旅の顔触れ

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       ―Ⅳ―    食堂で皆が揃うと、マルクトはシェイドと、彩石判定師及びハイデル騎士団支援隊騎士班が集まる席に着いた。 今回、この班は16人が同行しているので、その中でも、医務班に付く者のうちの3人と、収集官ガルードに付く2人だ。 騎士班と食事をしたいとは思ったが、この顔触れになったのは、特に求めたわけではなく、アルシュファイド王国の食事用の机が、多くの者が集う食堂では、私設も公設も、7人掛けが多いので、その都合だ。 ここではほかに、4人掛けのものがいくつかと、十数人が囲めそうな机がひとつと、窓際に接して、海を見るように設置された2人掛けがふたつと、3人掛けがひとつ用意されていた。 医務班には、女看護師のノーマ・マキューシがおり、この護衛の内1人は女騎士が務める。 あと4人の女騎士は、女選別師2人に付いており、もう1人の女騎士は、ガルードに付く者となり、今は、この、同じ席に着いていた。 護衛対象者と護衛を、女同士で固めることも考えられたが、ミナの助言もあって、ノーマとガルードの護衛は、男女の組になった。 「相棒とは、うまくいっているか?まだ、配置換えを必要と考えるほどの不都合は起こっていないと思うが」 マルクトの問い掛けに、隣に座るノーマの護衛の1人、男騎士のベッツィーリィ・ドマ、通称ベッツは、へらりと軽薄に笑って、快適だよと言った。 「いやあ、両手に花で嬉しいよ」 「マリーは不満そうだけどな。その軽薄な態度、慎まないと、いざというときに信用してもらえないぞ」 ガルードの護衛の1人、女騎士のキャツィ・リーが、ベッツの相棒、女騎士のマリーゴール・ビビの方を、ちらりと見て、警告する。 「へいへいっ。マリーは真面目だからなあ、そこがいいんだけど!」 「マリーには、いつでも配置換えに応じると言ってくれ。任務途中だが、その時は、キャツィがベッツと変わることになると思う」 マルクトの言葉に、ベッツが慌てて、そんな判断早過ぎだろと言い、キャツィは、少しだけ驚きに目を大きくして、首を傾けた。 ミナの助言があったときも、あっさり組み合わせが決まって、驚いたのだが、それをこうまで、再びあっさりと覆すことにも、驚いてしまう。 マルクトは、そんな彼女を、いや、それを言うなら、同じ机を囲む騎士班の者たちも、同様に驚いており、彼らを視界に意識して、ベッツを見た。 「今の組み合わせは、全員が暫定のものだ。ミナの助言は、異能の様子を見ての判断で、個人の性質がすべて、それに現れるわけじゃない。ハイデル騎士団と違って、騎士班は、固定の2人組から3人組になる。そんな長期の固定配置で、わざわざ、誰か1人だけに過ぎる負担を押し付ければ、そこから、全体に不満が広がる。人間関係の不都合は特に、そのまま、ミナの負担になるんだ。仕事の手順での不都合を整えるのは通常業務のうちだが、人間関係の不都合を改善することは、ハイデル騎士団にとって、害意の排除と同じことだ。当然、容赦なんかしない」 それは、騎士班からの放逐(ほうちく)を匂わせる、鋭い口調で、ベッツは、自分の言動の行き過ぎを知った。 「うっ!そっ、きゅっ、休憩時間だから、調子に乗り過ぎましたあ…」 「ならいい。キャツィ、(おお)()に見てやってくれ」 「あ、うん。そうする」 年齢に違いはないけれど、ハイデル騎士団としての意識は、どこか、自分たちと違う。 同席する騎士班の者たちは、実際の地位だけでなく、自分たちが従うべき相手を、知ったと思った。 「かと言って、ベッツ。お前の長所を否定するつもりはない。気軽な空気が場を救うことはある。この仕事は、いくらか、そういう見極めが難しいところもあるから、今後、お前には負担が大きくなるかもしれない。そういうことも、無視しないようにしてくれ」 「あ、ああ…」 ベッツは、思い掛けないマルクトの思いやり…いや、やさしい気持ち、というものに触れて、不覚にも、胸が騒いでしまった。 女好きを自負する身としては、いくらか衝撃を受けてしまう感情だった。 心の中で、そんな自分に(むち)を打ち、ベッツは大きめの声を上げた。 「とっ!ところで!だな!ええと、その、あれ、ええと…、」 話題もなく上げた言葉の方向を探して、ベッツは、女たちが集まる席に目を()めた。 「そっ!そういえば!選別師の女性陣とこは、女騎士ばっかだな!?」 「ああ。選別師は、もともと、こういう任務に派遣されることがないからな。自分が、穏やかな職場から、突然の環境変化を()いられたから、ミナにはいくらか、思うところがあるんだろう。あちらは、女性選別師たちのための配置だろうから、もし護衛の彼女たちの間で、無視できない不都合が生じたら、なるべく女性の騎士が当たるようにするだろう。まだ騎士班の人数も足りないから、新たに女性騎士を引き入れる場合も考えられるな」 「お…、そうか。そういや、テナにも、女騎士が当たるっぽいな?」 「まあ、あちらは、未成年というところもあるし。ノーマの方は、俺から見て、男女の組の方が、やりやすそうに見える。もしかして、騎士の組ではなく、護衛対象者との相性を見ているんじゃないか。…うん。きっとそうだ」 キャツィが、では、私たちも?と聞き、マルクトは首肯して見せた。 「ああ。男がいいなら、今回、置いてきた3人の誰かでも、よかったはずだしな。相棒との動きも、もちろんだが、護衛対象者のことも含めての行動を考えてみた方がいいと思う。特にガルードは、単独で異国での任務にも当たっていたそうだから、それだけの護身の技を持っているはずだ。その辺り、(おり)を見て、話し合うとか、ああ、早朝鍛練に誘ってもいいかもしれない、起きているならな」 「早朝鍛練か。そう言えば、あの屋上全部みたいだから、かなり広いな」 このバルタ クィナールは、船首に船橋楼があり、それより低い船尾楼を持つ、中央()(がた)式の外観となっている。 現在、彼らが()る食堂からだと、船尾楼の屋上の方が高いので見えないが、キャツィたちは、先ほど、この船橋楼の最上階にいたので、見回りの際に見下ろして、船尾楼の屋上部分の全景を確認することができた。 「そうだな。彩石騎士専用船ということもあるから、どうしても広さは必要なんだろう。夜番ではないから、早起きが苦手でもないなら、お前たちはもちろん、特にルシュカは誘うといい。チースリーにとっても、ノーマにとっても、鍛練をするばかりでなく、親睦の機会としてはいいと思うし、体を動かすだけでなく、異能の扱いについても、よく話すんだ。医務班とか、選別師も、そういう職業意識からの気付きは多いと思うから、みんな歓迎すると思う」 「へえ。想像できないけど、うん。誘ってみる。ガルードって、なんだか、徒者(ただもの)じゃなさそうだから、なんか色々見てみたいんだ」 「ああ、剣を扱うかは判らないが、体の動きは、鍛練を知っている者ではないかな。そうだ、戻ったら、舞踊指導があるはずだ。それは話した?」 「ああ、うん、聞いてる。どんなことしたって、ちょっと教えてもらったよ。なんだか、新たな発見が多そうで、わくわくしてるんだ」 この世界、ひとつしかない大陸全土では、(ぎょう)(さく)(せん)()(はん)(こう)(えん)の順序の7日間を、一週間として区切り、生活している。 昨日(きのう)は、アルシュファイド王国で働く者たちには休日設定とすることが多い円の()で、その前日の藁の日に、支援隊の騎士班として選ばれたキャツィたちは、ハイデル騎士団や彩石判定師付従者(ふじゅうしゃ)警護隊と交ざって、10人前後の組に分かれ、親睦も兼ねて、今日からの調査任務のため、(とも)に旅支度をしたのだ。 「ふふっ。キャツィは、機警隊のガリィとか、気が合いそうだな。まあでも、女性陣は、皆で、かなり仲がいいけどな」 「女性陣て言うと…」 「政王機警隊が、半分近い7人いるから、その辺りが、遠境警衛隊とか、うちの2人とか繋げてくれてるんだ。昨日(きのう)一昨日(おととい)も、旅支度もあったから、何組かで、まとまって出掛けてた。側宮護衛団とか、アークの従者とか、人数少ないとこも、立場として繋ぎやすいんだろうな、職場は全く違うけど、早朝鍛練とか就業後や、鍛練以外の遊びで、まとまって行動することが多くなっているようだ」 「へえ…、女同士って、組んででもいないと、なかなか話す機会がないんだよね。相棒が女だと、そことだけ付き合うようになってさ。職場は同じでも、勤務時間が()れ違ってたりで、休暇とかでも、顔を合わせること自体が少なかったりするんだ。やっぱ、男騎士の方が倍ぐらい?多いってのは、影響あるし、ちょっと遠慮しちまうんだよね。休みの時間は、1人で休みたいんじゃないかってさ、思う。私がそうだからかな。仲良くしたい気持ちがないではないんだけど、なんか、1人って、気楽でさ」 「ふうん。俺は…、俺も、前は1人が多かったか、そう言えば。ハイデル騎士団に入ってから、スティンとかが誘ってくれるようになって、最近は自分でも、ずいぶん積極的になったなあ、なんか、うん。男だけじゃなくて、女性騎士とも自然に話すよ」 「へえ…。そういや、黒檀塔の、いろんな晩餐会の時、なんとなく集まりができてるよな。それも、固定じゃなくて、流動的って言うの?なんとなく顔触れが入れ替わっててさ、私は、ちょっと機会を持てなかったけど、新たに仲間入りしやすいみたいで、どんどん、小分けされた集まりが増えていくんだよね」 「ああ、あれ。どうやら、それも機警隊の女性騎士たちのしていることらしい。知り合えば、性質の合わない者同士もあるが、切っ掛け作りには、いいかと思ってる。君も、特に積極的に仲間入りしなくても、話題には(こと)欠かないだろうから、好きな時に興味を持った者と話すといい」 「そうだな。うん。ガルードは、今回だけの同行?」 「そうだな…。付従者としては、テナが()るから、官邸勤務…いや、テナの拾った事柄の、整えか。それをして、王城書庫に送るんだろうから、後日に、ミナが行ったところに訪問するのかも。だとしたら、単独任務が多いかもしれないな。関係各所に事実確認を行うなら、君らは、そちらに向けた伝達が(おも)になるかもしれない。訪問の許可取りだな」 「なるほど。なんにせよ、行動を決めるのは、ガルード、か…」 「そうなるな。選別師の(ほう)は、ミナの作業の補助だが、司書師は、ミナの行いと、その結果を見る者たちだから、何に重きを置くか、行動の方向を決めるのは、彼ら自身になるだろう」 「そっか…。せっかく知り合えたのに、接点が少なそうなのは、残念だ」 「まあ、ガルードに固定の護衛となるかは、判らないがな。なったとして、選別師たちの作業確認は、ガルードの仕事に含まれるんじゃないか。案外、付かず離れずとなるかもしれない」 キャツィは、表情を明るくした。 「そっか!当面は、ガルードと、ボッシュのこと、知ろうかな!」 「お…、おお…。俺か…」 同席していたボッシュ・レスルは、やや引き気味にキャツィを眺めた。 「ん?なんだよ、気分悪い?」 「い、いや、正面切って観察されると居心地悪いだろ…」 「んー。お前は見てても楽しくない。観察はしないかな。うん」 「ちょっ…、いや、いいけど、その言い方もなんだか、なあ…」 「いちいち含みあるお前の言い方も、なんかやだ」 「うっ。すっ、すまん…」 「いいけど。言いたいことは要点、強めに言ってくれたら、判りやすい。めんどくさいのは嫌だから、その延長で嫌うってことは、割と多いんだよね。私はだから、人に対して、好き嫌いがかなりあるんだ。そういうのも、付き合いが減った理由かなー」 マルクトは、なんだか楽しい人物だと、感じる。 明確に、どこがどう、とは言えないけれど。 「ふふっ。そうか」 押され気味のボッシュに代わって、笑みを(こぼ)したマルクトは続けた。 「まあ、これから、よろしく頼む。それと、気を付けて欲しいのが、護衛対象者の休憩だ。自己管理ができないと言うのじゃなく、状況が立て込んでしまうことが多くて、手が足りないことが増えると思うんだが、そうなると、あちらこちらを、端から切り捨てて調整していくことになる。無理とまではならなくても、あちらこちらで余裕がなくなれば、心の余裕もなくなるから、休憩などの、ゆとりの時間、心のゆとりを置く作業は、護衛対象者の、いざというときの行動に影響するから、警護の範囲でもあるし、そうであれば、彼らに納得してもらう理由付けとして、俺たちにとっては、強みのひとつだ。対応は相手によるが、一般的な休憩時間というものに近付けてもらえれば、顔を合わせる機会も増えるし、互いに異変に気付きやすくもなる。ガルードは特に、単独で動くなら、そういう時間ぐらいしか共有できないから、今回の場合は、船に戻る機会を意識しながら行動してくれたら、いいと思う」 「ん。そうか。そういう、配慮な…」 少し考える様子のキャツィの横で、ボッシュが頷いて言った。 「護衛は初めてじゃないが、そういう事情と言うか、流れもあるんだな。承知した。俺たちも、何かと学ぶことが多そうだ。最善に努める」 「ああ、頼む。仲間が増えて、心強いよ」 少しだけ、照れたような笑顔は、親しみを感じるもので、キャツィたち、同席している騎士班の者は、ハイデル騎士団と言う、旅の連れを、仲間として、受け入れた自分を自覚した。
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