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―休暇日ⅩⅤ 親睦の宴―
元彩石騎士の面々は、島の者たちの中に入って、仲良くやっていたが、多くの人は、一部の区画に集まっていた。
食事の提供の都合があるので、当然の成り行きでもあるし、場の掌握のためには、酔いの席のこと、ある程度の区分けは必要なところだ。
「そんじゃ!飲み食いしようぜえ!今後とも、よろしくな!乾杯!」
いつものように、食事の注意点をファルセットに口上させてから、開始の合図。
いくらかは、先に口に入れているのも居たが、目くじらを立てることもない。
ミナは、隣で、興味深そうに料理を確認する深葉と、取り敢えず口に入れて咀嚼する様子の浅葉を見て、頬を緩ませ、自分も食べる。
「なかなか、材料が多いわね。ほんの少量を全体に塗してあるのは、それだけ味が強い…ということかしら。でも、それなら、これが全体の味?」
「塩とかは、そうだね。胡椒は、それより少なくしないと、味が濃すぎちゃう。今日のは、それ以外は、見た目通りみたいだね。香草とか、小間切れにはしてるけど、元の形が判る程度だし。まあ、人の舌には、ちょっと、ざらつくから、粉末に近いとかだと、助かる感じ。尤も、これはこれで、噛んだ時に香りとかが広がるから、そこを楽しめるよね。苦手なら、見た目で避けても、今日は主菜が多めだから、困らないよ」
「へえ。噛む時の香り。とか?」
「味が濃くなるとかね。辛みが強くなるとか、……辛いというのは、痛いのに似て、ちょっと、味って感じじゃないけど、その刺激が、あってこそ全体を纏める、引き締めるって効果がある。アルシュファイドでは、味覚は、甘いっていうのと、酸っぱいっていうのと、塩の味で、塩っぱいとか表現する味と、苦いっていうのと、旨いって表現する味を感じてて、そこに、辛いとか、渋いとか、あとなんか、な。ほかにもあるか知らないけど、刺激を与える、味とは違うって区別されてることがあってね、そういうのを組み合わせて、料理を形作ってるよ。あ、あと、香りね。更に細かく言うと、舌触りとか、温かさ、冷たさとかも、関係して、料理の、おいしさ、ということで、受け取っているかな。うん。改めて数え上げると、本当、すごい技だよねえ…」
「だから温かいものは温かいうちに食べる。食べろ」
デュッカに言われて、ミナは、慌てて、すみませんと声を上げ、料理に向き直った。
深葉は、ちらりとデュッカを見上げて、彼が自分を見ていることを知り、軽く顎を動かす様子から、自分にも言っていることらしいと、料理に向き直った。
話を聞いて、口の中に入れた食材を噛み、舌で触り、味わう、ようなことをしてみる。
それなりに長く生きてきた中で、枝人形の舌の開発もしてきたが、やはり、根本的に、知らないものは、判らないのだろうと思う。
判断も、理解もできない。
でも、理解は、ちょっとは、できていると思いたい。
木人が無意識に見せる、幸福そうな顔、歪めてしまう顔。
同時に開発してきた、鼻の機能も、助けになっているはず。
「そう言えば、あなたたち、その食材は、どうなるの?枝人形って、本体とは、意識でしか繋がってないよね?」
「養分として吸収しているわよ。動物と違って、排泄はしないけどね。養分を使って、この枝人形を育てているのよ。外見が小さいのは、体の機能を作るために、器の成長に使ってないせいなの。形を完全に仕上げたら、その養分は、枝人形の活動のためだけに使うことになるでしょうね。これまでは、食べる量が少なかったのかもしれないわ。機能を作ることに熱中して、成長に回せなかった。中途半端に余ったものは、髪を作るのに使って調整してるの。長くなりすぎたら、纏めて切って、この服とか、作ってみたりしてたのよ。二容姿の者に作ってあげたりもしてたわね。姿が変わるから、ほかの繊維では、大きくなった時とか、伸縮しないのよ」
「ほえー…」
「ん?なに?」
「いや、すごいなあって…過不足の調節が。私もそんなに、できたらいいんだけど…」
「私たちは、あなたみたいに変化が激しくないもの。逆に、あなたみたいな高速処理は、ちょっと難しいと言わなければならないわね。その辺り、私は、まだまだだわ。橡は、すごい」
「え、と…」
聞きたいことができたけれど、今は食事中だ。
言葉を呑み込んで、食事を進めるミナを、ちょっと眺めて、深葉も食事を進めることにした。
ミナたちが居るのは、最も調理場に近い湖畔で、湖の上の浮遊艇では、キリュウたちが、たくさんの人と、それ以外の生物、特に幼体の生物と席を近くして、食事を進めている。
その横の浮遊艇から岸の広い所に居るのは、親世代らしく、子供の集まりに、度々視線を移している。
その向こう、湖の西南から南に、人の口に入る大きさで提供されている一品料理が、多種類用意されて、そこまでが、騎士ではない給仕たちが応接しているところで、その先、湖の南から東側を北上する辺りには、騎士服で給仕をする者が居る。
突起の鋭い部分を持つ巨体が、体勢を変えるだけでも、突然に目の前に迫ることがあるのだ。
騎士でもない者に対処は難しいだろう。
そのうち、酔いが回ってくれば、人にとっては、危険が増してしまう。
その辺りの対応も学ぶように、そちらは、カサルシエラの者たちを迎えに来た、送迎客船ダルティエの、給仕と客室を担当する騎士たちが多く当たっている。
酒もあるのだが、子供はもちろん、騎士たちにも、酔わせる成分のない飲み物として、混合飲料が多く作られ、提供されている。
子供には甘く、おとなには辛みを付けてといった変化もある、主原料は水と、果物の汁だ。
炭酸水を含んだり、香辛料を工夫したりと、喫茶担当の者たちは、組み合わせに熱中している。
果物担当はバルタ クィナールが受け持っているはずだが、その辺り、野菜との組み合わせを提案するなどで、互いに創作欲を満たすようだった。
夜も更けると、食べ物が足りないとの声も聞こえたが、酒を飲まなかった者たちが魚を獲得してくれたりして、物足りない程度に抑えることはできたようだった。
やがて、前触れの鐘を鳴らして、あと5ミドルで締め切りますよと、調理受け付けの終了を知らせ、砂時計ひとつ分程度を置いて、締め切りの鐘が鳴らされた。
「子供たちは、そろそろ寝支度をしましょう!岸にある水場で口を漱いだら、湖の浮遊艇に乗り移ってください!内部に入ったら、希望を言えば、広くしたり、狭くしたり、堅くしたり軟らかくしたり、気温を低くしたり高くしたり、明るくしたり暗くしたりができます。個室の最初の大きさは、入り口から入る体に合わせるので、なるべく、寝るときの姿で入ることをお勧めします!寝所になってる浮遊艇は、そのまま、湖の南に移動して、既に作られている寝所に連結します。歩いて、直接そちらに行ってもいいですよ。光と声で誘導します。集まっている数が多いですし、暗いですから、家族や仲間を見失わないようにしましょうね」
安定のファルセットの説明で、子を持つ者たちは、連れ合いや仲間と相談して、子を促すようだ。
キリュウとサキとエオも、ヘインたちに促されて、持ち込まれた使い捨ての歯刷子と歯磨剤を利用して口を漱ぎ、寝所に用意された夜の衣に着替えて、浮遊艇の一室に収まった。
顔触れは、ジュールズとレイネムとファルセットを加えた、いつもの者たちで、子供3人と、護衛騎士の2人と、ヘインとセイエンとラーマヤーガが集まり、島の子たちは親たちと一緒だ。
着替えの時だけ、目隠しの色を入れたが、大きな固定の寝所と連結した今は、境界が判るだけで、内部では全体が見渡せる。
外からは、見え難くなっているはずだ。
側面は、内部からも外は見難くなっており、円蓋の上部で、天しか見えない部分は、半分の紅月が浮かぶ星空で覆われている。
「はあ…。あ、キサたちも誘えばよかったかな」
キリュウたちが眠りに就いたので、静かにしなければならないが、つい、口を衝いて出た。
ぽそりと漏れたその呟きに、風を操りながら、ジュールズが答える。
「あいつら、カルメルに捕まってたぞ」
「え、そうなんだ。俺も、カルメルと…あ、トーベリウム、どこ行ったかな…」
「ここにいるぞ」
「へ!?」
声の方を見ると、キリュウたちと並んで、セイエンの毛に埋もれるようだ。
「今頃気付くなんて、友だち甲斐のない奴だ」
彩石鳥から発されるのは、拗ねた口振りだけど、ふふっと笑う息を聞くと、機嫌が悪いわけではないようだった。
「ごっ、ごめん…。今日、ずっと見なかったから」
「うん。なかなか楽しませてもらったぞ!料理も作らせてもらった!」
「うお、色々してんな、トーベリウム」
ジュールズも驚いて言うと、トーベリウムは彩石鳥からも笑い声を漏らす。
「懐かしい顔をたくさん見られた。遊んだり、話したり、楽しかったなあ…」
ひと息入れて、トーベリウムは続けた。
「明後日は、調査だな。同行する」
「お。頼むぜ」
「私も、楽しかったぞ。色んな声が聞かれて、それが一番、嬉しい」
レイネムは、確かに、口数多くはないけれど、時折、笑う息が耳元で聞こえていた。
「また、ゆっくり、話す機会を持とうな」
「そうだな」
そんな約束をして。
眠る。
明日のために。
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