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―休暇日Ⅹ 宴の支度Ⅲ―
昼食も過ぎてしばらく、遠方の島から、先に行った者が帰ってこないんだけどと、様子を見に、仲間を探してやってきた。
船の係留する、明らかに双神の手によるものではない浮島を発見して、遠巻きに観察するなか、旧知の者たちと再会し、まとまりを見せながら近付くと、閑散としてはいるものの、やはり旧知の者たちのいる会合場や、円蓋の建造物、そして何やら、騒がしい活動場を見る。
それぞれの場所で、挨拶を交わしていると、大量に何かを運ぶらしい者たちを見掛ける。
付いて行ってみると、島の中央の湖の畔で、人々と、話し合う姿。
ひょこっと伸ばした首の先で、ちょっと驚く人の顔。
「あっ!はは!ちょっと待ってね、まだ、ここは準備中」
すぐにそう笑って言うのは、背中に短めの剣を担ぐ若者。
「うん?お前、ファルメシエル?」
「ペイトライチェット」
数種の鮮やかな色彩の羽毛を持つ、竜のように思える翼持つ動物が、嘴を開いて、そう発する。
そうしてから、ファルメシエルは、胸の震えに突き動かされて、涙を落とした。
「あっ、あっ、あっ、ペイトライチェットオォ!」
大音量で、周囲の皆が驚き、そして集まってきた。
「泣くな、泣くな、ファルメシエル」
誰と定められない声が耳に届くが、わんわんと泣き声が止まらない。
風は特に、一定以上の影響を断つように、この調理場の周辺には術が掛けてあるけれど、その限度まで聞こえるのだから、それなりに困った音量だ。
「うーん。どうしたものか」
慰めてやりたいが、今は手が離せない。
「ああ、いいよ。私がちょっと話してみよう」
そう言ったのは、帛欒騎士ジェーン。
ジェーンは、浮遊板を作って足場とすると、ファルメシエルの目線に合わせて浮いた。
「やあ、君。ファルメシエルと呼んでいいかい、鳥さん?」
穏やかな声は、風の力を使って、ファルメシエル自身の泣き声を本人に聞かせることを押さえ、届けられた。
ファルメシエルは、顔を上げて、少し離れたところに浮かぶ女を、騎士と見分けた。
「マデリナ…じゃない?」
「うん。違うな。女騎士っていうのは、同じだけどね」
でも、その笑顔は、かつての朋友に、とてもよく似ていた。
「女騎士。何してる?」
「うん。今、ペイトライチェットたちがね、食事を作っているんだ。それで、熱いのとか、刃物で切ったりとか、危ないから、結界みたいに障壁を作ってるの。ここに居ていいから、みんなが作業を続けられるように、じっとしててくれる?話をしたりしてると、ペイトライチェットたちが、熱いのとかで、怪我をしちゃうかも」
「あっ。料理中。分かった。大人しくしてる」
そう言うと、3人家族程度で住む2階建の家並みに大きかった、全体的に青い印象を与える羽毛に包まれる、鳥らしき動物は、見る間にその体が小さくなって、地面から伸ばした青い木の幹から伸びたような枝に止まった。
そうなると、竜と呼べそうだった姿は、ちゃんと鳥に見えた。
「私はファルメシエル。磁鳥のひとつ。あなたの名前はなんだろう」
「私はジェーン。帛欒騎士のジェーン・セラだよ。以前に彩石騎士だった者だ」
「おおい、ファルメシエル、一旦、おいで」
「ペイトライチェット!」
呼ばれて、ファルメシエルは、さっと枝から離れて、下降した。
ジェーンも、それに合わせて、地面近くに浮く。
ファルメシエルは、調理場の術の範囲から出たチェットの肩に乗って、長めの首を擦り寄せる。
そうしていると、大きめではあるが、大人が余裕で抱えられる程度だと判別できた。
「ほかにも懐かしいのがいるだろう。トーベリウムもパッテスクリットも来ていると聞いた。あとはセイエンとか。どこに居るかは知らんが、探しながら一回りしてくるといい。ああ、あと、橡も枝人形が来ているぞ。お前の好きな味付けも用意していてやろうな。ああ、食材がないと、ほかの者の食べ物が減る」
「ピイーリリリ!ほんと?ほんと?取ってくる!持って来るから、待っててね!」
そう言うと、あっと声を上げる間もなく、飛び上がった。
かなり上空まで、一気に飛翔すると、先に見た大きさに戻ったので、あちらが本来の姿なのだろう。
術の範囲外に立つジェーンには、その羽ばたきによる風が、まともに吹き付けた。
チェットの方は、調理用の腰帯が、いくらか周辺との過分な接触を断っているので、その分、影響は薄い。
「あの大きさで食べるものって…」
「まあ、モルモルとかな」
モルモルは、乳を搾るためと、肉を食べるために、アルシュファイド王国で飼育している、蹄持つ四つ足の大きな獣だ。
「基本的に生肉を好むんだが、解体してやると、好む部位とそうでない部位がある。今はほかの者たちもいるから、好まぬなら、好む者に食べさせる。あの者は、そこにレレンを、ほんのり利かせてやると、喜ぶ嗜好なんだ。レレン、こちらに持って来ているかな?」
呟きながら、チェットは調理区域に戻っていった。
レレンと言うのは、香辛料のひとつで、その独特の辛みは、多く生魚と合わされることが多い。
つんと鼻に抜ける感覚を思い出しながら、それは確かに、おいしそうだとジェーンは頷く。
「なんとか相伴に与りたいものだ」
モルモルの生肉は、あまり食べられることはないのだが、それに近い状態での食べ方なら、帰国すれば得るのに苦労するほどではない。
「でも、一緒が、いいな!」
強く呟いて、ジェーンはチェットの後を追い、自分にも用意してくれと頼み込んだ。
快諾してもらい、上機嫌で持ち場に戻ると、続々と、各浮島の居住者たちから持ち込まれる食材の様子を確かめる。
多く、絞めてから渡してくれるので、非常に助かる。
ジュールズから借りた騎士たちは、ジェーンの知らなかった役職の彩石判定師を支援するための機関の騎士ということだ。
1人、彼女自身の警護に携わるのが居たはずだがと、探すと、すぐに見付ける。
作業中のようなので、後ろから、そっと近付くと、声が聞こえてきた。
「人手が足りないから、彩玉動物で対応しよう。ジェーン、ちょっと力を貸して欲しい」
振り返りながら言われて、少し驚く。
若いが、それなりに腕はあるようだ。
「ん。何をすればいい?」
「あなたぐらいの力量なら、いくらか分けてもらっても大丈夫だろうから。土が欲しいんだ」
「ん。まあ、いいよ。私は強いのは水だけど、土もそれなりだから」
「ああ!水があるのか。それなら、なお、いい。軽く食材を水で洗って、余分な汚れを落として欲しいんだ。はくっていうのは、火じゃないんだな」
「しろぎぬの帛だからね。布のような水の流れを表しているのさ。もしかして、火も要る?」
「うん、まあ、付着物を焼却した方が良さそうにも思うんだが、まあ、焼いて炭になったのをまとめて流す方が、汚れは落ちそうだ。火で、有害なものを焼き、無害でも付着しているものを流す、ということなら、属性ごとに作業を分けられるという点で、術語とか、まとめやすいんだ」
「ふうーん。あんた、ハイデル騎士団だよね、名前まだ聞いてない」
「マルクト・シラキウス。休暇の範囲の手伝いだから、任務は気にしなくていいけど、適度に休ませてもらう。それもあって、あんまり異能は使いたくない。火が強めなの、連れて来てくれないか。あなたと同等程度だと良さそうなんだが」
「んー、それだと、火の宮の双子ぐらいになるんじゃない?あの2人、遊戯場?」
「把握してないが、女性はミナに同行しているかな。まあいい、ジュールズ、火の宮のどちらか、島の調理場に寄越してくれ」
後半は、肩に乗る彩石竜に向けて声を発し、時間差なく、応えがあった。
「へーいへい!」
それを聞くと、マルクトは、先ほどまで話していた騎士たちに、追加らしい指示を出す。
「それじゃ、こっちが整うまで、区別だけしておこう。さっき言った通り、場所だけはあるから、折り返しながら奥に置いていけばいい」
「承知」
「分かりました」
「ジェーン、術の要点を説明する。その前にまず、彩玉の作成、彩玉の保護をして、それから術の固定、発動だ。彩玉は作った?」
「ああ、難しかったけど、大浴場でやった。あんまり小さくはならないんだけど」
「小さくするのは、能力向上になるから、今後、努めるといい。今のところは、片手に収まる程度なら都合がいいな」
「分かった」
大浴場での作業で、何度も繰り返すうち、片手に入るとまではいかないが、人の頭よりは小さく作れる。
「今は無理せずにここまでだ」
「そうか。じゃあ、保護の範囲を大きくするか。彩玉動物の中に入れればいい。腹の辺り、胸でもいいし、胴の中なら保護しやすい」
「なるほど。んー、じゃ、こんなで」
そう言って、ジェーンが作ったのは、魚に似た姿だが、海獣として多くの船乗りが親しむ海の動物レナリーに近い、透虹石の鯆セリネーイの姿だった。
「う、うーん…鰭で歩くのか…」
通常の彩石動物であれば、実体を作らないのだが、今は彩玉の保護のために実体を作成したので、尾鰭で無理に立たせている。
「だって好きなんだ!」
彩石騎士というのは、拘りが絶妙に理解から外れている。
いや、解るのだ、セリネーイをかわいらしいとか、マルクトだって思うけれど、実用面を考えられないはずがないのに、拘りのために我が儘を通したがる。
そこには、どことなく、周囲に向ける甘えとか、見て取れる気もする。
それでいて、頼る気持ちを裏切らないのだ、きっと。
たぶん、10歳ぐらい年上の、女騎士を改めて見たマルクトは、仕方ないなと、ちょっと笑った。
「分かった。じゃあ、こうしよう。そっちは水で作ってるから、こう、土の彩玉を胸に抱かせて、こっちは、ただの球体での保護でいい。それができたら、土の彩玉に術を掛ける。こういう、箱型の台車を作って、外側に内部の水を浄化する箱を付加、異物を更に横の箱に取り込んで土への回帰、浄化済みの水だけ、元の箱、食材を入れる水槽になる方に戻す。火の者が来たら、この水槽部分に火の彩玉を後付けだ。ここの水槽で、食材を洗う。ついでに、セリネーイ…彩玉鯆も水の中でいいだろう。兎でも作って、台車を押させればいい。まあ、牽くのでもいいが」
説明しながら、マルクトは風を土で覆って、形状を変化させやすくした。
風船のようなもので、土の異能が小さいマルクトには、この方が力量の消費も少ないし、難しい指定なしに自由に視認できる物を変化させられるのだ。
感心しながら見るジェーンに、車輪の支えを回転させて平面移動を自由にさせるなど、細かな駆動の指定を行う。
ジェーンは、自分も真似をして、水風船で仮の形を作ってみてから、土の彩玉を作成し、食材を洗浄するための、人の大人が2人、入ることのできる蓋のない水槽と、その下部には2種類の浄化用の箱を付着させて、水を流動させながら異物を取り除き、その異物が一定量に溜まると集塊して排出する仕組みを作った。
集塊物の溜まり具合で、彩玉亀が指定の場所に台車を運んで、捨てるという指定なども後付けしてみて、術語の統合と整備を行い、同じ仕様の台車を3台作った。
ちなみに、台車を押す彩玉動物を亀にしたのは、ジェーンの好みだ。
その途中に、火の双子の1人、ジスが来て、浄化の術を仕込んだ彩玉獅を作ってくれた。
台車3台を完成させて配置し、各浮島から持ち込まれた食材が順に処理されていくと、マルクトは大きく息をついた。
「よし!あとは、持ち込まれる数に応じて増やしていけばいい。悪いが、出来るだけ術を仕込んだ彩玉を、作り貯めてくれないか。発動の仕込みも頼む」
「おー!それにしても、緑嵐だっけ?若いのの従者より術語が簡素だな。簡潔、か。まとまりがいい」
ジスの言葉に、笑ってしまう。
「それなりに目上らしいことをしないとな。ただ、彼の発想は、かなり楽しめる。整えは必要だけど、それも楽しみのひとつにできるから、機会があれば、また話してみるといい」
「おお!お前は、まだほかに仕事あるの」
「うーん。あとはまあ、のんびり、お喋りでも楽しむかな。持ち込む者たちがほら、増えてる。ジェーン、応接の者を増やした方がいい。まあ、騎士になるだろうけど」
「リベールに回してもらってくる。おっと、彩玉鳥があったな」
ジェーンの伝達の向こうから、警護担当の仲間、リベールの、外交官を回すという返答がある。
警護の騎士として、ほかにも、元彩石騎士に声を掛けたともあったので、こちらに来る人員が増えそうだ。
そちらを聞きながら、ジスは彩玉の作成と術の仕込みを行い、途中、飲み物の差し入れもあったりで、準備と言っても、のんびりしたものだ。
調理場では忙しく働いている者ばかりだけれど、そちらはそちらで、楽しそうとも思える。
「ふうーん。ふん、ふん!」
「ジス、そこまででいいよ、私の方は力を底までは使えないから」
「おっ!そうか?んじゃ、俺、見物に行ってくる!」
「ああ、周りには気を付けてくれよ」
「おう!分かった!」
駆け去る姿は、とても100歳とか、思えない。
鍛えられているようには見えないが、身軽に動いてくれるのは助かる。
「うん。助かるな!」
今後の作業を考えると、やることが山積みで圧されるが、助けてくれる手が、こんなにもある。
「もっと、いろいろ、したいなあ!」
もっと、いろいろ。
何がしたい?
ジェーンは、ふふっと笑って、自分で作り出した土と水の椅子に背中を預け、座った。
周りから聞こえる声を、土と水の膜で遮断して、考える。
組み立てる。
今後の行動。
しばらくしてから、閉じていた目を開けて、ジェーンは立ち上がった。
前触れもなく、地面に溝が掘られると同時に、水が流れ、よく見ると、それらは光を放つ粒を含んでいるようだった。
溝の上は、透明の滑り難い蓋が覆うので、足や車輪は落ちないし、隙間には引っ掛かるだろうが、段差として意識するところは無い。
「よし。まずは、道案内っと」
食材の運搬の道筋を整えて、土の強い者を呼ぶ。
案内の仕組みを取り付けるのだ。
調理された料理の数々を見れば、皆、羨ましがって、我も我もと追加の食材を持ち込むかもしれないし、この場は、ほかの場所の試行ができる場所、いや、為る場所だ。
今後も、幾度となく、使っていくなら、食材の管理の手法も確立しなければならない。
これまでの経験も、もちろん使うけれど。
新たに考え出す、必要のあること。
「ふふっ!」
どうしても、漏れ出す笑いを、聞いた者が、そちらを見て、そっと笑った。
皆、楽しそうで、何より、だ。
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