者たちの心遣いなのだ。 ヘインは、キリュウに、書かれてあることを説明してやり、周囲の者たちも、サキとエオの手元を覗き込んで、それぞれ、献立の内容を説明してやった。 茶の時間を終えると、キリュウたちには学習を促して、書き物をしやすい机で、離れた場所へと移動させ、ジュールズたちは、帰国後の確認をすると、今回の調査について確認し合った。 「明日(あす)の朝、8時から行動開始。バルタ クィナールは、その時間に浮上している島に最接近して、カサルシエラの浮沈の周期に合わせて移動。透虹石の誰かに、ライネスの(もと)で、その周期の予測をしてもらいたいんだが、できるだろうか」 ムトの問いに、シュティンベルクが答える。 「ラーマヤーガには予測は付きそうだが、緊迫した空気には対処できない。私の知っている周期と変わっていなければ、まず、1時間ごとに、きた、ふた、みつが順に浮いて、3島浮上を1時間維持、それから3島沈下と入れ替わりに、よつ、いつ、むいと1時間ごとに順に入れ替わりの浮沈を行い、とおまりいつつまで、その浮沈が終わると、一旦、すべてが沈み、1時間後に全島浮上、これが24時間維持し、きたから1時間おきに沈下、全島沈下が1時間維持されると、よつから、とおまりいつつまでの環島(かんとう)浮上が1時間、環島(かんとう)の沈下と入れ替わりに、最初の、きたの浮上が始まる、という周期だ」 ファルセットが、手帳に控えた周期に掛かる時間を数えて、全部で58時間、と呟いた。 「浮上している島は、(ひと)()で、どの島か判別できるか」 ジュールズの問いに、シュティンベルクは、ううむと(うな)った。 「各島の中央に術の要となる円蓋(えんがい)があって、その上部に真名数字が刻まれていた。真上から見れば判るが、しかし緑が茂っていれば、その円蓋(えんがい)自体が見付けられんかもしれんな」 透虹石の水獣の1頭が、彩石人鳥(じんちょう)に声を上げさせた。 「その島が浮上していれば、底の中央に半円の突起があって、そこに真名数字が刻まれているのが見える。沈下しているときは、島を個別に覆う色のない円蓋(えんがい)の表面に、真名数字が見える。しかし、島には厚みがあるからな。底の中央を確認して、知らせるために浮上するまで、かなり時間が必要だな。俺には無理だ」 透虹石の(おそ)、ライドオウラが、空中に浮く透虹石の水袋から顔を出している。 丸っぽい顔に、長めの胴が繋がり、短めの両腕と、(ひれ)のような足と、それほど太くはないが、平たい尻尾のある獣だ。 陸上で立って、2足歩行もできるが、水に浮く方が好きらしい。 レテ湖内では、普段は腹を見せて浮いているということだが、今は両手を(ふち)に置いて、その上から顔を出している。 発声器である彩石人鳥(じんちょう)も、隣で、同じ格好だ。 「ここにいる者で最も速いのがセリネーイか。水の力を使えば、もっと速いが、さて、一度で済むことなら、いいがな」 「じゃあ、沈んでいる方を確認して、無い数字を探すってのは?」 「それだと、確認範囲が広くなるし、まず、海底から浮上するのに時間が掛かるだろう。数字を見なくとも、抜けている形から、察することができる場合もあるが、ある程度は近付く必要がある」 「ううむ…58時間と言うと、3日。ある程度は、上陸前に、周期の予測ができた方がよくねえか。おし。俺は上空から、その円蓋(えんがい)を探すぜ。ミナは、ひとまず船で待機だ。ハイデル騎士団からいくらか、同行を求める。カルメルとニーニを残していく。カリ、悪いが、海中を、視認含む確認をしてくれ。同行者は任せる」 男騎士カルメル・スピアと、少女騎士ニーニ・ホワットルは、ジュールズの従者だ。 カリが承知を示して、頷いた。 「分かりましたわ」 ネイが軽く片手を上げた。 「ああ、私が同行するよ。風の膜を作って、それを水で動かせば手間が掛からんだろう」 「では、お願いしますわ。水獣たち、どなたか、その膜の中に入って、同行してもらえませんか」 「俺が行こう。水の力を使っての移動は、緊急時に発したい」 ライドオウラの言葉に、水籠(みずかご)に張った水に浮く透虹石の(いるか)セリネーイが軽く頭を下げ、頷くようにした。 「では、俺が自力で潜水する。中央の円蓋(えんがい)を確認はできないが、ある程度、海中部分の確認はできるはずだ。深さを考えても、海底近くまで行けるのは、カリネラだけだろう。ヒュテルム、我らで、潜れるところまで行ってみよう」 セリネーイの隣に顔を出す小さな彩石()から発される言葉に、透虹石の海豹(あざらし)ヒュテルムが、自分と同じ()遊板(ゆういた)に乗って隣に立つ彩石(ろう)で答えた。 「ん。承知。カリネラ、独りでいいか」 透虹石の(くじら)カリネラは、水籠(みずかご)の水から頭だけを出して、水面に立つ彩石(ろう)から声を発する。 「うむ。いずれにせよ、透虹石であそこまで自力で行けるのは私だけだ。到着したら、海に降りて元の姿に戻ろう。すべての島を確認はできないが、浮上中の島と沈下中の島の両方の情報があった方が、状況を知るには、いい」 現在は、水獣たちは皆、大人が抱えられるぐらいの体長だ。 透虹石で作られた移動用の板や(かご)は、彼らの本来の大きさにも対応するが、船の中なので、現在は最小の姿としている。 もう1頭の水獣、海狸(かいり)は、これも最小の姿で、船の床を自分の両足を使って歩いていた。 この者、フェビィゲイリィは、ライドオウラに似た感じもあるが、尻尾が特徴的で、平たく幅があり、そこだけ毛が無いか、少ないようで、表面は鱗で覆われているように見える。 「私はどうしようかな。外側は海水だし、あまり深く潜ることはしないからな。レテ湖は、かなり深いが、海底には比ぶべくもない。そこが大陸に近いと言っても、倍以上は深さに差があるんだろう?」 カリネラが答えた。 「そうだな。陽の光も届きはしない。必要とまでは言えないから、異能を使うことは避けた方がいい。だが、あまり多方面に分かれるのも、問題がありそうだ。船に残るか、カリに同行するといいのではないか」 「そうだな。では、船に残ろう。残るのが、ラーマヤーガと(さざき)たちでは、少々心許(こころもと)ない」 「まあっ!失礼しちゃう!」 「失礼ね!失礼よ!」 「さすがにー、不本意なのねー」 「不本意だな!訂正しろ!」 「ああ…悪かった。すまんな」 許してやる、と口々に(さざき)たちが発する。 フェビィゲイリィは、ふっと笑ったように、目を、ぎゅっと(つぶ)った。 「久し振りだな。まあ、言葉を聞いたことは少なかったが」 「フェビィもイエヤ邸に来たら!」 「来たらいいわー楽しいわよー」 「ふふっ。そのうちにな。それで、船で残る私は、何かすることはあるか」 ライネスが片手を挙げた。 「できれば、俺の近くにいて、助言があれば聞かせてくれ。船に近付く水竜などがあれば、適切な対応が判ると助かる」 「むむ。水竜か。それは、私では、あまり詳しくは判らないな。付き合いのあった(しゅ)は、渓流を好む者たちだけで、どちらかと言うと()(りゅう)が多くてな」 シュティンベルクが言う。 「それはラーマヤーガに聞けばいい。この展望喫茶室に()てもらうようにすれば、外にある、同じものを見るのに、そう苦労はないだろう。船長の近くは慌ただしくなるだろうが、そこにフェビィが()てくれたら、(ただ)しく()り取りしやすい」 「お。そのような役割か。うん。それなら、船長に付いて回る意味があるな。ちょっとラーマヤーガに話してくる」 「うん」 「おっ。よろしくな、フェビィ」 「うん。ジュールズ。すぐ戻る」 フェビィゲイリィ、通称フェビィを見送って、ジュールズは続けた。 「さて、あとは、と。トーベリウム、ファルセットを俺に同行させるから、来てくれ。その、(かなめ)円蓋(えんがい)は、トーベリウムにも判る?」 「うむ。そうだな。地上の見た目は変わっていそうだし、各島(かくしま)の全てが判るとは言えんが、大体のことは見当が付く」 「んじゃ、その分は期待しとく。その周期が判るまで、ミナは待機がいいかもしれない。3日ほど待機状態になるかもしれない。ムト、上陸させるとしたら、何組になる」 「ステュウとヘルクス、マルクトとシェイドの組になるな。あと、俺とサウリウスが様子見であちらこちらに動く」 「んじゃ、ムトはレッドを同伴してくれ。ステュウんとこには、キサを付けたい」 「承知」 「俺たちは上空、カリたちは海中に分かれるから、カリ、そっちの状況を任せる。主導はヘインに任せてくれていいから」 「分かりました」 「ん。承知した」 「ネイ、3人には、そっちで補佐を頼む」 「うーん、そうな…、ヘリオットは上空組にいた方がよくないか?」 「ん。じゃあ、マルクトのとこに同行してもらおうか」 「おう。ヘリオット」 「承知した」 「(さざき)隊は、今、付いてるのに同行してくれ。船と島に分かれるが、いいよな?」 「いいわよー」 「私はどっち?」 「そっちはそっち」 「俺たちこっち!」 解っているのかどうなのか、少し不安な()り取りだけれど、間違ってはいないようなので、ジュールズは、そっと視線を外した。 「えっ、ええと、シュティンベルクは、どうする?」 「ううむ。私も元の大きさに戻る方がいいのだろうな。全島浮上時は特に、大きくなければ、自力で広範囲を飛び回ることは難しい。ミナの部屋で寝たかったのだがなあ…」 「え?それ、ありなの?」 「何か問題でも?」 「い、いや、ど、どうなんだろな?」 デュッカは、鳥にも嫉妬しそうだが、人の男と違って、許容範囲かもしれない。 ミナはもちろん、受け入れるのだろうし。 「な、なんか、シュティンベルク、待遇良くね?」 「む?今のところ、不満はないな」 「そ、そうかよ…」 どこか割り切れない。 なんとか、気持ちを切り換えて、この問題は横に置き、ジュールズは、ほかの獣はと辺りを見回した。 「ガフォーリルは、ムトに同行よな」 「ああ。俺も元の姿がいいかな。少し考えよう」 「セイエンは、ヘインと。水の中、平気か?」 「ん。自力では動き(にく)いから、このままで動くよ。地上でも、ちっさくても、僕は平気!」 「分かった。レイネムは?」 「私も、元の大きさがいいかもしれないな。どちらにしても、飛ぶときは風の力を使うが、もしも原初の竜がまだ()るなら、知り合いかもしれない」 「ああ、なら、でかい方が見分けてもらえるもんな。どっちにしろ風の力を使うってんなら、浮遊板を巨大化しようぜ。んで、俺らもそれに乗せてくれ」 「うん。そうしよう!」 そのように話がまとまり、昼食の頃合いなので、人々は食堂へ、鳥獣たちも、食事の必要はないが、水や果実の汁を用意できると聞いて、共に移動した。
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