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―休暇日ⅩⅢ 子供会合―
「はっはあ、ちびっこどもがわらわら…」
覇気のない声が漏れる。
別に、ちびっこは嫌いじゃないけれど、世話をするのは苦手だという自覚があるのだ、好んで関わりたいとは思わない。
キリュウたちを含めれば、30名ほどとなるか、このまとまりは、気持ちを圧迫されるには充分だった。
「ジュールズ、しっかりしてください!第一、あなた、キリュウの正式な保護責任者になるんでしょ!」
「くお…。そういや、そうか…、ほかの、ちびどもも、はあ…」
子の成長の過程で、少なくとも同世代との関わりが増えることは、避けられない。
ファルセットは、ぽんぽんとジュールズの腕を叩いて、気を引き締めた。
ジュールズが子供に対しての特別な世話をできないことは、今は仕方のないことだ。
いずれ、キリュウと接することで、いくらかは変化があるとしても、根底にある意識は、そう簡単に一新しない。
尤も、ファルセットは、それほどには心配していない。
子供が苦手とか言う人は、好きと言う人と同じぐらいには、いる。
でも、見ていれば判るけれど、その多くが、距離の掴み方が判らないだけなのだ。
そしてそんなのは、難しくて当たり前だ。
だって、同じ、人と人、意思持つ者と、意思持つ者の、対面なのだから。
年齢差を指して、線引きし、自分を守ろうとする気持ちは、ごく当たり前のことだと、ファルセットは思うのだ。
それを認めて。
改めて、見極める。
その対応は、互いに、どのような影響を与えるのかを。
「えっと、それでみんな、話し合うって、えーと、何を話し合うかは、決まってるの?」
「えーっと」
ファルセットに聞かれて、正面に立つ女の子が、ちょっと上を見上げて、考える。
ほかの子たちも、互いを見合って、首を傾ける。
どういうこと。
「うう、秩序ない混沌」
気持ちはよく解るけど、彩石騎士たるもの、しゃんと背筋を伸ばして欲しい。
「取り敢えず、場所を作ってよ!あっちにあるのと同じで、いいからさ!」
言ったのは、キリュウによく似た赤髪の、男の子だ。
人の姿をしている、水竜人レイルマルト。
「あ、そうだわ!壁は向こうから見えるようにして、こっちからも見えるようにして、床はちょっと柔らかくして、でもちゃんと踏めるようにして!歩けるように!それで、腰掛けをちょうだい!」
正面の背が低めな女の子が、力を得たように声を上げる。
「はいはい。んじゃ、こんな感じな」
ざっと、ジュールズが場を整える。
声が聞こえ難いと困るので、耳に近い高さを避けるためと、肌寒さの軽減のためもあって、円蓋の頂点から少し下を、短い格子状にして、適度に外気を取り入れる。
「腰掛けって、これでいいだろ、みんな人に近いけどさ。それ以外が来ても使える」
「それ以外?」
先に発言した勝ち気そうな、背の低い女の子が、腰掛けの様子を確かめながら、顔を上げる。
「四つ足で歩くのとか」
「ああ、なるほどね」
納得して、思い思いの場所に座る子ら。
ファルセットは、ちょっと考えて、通常の会合場で使われる、読み上げの彩玉鳥付きの掲示板を置いてもらうことにした。
おとなでも、文字を読めない者が多いようなので、子供は更に、珍しいほどになるだろう。
自分がしてもいいが、あまり力量を使いたくない。
「ジュールズ、土の誰か、呼んでください。えっと、テナとかがいいかも」
「なに作るんだ?」
「掲示板です、文字を読むやつ」
「ああ」
ジュールズは、少し考えて、ムトを選び、通話を通すことで呼び出した。
子供同士の話し合いだと前置きして、要望を出す。
「警護隊に若いのが集まってるだろ。そいつら寄越せ。土が欲しいけど、ユクトがいればいいし」
「仕事を含むか?」
「いや、気を使いはするが、子守りと言うほどにも小さくねえよ」
「なるほど、分かった」
了承ののち、集まったのは、警護隊の若年組と、支援隊騎士班の若年組と、テナとユクトだ。
子供の集まりと聞いて、チェーリッシがカチェットの肩に乗って同行している。
ほかにも、仲良くなったらしい、人とは姿の違う生物が2、3頭いる。
それぞれの位置に落ち着いて、見回すと、ジュールズとファルセットが立つ方を要とする、扇のような広がりだ。
ジュールズは、様子を見て、床に緩い傾斜を付け、手前から奥に向けて、徐々に高くなるようにした。
それを見ながら、ファルセットが、後から来た若者たちに声を掛ける。
「ユクトたちも、座ったら。進行役と書き留める役目とか、いるといいかな」
「じゃあ、俺が進行しますよ。テナ、書記、頼む」
「ジュールズ、ちょっとだけ様子見て、俺たちは行きましょう」
「お。おお、そうな」
立っているのも落ち着かないので、軽く腰掛けられる位置に台を作る。
「じゃあ、始めるね!俺はユクト。彩石選別師だ。ここには、仕事で来てるけど、まだ15歳だから、君らと年齢はそんなに変わらないんじゃないかな」
年下だとか、同い年だとか、ちょこちょこ声が飛んで、ユクトは、その様子を少し眺めると、片手を胸の横に上げた。
「さてと、そもそも、何を話し合いたくて、集まったの?」
「これからも、サキたちと会うんだ!」
ロムが、身を乗り出して声を上げる。
多くの子が、顔を見合わせて、そうなんだと、確認している。
「んっと、会うための方法か。ああ、なるほど。もう会えないって、思ったんだね」
「会えるのか?」
「うーん。それはちょっと、判らないかな…」
言いながら、ユクトはジュールズを見た。
子供のつぶらな瞳が、自分に多く向けられ、ジュールズは、うっと呻いて身を引いた。
「あああ会えなくねえよ!」
「ちょっとジュールズ、ちゃんと考えて発言してくださいよ!」
ファルセットに叱責されて、ジュールズは我に返った。
子供と言えど、いや、だからこそ、実現できないことを口にしてはいけない。
「あ、いや、まだ明確に決めてはいねえけど、会うことを禁止はしない。ただ、機会を作れるかは、難しいところだな、確かに…」
「いかい?」
「きかいだよ」
「それ、なに」
「きかいって、なんか、ええと…」
言葉ひとつに、引っ掛かる。
ジュールズは、キリュウたちと話しているのと、変わらないなと気付いた。
それは、当然かもしれない。
きちんと言葉を、意味と共に学ぶ子たちとの会話が、それだけ楽だというだけ。
年齢が上がって、知っている言葉が多くなり、その意味も、身に染みて、体験が有って、使っている。
だから、互いの理解の、同じところと、違うところが、判別しやすい。
それでも、分かり合えないほどで。
大人と子供の、ジュールズにとっての違いは。
キリュウとの応接に近い。
「機会ってのは、状況を作る時、だな。会えるような状況…こんなふうに、集まって、会って、話をするっていうことな。それをする時間を取れるかどうか、作れるかどうかってのが、機会を作れるかどうかって、こと。会う機会、話す機会って、そうできる時間を、互いに作れるかどうかってこと。こうやって話す機会、会う機会を、俺たちは禁止しないけど、でも、それができるような時間を作れるかは、判らないし、難しいことだと思う」
ロムが、戻していた体を、再び前に倒して、大きな声を出す。
「それ!どうしたら、会える?どうしたらいい?俺、会いたいんだ!」
ユクトが言った。
「なるほど。じゃあ、議題、話し合うことは、これから、サキたちに会うには、どうすればいいか、だね。それは確かに、難しそう。子供たちだけでは、なんとも…」
視線を向けられて、ジュールズは慌てる。
「そ、場、場所を作ることはできるぞ!」
「ほんと!?」
きらきら輝く、ロムの瞳の、そのきらきらが、周囲に広がっていく。
その場所って、どんなの?
期待が、膨らむのが、見える…。
「うわわわ!ちょっと待った!場所は作れるけど…」
「ジュールズ、ちゃんと考えてから発言してってば」
ファルセットの声が、残念な色を帯びる。
こういう追い詰められる感じは、なんとも居心地が悪い。
そこに、短い笑い声が響いた。
「ふふっ!さて、じゃあ、難しいことから、順に挙げていくといいだろう。問題を形にすること、認識することが必要だ」
そう声を上げたのは、レイネムの発声器である、彩石鳥だ。
ジュールズは、その穏やかな声音に、気持ちを宥められた。
「ぅそ!そうだな!ええと…!なんだ、ええー、問題点な!」
呟きながら、近年には無く頭の回転を急がせるジュールズ。
いや、国政に戻って来てから、多いけれど、今回のは、切迫感が違う、なんか違う。
「まず、親の許可!親の許可を取らないとな!」
「親が許さないことには、理由が色々あります…。でも、はい。分かりました」
ファルセットが、以降を引き受ける。
「ユクト、親、と言うか、保護責任者が、許してくれない理由を挙げれば、それがそのまま、問題点になる。親の気持ちを考えれば、それほど難しくないはずだよ。注意されたこととか、思い出して」
「ああ!はい!」
「あ、その前に、意思確認ね。みんなは、これから、どうしたいのか。アルシュファイドに行きたいとか、会いたいのがサキたちだけなら、こっちに、サキたちだけが来ればいいことになるけど、その辺り、どうなの?ジュールズ、行き来は、許容範囲ですか?」
「え、と」
先ほどから、はっきりと発言する少女が、言った。
「たぶんそれ、今、お父さんたちが話しているわよ。私は、1泊とか、2泊とかでも、違う場所に行ってみたいと思うわ」
「あ、じゃあそれ、向こうから、候補とか、聞いた方がいいな。ジュールズ、向こうの意見も、こっちで分かるようにしてください」
「え?どうすんのよ、聞けばいいの?」
「いや、ただ聞くだけじゃ、こっちで話し合えないし、向こうで出る意見の主要なところをまとめて、適宜、こっちに出してかないと。そしたら、向こうに1人、欲しいけど、うーん、これは、俺たちじゃない方がいい気がするんだけど。………」
考える様子のファルセットを見て、ジュールズは、要所の役割と、この海域にいる顔触れを頭の中で巡らせる。
「ん?ディートリ、今どこだ?」
「え?ディートリ、と、言うと…」
ファルセットが聞き返す間に、ジュールズは、前々代風の宮公ディートリに向けて、親世代の意見の取りまとめと、子供への条件提示を依頼した。
ディートリは、歴代風の宮公の中で、異例と言っていいほどの面倒見の良さを発揮して、実子のオズネルと同世代の子を、複数名、預かっていた過去がある。
親世代への対応も、子世代への対応も、技能を持つ者と判断できそうだった。
また、ジュールズのことを、身内と思ってくれているかは、判らなかったけれど、イエヤ邸で暮らす子供の関わることなら、積極的に行動してくれないかと、期待する。
現在、特殊対応機関に所属することもあるから、浮島の居住者たちのことには、手を貸してもらう道理が通るだろう。
調査団は、今日は、ほぼ休日設定だが、特殊対応機関の、しかも先の四の宮公とその係累は、もともと遊興感覚が強いのだから、今、この時、働いてもらうことに申し訳なさなど感じない。
そんな考えから選択した人物だったのだが、最良の答えだったらしく、話を聞いたディートリは、なぜ自分に話を持って来るのかとは、疑問を持つ様子もなく、通話の向こうで快諾してくれた。
その心地よい人柄に、ジュールズは、感激の波が容易に引かなくて、ファルセットには、ちょっと変な目を向けられてしまった。
「とっ、とにかく、進めろよ!」
「あー、はい。それじゃ、ユクト、まずは、みんながどう思ってるかね。1、人とは一切関わりたくない。2、特定少数とだけ関わりたい。3、不特定多数と関わりたい。で、分けていいかな」
「あ、じゃあ、まずはそれから。みんな!考えてみて。まずは、人と関わるのは、ちょっと様子を見たいなとか、思ってる子がいる?そうだ、こんなのはどうかな。小さめの遊戯場を作って、真ん中では、生物の区別なく遊んで、周りに観覧席を置くから、観覧席から、人の子がいる観覧席や、人とそのほかの生物が遊んでる活動場の様子を見るんだ。えっと、形としては、」
「作るわ!ほら、こんなのよね」
テナが、簡単に遊戯場の小型版を作って見せてくれたので、改めて問うと、おずおずと手を挙げる子が数名いた。
どの子も、今日、開かれた遊戯場を見たので、活動場と観覧席がどのような環境か、想像が付いたことが良かったのだろう。
「なるほど!そうだ、観覧席はさ、前は開いてるけど、左右と後ろは、壁みたいに障害物を置いとくといいよね!衝立とかさ!」
「目隠しね!じゃあ、こんなのは、どうかしら」
テナが、遊戯場の見本品に手を加えて、具合をよくしてくれる。
それを見て、手を挙げる子も増えていった。
そう言えば、挙手の習慣があるのだなと、些細なことだが、助かると、ユクトと、そして後ろで、ファルセットは思った。
おとなたちは、手を挙げるよりも発言していたが、そう言えば、注目を集めようと、挙げた手を振る、という動作ならば、やっていた。
ファルセットは、小さな違いだと思ったけれど、なんとなく、手帳に書き留め、それを、ジュールズが横から覗き込む。
そこに、ディートリに送られて、連れ合いのアマリアがやってきて、外側の壁を叩く様子を見せた。
ジュールズは、その目の前に入り口を開けてやり、彼女を入れてやった。
「こんにちは!私はアマリアよ!ミナとデュッカの、おばあさま!連れ合いのディートリが、おとなたちの話し合いを教えてくれるから、あなたたちの話の進み具合を見ながら、必要なことを話しますね!」
そう言うと、テナの隣に席を作らせて、腰を落ち着けた。
賑やかな新入に、皆、驚いて口を開けるけれど、にこにこと、笑顔で、さあ、続けてと促されるので、びくびくと緊張を滲ませながらも、先の話に戻った。
「それじゃ、これは、後回しで、先に確認しよう。ふたつ目の条件として、関わる人を決まった人だけにしたいって子は、いるかな?今、ここにいる、キリュウたちだけとなら、話してもいいって子。それか、別の大人でもいいけど」
これには、ちょっと、手を挙げる子はいないようだ。
キリュウたちと、直接、話した子が、まず少ないし、先に、もっと多くの人、という存在を示したためだろう、人物を限定する意味がないか、判らないといったところ。
「そうだな、じゃあ…いや!それは、あとで、じゃあ、今は、これは考えないでいいね!」
ユクトはここで、キリュウたち以外の特定少数の子供、という選択肢を思い付いたが、それを言い出すと、色々と分け方が出てくるので、際限がない。
そのため、それを横に置くことにして、話を先に進めるべく、言葉を繋げた。
「次!もう、ひとつ、みっつ目、だね。みっつ目は、たくさんの人と知り合いたい」
「はい!私!同じくらいの年の女の子!知りたいの!」
最初に声を上げた子…レイルマルトよりも、赤髪の色が鮮明な女の子は、身を大きく乗り出して主張する。
元気な子だなと思いながら、ユクトは答えた。
「だよね。たくさんじゃなくても、気の合う人って、そう、すぐに判るわけじゃないし、これは、企画ごとに分かれることになるかな。こっちは、お喋りの組で、こっちは、音楽鑑賞とか、こっちは、遊戯、とか。分かれ方は色々。どうかな、同じことを、一緒にしながら、知り合うんだ」
みんな、ちょっと考えて、後ろの方の、ユクトに近い年齢の男の子が、言った。
「それ、やってみたい。どんなことをするかも、興味があるし」
「そうだね!じゃあ、その方向で!あとは、と…。人と知り合うよりも、人の街が見たい、っていうのは、ある?」
「人のまち…」
「うん、そう。人の作った街…あれ!もしかして、街って、判らない!?」
衝撃で、思わず声を大きくすると、皆、驚いた表情を返してきた。
「う、うーん…。思う以上に、判らない言葉で、問題が起きそうだな…」
「町って、知ってるよ。人の集まりの大きさでしょ。人が増えて村になって、村の人が増えて、町になって、町や村がたくさんあるのが、国なの」
赤髪の女の子の隣に座る、女の子…推定幼女が、そう話した。
「レルはお利口だね。たくさん、言葉知ってるね」
赤髪の女の子に頭を撫でてもらって、レル、という名らしい幼女が、嬉しそうに笑う。
「まちって、そんなに重要な言葉?」
また別の男の子、15歳前後に見える黒髪の少年が聞く。
「重要とは言えないかも。ただ、っ、いや、重要なのかな。一応、基礎の知識と言えるね。人が集まって生活する、ひとつの纏まりを町と知ることは、それ以外の土地に人が少ないということ、安全な飲み物や食べ物がないこと、寝場所がないこととかを判断する基準になる。そういうことが、基礎にあるから、俺たちは遠い場所まで行って帰って来られるんだ。町、と一言、聞くだけで、多くの人がいると、判断できないことは、人の多い大陸では、困ることになるだろう」
「おれたちは、知らない言葉が多いっていうことか?」
また別の少年が発言して、ユクトはそちらを見た。
「知ってる言葉が違うってことだと思う。俺たちは、君たちを見ただけで、種が何かを知ることもできない。動植物の名だって、きっと君たちの方が多く知ってる。生活が違うんだから、知ってることが違うし、そうなれば、言葉だって、覚えるべきことが違う。互いの住み処に立ち入るなら、事前に知っておかなきゃいけないこと、きっとたくさんあるよ」
「それは、大人たちが考えるべきことね」
アマリアが言った。
「問題点の解決方法は、大人たちが考えるわ。今は、自分たちがどうしたいか、確認するといいわよ」
「わかりました。それじゃ、どうかな。人じゃなくて、まち…ええと、人の生活も違うか、ええと、アルシュファイド王国を見たい、ていう、の、とか…」
段々に、どう纏めればよいか、判らない様子のユクトに代わるように、アマリアが言った。
「人のことが知りたい、というのはどう?人と知り合いたい、じゃなくて、人というものが、どんな生き物か、知りたい。大陸と、浮島の大きく違うところは、人が居て、人が作ったものがたくさんある、ということよ。大人の目から見て、それをあなたたちが知ることは、うん。必要なこと、と思えるわ。知らないことを知りたい、漠然とした願いよりも、叶えやすくなるから、実現しやすくなるの。どうかしら。あなたたちの願うことと、変わってしまうかしら?」
「それ、たぶん、俺が思うことだと思う」
先にも発言した、15歳前後の少年が言う。
頷く者が多く、ユクトは、ここで、まとめに入った。
「それじゃ、一旦、区切るね!3種類の条件に分けるから、この条件でいいか、教えて!あ、条件て、みんながしたいと思う、大事な部分を、まとめたことだよ。じゃ、まず、ひとつ目。人に会うかどうか、人を見てから決めたい。ふたつ目、すぐにでも、たくさんの人と会って、話したい。みっつ目、人に会うより、人がどんなことをしているか、知りたい。で、どうだろう」
「おれは、ふたつ目と、みっつ目だな」
1人の少年が言って、ユクトは頷いた。
「じゃあ、それは、両方選んでいいよ!全体の数を数えて、その中で、どれだけの数がどう思ってるか、まずはそれを、親に知ってもらおう。そしたら、親の方も、どうするかを決めやすくなるから」
「分かった。じゃあ、どうする?」
「今から条件を順に言うから、挙手して。手を挙げるってこと。こう、このくらい」
「分かった。始めろよ」
「うん。じゃあ、ひとつ目ね!人に会うかどうか、人を見てから決めたい。はい、手を挙げてみて!」
これは、浮島から来た子たち25名ほどから見て、年少で、女の子が多いようだった。
それも付け加えて、8名、とテナに記録してもらう。
「ありがとう、下ろしていいよ。次、ふたつ目。すぐにでも、たくさんの人と会って、話したい」
これは、残りの子が多く手を挙げて、12名を数えた。
年齢は、キリュウたちと同世代以下で、少し男の子が多いくらい。
「ありがとう、下ろして。次、みっつ目。人に会うより、人がどんなことをしているか、知りたい」
これは、25名となり、改めて全体の数を数えると、浮島の子供は、この場に27名が来ていて、そのうち、女の子が11名、男の子が16名、彼らのうち、3名は枝人形ということだが、本体に男女の区別があるようで、それに従っての分け方だ。
話し合っている親世代の方は、浮島の者9名と、ネイとジェドと、いつの間にか呼ばれていたディーク、そしてディートリと、先ほどまでキリュウと休んでいたヘインだ。
子供たちは、親たちと分かれた時に、近くのバルタ クィナールから単独移動して寄せている、遊戯場で遊んでいた子たちが数名、寄ってきて、加わっている。
後から参加した子らの親は、顔触れを見て、遠巻きに様子を窺っている。
ジュールズが、この区画を密閉しなかったのは、それもあって、風の者なら会話を聞くのに苦労はないし、視認できれば、多くの親は、許容してくれると踏んでのことだ。
「それじゃここまで、親たちに知らせるね。それ、アマリアが、してくれるんですか?」
「ええ、大丈夫よ!続けて」
「はい。ありがとうございます。それじゃ、次は、と。どうしたいっていうのを、具体的にしていこうか。具体的…はっきりと判るように、説明するんだ。例えば、さっき作ったこれ、遊戯場の形を整えるとかね」
「じゃあ、3ヵ所に分かれたらどうだ?ああ、まあ、両方、ふたつとか、手をあげてたけど」
同い年ぐらいの少年が、そう提案する。
話す声の調子が、気負いなく聞こえたので、いくらかは受け入れてもらえたようだと、ユクトは、ちょっと頬が緩む。
「そうだね!それは、人数を見て、同じぐらいになるように振り分けたらいいんじゃない?」
「ん。分かった」
「それじゃ、左右と中央奥に分かれて、話しやすいようにしよう。あと、俺たちは、決めたことを書き留めたりするな。そっち、ティル、頼んでいい?」
「ああ、もちろん。じゃあ、みっつ目の、人がしていることを知りたい、か。それ、こっちに集まって」
「テナは、遊戯場の方、頼むよ。それがあるし」
「そうね!じゃあ、まずは様子を見たい、ひとつ目の条件の子たち、こっちに来て」
「あとは、ふたつ目、人に会うってことについて、だな。奥に、ちょっと移動しよう、ほかの話が聞こえると、やり難い」
そういうことで、3ヵ所に分かれると、話し合う者の数を、8名以上になるようにして、腰を落ち着けた。
ユクトは、新たに加わった付従者警護隊の一員で目上の少年、コルト・ベイモスが作ってくれた椅子に腰掛け、同時に作ってくれた机の上に、容易に書き直しができる白い板を作ってもらい、手持ちの炭筆で文字を書いた。
文字として板に残る素材が黒炭石(こくたんせき)なので、黒炭石を指定して取り除けば、文字を指定して消せる。
取り除いた黒炭石は、一旦、端の穴に集めておけばいい。
この後の処理は、今は考えることが難しいので、後回しだ。
「さてと。まず、会うのには、場所が必要だ。いきなりアルシュファイドに行くっていうのは、移動手段とか難しいけど、そこのセスティオ・グォードみたいな人工島、…えっと、人が作った島ね、そういうのなら、今だって来てるんだから、親に連れてきてもらうとかで、そんなに難しくないはずだよ。セスティオ・グォードは、交流の場にしようとしてるから、そこに、今、在るように、遊戯場、そのほかの遊興施設を設置して、そこで交流するっていうのは、それほどに難しいことじゃないと思うよ。簡単に、用途の違う建物を作って、ここではこれをするって、決めるだけでも、気の合う人は集まりやすい。共通の好きなこと、興味の持てることがあれば、そのことを話し合う中で、お互いを知り合える」
そこまで話して、ユクトは、ちょっと考えた。
今、話した単語の中にも、判らない言葉があるかもしれない。
「んっと。さっき少し話したけど、協力して、ひとつのことをするなかで、お互いのことを知っていくっていうのは、いいことだと思うんだ。そこまでは、同意してもらえるかな。賛成してもらえるかな」
「同…い。賛成…」
「同は、同じってこと。意は、意見。意思?とか、かな。賛成は、ええと、」
「賛成は分かる。うん。みんな、どう思う?」
黒髪の少年が、仲間を見回す。
どの時機で名を聞けばいいだろうかと、ユクトは悩んだ。
「んー。それって、例えば?同じことして遊ぶとかってこと?」
「それもあるし、でも、さっきそこでしてたのは、競争だろ。そこでしてたのは、ただ滑るやつ。それだけじゃ、知り合うとか、っていうか、話さないよな、さっきも話さなかった」
人とは違う子らの会話に、ユクトが口を挟んだ。
「人の遊びでは、敵と味方に分かれて、何人かずつで集まって、ひとつずつの纏まりを作って、その纏まり同士で戦うっていうのとか、あるよ。纏まりの中で、攻撃と防御に分かれるために、話し合うし、攻撃する者同士で、どう攻撃するか話し合わないといけない」
「ん!そっか、それ、協力だな!」
青が混ざったような黒い髪の少年が、理解できたことが嬉しいのか、笑顔を見せる。
その表情が、ラフィとかと、似てて、ユクトはちょっと、ほっと息をついた自分を知った。
「うん!」
先に発言していた、漆黒と言えるほどの髪色の少年が、考えるように言葉を繋ぐ。
「ふーん…。なんか、ほかにも、さっきなんか、言ってたよな。お喋りとか、あと、音楽…」
「ああ!うん。でもさ、ちょっと思ったけど、その会場を作ることから始めても、いいんじゃない!?」
大きなことを言い出したユクトに、ラフィは、ぎょっとして目を大きくした。
「おい、ユクト?」
ユクトは、常に無い興奮した顔で振り向くと、言った。
「建築ってなると、建造師とか必要だろうけど、ここみたいに、大きな力があるなら、子供の遊び場ぐらい作れるよ!実際、たくさん作ってるし!後から簡単に変えられるのが、都合いい!」
「えっと…」
そう言えば、セスティオ・グォードは、これから、先代の土の宮公を中心に作られていくのだ。
「い、いいのか?」
「提案するだけなら、自由だよ!」
ユクトは叫んで、正面に向き直る。
「ね、そうしない!?まずは、子供が集まる場所を、何種類か作ってもらうんだ!作るのは、簡単に壊れると困るから、大人にしてもらうけど、こんなふうに作ってって、頼めばいいよ!それなら、必ず大人は居るけど、何をどんな形にするか話すのは、子供の方!大人は、できるかできないかで、作ってくれる!」
「ふ、うーん…。あ、今、あの子がやってるようなこと?」
漆黒の髪の子が、テナを示すので、ユクトは、大きく頷いた。
「そう!あんなこと!あれを、大きくしたのを作ってもらう!で、ほら、あっちに分かれただろ、人が何してるか見たいってやつ。それはさ、何度か、アルシュファイドに行く段取りを決めるんだよ。それで行った子なら、遊戯場以外の楽しむ場所のことも、分かるから!そしたら、作るものも、増えてくし…、!そうだ!島とか、作ってもいいし!」
「え?」
「浮島って、ほら、カサルシエラみたいに、浮き沈みするのもあるだろ!木や草を生やして、子供の陣地、えっと、縄張り?部屋、じゃないけど、とにかく、ただ浮き沈みするだけでも、例えば、海中の様子を見れたりしたら、楽しそうだし!自分の好きに作れる場所とか、あるといいかなって!あ…」
興奮していたが、不意に、行き過ぎたと気付いて、ユクトは顔を伏せた。
「ごっ、ごめん、口出しし過ぎた…」
ぷふっと、小さな吹き出し笑いが聞こえた。
「いまさらだろ!子供同士の話し合い!何が悪いの?」
青黒い髪の少年だ。
「えっと、なんか、難しいけど…」
ロムが、呟く。
「え!?と、?」
どの部分だろうと考えるユクトに、視線を合わせて、ロムが言った。
「あの、俺たちで、俺たちのための場所を作るってこと?」
「あ!うん!そうだよ」
「それ、なんか、おもしろそう、かも…」
青黒い髪の少年が言う。
「だな!何ができるか、わからねえけど!何かすることがあるって、楽しそう!てか、やりたい!楽しい!」
「だな。なんか、やってみたい」
そう言うのは、漆黒の髪の少年だ。
「それじゃ、えっと…」
「何を作るか、決めようぜ!」
ラフィが言い、身を乗り出して、ユクトの向こうに居るコルトを見た。
「コルトさ、簡単に作ってくれない?テナみたいの。遊戯場も色々あるけど…有料の遊技場もさ、あと、演劇館とか?」
「もちろん。でもまずは、話し合いの場から、整えたらどう?話し合いも必要だけど、ちょっと喉渇くし、休憩室とか、備えて、食べるのは、まあ無理でも、飲み水ぐらいはね」
「そうだな!じゃあまずは、会合場から、ざっと作ってみようぜ!」
ユクトが言う。
「あ、あとは、誰に頼むかとか…それは、大人に任せるのがいいか?」
「そこは大人だな」
コルトが言って、なんだか、3人、息が合う。
「それじゃ、作ってみようぜ!」
ラフィが叫んで、島の子供を見回す。
「取り敢えず、それから!で、いい!?」
「いいぞ」
「ああ」
「うん!」
会話に乗り遅れた子たちの中には、ちょっと首を傾ける子も居るけれど、やってみないと、判らないってことは、あるものだ。
「作戦開始!」
なんか判らない掛け声だけど、開始、というのは、解るから、だいたい、行動開始とか、そんなかなと、人ではない者たちは、気持ち、身を乗り出す。
これから何が、始まるにせよ。
自分たちも、やることなのだと、肌で感じた。
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