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―休暇日ⅩⅡ 交流―
子供同士の交友について、賛否は分かれて、まだ、答えは出ない。
男たちは、別にいいんじゃないのと言うけれど、二容姿の子供は特に、獣の姿が、人の姿の数倍あるので、女たちが、とても無理だと口を揃えれば、そうだなあと、なんともはっきりしない態度になる。
いつもなら、このまま、男側の意見は引っ込められるところだったが、ここに、ネイが居ることで、いつも、とは、ちょっと様子が違う。
「私も息子が居るからさ!一緒に居てやらなきゃいけない時期に、会わない期間が長くて、多くてさ。すごーく、寂しかったんだあ!何より、いつの間にかさあ、おっきくおっきくなっちゃって、いつ歯が生えたの!?いつそこに手が届くようになったの!?いつ食べるもの変わったの!?って!もう、悲しいやら、切ないやら…」
子供を置いていくのなら、共に残るのは、大体、母になる。
これまでは、そこにそれほどの疑問は湧かなかった。
男たちが集まるのは酒の席で、女たちは、そもそも集まることが少ない。
したいことを、したいようにして、それがたまたま、男女に分かれただけで、もちろん、個体によっては逆もあるし、種によっては、成体と幼体の区別もなかったり、集まること自体がなかったり。
それで問題がなかったのは、いつでも寝場所に戻れる距離だったからだ。
でも、今回は、場合によっては、滞在期間が、何日も、数ヵ月もとなってしまう。
そんな長期間を、連れ合いと、子と別れる、など。
「…………」
考え込んでしまう男たち。
「しかも一時期、母さん、もう抱き付かないでって!ああ、あの時ほど、もっといっぱい抱き締めておけばよかったと思ったことはない!」
ネイは、昔のことを思い出して、何度となく口にした、ぼやきを、再び口に乗せた。
帰ったらまた、許してくれるかどうか確かめようと、胸に刻む。
最近は、折れてくれるようになったので、一緒に寝るのも夢じゃないかもしれない。
「それはつまり、子のある家族は、行かぬ方が良いと」
サシャリヤの言葉に、男たちが、行きたい、行きたいと、ぼそぼそ呟く。
「結局、自分のことだけなのよ!こいつら…!」
土兎の月子が、鋭く睨む。
ほかの女たちも、じとりと連れ合いを睨み、話の成り行きを見守る子供は、あちらとこちらを交互に見る。
その子供の様子を見て、ネイは思い付いた。
「そうだ!こういうのはどうだい?長期間滞在じゃなくてさ、週末に1泊とか、2泊ぐらいで来ないか?短期間なら、危険も少なくなるし、人の子は、暁、朔、繊、朏、半の日は、学習時間で、接する機会が少ない。その時間は、みんなも、こっちで、アルシュファイドの人の決まりを知って、困らないようにしたらどうだい?そのうち、子連れでも滞在できるかもしれないし、今後、交流を断つと言っても、人の意識を知らないでは、君らは無防備になってしまう。自衛のために、後の世代も、幼いうちから、いくらか知り合っておくことは、有用ではないかな?」
もともと、今、ここに居るのは、積極的に人の様子を見てやろうと来た者たちなので、今後の交流を断固として拒否する姿勢はない。
ただ、島には、断絶したいと願っている者がいることも承知している。
ネイの提案に傾きかける者たちの様子を見て、月子は、ちょっと考える様子で、言葉を紡いだ。
「私は…そうして、人との交流を、ただただそういう流れだからと受け入れていくことはできない。私があなたたちに親しみたいことと、島を今のまま保ちたいということは、別のことにしたい。私が散ったとき、面倒を見られないことを残していくことはできない」
「線引きが必要?」
「それはそうね。それだけで解決できるとも思えないけど」
「じゃあ、まず、その線引きを明確にしようよ。時と、時間と、場所と、人…じゃなくて、ん、そうだな、対象者、てことで」
「そうね。まずは、時?」
「いや、それは、もうちょっと考えるための材料が必要だ。まずは、場所」
「それは、セスティオ・グォードと、これから作る人の島よね?」
「そう。ただし、セスティオ・グォードまでが、交流の線上だ。ほかの島は、交流のためではなく、緊急避難用だ。だから、交流しようという時は、セスティオ・グォードまで来るんだ。カサルシエラは、固定されてるから、その緊急避難用の島をセスティオ・グォードまで移動させるとか、まあ、船を用意するか、その辺りを確り決めたらどうだろう?」
「それはそうね!あら、あの子たち…」
そこに、ロムとサキがやってきて、どうやら、こちらの区画への進入口を探している。
ネイは、壁と同じ素材である床に手を置いて、ふたりの前に入り口を開けてやった。
「どうした、坊やたち。ふたりだけ?」
名はなんと言ったっけと、記憶を探っていると、ロムが勢い込むように体を前に傾けて、口を開いた。
「あの!おれ、また、サキたちに会いたい!」
言ってから、こちらを見る両親を探して、その反応を待った。
アリウステイトとサシャリヤは、ネイではなく、自分たちに向けて言ったのかと、互いの顔を見ることで尋ね合い、首を傾ける。
もう一度、息子ロムを見ると、その目は、ネイを見たり、手前の月子や、知り合いへと忙しく動くようだ。
アリウステイトは、確認しなければと、口を開いた。
「ロム、それは私たちに許して欲しいということか?」
その声に、ロムは視線を戻して、少しの間だけ考え、それから、頷いた。
「それもあるけど、一番は、そうして欲しいってこと。おれたちが会えないようには、しないで欲しい!」
大人たちが、沈黙を返すので、ロムとサキは、不安そうな顔をする。
それに気付いて、ネイは、そっと腕を伸ばした。
「おいで、サキ。ロムも、そんな端じゃなく、こっちにおいでよ」
言われて、サキは、足を踏み出しながら、迷うような目をロムに向けた。
ロムは、力強く頷いて、並んで少しの距離を歩き、ネイが床近くに腰を下ろす横に立った。
「お座り」
ネイが腕を動かすと、ふたりの後ろに色の付いた透明の塊が現れた。
それは、ほかの者たちが、多く腰を載せているもので、ネイも同じものを下にして、座っている。
ふたりが腰を落ち着けて、ネイを見上げると、柔らかな笑みを見せて、言った。
「もしかして、自分たちの意見を言った方がいいと思った?」
「いけん…て?」
「意見は…考えてること。かな。したいこと。うーん、普段、何気なく使ってるから、説明難しいなこりゃ…」
頭を悩ませるらしいネイを見て、サキが口を開いた。
「よくわからないけど、おれは、したいことを、言いにきたんだ。えっと、あの、できないって、言われるかも、しれないけど…」
ロムが、あとを引き受けた。
「できないなら、できるように、したいんだ!えっと、努力!したい!なにもしないで、ただ、できないって、言われるだけで、あきらめたくないんだ!」
「おれも!」
どこかから、声が上がって、見ると、人の姿をした、赤い髪の男の子。
水竜人の1頭、レイルマルトが、前のめりになって、こちらを見ている。
初めての邂逅は、単独行動だったけれど、今は、両親と来ていた。
「おれまだ、人と話してないんだ!話したけど、そんなじゃ、なくて、あの!」
「子供は子供で、話し合えばいいわ!」
大きな声は、少女の声色。
目を向けると、こちらも人の少女の姿で、挙手をして、面白いことを見付けたような、きらきらとした瞳を見せる。
「せっかく来たのに、おとなの話には加われないんだもの!遊ぶだけじゃなくて、話したいわ!」
ネイが、にっと笑う。
「そりゃそうだ!でも、様子を見ていないわけにはいかないから、騎士の若いのを呼ぶよ!ちょっと待っててな」
そう言って、ジュールズに向けて伝達を飛ばすと、サキに顔を向けた。
「サキ。お前の気持ちは、分かったように思うよ。したいことってのは、大事だ。したいことの全部が、できることじゃなくたって、したいって、そう思うなら、聞かせてくれ。みんな、お前がしたいこと、知りたいからさ」
「あ、の…、う、うん…」
戸惑いながらも、一応、承知の頷きを示す。
ネイは、破顔して、サキの頭を強めに撫でた。
「よし!ああ、ほら、キリュウたち、起き始めたからさ、行って、これから子供同士の話し合いだって、言ってきな」
「あ、うん…」
急には動けないサキから、ネイはロムへと、視線を移す。
「ロム、だよな。お前も、言ってきてくれな」
「う!うん!サキ、行こう!」
「私も行っちゃだめ!?」
先ほど発言した少女が、急くように言い、ネイは、笑顔で、まあまあ、落ち着けと返した。
「自己紹介から、順序よく、した方がいい。聞いてないかもしれないから言っておくが、ここに来ている人の子らはな、必要があって同行しているんだ」
そう言って、ネイは、振り返ることなく、風を読んで、サキとロムがこの区画から出たことを確かめ、少女へと改めて意識を向けた。
「人にも色々あって、あの子らは、短いこれまでの経験の中で、ひどく心を痛めつけられてしまった。その分、怖いと思うことが、ほかの子供よりずっと多い。考えてみて。傷のない腕を触っても痛くないけど、傷を触ったら、痛いだろう?体の傷は見えるから、そこに気を付ければいいけど、心の傷は見えない。だから、どう気を付ければいいか、判らない。判らないからって、それを無いものにはできないし、触らないでいれば、いざという時、助けられない。それは嫌だからさ。順序よく、ゆっくり、ゆっくり、近付いて、傷を手当てして、話をするんだ」
「手当て…」
「うん。今は、傷を癒しているところなんだ」
「ん…」
少女は、考えるように、軽く曲げた指を顎に当てる。
「君たちにはまだ、難しいと思うから、少し年長の子たちに来てもらおうと思うんだ。分かってくれる?」
少女は、ちょっと眉根を寄せると、不本意そうな顔を見せた。
人の姿では、キリュウより少し姉さんぐらいに見える。
身長は、座っているので判断し難いが、低そうだ。
年齢を高く見せるのは、その表情だろう。
「くやしいけど、確かに、難しいし、はっきり言って、どうすればいいか、わからない。でも、やめようとは思わない。分かったわ。今できることを、しておきたいの」
ネイは、にっこり笑って、そうかいと答えた。
気の強い女の子も、またよい。
「さて、それじゃ、子供たち。お、来たな。あそこの緑嵐騎士が会合場を作ってくれるから、自分たちに都合のいいのを作って、話し合いな。ああ、こっちの、おとなたちの会合場と、互いに様子が見られるようにしてくれな」
「ええ!行きましょ、あなた、あ、行ってきます!」
少女は、両親や、知己に声を掛けて、この区画を出ると、ジュールズの方へと向かった。
多くの子らが、わらわらと動く中、周囲を見て、動く、人の成年に近そうな者たちが、席を立つ。
「年長者は、年少者を頼むね。ありがとう」
声を掛けるネイに、返答したり、頷くなどで応えながら、出て行くのを見送ると、ネイは、おとなたちに顔を戻した。
「さて、子供らのことも、考えないとね」
多くの者が頷き、月子が、そうねと答えてくれる。
新たな関わりには、新たな決め事を。
今、ネイは、政王ではないけれど。
したいことができる、力は既に、ここにある。
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