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調査5日目、休暇日
前日の深酒が響いたのか、朝の遅い者が多い。
先代たちが連れ合いを同行しているために、子供の集まる個室の隣で、視界を遮っていないからと、ここまではいいだろうと押し切られたミナは、デュッカの横で、眠らされていた。
濫がわしいことは一切されていないけれど、だからこそ、鼓動は強くて痛いくらいだし、顔には熱が集まって仕方がない。
けれどもそんな緊張状態を続けられるほど、身体に余裕がなかったか、緊張そのものが上辺だけだったのか、とにかく、一度眠ってしまえば、起きたその瞬間まで、熟睡できていたらしい。
すっきりとした目覚めは、まだ、朝の光が届く前だった。
「………」
「起きたか」
低い聞き慣れた声。
「うむ。よく寝た」
あとの声に目をやると、シュティンベルクの彩石鵬だ。
「あ…。シュティンベルク」
ミナは起き上がって、周囲を見回した。
個室ごとに空気の流れも分断されているので、あちらこちらで起きる者たちが見られるが、その気配はどこか遠い。
遠くても感じられるのは、聞き取れない会話の有無を知る程度には、共有する風の流れが存在するからだ。
それは民家の壁と同じく、強い風を遮るけれど、僅かずつには取り込まれており、接する部分ではなく、大気と接する上部から漏れ出て、また、流れ込む、ごくごく小さな空気の流れだった。
「はあ、そっか。これはなかなか、よくできているな」
「男部屋でよく作ったものだ。それより、こっちだ」
不機嫌な声に振り向くと、やっぱり不機嫌そうなデュッカが、おはようと言う。
「おはようございます。どうかしました?」
くくっと、笑い声がした。
「大方、先に私に声を掛けたのが気に食わないんだろう」
「は?」
聞き返すうちに、デュッカも上体を起こして、はあと深い息を吐いている。
「まあいい。少しは落ち着いたし」
それを聞いてミナは、デュッカを見て、ちらっと周りを見回すと、一瞬で横の壁の部分を真っ黒にした。
「デュッカ、一瞬だけ」
そう言いながら、体を捻って、デュッカを、ぎゅっと抱きしめた。
「私も、ちょっと、助かりました」
唇の横にある耳に囁いて、ミナは、デュッカを押すように離れた。
恥ずかしそうに笑う妻に、デュッカが襲いかかろうとした時、上空から声が降ってきた。
「よお、ミナよ。早いじゃないか」
聞き覚えのある声は、高祖父イーリヤだ。
「ふあ!おおおいつの間にそこに」
イーリヤは、天井に大穴を開けて飛び降りると、ミナの横で、大きく腰を曲げて顔を寄せ、にっこり笑った。
「たった今だ。おはよう、我が嫁よ。まあ、我が家の嫁だが、長いし」
「いや、普通にミナでいいでしょう。それに、と。あ、その、おはようございます。てか、早いですね」
「そうでもないさ、あちらこちらで動き出しているし、目隠しをして、いかがわしい行為をしている間に」
「いいいかがやうやしやしてないですよ!!なんですか、からかいに来たんですか!」
「こんなところでこんなことをすれば、そういうことをしていると思われても」
「うぎゃああこれで!これでいいでしょう!!」
「落ち着け、ミナ」
色々と面白くないことが盛り沢山なのだが、とにかく、ミナの異能の使用は、最優先で止めなければならない。
ミナが取り乱しているので、これ以上、自分が困らせることもできずに、デュッカは、じとりと高祖父を見た。
「こいつは力量が極端に小さいんだ。あまり、からかい過ぎるな」
「ん?それは悪いことを?」
混乱しながら、ミナは、自分の急激な不調を自覚して、息を整えようと努力し始めた。
「そうだな、これを機に遠ざかって欲しいものだがな!俺はな!」
そう言いながらも、ミナの姿勢を変えて、自分に寄り掛からせるように、抱き寄せて休ませる。
「…それは、ミナの望むところではないから、仕方がない。お前が気を付けろ」
イーリヤは、思い掛けない、デュッカの受け入れの言葉に、目を大きくして、それから、ちょっと笑った。
「ふふっ。存外、お前は、ディートリ似なのかもしれんな」
そう言うと、その場に足のない腰掛けを置いて、座った。
辺りは光が滲むようで、半の月は西の低い所にある。
「残りの時を過ごすには、よい手遊びのようだ」
静かな声が、まだ息の荒いミナの耳に、心地よく響く。
「機会をもらえて、感謝する、ミナ、デュッカ。これから、よろしくな」
改めての言葉に、デュッカが、ちょっと不機嫌な息を吐くけれど。
「こちらこそ、よろしく頼む」
穏やかな夫の声に、ミナは目を閉じた。
大丈夫、これは。
任せていいことだから。
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