調査4日目、親善

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       ―休暇日ⅩⅡ 交流―    子供同士の交友について、賛否は分かれて、まだ、答えは出ない。 男たちは、別にいいんじゃないのと言うけれど、()容姿(ようし)の子供は特に、獣の姿が、人の姿の数倍あるので、女たちが、とても無理だと口を揃えれば、そうだなあと、なんともはっきりしない態度になる。 いつもなら、このまま、男側の意見は引っ込められるところだったが、ここに、ネイが()ることで、いつも、とは、ちょっと様子が違う。 「私も息子が()るからさ!一緒に()てやらなきゃいけない時期に、会わない期間が長くて、多くてさ。すごーく、寂しかったんだあ!何より、いつの間にかさあ、おっきくおっきくなっちゃって、いつ歯が生えたの!?いつそこに手が届くようになったの!?いつ食べるもの変わったの!?って!もう、悲しいやら、切ないやら…」 子供を置いていくのなら、共に残るのは、大体、母になる。 これまでは、そこにそれほどの疑問は湧かなかった。 男たちが集まるのは酒の席で、女たちは、そもそも集まることが少ない。 したいことを、したいようにして、それがたまたま、男女に分かれただけで、もちろん、個体によっては逆もあるし、(しゅ)によっては、成体と幼体の区別もなかったり、集まること自体がなかったり。 それで問題がなかったのは、いつでも寝場所に戻れる距離だったからだ。 でも、今回は、場合によっては、滞在期間が、何日も、数ヵ月もとなってしまう。 そんな長期間を、連れ合いと、子と別れる、など。 「…………」 考え込んでしまう男たち。 「しかも一時期、母さん、もう抱き付かないでって!ああ、あの時ほど、もっといっぱい抱き締めておけばよかったと思ったことはない!」 ネイは、昔のことを思い出して、何度となく口にした、ぼやきを、再び口に乗せた。 帰ったらまた、許してくれるかどうか確かめようと、胸に刻む。 最近は、折れてくれるようになったので、一緒に寝るのも夢じゃないかもしれない。 「それはつまり、子のある家族は、行かぬ方が良いと」 サシャリヤの言葉に、男たちが、行きたい、行きたいと、ぼそぼそ呟く。 「結局、自分のことだけなのよ!こいつら…!」 土兎(どと)月子(ツキコ)が、鋭く睨む。 ほかの女たちも、じとりと連れ合いを睨み、話の成り行きを見守る子供は、あちらとこちらを交互に見る。 その子供の様子を見て、ネイは思い付いた。 「そうだ!こういうのはどうだい?長期間滞在じゃなくてさ、週末に1泊とか、2泊ぐらいで来ないか?短期間なら、危険も少なくなるし、人の子は、暁、朔、繊、朏、半の日は、学習時間で、接する機会が少ない。その時間は、みんなも、こっちで、アルシュファイドの人の決まりを知って、困らないようにしたらどうだい?そのうち、子連れでも滞在できるかもしれないし、今後、交流を断つと言っても、人の意識を知らないでは、君らは無防備になってしまう。自衛のために、(あと)の世代も、幼いうちから、いくらか知り合っておくことは、有用ではないかな?」 もともと、今、ここに()るのは、積極的に人の様子を見てやろうと来た者たちなので、今後の交流を断固として拒否する姿勢はない。 ただ、島には、断絶したいと願っている者がいることも承知している。 ネイの提案に傾きかける者たちの様子を見て、月子(ツキコ)は、ちょっと考える様子で、言葉を紡いだ。 「私は…そうして、人との交流を、ただただそういう流れだからと受け入れていくことはできない。私があなたたちに親しみたいことと、島を今のまま保ちたいということは、別のことにしたい。私が散ったとき、面倒を見られないことを残していくことはできない」 「線引きが必要?」 「それはそうね。それだけで解決できるとも思えないけど」 「じゃあ、まず、その線引きを明確にしようよ。時と、時間と、場所と、人…じゃなくて、ん、そうだな、対象者、てことで」 「そうね。まずは、時?」 「いや、それは、もうちょっと考えるための材料が必要だ。まずは、場所」 「それは、セスティオ・グォードと、これから作る人の島よね?」 「そう。ただし、セスティオ・グォードまでが、交流の線上だ。ほかの島は、交流のためではなく、緊急避難用だ。だから、交流しようという時は、セスティオ・グォードまで来るんだ。カサルシエラは、固定されてるから、その緊急避難用の島をセスティオ・グォードまで移動させるとか、まあ、船を用意するか、その辺りを(しっか)り決めたらどうだろう?」 「それはそうね!あら、あの子たち…」 そこに、ロムとサキがやってきて、どうやら、こちらの区画への進入口を探している。 ネイは、壁と同じ素材である床に手を置いて、ふたりの前に入り口を開けてやった。 「どうした、坊やたち。ふたりだけ?」 名はなんと言ったっけと、記憶を探っていると、ロムが勢い込むように体を前に傾けて、口を開いた。 「あの!おれ、また、サキたちに会いたい!」 言ってから、こちらを見る両親を探して、その反応を待った。 アリウステイトとサシャリヤは、ネイではなく、自分たちに向けて言ったのかと、互いの顔を見ることで尋ね合い、首を傾ける。 もう一度、息子ロムを見ると、その目は、ネイを見たり、手前の月子(ツキコ)や、知り合いへと忙しく動くようだ。 アリウステイトは、確認しなければと、口を開いた。 「ロム、それは私たちに許して欲しいということか?」 その声に、ロムは視線を戻して、少しの(あいだ)だけ考え、それから、頷いた。 「それもあるけど、一番は、そうして欲しいってこと。おれたちが会えないようには、しないで欲しい!」 大人たちが、沈黙を返すので、ロムとサキは、不安そうな顔をする。 それに気付いて、ネイは、そっと腕を伸ばした。 「おいで、サキ。ロムも、そんな端じゃなく、こっちにおいでよ」 言われて、サキは、足を踏み出しながら、迷うような目をロムに向けた。 ロムは、力強く頷いて、並んで少しの距離を歩き、ネイが床近くに腰を下ろす横に立った。 「お座り」 ネイが腕を動かすと、ふたりの後ろに色の付いた透明の(かたまり)が現れた。 それは、ほかの者たちが、多く腰を載せているもので、ネイも同じものを下にして、座っている。 ふたりが腰を落ち着けて、ネイを見上げると、柔らかな笑みを見せて、言った。 「もしかして、自分たちの意見を言った方がいいと思った?」 「いけん…て?」 「意見は…考えてること。かな。したいこと。うーん、普段、何気なく使ってるから、説明難しいなこりゃ…」 頭を悩ませるらしいネイを見て、サキが口を開いた。 「よくわからないけど、おれは、したいことを、言いにきたんだ。えっと、あの、できないって、言われるかも、しれないけど…」 ロムが、あとを引き受けた。 「できないなら、できるように、したいんだ!えっと、努力!したい!なにもしないで、ただ、できないって、言われるだけで、あきらめたくないんだ!」 「おれも!」 どこかから、声が上がって、見ると、人の姿をした、赤い髪の男の子。 水竜人(すいりゅうびと)の1頭、レイルマルトが、前のめりになって、こちらを見ている。 初めての邂逅は、単独行動だったけれど、今は、両親と来ていた。 「おれまだ、人と話してないんだ!話したけど、そんなじゃ、なくて、あの!」 「子供は子供で、話し合えばいいわ!」 大きな声は、少女の声色。 目を向けると、こちらも人の少女の姿で、挙手をして、面白いことを見付けたような、きらきらとした瞳を見せる。 「せっかく来たのに、おとなの話には加われないんだもの!遊ぶだけじゃなくて、話したいわ!」 ネイが、にっと笑う。 「そりゃそうだ!でも、様子を見ていないわけにはいかないから、騎士の若いのを呼ぶよ!ちょっと待っててな」 そう言って、ジュールズに向けて伝達を飛ばすと、サキに顔を向けた。 「サキ。お前の気持ちは、分かったように思うよ。したいことってのは、大事だ。したいことの全部が、できることじゃなくたって、したいって、そう思うなら、聞かせてくれ。みんな、お前がしたいこと、知りたいからさ」 「あ、の…、う、うん…」 戸惑いながらも、一応、承知の頷きを示す。 ネイは、破顔して、サキの頭を強めに撫でた。 「よし!ああ、ほら、キリュウたち、起き始めたからさ、行って、これから子供同士の話し合いだって、言ってきな」 「あ、うん…」 急には動けないサキから、ネイはロムへと、視線を移す。 「ロム、だよな。お前も、言ってきてくれな」 「う!うん!サキ、行こう!」 「私も行っちゃだめ!?」 先ほど発言した少女が、()くように言い、ネイは、笑顔で、まあまあ、落ち着けと返した。 「自己紹介から、順序よく、した方がいい。聞いてないかもしれないから言っておくが、ここに来ている人の子らはな、必要があって同行しているんだ」 そう言って、ネイは、振り返ることなく、風を読んで、サキとロムがこの区画から出たことを確かめ、少女へと改めて意識を向けた。 「人にも色々あって、あの子らは、短いこれまでの経験の中で、ひどく心を痛めつけられてしまった。その分、怖いと思うことが、ほかの子供よりずっと多い。考えてみて。傷のない腕を触っても痛くないけど、傷を触ったら、痛いだろう?体の傷は見えるから、そこに気を付ければいいけど、心の傷は見えない。だから、どう気を付ければいいか、判らない。判らないからって、それを無いものにはできないし、触らないでいれば、いざという時、助けられない。それは嫌だからさ。順序よく、ゆっくり、ゆっくり、近付いて、傷を手当てして、話をするんだ」 「手当て…」 「うん。今は、傷を癒しているところなんだ」 「ん…」 少女は、考えるように、軽く曲げた指を(あご)に当てる。 「君たちにはまだ、難しいと思うから、少し年長の子たちに来てもらおうと思うんだ。分かってくれる?」 少女は、ちょっと眉根を寄せると、不本意そうな顔を見せた。 人の姿では、キリュウより少し姉さんぐらいに見える。 身長は、座っているので判断し(にく)いが、低そうだ。 年齢を高く見せるのは、その表情だろう。 「くやしいけど、確かに、難しいし、はっきり言って、どうすればいいか、わからない。でも、やめようとは思わない。分かったわ。今できることを、しておきたいの」 ネイは、にっこり笑って、そうかいと答えた。 気の強い女の子も、またよい。 「さて、それじゃ、子供たち。お、来たな。あそこの緑嵐騎士が会合場を作ってくれるから、自分たちに都合のいいのを作って、話し合いな。ああ、こっちの、おとなたちの会合場と、互いに様子が見られるようにしてくれな」 「ええ!行きましょ、あなた、あ、行ってきます!」 少女は、両親や、知己に声を掛けて、この区画を出ると、ジュールズの方へと向かった。 多くの子らが、わらわらと動く中、周囲を見て、動く、人の成年に近そうな者たちが、席を立つ。 「年長者は、年少者を頼むね。ありがとう」 声を掛けるネイに、返答したり、頷くなどで応えながら、出て行くのを見送ると、ネイは、おとなたちに顔を戻した。 「さて、子供らのことも、考えないとね」 多くの者が頷き、月子(ツキコ)が、そうねと答えてくれる。 新たな関わりには、新たな決め事を。 今、ネイは、政王ではないけれど。 したいことができる、力は既に、ここにある。
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