調査4日目、親善

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       ―休暇日Ⅶ 催事の裏手―    朝の8時から勤務時間として、キサとニーニは、前日に決めた通り、この遊戯場での親睦に参加していたが、ジュールズたちは、キリュウたちと同じ遊戯場に()るものの、参加者たちの行動範囲から外れた上空で待機中だった。 ジュールズの作った浮遊艇には、本人とファルセットと、赤瀑(せきばく)騎士のラルーシと、同世代の蓬縛(ほうばく)騎士リシェル・デトリーズが乗っていた。 レイネムは、遊んできたらと言われたが、この浮遊艇から、活動場の様子を眺めることにしたようだった。 ラルーシとリシェルは、先代双王ネイとサイの時代から、サイを継いでルークが立ち、追ってアークが立つまでの時期を共にした、ジュールズにとっては、かつての同志だ。 ファルセットは、調べとけばよかった!と頬の肉を震わせながら、平常心に努めた。 先ほど、航路に迷っていた、こちらへの補給船を、カルメルと共に迎えに行ったレッドは、彼ら2人の名声を承知した上で、敬意を示して去った。 人物だけでも、覚えることが多くて、焦ってしまうけれど、今は、とにかく、すべきことを取りこぼさないようにしなければならない。 3人が軽い挨拶を済ませると、ジュールズは、いつものように意地の悪い笑みを浮かべて、ファルセットを見た。 「物知らずな俺様の従者に教えてやろう。ラルーシは、短い間だが、アルの師匠のようなこともしてた。ネイと結婚してから、ジェドが書類仕事そっちのけでネイに付いて回るもんだから、ほら、王城でネイの代わりに実務統轄してる緑瀑(ろくばく)騎士ライは覚えてんだろな?あいつの手伝いで他国との商取引なんかを受け持ってたな。(おも)には、産業省交渉官吏の身元保証と、その活動の保全に務める外務省交渉官吏の手に余る案件の処理で、多くはレクト クィナールとバルタ クィナールを拠点として、各国の港に出向いてた。もちろん、秘密裏にな」 彩石騎士は、その1人でも、国軍に匹敵する軍事力と見做(みな)されていたため、気軽に他国を訪れることはできなかった。 今、アルが、外交に務めて各国に公式訪問を重ねていることは、長い国史を見れば、異例のことなのだ。 ファルセットは、きちんと士官学校で学んだので、各省の働きは承知している。 その中で、交渉官吏というのは、所属によって働きが全く違う専門職官吏のひとつだ。 交渉師資格は、騎士の技術として、取得したら役立ちそうだなとは思ったが、必要な実績を上げる期間を、騎士として動けないまま過ごさなければならないと思われたので、ファルセットは断念した。 「あ、(そと)にも、一応、出てたんですか…」 「ラルーシはな。過去の彩石には、問題が起きてから動いたのも()ただろう。俺ぐらいの風の力があれば、緊急時にも、それほど移動に時間は掛からねえからよ。リシェルは、祭王の巡行に同伴してた。早い段階でスーにそっちを譲って、ネイに付いててくれたんだよ。ネイは、その頃は視察で各地を回ってることが多かったから、各所でのネイの命令の後処理で、対応措置の形作りとか、してくれたのね。だから行政機関のあちこちで名を見ることがあるはずだぜ」 「はあ…。あっ!改めまして、ジュールズの従者の1人の、ファルセット・ミノトです!今後とも、よろしくお願いします!」 「ん。おお。まだ10代か」 ラルーシの言葉に、いえ、と緊張を見せて応える。 「来月には、20歳です」 「お。じゃあ、最後の飲み会では、派手にジュールズに払わせてやれよ」 未成年の間は、周りから、酒量を少ないか、全く飲ませないよう計らわれるのもあって、騎士の飲み会では、1000ディナリの支払いと決められている。 残りは、当然、成年者たちで分割するのだが、彩石騎士の身代(しんだい)ならば、1回や2回の飲み会全額負担で苦しむことはないだろう。 「おいおい、煽らないでくれよ。まあ、こいつ程度の飲みっぷりじゃあ、痛くも(かゆ)くもありませんけど!」 「ふふっ。私もよろしく、ファルセット。ジュールズのこと、お願いね」 女騎士リシェルは、とても柔らかく笑う。 ファルセットは、ちょっと頬を赤くして、こちらこそ!と答えたけれど、その目の端に、ジュールズとラルーシの、何か言いたげな表情を認めた。 「?どうかしましたか?」 「いえ?なんでもありませんよ?話を始めましょうか?」 「な、なんでそんな口調…」 不安だけ叩き起こして、ジュールズは、元彩石騎士の2人に顔を向けた。 「俺はディークと面識なかったんだがよ、ちょっと挨拶したところでは、ジェドより統轄には向いてるんだろう。ラルーシがあの人大好きだっつのは、初めて知ったがよぉ…」 ちょっと冷たい視線を向けると、ラルーシは、頬を染めて、顔を背けた。 「どの時代にも、伝説ってのは、あるんだよ!」 「男が頬染めたって、かわいくないんだよ!とにかく、補佐ってんなら、ライとの連携はラルに任せる。リシェル。見て分かるだろうけど、ネイはもう、大丈夫と思うんだ。ラルたちに任せて、自由にやってくれ」 リシェルが、視線を伏せて微笑む。 「そうだね。ちょっと心配したのは、否定しない」 「手が足りないのは見ての通りだ。四の宮の方とか、当たってくれるのは必要だ。ほかにもあるけど、要所の働きによって、自分たちの都合の良し悪しも考えて動いてくれていいからよ。あんたらには、厚意に甘えての呼び掛けだから。好むところで(とど)まってくれていいんだ」 「承知だ、ジュールズ。まあ、先代の中では若いんだから、()き使われるのは、覚悟だな」 ラルーシの言葉に、リシェルが、くすっと笑う。 「じゃあ、ありがたく()き使わせてもらおう」 「お前は一緒に働けよ!」 「あはは。それはそうと、船上生活というのは、ちょっと慣れないね。早いうち、人工島には、滞在施設を作ってもらいたい」 「うん。その(へん)、女の視点は、必要そうに思う。けど、それって、専門師に任せるのがいいように思うんだよね。ラグラとか、ああ、ミナの侍女なんだけどさ、今、ミナたちの支援部隊を整えてるんだけど、その専門師たちを見てると、役割の分担は大切だって、思ったんだよね。ある程度さ、様子を見て、早い段階で専門師を集めたらどうかって思う。それには、秘匿の範囲とか、定める必要もあるし、そっち考え合わせて、体制の構築、してくれるのも()て欲しいんだよね」 「分かったわ。人数は抑えるとして、今の段階で、呼ぶとしたら、先代の長官たち、声、掛けてもいいのかしらね…」 「それが適任だと思う。秘密保持の意識も、(しっか)りしてるからさ、耄碌(もうろく)してなけりゃ!」 「ま、そうよね。分かった。相談できる人探して、丸投げするかもしれないけど、(ひと)()ず、私が手掛けさせてもらうわね」 「お。頼むぜ。あと、おっきなとこは、交渉な。(しゅ)の違いなんかで、多岐に(わた)るし、認識の違いも多いと思う。術の更新とかの関連は、現代で対応するけど、それも関わる交渉事の多くは、そっちの機関としての働きの主要なとこと思う。その(へん)、ディークの対応とか、実際には知らないから、ちょっと、ラルのこと、頼らせて」 「ん。俺も、ディークには憧れだけで、その仕事の手法とか知ってるわけじゃないし、様子を見ながら対処していくことになる。アルシュファイドの現代の動きもあるし、新任の気持ちで対応させてもらう。よろしくな」 「おう!あとは、と。機密含めた情報の共有だな。1個、重要なことがあるんだが、開示には慎重になりたい。ネイとジェドには知らせてあるから、確認は、そっちを通してくれ。今の時点で、説明を求めたいことがあれば、列挙してくれ。秘匿の範囲を確認して、説明させてもらう」 「一番気になるのは、当然、国格者なんだけどね…」 リシェルの言葉に、うんうんと、ラルーシが頷く。 ジュールズは、改めて聞く必要を感じて、確認した。 「そういや、どういう説明受けて、ここに来てんの?」 「簡単に、ネイの手伝いだね。言葉を(かい)する動物がいるからと。先に布告で、原初生物対応機関の説明を聞いてたから、それに(るい)する存在かと、こっちに来た。私はね。ライってば、聞いても、難しそうに、うんうん(うな)るだけなんだもの。役に立たない男」 ちっ、と舌打ちが聞こえたが、ファルセットは、手帳に何か書いている振りをして、聞こえなかった(ふう)を装った。 この程度の聞き流し術は、機警隊のお姉様(がた)相手に、習得済みである。 「ははっ。そう言うなよリシェル。人手が増えたから、今頃は、ちゃんと働いてるだろ。ミナのことは、働きを実際に見れば判る。今のところは、何か要請されたら、なるべく聞いてやってくれ。俺にできるところは説明するけど、緊急時が、あるかもしれないからさ」 「ふうーん」 説明には納得しないけれど、何か苦言を呈するほど、知ることもないし、だからこそ理解もできない。 自分なりの結論は後回しだなと思いながら、リシェルは、年長者の目でジュールズを見る。 ラルーシも、それは同じだ。 ジュールズの手腕を知っているが、同時に、悪癖も知っている。 信じることと、現状から目を背けることは違う。 現状を見た上で、判断を信じ、任せる。 冷静な見極めの視線を感じながら、ジュールズは、今の自分が進むべき道を、行くのだ。 「今後の流れだが、秘匿結界を構築することなんかもあるし、これ以上の追加事項は無いと思いたいが、こんな状況だ、適宜(てきぎ)対応頼む。先に言った通り、数は増えたが、割り当てとしては同じ、俺たちは浮遊島そのものを受け持つから、あんたたちは生物を、それぞれ保守してくれ。ほかの国の者は、セスティオ・グォードまでを立ち入りできるように考えてる。何かあった場合は、各島(かくしま)の人工浮島(ふとう)での対応、そこが最終の線引きだ」 2人が頷き、ラルーシが、承知と声を出す。 「あと、重要事項のひとつと位置付けて欲しいんだが、新たな修練法を各自で行ってもらいたい。こっちまで態勢を整えるのは難しいかもしれないんで、交替で帰国して、基礎修練と応用修練を体験して欲しい。レグノリアでの作業してるのと替わってもいいし。て、こんなとこかな。ラルとリシェルも、親睦遊戯に参加してくれば。今の機会は、今だけだからよ。まだ、試しも始まってないから、動かすことがないってのも、都合いいし」 「ん。ジュールズは、どうするの?このままここ?」 リシェルの問いに、ジュールズは、レッドたちの位置確認をする。 「いや、そろそろ補給船が来るだろ。様子見て、たぶんネイたちの方は足りねえから、ヴィサイアのメドニイ辺りに、色々聞いた方がいいかもな。食料はまず足りないはずだから、積極的に、島の者らに分けてもらえるもん、聞いた方がいいだろな。人が食べるためでなく、会食できるように」 「そうだな。調理しないとか、手法が大きく違うとかもあれば、食事の仕方も変わってくる」 ラルーシが言い、ジュールズは、ひとつひとつの事柄を、頭の中で整理しながら、話す。 「会食が適当かどうかは、今夜、中央で集まって宴会するからよ、その様子を見てくれ。調理場の者らには、ちぃと、負担だな…今からでも、料理師は増員しとくか」 「それもあるし、接待が苦しいんじゃないか。料理師は、騎士隊から資格持ちを呼んでくれ。南海岸警備隊は秘匿海域境界対応で、北海岸警備隊を人員だけ移動させてくれれば、助かる。今だけな。それも専門師を検討するから」 「おう。そうだな。騎士にできる分は、しばらくそっちを回すわ…、いや、それも、引退したのに声、掛けるか。警備師なら、まとまった人数が()るだろな。まあ、騎士名簿からも辿らせよう。専門師は、こっちでも、人員は探してみるな。身体技能と秘密保持のことを考えたら、退官した者とか、退職前の休暇中とか、探しやすいのは俺たちだし」 アルシュファイド王国の仕組みもあり、多くの務め人が、退職前に1年に満たないぐらいの有給休暇を残している場合があるのだ。 もちろん、年末に調整を計って、毎年、規定消化に近付けるのだが、当人が必要ないと言うのであれば、無理強いはできない。 当人たちには、利用権利はあるが、消化義務を負っているのは雇用主なので、退職前に取得をお願いする、という関係だ。 各職場では、管理者の手腕を問われる事項ともなるので、規定を遵守するように努めてはいる。 それでも、積もりに積もって、退職時には残るのが、この有給休暇だ。 ただ、職業によって、特に騎士は、身体的に若いうちが職務遂行に向いている、というところがあり、早期退官が多いため、それならばと、有給休暇を後回しにして、職務遂行に務められる期間を長引かせることを容認されている。 そのような事情もあるので、官吏の多いアルシュファイド王国のこと、人材を求めるなら、人事管理官はもちろん、軍属名簿を把握し、騎士名簿を管理しているシィンに探させるのが適当だろう。 シィンが息を止める様子が見られなくて残念だと、ジュールズは意地悪く笑う。 まあ、武官と言うなら、騎士でなくとも、退官した兵士も()るので、そちらは、兵士隊の(ちょう)である国軍元帥に求めればいい。 実際に探すのは、人事管理部からの派遣である兵士隊人事局だから、元帥には話だけ通して、人事管理官から指示を出すことになる。 特に、退官した兵士というのは、有事に対応するべく、多く予備兵士として登録しているので、そちらから探すと、通常任務にある兵士たちの異動を少なくできる。 騎士と違って、定年である50歳まで勤め上げる者が多いので、年齢は引退騎士よりも上がるが、身体能力が落ちていても、このような取り組みでは、長く生きた落ち着きと経験が活きてくるだろう。 よい具合に負担が割り振られるなあと、思うジュールズだ。 振られる方は悲鳴を呑み込むのだろうが。 「なら、頼んでおく。ああ、懐かしい顔に会えそうだな…」 「年寄りくさいな!けど、気持ちは分かる。あ、もう、いい年齢なんだから、その(へん)は、気を付けてやってくれ」 「承知。リシェル、ディークには、俺から言っておく。話し合いは明日(あす)朝でいいよな」 「うん。補給状況は、私からメドニイに確認…今すぐ行くなら、次の遊戯開始には間に合うかしら?同行していい?」 「ああ、いいぜ。ちょっと待ってくれ」 ジュールズは、ヘインに向けて、少し外すと伝達を放ち、ラルーシは、その(あいだ)に、軽く挨拶して浮遊艇から飛び降りた。 「そんじゃ、行くぜ」 軽く声を掛けると、浮遊艇は動き出し、ジュールズは目的地をレッドの(もと)に指定した。 軽く下方に手を振るところを見ると、キリュウへの合図なのだろう。 ファルセットも、確認しておきたかったが、何かの影となったか、キリュウを視認することはできなかった。 その代わり、黒い狼と競うように駆け回るセイエンを見付けて、その動きに、おお、と小さく声を漏らす。 「ん?ああ、セイエンな。まったく、獣の動きってのは、人には対処が難しいぜ…」 レイネムが、彩石鳥を通して、くすっと笑う。 「マデリナは、そんなことで泣き言は吐かなかったぞ」 「ぶっ!くそお…!てか、その頃は、セイエンだって未熟だったはずだろ!」 「まあ、な。それもないではないが、今の凄絶さがない分、あの頃は、より、獣としての鋭さがあった。セイエンとの戦い(にく)さは、現在と昔とでは違う。それを考えても、男の身で騎士が、泣き言を吐けば、いくらか、残念と言うほどでなくとも、納得できないと言うのか、まあ、情けない、というところか」 「ぐぶっ!レ、レイネム…」 「ふふ!まあ、そういうところを、かわいらしいと思うのも、また正直なところだ」 「うっ…!くそ、レイネムの男前さんめ…!!」 「ふふふ、よく分からんが、なにか褒められている気がする」 「うう、うう、好き過ぎる、レイネム…」 「あああもう!いちゃいちゃしないでくださいよ、なんか恥ずかしい!()(たま)れない!」 ファルセットが(たま)らず叫ぶ。 恋人同士とも言い(がた)いが、熱愛染みた会話を聞かされて、猛烈にこの場に()ることが恥ずかしい! 「へーん!だ!羨ましいだろう!」 「それとこれとは別ですよ!自分と他人は違うんだから!」 そんな、しようもない会話をリシェルに笑われながら、浮遊艇は近海に到達していた補給艦と、カサルシエラからアルシュファイド王国に向かう客たちを迎えに来た客船と合流した。 今回の補給艦は、目的の土地に運ぶのではなく、近くに頼りに出来る陸地の無い海での救援に特化した補給艦なので、車馬(しゃば)を置くような区画が無い分、食料と燃料の区画が広くなっている。 また、長期の保管庫としての役割も大きいので、密閉性が高く、特に食料庫の温度は、外の通路より低く、そこに大容量の保冷庫や保存庫が置かれている。 乗組員は、ほぼ騎士ではあるが、船の保全が重要課題なので、航行に重点を置いた顔触れと人数になっている。 「つまり、ここの騎士は最小限なんで、ここからの取り出しは、私が管理しますね」 補給艦レナレーゼに急遽配備されたのは、財務省の騎士隊財務局の保全部から各警備隊に設置されている出先機関のうち、北海岸警備隊配備の財務管理出張所所属である交渉官吏のミレフレド・ベリエフという男と、マコ・ウィンテストという、こちらも男の交渉官吏だった。 にこにこ笑顔のミレフレドは、緊張感を漂わせており、マコの方は、漆黒の髪と瞳、加えて服装まで黒なので、静か過ぎる、影のような印象だ。 ただ、マコは、表情に飾り気がないからか、すっと落ち着かせてくれるように感じられた。 ファルセットにだけ生じた影響かもしれないが。 ミレフレドに応えるジュールズは、なんだか、いつもの意地悪笑顔に凄味がある。 「ほぅ?騎士隊の物品管理に難癖(なんくせ)付けてんのはレガンリィか、それともセフリストか?」 アルシュファイド王国に()ける財務省は財務管理が仕事なので、派遣された管轄に割り振られた活動資金の、配当は各出張所で管理しているし、その運用の監査までが役目となる。 中でも交渉課は、出張所管轄内の資金の流れの、最初から最後までを見届ける部署だ。 それぞれの担当もあるが、この場面で補給に関わるなら、運用監査に携わっている者であると考えるのが自然だった。 彩石騎士は代々、多くの場面で財務省長官に小言(こごと)を聞かされており、役目として仕方のない関係だとしても、面白くないという感情が根付くのは当然のことだった。 それを配下の者にまで向けるのは、やり過ぎというものだけれど、監査以外で来る必要もない、運用の流れの終着点となる、この現場で、物品管理に当たるべき役目の騎士を排除してまで実務に当たるのだから、(ちょう)である財務省長官の指示によるものに違いない。 つまり、騎士隊に向けて、相応の圧力を掛けて()じ込んだ特殊対応なのだ。 彩石騎士は、双王の同志で最高位に()る騎士なのだから、騎士隊のこととは言え、肩入れは不適切だ。 それでも意識に偏りが出るのは、()けられないことだった。 結果として、ここに派遣された2人には、刺すような目を向けてしまうのだ。 ミレフレドは、痛い視線の事情に見当が付くので、甘んじて受けるけれども、財務省長官だけでなく、各機関に設置されている出張所所長の名まで把握しているジュールズに、胸の奥が震える、怖くて。 それでも、背筋を伸ばして、殊更(ことさら)声を張り上げる。 「いーえ!難癖(なんくせ)ではなく負荷の分担です!国外に向かうなら騎士が良い、ということと、ほかの方面にも多くの騎士が必要である、ということのどちらに重きを置くべきかという選択に(おい)て、実情の確認の必要があった財務部が手を挙げさせてもらいました。下船はしないということで、少なくとも護衛を割くようなご迷惑は掛けません!」 「補給艦は軍艦のひとつだ。非戦闘員が、ただ乗ってるだけで船員には負担なんだよ。現に、お前らが使ってんのは、緊急対応用の客室じゃないのか。(よし)んば、乗組員用の船室だとしても、余計な人員には違いねえ。気を使われていることだけは、忘れんな」 騎士たちは、そんなことで職務に不手際を生じさせはしないけれど、通常通りに任務を進めるために、余計な負荷を掛けている事実が消えるわけではない。 この措置が騎士隊にとって、ある部分では助けになるとしても、騎士の1人1人の働きこそが、騎士という存在の()(がた)い価値なのだ。 その働きに支障を与えている本人には、目を(そむ)けて欲しくない。 ジュールズの眼光に冷たさが増して、ミレフレドは、自分の思い違いと、失言を知った。 助けてやっている、などと、恩を着せるような態度で当たっていい仕事ではないのだ。 「っ、ぐ、は、い…」 「承知しました。ミレフレドの失言と、我らの認識不足には、猛省の上、改めます。ですが、先に同僚が申した通り、ほかの都合もあっての乗船です。お認めいただけると、助かります」 マコが、すっと頭を下げて、流れるように言葉を繋げる。 「ふん…。この人選は直属の上司か」 ミレフレドは、自分に問題ありとして役目を下ろされる、切り捨て処置に(おび)えたが、マコは、その声の中にある考えを、正しく察知した。 「は。(とう)出張所交渉課課長グイド・モスの選定と聞き及んでいます」 「ち。あからさま過ぎて(しゃく)だな!今度いじめに行ってやる」 緑嵐騎士は、風の者。 特にその性質は奔放で、(ひね)くれ者とは、上司からのありがたい事前情報だ。 (もっと)も、わざわざ真意を深読みせずとも、その思うところは、声の調子から明らかだ。 ジュールズはたぶん、未熟でも真っ直ぐに相手を見据える、正直者のミレフレドと、マコの返答から、この2人の組み合わせを、上司の良い判断であると、認めてくれたのだ。 「弁明するわけではありませんが、緑嵐騎士には、どのような人材だろうと、選択に意味は無いと申しておりました。ただ、職務に誠実に向き合うことと、助言を受けました」 ジュールズは、ちょっと息を止めて、それから、はあっ、と息を()いた。 そこまで自分の性質を見極められていると、居心地が悪い。 「ふん。それで、マコ。2人ってことは、交替でも、すんのか」 マコは、上体を起こして、少し頭を下げた。 「は。それほどには長い期間ではないだろうと、8時から17時まで、1日ずつの交替勤務を指示されています。今日のところは、俺は、ご挨拶まで、ミレフレドが受け持ちます」 つまり、それ以外の時間帯、もちろん、休憩時間にも、ここから品物の持ち出しは受け付けない、ということだ。 その日の担当者が1人しかいないのだから、休憩時間に対応する者などいない。 救援という緊急時とは違うので、通常勤務として多く指定される時間帯だけの対応とすることで、相手側も、それに合わせて行動することになる。 そのような統一への心掛けは、休息時間を取りやすくする、負担の軽減のひとつとして、管理職位に()るジュールズには、納得の対応だ。 「承知した。なら、行っていい。ああ、こいつは、俺の従者な。で、こっちは、前代の彩石だ」 合流したレッドとカルメルの名乗りは終わっているようだったので、ジュールズは、自分の名乗りと共にレイネムのことだけ先に話しており、残る同行者2人を示した。 ファルセットは、目を合わせたリシェルに促されて、先に名乗る。 「ジュールズの従者のファルセット・ミノトです。これから、よろしくお願いします」 「蓬縛(ほうばく)騎士リシェル・デトリーズ。世話になるわ」 「とんでもないことです、学ばせてもらいます。それでは、俺はここで失礼します」 「おう」 あっさりとマコを見送り、ジュールズは、ミレフレドを見た。 「さて。それで、配給の手順と、物品の大まかな割り振りは?」 ミレフレドは、気持ちを立て直して、背筋を伸ばし、答える。 「はい!配給の手順は通常通り、事前の申し出があれば、準備します。私もマコも、品物を手前に出す程度は、土で、なんとかしますので。ただ、今回、荷持ちも乗船していませんので、運び出しから、していただくことになります」 「ああ、その程度は、問題ない」 本来であれば、艦内であるこの場所から、貨物の搬入と搬出を行う出入り口まで、物品管理担当の騎士が移動を受け持つが、そうなると、物品管理の書類を処理する騎士と、物品の移動をさせる騎士の、少なくとも2人を置くことになる。 2人というのは、どうしてもその人数で対応しなければならない、最小人数なので、通常対応であれば、書類処理2人、在庫管理2人、搬入と搬出と在庫管理で品物を移動させる人員4人を配置する。 特に今回のように、物品の量が多い時は、移動の人員を特に多く配するものだ。 荷運びの人員と言っても、物品管理の教育を行うためという都合もあり、担当以外の業務も、責任を負わせない形で、こなしてもらう者たちだ。 今回、財務省から派遣するなら、軍備に特に知識を持つ経理課の者でも良かったはずだが、交渉課の者を当てたのは、対応する相手が、人ではなかった場合に、信頼を置けると判断したのだろう。 少なくとも、ジュールズならば、そうする。 交渉官吏は、騎士と同じく、幅広い知識を求められるが、騎士とは違い、その知識は、担当する方面に関しては、特に深い知識を求められる。 ここでは、物品管理で押さえるべき要点も、処理の手法も大体は、承知していることを期待できる。 経理官吏と違うのは、知識があればよいので、処理能力の高さは求められていないということだ。 交渉官吏の意義は、交渉術に長けた存在であること。 今ここで必要なのは、物品管理の手際より、周囲の求めることをよく()み取り、軋轢(あつれき)を低減してくれる存在だ。 騎士を配置しない、という条件の(もと)、選択された、交渉官吏1人という配置は、ほかの不都合を、いくらか引き受けても、ジュールズには許容できるし、対処もできる範囲内だ。 いくらか、土の力で、物品の移動ができると言うのなら、望む以上の働きだ。 バルタ クィナールとヴィサイア、そして迎えに来て、これから1週間ほど対応調整のために滞在する客船ダルティエの荷持ちたちには、運ぶ距離が長くなるし、乗り慣れない軍艦で戸惑うだろうが、依頼した者が要所で手を貸すだろう。 自分だって、不都合が生じるなら、荷運びぐらい行うし、周囲には、先代とは言え、彩石騎士が多いのだ。 助力を求められて拒むわけがない。 そういうことで、問題のうちに入らない、なのだ。 「ありがとうございます。台車の使い方などは、そちらの船の荷持ちの(ほう)が心得ているでしょう。乗艦の先触れを、当艦の伝達室まで届けてください。用件と乗艦人数と搬入、搬出する物品の大まかな種類や数量などを知らせてもらえれば、そちらに合わせた乗艦場所を、彼らが、お伝えできます。依頼物品の一覧は、なるべく私かマコを指定してください。勤務時間外にも受け取りますが、受け取りが行われたことを確認できる仕様で送ってください。時間外だと、確認の優先順位が落ちます」 「んー、じゃあ、なるべく、勤務時間内に受付台に届けるわ。伝達は入るんだろ?」 伝達の形は、円筒形だったり、四角の袋だったりと、形状に違いがあるのだが、その規定の範囲内であれば、大抵の屋内、ここでは艦内に届けられるし、用途の明確な机を指定して置くこともできる。ジュールズは、この場に()るので、机の場所を視認すれば、簡単だ。 「あ、でしたら、こちら、予約受け付けの箱に入れるようにしてください。下の亀の名が、トロリって言います」 予約受け付け用の箱は、黒い亀の甲羅の上に載せられている(ふう)だが、ジュールズが(つつ)いたところでは、どうも下の亀の一部分であるようだった。 「さっき、船が迷ってた時、大きめの海亀(うみがめ)に会ったんです。それから、なんか、マコが、その亀、気に入っちゃったみたいで、気付いたら、これ、作ってて。作ったら愛着湧いたらしくて手放さないもんだから、もう、いっそ、ここに置けって、言ったんですよ。箱は後付けで、役に立つやつにしようって、彩石入れて、中に何か入ると、声出して知らせるようにしたんです。こんな」 ミレフレドが、筆立ての中の1本を箱に入れると、ぬぼおー、と、亀が口を開けて声を上げた。 随分と、のんびりした知らせではあるが、低い音が静かな倉庫内に広がっていく。 「ふうん。遠くで聞こえるかは判らねえが、いいんじゃねえの。一定時間確認しないと、再度声を出す仕掛けを後付けするといいかもな。てか、あいつ、こういう好みか…」 色が黒いからか、この亀は、本人と似た印象だが、かわいらしいという形容が、ぴったりな形状だ。 これを作り出して離さないとか、当人の見た目との落差に胸が変なときめきを覚えてしまう。 「ら、らしいですね。俺も、あいつと仕事は初めてで…あ、それでは、そのように機能を加えてみます!ありがとうございます!」 「いや。それじゃ、通常はここの亀に届けるようにするわ。緊急の時だけ、お前らに向けて飛ばすから、どっちがその日の勤務か分かんねえし、」 「あ、いえ!勤務でなくても、不測の事態に備えて、待機します!初めのうちは、マコの方が覚えやすいでしょう」 「まあ、そうな。亀もマコが作ったんなら、意識を固めやすい」 黒い亀と、黒いマコ。 ちなみに、ミレフレドは、金髪に、瞳は赤みがかった薄い茶色だ。 釣られるように、なんとなく思い返すマコの風采(ふうさい)は、身長としてはジュールズより少し低いが、平均より高め。 細身ではあるものの、身のこなしや、全体の肉付きから推測するに、いくらか運動量の多い生活をしていそうだ。 と言うか、健康維持の必要以上に鍛えているんじゃないかと、ジュールズは思う。 少しだけ、ここに()ない者を振り返ったが、優先すべきことを思い出した。 しばらく、物品の収受について、決め事など確認すると、ジュールズたちは遊戯場に戻ることにした。 レッドとカルメルも、浮遊艇に同乗する。 遊戯場までの(わず)かな時間に、ジュールズは、先ほど会った2人のことを考えた。 マコの所作は、騎士のそれに非常に似ていた。 しかしまさか、レッドのように、騎士の誓いを立てずに専門職官吏として働く者が、そうそう()るだろうか? いや、希少性など問題ではない。 ただ、あの空気、セラム、いや、そう、あのファルに似て、ミナには、よく馴染みそうに思えた。 それよりはマルクトに近いか、とにかく、支援班に入れるには、良さそうに思う。 いや、自分もちょっと欲しいけど、ミレフレドの方が、自分向けのような気がする。 ミレフレドは、体形としては大人の男の平均的な見た目で、騎士として鍛えた身体(しんたい)のファルセットが、もうちょっと身長を伸ばしたら、あのくらいだろう。 多くの騎士は、いくらか胸板が厚く、腕や足が太くなっても、締まるところは締まっているので、騎士服の上から見れば、身体的特徴は、服飾の錯覚も手伝うので、視覚からは、かなり隠されるのだ。 身体(しんたい)の成長と鍛え方が合っているのか、ジュールズは、騎士服の上からでも、軍属だろうと判る、力強さを感じる見た目だ。 ミレフレドよりも、身長が顔半分以上高いということもあるので、全体の均衡を考えると、ジュールズと無理に比べて、ファルセットの鍛え方が悪いとは言えない気もする。 その辺り、ファルセットには、今後の成長に期待した方がいいだろう。 「ん。ファルセットよ、あの2人、どう思った」 「え。ああ、俺は馴染みますけど。従者ですか?」 「いや。俺は、従者は騎士が動きやすいかな。レッド、どう思った?」 「たぶん、印象は、そう変わりませんね。ミレフレドは、仕事をしている顔と、日常の顔は、変化はありますけど、本質を疑うほどじゃないです。仕事だから、ちゃんとしている、社会人です。マコは、物静かにしてますけど、スーみたいに極端な口数の少なさじゃないです。ああいう雰囲気で交渉官吏って、珍しいように思いますけど、それならそれで、特異な感じは、ジュールズには使い道が…って言うと言い方は悪いですが、でも、そういう点で、合いそうには思いますね。それは、ミレフレドも同じで、特別に人当たりが良いとかではなく、彼は、そうです、きっと、技術なんですよ」 レッドは、言葉を切って、すぐに続ける。 「ミレフレドの交渉、いえ、会話は、考えて作っているんですね。ほかより飛び抜けて頭が回るとかではなく、そうです、多方面に意識をちゃんと向けているので、それらの都合が良くなる要所に、すっと解決策を置ける。その策にしても、奇抜なものではなくて、丁寧に余計なものを省いて、必要なものを付加している。考えに入れている量が、とても多いのではないでしょうか。最初に、引っ掛かった一言も、考えが足りないのではなく、うーん…少し緊張してたし、知識として、足りないことがあったのかもしれません。失敗もするかもしれませんが、誰にでもあることです。……俺にも」 じっと、レッドが、ジュールズを見つめる。 きっとあなたは、そんなことで、他者を見限らない。 目は口ほどに物を言うとは、このことか。 ジュールズは、ふっと笑って、その横のカルメルに目を上げた。 「お前はどう思うよ」 「うん?嫌な感じはしない!」 「ははっ!それは、そうな」 ふっと(そら)を見て、視線を感じ、そちらを見ると、リシェルと目が合った。 優しく細められるのを見て、昔の感覚を、ちょっと思い出した。 くすぐったい。 「私も、1人は寂しいね!誰か、引き抜いて来ようかしら!」 笑いながら、リシェルが言う。 名案だけれど、元彩石騎士がその(へん)のに声を掛けまくると、今以上の人材不足は必至だ。 「ちょっと、重要なとこからは抜かないでよね?てか、俺たちだって、たくさん人が()るんですー!」 「早い者勝ちじゃないか。そんなの、私は知らないよ!修練しろとか言ってたものね。あんたたちと一緒に帰ることにするわ」 「くそー!リシェルは女たらしだから!男を当てよう、そうしよう」 「人聞き悪いねえ…心配しなくても、ネイの足元にも及ばない。でもまあ、現役時代には自戒していたけど、ほんとはあれやこれやで目を付けてるのは結構いるのよ?ああ…私もまだまだ若いわね?」 そっと遠くに視線をやる姿が、いやに(なま)めかしい。 「おら!ファルセット、見ちゃだめ!リシェル、頼むから、未成年だけは襲うなよ」 「あら、珍しい。あなたが男の子の心配なの?」 「一応、俺にだって情けはあるんですー!あんま、若過ぎんのは、立ち直れないから、ほんとに!手加減して!」 「はいはい、手加減ね」 あんまり、本気で答えていないリシェルは、くすくす笑って、また、遠い空を見る。 「目的ができて、嬉しいわ、ジュールズ。また、生き直せる気がする」 「充分、若いじゃん。なんなら、復帰してもいいんだぜ?」 「それは、さすがに」 ふふっと、笑うリシェルの気持ちを、理解はできなくても、重なる思いが、きっとある。 「あら!そうだ!私、ルークに会ってないわ!」 不意に、気付いたように思うが、たぶん、意識して避けていたのだろう。 リシェルは、自分で言った言葉に、戸惑う。 本当に、そうする気なのか。 現代の祭王に、会うなんて。 なくした祭王の顔がちらつく。 「おう!喜ぶんじゃねーか。あいつ今、レグノリアに()るからよ!修練も、あいつの管轄だし、ついでに会ってくるといい」 「そう…」 気持ちのこもらない声に、気付かない振りで、ジュールズは、()だしの声を強く放つ。 「そう!なんか、結界修築してから、巡視の必要が減ったからさ!てか、昨日…まあ、短時間だったし、とにかく、それなら、一緒に帰ろうぜ!」 「ヘ、え…」 なんだか、自分の知っている祭王とは、様子が違うようだ。 日々、弱っていっていた、先の祭王とは。 リシェルは、ちょっと戸惑うような表情だ。 それを見たジュールズは、口の(はし)に笑みが浮かんでしまう。 肉親でなくとも、その傷はまだ、切られたばかりのよう。 それでも、重ねていく時が、関わる人々が、多くの出来事が、踏み出す勢いをくれるから。 この先ずっと、塞がらなくても。 生きていく。生きて欲しい。 だって、その(ほう)が。 思い出す、あの顔が、笑っているから。
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