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―休暇日Ⅸ 宴の支度Ⅱ―
親睦の酒宴のため、調理場の者たちの手伝いをしてもらえないかと、声を掛けられたミナは、出来ることがあればと、一度、様子見ということで、客船ダルティエの食堂用調理室に入った。
一般には、それほど広まってはいないのだが、アルシュファイド船籍の船の調理場に関係者以外が入る時は、通過制限を行う膜を発生させる髪留めを付けることを求められる。
アルシュファイド王国の基準として、調理作業者と、調理場に立ち入る関係者の場合は、彩石付きで容易に外れない首輪、腕輪、指輪、足輪、腰帯といった形で、結界やそのほかの術を1人1人に指定して発動させ、食品の安全を保っている場合が多い。
船の上では、予測できないことが起こっても、対処の手法が限られるため、どんな事態にも使える安価な消耗品として、取り外しの容易な彩石付きの髪留めを多量に常備している。
今回は、調理場にも置いている、そちらを使わせてもらっているのだ。
低年齢の者や、異国の者が見ている場面では、清潔な着衣で頭から靴裏まで対応していることを見せることが多いが、今は彩石の効果をよく知るアルシュファイド王国の大人たちが多いので、見た目による示しは不要だ。
「……それで、最初にやってもらいたいのが、水のサイセキの選別…判定…だ。もしかして、選別師でも出来るか」
ダルマエトに言われて、ミナは、ちょっと首を傾げる。
「出来ないとは思えませんけど、したことないでしょうから、時間が掛かりますね。相応の彩石ひとつ持ってくれば…みっつ?とにかく、数は少なくていいなら、水の誰かに手伝ってもらえばすぐですよ。でも、あそこ、大浴場で提供してる飲み水があるんですけど、磁萌水って言う。それこそ、どの種でも問題の無い真水と思いますよ。料理に使うなら、そっちの方が、水としては問題が無いんじゃないかな?」
傾けた頭をまっすぐに戻して、ミナは説明を続ける。
「あそこの磁萌水は、素が…素材が海水なんですよ。あとは、塩分を程よく抜いて、毒…まあ、生物に悪影響を与える不純物ですね。それを排除したものなので、不純物の種類は、そういうことでは偏っていますが、存在としては真水ですし、成分としては、大陸や浮島の湧水に非常に近いものです。大量に提供できる仕組みがあるはずですから、その仕組みか、磁萌水そのものを譲ってもらうのが良さそうに思いますよ。利権が生じそうな気はしますけど、その辺の処理は、ジュールズ、するよね」
「任せなさい!ファルセット、おめ、ラル呼べや、ラルーシを!」
どこが任せなさいなのだか、押し付ける者を早々と呼ぶ。
「ええと…」
ファルセットは、リシェルの方を見たが、ジュールズが、ぐりんと、その顔を自分に向けた。
「ファルセット、悪いことは言わねえ、ラルーシをこの場に呼べ。説明はあとな」
「は、はあ…」
こういうことはリシェルも、先に聞いた活躍からすると、適任と言えそうだったが、今、ラルーシは、統轄を受け持つディークの補佐なので、手法の最適化でなく利権の問題なら、話を上げていた方が良いのだろう。
なんとなく、そのように思って、違和感を追い遣り、ファルセットはラルーシへの伝達を飛ばした。
「体内の働きが判らないから、あまり、いい案とは言えないけど、提供する食品の成分がすべて、食べようとする個体の体の成分として存在しているなら食べられるっていう感じの術で対応してみたらどうかな。調整は難しいけど、誰でも出来るはずだから、今からの暫定措置としては、使えそうに思う。術語としては、逆の縛りでね、その個体が持っていない成分があれば、結界発動と同時に食べられませんて音声で説明するの。ただ、これだと、同種の存在を口にしてしまいそうだからな…」
チェットが言った。
「術の重ね掛けはできそうか」
「ああ、2種なら、いけそうだね!じゃあ、それで、術を考えてみるよ。水の方は、磁萌水が使えるか交渉してからにしよう。先に、献立の相談をしたらいいんじゃないかな」
「うん!ありがとう、ミナ!」
喜んでもらえたらしいと、ミナは嬉しくてチェットの言葉に、こそばゆさを感じる。
「ふふ!うん!それじゃ、料理師さん以外で集まろっか!場所は…」
「そっちの試食室を使ってくれ」
ダルマエトに礼を言って、ミナたち、料理師でない者の多くが試食室へと入っていった。
「レッドとカルメルはミナの方、行って。すぐ行くから。それで、料理師たち、慣れない対応になるだろうけど、頼むな。出来ないことは頼まねえから、どこから出来ないか、教えてくれ。要望としては、いくつか出しておくな。基本的に、アルシュファイドに連れて行くのは、人と変わらない大きさになれる個体だけだ。ただし、二足歩行だけでなく、四足歩行も連れてく。これは、既に受け入れている透虹石の鳥獣がいるからな、応接を学ぶのに区別はしない」
「承知した。となると、食事の仕方が違いそうだな」
ほかの船の料理師長は、この船の料理師長であるダルマエトに、会話の主導を譲るらしく、集まった円陣の中心には居るが、今のところ、話の流れを見ている。
「ああ。チェットみたいに、二足歩行できるのは、いるの?」
「俺たちより足が長いと、無理だな。羊は、二足歩行はしないが、椅子に座って前足の蹄を柔らかくするし、足の曲がり方も自由が多い。ただ、俺の知ってるのは、あまりやらないな。狼や虎は、透虹石のより小さくても、足を手のようには使わない。まあ、俺たちが特別なんだ。食事のときの問題は、四足歩行の者たちに、足と同じ位置で器を置くと、蹴飛ばしてしまうことだな。無理に同じ机を囲む必要はないが、人の椅子の形状を変えれば、できる。今後、よく使うんなら、形を整えてみてもいいかもな。俺たちは移動が多かったから、その時々で作ってた。食べなくても、みんなの顔をよく見られる方が、嬉しかった」
「そっか」
チェットの表情は、とても和まされる。
異種の者だが、トーベリウムとの短い付き合いでも、見慣れたということなのか、その変化を読み取ることは、難しくないように思う。
もちろん、思い違いというのはあるのだろうが、たぶん、人のそれとも、そう変わらない。
「そんじゃ、俺たちは、いくつか机と椅子の形を考えて、船の外に作っとくな。形式がどうであれ、いくらかは、用意した方がいいと思うからさ」
「うん。頼むな!」
「あと、出来上がった料理を運ぶのは、浮かせる。うん。風の盆を作るからさ、それに乗るだけ乗せてくれよ。籠の形がいい?」
これには、ダルマエトが答える。
「それだが、器は、それごと食べられるのでなければ危険なようなんだ。口に入れるものを直に載せると考えて、作ってくれると助かる」
「お。分かった。んじゃ、それも考えに入れて、形状は、先にいくつか、作って見せるな。今回のは、俺が主宰の親睦会として、主導してんのは俺なんだけど、親睦会以降の対応は、調理場に関しては、バルタ クィナールだけ調査団対応で、ここ、ダルティエとヴィサイアは、先代たちと異種生物対応で頼む。責任者で分けると、バルタ クィナールが俺、ダルティエが本国の政王アーク、ヴィサイアが前王のネイだ。取りまとめは、俺な。異種生物への対応は、どの船でもして欲しいんだが、送迎を行うのはダルティエだから、積極的に機会を多くしたいってことで、声、掛けた。ヴィサイアも同様な。今から、優先することがあれば、ダルティエは抜けてもらってもいいんだ。着いたばっかりだからな」
そうは言うが、ここまで話が進んで、ダルマエトを始め、ダルティエの面々の意思が変わるはずもない。
「いや!もちろん、加わらせてもらう!機会をもらってありがたいほどだ!」
ジュールズは、にかっと笑う。
「そっか。島の奴らの食事は、満たすことは考えなくていい。提供の種類を多く見せて、どれが都合が良さそうか、探ってくれ。そんで、宴会場の近くにさ、屋外調理場を作るように頼んでるから、誰か行ってくれ。それは、島の奴らが持って来る食材の調理用だ。ついでに、人のための調理場も作ってもらってるけど、そっちは仕上げ作業程度と考えてる。警護は、元彩石騎士の何人かに声を掛けてるんだ。到着したら、出発してもらいたい。できるか」
「そういうことなら、俺が行こう、キトレ、付き合ってくれるか」
チェットが逸早、声を上げて、ダルマエトは慌てた。
「わあ!俺も行きたいんだが!」
「いいですけど後からにしてください!」
即座に応じたのは、副料理師長の男、アレッサンドロ・デュロだ。
「浮つき過ぎ!まずは持ち場を回してからにしてください!みんな、やりたいことはたくさんあるけど、全部を同時にはできないんです!上司なんだから、少しは部下の気持ちも酌んで段取り考えてください!」
「うぐっ!」
厳しいアレッサンドロ…通称アレスの睨みに、身を縮めるダルマエトだ。
「すまない、自重する」
「頼みます。それで、ほかの要望は」
「お。今日のところは、こんな感じ。今夜の晩餐な。明日の朝は、ちっと二日酔いに対応を頼みたいんだ。まあ、異種の生物に人と同じものは与えられないだろうが、それでも、食の知識で、役立つことがあるかもしれん。そこんとこ、獣医師にも頼まんとな。人伝にはなるが、問題が生じたら、近くの騎士に言って、俺んとこに話が来るようにしてくれ。解決したとしても、確認はしないといけないからさ」
「分かりました。明日以降は」
「アークから指示があったかもしれんが、帰国まで、この船と、今回作る屋外調理場を使って、迎え入れる生物たちの食事の試作を繰り返してくれ。調理場の方は、この船の係留場に近いとこに移動させるからよ、下船の手順なんかは、船長のアグと、元彩石騎士とか、対応を頼んどく。ヴィサイアも、そっちを使っていいが、下船するなら船長の許可を取ってからな。バルタ クィナールは調査があるから、機会が作れるか判らねえ。短い期間だが、親睦の会合は、今後もやるかもしれねえ。今回のことが、このあとの交流の足掛かりだ。先々を見据えて無理のない手法を考えて欲しい。今は、こんなところだ」
「はい。ダルマエト」
アレスに促されて、ダルマエトは、意識と姿勢を正した。
「ああ。それでは、緑嵐騎士、働きに務めます」
「お。よろしくな。そんじゃ、ちょっと出入りを多くするな」
「はい。よろしくお願いします」
そうして、調理場に料理師と調理関係者だけになると、各船の料理師長たちが、気持ち、身を前に寄せた。
「始めようか。まずは、大まかな提供の形式」
言ったのは、バルタ クィナールの料理師長のなかで、第一責任者となるガレオ・グレオル。
ダルマエトよりかなり若い。
尤も、ダルマエトが50歳を越えているのだが。
ヴィサイアの第一責任者となる料理師長は、それよりも少し若そうだ。
いずれも男で、だが、ヴィサイアから来た橙色の縁取りがある調理服の者たちには、女が多いようだ。
各船の調理服は、全体の色は白色から明るく薄い灰色だが、明るい色の縁取りを設けるように統一されており、下船の時には、ほかの船と重ならないようにする。
ダルティエの食堂用調理場では、通常の縁には白に近い灰色を使用しており、喫茶室の調理場では、赤色を使用していた。
今回は、ダルティエの者たちは、そのままを使用することにして、ヴィサイアの食堂担当者は橙色、喫茶室担当者は黄色、バルタ クィナールの食堂担当者は紺色、喫茶室担当者は青色、船員用食事室担当者は水色だった。
ほかの船の船員用食事室担当者が聞いたら、なんで自分たちは参加できないのだと、抗議が上がるかもしれないが、遊戯場で使っている飴玉などで生じたように、対応人数だとか、色々と必要もあるので、当人たちの申し出に、ジュールズが許可を出しての参加だ。
「我々は先に、いくらか提供してみたんだが、串に刺して一口、ああ、人にとってだが、その大きさで試してもらった。しかし、それもまずかったんだろうか?食事に来た者とか、試食してくれた者は、人と比べて、それほど大きい者たちではなかったからかな?使っていたのも、前足と言うよりは、手と言っても差し支えない体だったし」
ガレオの言葉に、チェットが頷いて答えた。
「ああ、そいつらは、人と同じように食べた記憶があるんだろう。問題は、好奇心旺盛で、本能に頼って行動するやつらだ。細い串なんか、骨とかと変わらないからな。多少硬くて食べ難いと、文句は言っても、食べられればいいし、うまければ、些細なことだと気にしない。あとで具合が悪くなっても、誰かが治せば、同じことを繰り返す。まあ、あんまり続けば、学習もするが」
「つまり、初めて見る者たちのためには、体の形状も関わらず、用心した方がいいか」
「そうだな。きっと、酒も呑むんだろうから、そうなると、ますます判断が怪しくなる。食具を使っているところを見せることも、若い世代には学びになるから、悪くはない。ただ、最初から食べ物に突き刺しておくことは、危険だ。食器も危ないほどだ」
「うん。では、食器作りも、人手を掛けよう」
「ではそれは、こちらで受け持とう。多種類の食事提供よりは、大量の食事提供の手伝いを学ぶ方がいいから」
そう言ったのは、バルタ クィナールの船員用食事室の調理場を受け持つ料理師長だ。
名を、ガイ・ルデリーと言う。
「いくらか外に出して、大量のフッカ製作のために、さっき緑嵐騎士が言っていた調理場を使わせてもらう。こちらは、船員に向けての食事提供もあるから、別の作業は、ほかでやってもらう方がいいんだ」
「ではそれは、そちらの主動で、数名ずつ手伝いを出そう。器だけでなく、主食としてのフッカも作れるか」
ダルマエトに向けて、頷いたガイは、答えた。
「もちろん、それもする。ただ、それほどの人数は掛けられないだろうから、手順を知っているだけでもいいから、経験者が欲しいところだ。熟練に近いといい」
「では、そこは、喫茶室の者を多めに入れてはどうでしょう。たぶん、甘いものや、茶の成分は、彼らには良くないです。そちらを提供できない分は、焼き菓子にも通じる、フッカの調理に携わりましょう。あ、あと、提供する茶は、穀茶にした方がいいと思います。夜でもありますし、人にとっても、眠り難い成分の入る豆茶や葉茶よりいいですし、そう決めていれば、間違いも起こり難いです。なるべくなら、種類を多めの雑穀茶で」
そう言うのは、バルタ クィナールの、喫茶室の調理場を受け持つ女料理師長だ。
名は、アルマ・リーティ。
「では、フッカと茶を、島に設置する調理場担当ということで任せていいだろうか」
確認するガレオに、笑顔で頷いて、それでは上陸組はこちらに、と、アルマが主導してくれる。
「じゃあ、俺たちも、彼女たちに加わるかな。島の奴らが持って来るのを見てみないと、やりようは決められない」
チェットが言い、キトレも頷いて、上司のダルマエトとアレスを見た。
「ほかの顔触れは」
「そうだな、俺とメイスとシシリー、キット、フェイドで行こう。じゃ、そういうことで」
「アレスぅ!?俺に残れとか!!自分が行くためか!!」
アレスは早々と背を向けて、片手を、ひらひらと振る。
この裏切りはない。
衝撃に震えるダルマエトを笑って見て、ほかの料理師長たちが、上陸組を振り分けて、話を戻す。
その頃には、警護を受け持とうと言う元彩石騎士の面々が集まって来ていた。
「それでは、フッカに挟んで食べることを前提とした食事としよう。個々の食材を冷めても旨い状態で大量に用意する。その上で、皿の上でも食べやすい形に盛る。それでまず、茹でる場合に加える塩は、使わないか、薄くする。人よりも大きな個体向けには、使わない。たれは、特徴ある素材1種を中心に、加える香辛料の種類を同一としたものごとに分けて、食べ方を教えながら提供、下味を付けてもいいが、使用する素材は食材ごとに同じもの。汁物と菓子は、薄い味付けを意識して、先に試食をしてもらい、求められたら、味を加減する。追加の調味料は管理のため、意識して視認する位置に置く。容易に悪戯などされないために、術を考えてもらう。それは、任せていいだろうか」
ガレオの言葉に、顔を見合わせた元彩石騎士たちは、得意な者数人が手を上げたらしく、頷き合って、1人の女騎士が応えた。
「ああ、私は帛欒騎士だ。食材管理の責任者になろう。ああ、調理器具もな。調理場や仮置き場近辺、術の作成もこちらで管理しよう。人に関しては、別の、やってくれ」
「では、それは俺が。緑澤騎士、リベール・クトワ」
「あ、名乗らないとな、ジェーン・セラ。誰か、部下欲しいなあ」
ガレオが言った。
「接客の騎士を上陸させるが、警護を兼任させるし、接客人数が減るのも痛い」
「んー。ジュールズに回してもらう!出発、ちょっと待ってて」
「リベール、俺も人の警護に入る。豪藍騎士シーズ・コナル。接客以外に回せるのがいるか、俺も聞いてくる」
「ああ、頼みます」
人員の確定をするなか、提供形式や料理も決まり、ダルマエトたちの調理場では、香草など形を残して、香り付けをしながら蒸した肉類と魚介類と野菜の提供を主軸とし、たれは、人が育てた植物を主な素材ということで、一応、熟成や発酵した食材も少量を試すべきだと、酒や醤も、主要な素材が違うものも、いくらか使用する。
ほかは、バルタ クィナールが陸上の鳥獣の肉を中心で卵や白乳も含め、たれや甘味、飲み物には、果物を使い、ヴィサイアが魚介類中心で、たれも魚や貝、海藻など、海のものを中心とすることにした。
ダルマエトのところは、多種類の植物を配分した料理を求められたので、肉も魚も卵も乳製品も、指定されているとは言え、最も使える食材が多いと言える。
「果物も入るよな!」
ダルマエトが身を乗り出すが、ガレオは、なかなか乗せられてくれない。
「いや、あれらも刺激物のうちと思えるし、野菜に含まれて多く利用されているものは省いて、甘味として食べられているものは、うちで扱わせてもらう」
「ちえ!」
「だってあれ、通常は食べない透虹石の鳥獣が喜んでくれる数少ない食材なんだ」
ガレオの本音に、バルタ クィナールの面々は、そのときの様子を思い返して愉悦に頬を染め、ほかの船の者は視線を鋭く彼らを睨む。
先発隊の強みを最大限活かすとは羨ましい!
とにかく、話し合いを済ませた一同は、それぞれ散っていき、時間を確かめて、急がなければと支度に取り掛かった。
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