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―休暇日Ⅳ 開始―
セイエンは、色が少し付いて、地面の視認が、いずれの種にとっても容易になっている、透明の陸地の形をした活動場での競争を選択した。
参加者は、どの活動場でも、30名以上50名以下と定められており、一定時間内に29名以下しか集まらないと、今日のところは、別の活動場を勧める仕様だ。
調整については、予約制や、参加者数の範囲に幅を持たせるなどの話もあったが、それは、今後の利用状況に合わせようということになった。
今は、開場直後ということもあり、親睦の知らせをしてあったので、集まった者も多いし、どの活動場でも、指定より多くの者が集まったので、一旦、締め切って、次回の開始時間に合わせて来るようにと、見物用の区画に案内された。
ぱくりと、目の前の、飴玉が入った球体を咥えると、後ろを付いてくる籠持ちの彩玉鳥に預ける。
何度目かの、それをして、セイエンが見回すと、キリュウにはヘインが、サキにはムトが、エオにはハイデル騎士団員の1人、ブレネル・ビートが付き添っていた。
彼らのことも気になるけれど、勝負に手を抜くのは、好まない。
それに、人々だけでなく、旧知の、ほかの種の者たちも、同じ活動場で似た条件下での競争なので、負けたくないのだ…!
条件である獲得する飴は、バルタ クィナールと客船ヴィサイアの調理場の者たち総出で取り掛かってもらい、植物の塊根である食べ物、プノムのうち、熱を加えると特に甘みが増す種類と、アルシュファイド王国特産の根菜コロネットから作られる砂糖を主原料として作られたもので、噛み砕けない程度に粘り気を与えて、軟らかくしてある。
大きさはすべて、人の口には、入れると話すのに困る程度で、人の、こぶしの大きさの透明の球体に入れてあり、一定の圧力を、どこかに加えると、容れ物の球体は消えてしまう。
用心のため、容れ物の消失が発動するのは、遊戯場開場の24時間後としている。
本体自体が小さいので、一粒を食べる程度は、どの種でも問題ないはずだが、用心のため、24時間に一粒を上限とし、子の親には特に注意して、食物による危険を伝えている。
さらに、遊戯に使っている彩玉鳥付き籠にも仕掛けがあって、このまま持ち帰ることができるのだが、同じ籠から、食べる目的で出す時は、24時間以上、間を空けなければならない。
指定の隙間を突けば取り出せるが、自己責任を求められない程度の年齢の子なら、充分に機能することを期待している。
セイエンも、本来なら、彩石以外の物を食べることは、しない方が良いのだが、この程度の少量ならば、問題ないだろうと言われて、楽しみにしているところだ。
一番の楽しみは、ここに来られなかった者たちに、分けてやること。
鷦たちが食べることは、難しそうだが、切り分けは、ちょっと力が必要なぐらいなので、簡単だという話だ。
土産話を語る時に、実物が在ると無いでは現実味が違うので、こんな小さな思い出の品だって、セイエンには、宝物に近い感覚がある。
こうして、楽しみが増えることは、ただ眠っていては作れない機会だ。
今、この時代に起き出せたことが、セイエンは、ものすごく嬉しかった。
先の楽しみを想像して、くすくす笑っていると、黒土狼ヴォルフベガが駆け抜けざま、余裕だな、セイエン!と叫んだ。
「セイエンに勝ったなんて、カットレルやナムリに言えば、これ以上はない自慢話になる!」
わはは!と笑って、ヴォルフベガは、一瞬、止まり、方向転換して、また、駆け出した。
同じ飴玉を狙っても、今からでは間に合わない。
けれども、それは、同じ透虹石の狼である、ナムリや、カットレルなら、という話だ。
セイエンは、素早く状況を確認すると、道筋を定めて、駆け出した。
ここは、平らな地面ではなく、場所によっては、大きな高低差のある形となっている。
ヴォルフベガは、透虹石の次くらいに造られた原初の狼で、体の大きさと形はセイエンたちと同じなのだが、毛の色は黒一色で変わることはなく、非常に大きくて純粋な、土の力を保持する者だ。
彩石やほかの生き物から力を吸い取らなければならない透虹石の鳥獣とは違い、地形を変えるぐらいは、自力でも、簡単だ。
ただし、この遊戯場内では、自分が作り出したり、既にここに用意された物を変えた存在は、他者に影響を与える前に元の状態に戻すこと、という決まりがある。
子の付き添いで参加しているヘインたちも、これに則り、自分たちの作り出す存在で、その子自身や、搭乗している乗り物に影響を与え、動かすなどをしてはならない。
ヴォルフベガの狙う飴玉は、深い谷の中に点在する突起した岩の上に設置されていて、自分の足元に出現させては消えていく、黒い道を走っていく。
一直線に道を延ばすつもりのようだが、ほかの参加者という、周囲への影響を考えながらなので、幾分、全力には足りない走行速度になる。
それでも、ほかに並ぶ者の無い土の狼なので、判断と力の行使と体の動作は、長く生きただけの技能を有している。
セイエンは、身体能力と風の力で、ヴォルフベガに追い付くと、足元に、土の力で足場を作り、何も無いようなのに、確かに空中に現れた足場を踏んで、駆ける。
ヴォルフベガは、驚きから来る動揺を覚えながらも、遅れまいと駆けたが、手前で抜き去られて、狙いの飴玉を取られてしまった。
「はあ!はあ!はあ!くやしい!」
「あはっ!はっ!はあっ!久し振りに全力で走った!」
「なんなんだあ!今の!はあっ!」
「うっ、ふ、うふふっ!はあ!機会があれば、教えてあげる!今は、ほかにも遊び相手が居るから!行くよ!あっ、そうだ!騎士たちには、気を付けた方がいいよ!そのくらいだと、もしかして、足が届かないかもしれない!じゃあね!」
そう言って、上空に駆けていく手法を、じっくり眺めて、ヴォルフベガは、それを知る。
「ふあっ!?足が捥れるぞ!?」
その存在の出現の正確さと、何より、危険行為にしか思えない所業。
足を置いたその場所で、土を出現させれば、そう…失敗すれば、足は千切れてしまうかもしれない。
それを、よっつの足を置く、その場所に的確に…。
しかも、全力疾走だったと言う。
「くはっ!忘れてた!いや、思い出した、あいつ…!」
強く吐き出して、それから、ヴォルフベガは、大きく笑い声を上げた。
「これぞ始まりの狼、静炎よ。木漏れ日の優しさと、時に目を刺す光とは、よく名付けたものだ」
すべてではないが、片仮名で表すことの多い原初の生物の個々の名には、真名が当てられている。
意味に寄り過ぎて、字面が悪いとか、画数が多過ぎるとか、意味だけで当てて取り決めた読み方を蔑ろにし過ぎるなど、差し障りが多くて使われなくなった。
セイエンの場合は、青は入っていても、深緑の印象が薄れるという理由で、使われなくなったのだった。
でも、覚えている者は、覚えている。
「おっと、急がないとな」
呆けている時間は無い。
そう言えば、騎士がどうとか、言っていた。
「ま、久し振りの遊びだ。全力でやってやろう!」
嬉しそうに叫んで、ヴォルフベガは駆け出した。
ここにある、作り物の土は削れないけれど、足に掴む感触は、四つ足の獣に、心地よい大地と同じものだった。
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