プロローグ 神嶋町の伝説

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プロローグ 神嶋町の伝説

 さてさてお立会いの皆さま、お天気のほうは、青一色でおてんとさまが威張っているかののごとく光輝いていますが、ここ、我らティル ナ ノーグ界もまあ、同様の天気となっています。  人間というものは、自分勝手(って言ったら言い過ぎか)というか、自分の目で見たものしか信じないという、神々の目から見れば、至極視野の狭い生き物だということは、君らはよく分かっていることでしょう。せっかく我らが言葉や、魔法やら、知恵やらを授けてやっても、やれ土地を開拓すればやりすぎて(というか、調子に乗って‼)自分たちの仲間が住む森までも切り刻んでしまい、やれ知恵を授けてやれば、それを自分だけのものにして、他の人間の仲間にはくれてやらなかったりと、傲慢もいいところなのであります。  まあ、これで済めばまだいいところでしょう。けど、最近の人間ときたら、なんとまあ(これはわたしの意見ですがね)自分のことが分からなくなってきているように思えるのです。というのも、わたしがダーナ神族であり、わたくしのご主人さまである、モルガンさまと、小さな人間の女の子のことをよく知ったからなんのでありますよ。  おおっ‼ そこのあなた⁉ まさかダーナ神族のことをご存知ないということはないでしょうな‼ まあ、あんのひとたちも、人間と同様、他の神の一族であるフォルモール族と争って、領土の奪い合いをしたりと、なかなか人間みたいな神の一族ですからね。人間と同じように思う人もおるでしょう。けど、あんの人たちは、この世に、人間が生まれる前から既におって、時折人間の世界にもいろいろとちょっかい(あのひとたちが“救い”と言っているやつですよ‼)をだしておるんですよ。  ダーナ神族の長で、偉大な王であらせられるヌァザさまを筆頭に、ダーナ神族はいまも権勢を誇っております。あの方の武勇伝は色々と耳にされる人も多いでしょう。フィル・ボルグ族との争いの際、片腕を失ったが、医療の神であらせられるディアン・ケヒトによって、銀の腕をつけてもらい、これにより、敵の軍勢に打ち勝ったなど、逸話の多いお方です。  あのヌァザ様の一人娘が、これからお話しする、わたくしのご主人さまであるモルガンさまです。モルガンさまは、ヌァザさまと、大地母神ダヌさまとの間に出来た一人娘で、それはそれは美しい女神さまです。ダヌ様がモルガンさまを身ごもり、いざ陣痛の際は出産を司る女神様であるブリードさまによって取り上げられました。そのときはわたくし、至極感動いたしました。顔を汗が覆っていたダヌさまがわたくしにこうおっしゃいました。 「さあ、ワタリ、これがお前が守っていく、わが娘よ‼」  そう言って、わがご主人さまの顔をわたくしに覗かせてもらいました。その女の赤ん坊の顔の頬っぺたは、暁の日のごとく真っ赤で、キャッ、キャッと野猿のようにはしゃぐその姿、今でもよく覚えております。  小さな女の子、モルガンさまは人間でいうと6歳くらいまでは、ダヌさまとブリードさまの下で、世界の理を学び、愛情たっぷりに可愛がられました。よく、「目に入れても、痛くない」というでしょう‼ モルガン様はまさにそのように接せられました。  さて、そんな子供時代を過ごされた後、モルガンさまはさらに美しい少女になりました。ああその美しさといったら‼ 宝石のように澄んだ、青い瞳、それでいて少年のような、理知的な顔立ち、肌はホイップクリームのように白いが筋肉質の体、光輝く金色の長髪、リンゴのような赤い唇、そして白くて、鷲のように逞しく背中についている翼等々、皆様も、一つはお聞きしたことがあることでしょう‼  モルガン様は少女時代を、ヌァザ様の従妹である、ダクザ様の宮殿で過ごすこととなりました。この宮殿は、昔ながらの木で出来た宮殿でありまして、宮殿といっても、宝石なんてありません。ですが、光り輝く青銅器の武器が多く飾ってあります。これは、かつてフィル・ボルグ族との争いの際に使用されたものばかりで、今でも多くが使われたときの輝きを失っておりません。床は木ではなく、大理石でできており、宮殿と言いましても、実際は堅牢な要塞といった造りになっております。  なぜこんなところに、モルガン様が過ごされたかと言いますと、このころは、ダーナ神族の新たな敵である、フォモール族との争いがあったからでしょうな。多分、ヌァザ様は戦の神として称えられていたダグザ様のもとなら安全だろうと思われたのでしょう。とにかく私を引き連れて、モルガン様はここで何年か過ごされました。  このころ、モルガン様は、魔法をたいそうお使いになれるようになり、難しい魔法を使う際は一日中、ご自分の部屋でこもりっきりということが何度もありました。ダグザ様の宮殿には、他のダーナ神族の子供たちが学ぶ、『学屋』というところがあり、ダグザさまは「一人では寂しかろう」とおっしゃったので、学屋で他の子供たちと一緒に勉強したり、剣の稽古をしたりと、忙しい毎日を過ごされるようになりました。  ある日、ク ホリンという少年が、モルガンさまと、剣での稽古をつけていたときのことです。ク ホリンさまは最初、「モルガン、君はまるで、男のようだ。その体つきはまるで、ガチガチの筋肉質な、巨人のようだよ‼」と、モルガン様をからかってしまったのです。モルガンさまは、自分の体を“巨人”とバカにした、ク ホリン様の髪を、魔法を使って燃やしてしまったのです。ああ、そのときの、モルガン様の顔と来たら、まるで火の悪魔がせせら笑っているような顔立ちだったのです。あの、意地悪そうな顔‼ 普通の女の子なら、「バカにして、許せない‼」と言いたそうな顔だったんですわ~。  それからというもの、『他者をバカにすること』に快感を覚えたんでしょうな~。他の子供と喧嘩して、相手が泣いたらギャハハハと馬鹿笑いするのは日常茶飯事となってしまったのです。  ヌァザ様はそれでもたいそうな愛情を注いでいました。自らが魔法や剣術をモルガン様に教えられたことも一度や二度ではありません。ヌァザ様はいつか、モルガン様に自分の跡を継がせようと考えておられたようです。モルガン様は偉大なるお父上の期待に応えようと、魔法や剣術、そのほか、あらゆる世界についての知識を学ばれ、父君に成果を披露しました。  さてさて、数十年が過ぎ、モルガンさまもとうとう成人の儀式をダグザ様の宮殿で迎える日がやってきました。そのころのモルガンさまは、後ろ姿だけだと、まるで男性のように見えることがあり、年端もいかぬ女神たちからは、キャーキャーと騒がれるようになりました。モルガンさまは男の戦士たちとも剣を交えることがありましたので、男と間違えられるようになったのです。まさに『男装の麗人』と呼ぶに相応しい、凛々しい顔立ちをすることもありました。(しかし、それを妬むものも、うらやましがる者もおりましたが、それはまあさておき)  それを知ったヌァザさまは、たいそう大笑いされました。まあ、元々血の気の多い方でしたから。 ――しかし、横にいたモルガン様はなぜか、寂しそうに見えました。しかも、誰もそれを気づかなかったようです。私だけが、それに気づきました。なぜ、あのような顔をされたのか、そのときの私は分かりませんでした。  もし、もっと考えていれば―― もっとモルガン様とお話していたら、お嬢様はあのようなことをしなかったかもしれません。  だが、気づいたときには既に手遅れだったのです。  成人の儀式が終わった後のことです。我々下々の妖精たちはご主人さまの成人を祝って盛大に飲んで踊っておりました。そのときです。突然、私と同じカラスの同僚が宴会の席に入ってきて、「たいへんだ‼」と宴会を中止させたのです。 「どうしたんだ」と私が尋ねると、 「モルガン様が、ハアハア……」 そのカラスは水を飲んで落ち着くヒマもないとった感じで、 「ヌァザさまの御所から……」 そのあと続いた言葉に、その場にいた一同は凍りついてしまいました。 ――モルガン様が、ヌァザさまの御所から、ティル ナ ノーグ界最強の武器を奪った。  するとたちまち、宮殿の衛兵がなにやら騒いだり、走り回ったりするのが目にみえました。私は衛兵が宮殿から出るや否や、天馬(人間の世界で言う、馬ってやつに鷲の羽が生えたやつです)にまたがって、夜が明けるや否やの空に駆けあがっていくさまを、心臓が口から飛び出るような気持ちで見つめました。  同僚たちも怯えました。 ――一体なにごとか? ――モルガン様がなにかしたらしいぞ。 ――まるでせんそう……  私はどうしてよいか分からず、ただ銅像のようにその場に凍りついてしまいました。  混乱の中、突然夜明けの空にも関わらず突然、稲光が鳴り響いたのです。 ――ヌァザ様の雷だ‼  荒々しく、猛々しいその雷は後に、ヌァザさまが、モルガン様を地上に封印なさるために落とした、魔法を込めた、呪いの雷だと知りました。あれは本来、地上の人間世界や、我らの世界を滅ぼす魔物とかを閉じ込めるためのものです。それをよりによって……   その日のあと、ダーナ神族の天女の方々は、膿を出すかのように、モルガンさまの部屋を片っ端から掃除し、あの方の持ち物を処分し始めました。我々カラスたちにも、 「もう今後、モルガンの名前を口にするではない。」 と口を閉じさせました。  ダーナ神族の、かつてのモルガンさまの同期の神々も、もうモルガンさまのことを言う(少なくとも良く)人はいなくなりました。聞こえるのはせいぜい、 ――モルガンが、地上に封印されてしまったらしいぞ。 と意地悪な小声ばかりでした。  なぜそうなったのか、モルガン様はなぜ地上に封印されたのか? わたくしは疑問に思いましたよ。けど、あのときは徹底した『口止め』がされたので、私たち下々のものは身動きが取れませんでした。 「下手に口を滑らせたら、反逆罪だぞ‼」 と脅されたこともあったのです。  神々たるものが、地上に封印される。それは恐ろしい罰です。受刑者は魔法によってある木の中に閉じ込められます。その魔法を使う呪術師にもよるのですが、モルガン様にはバオバブの木があてがわれました。モルガン様はバオバブの木の養分とされ、その身が骨と皮になっても、木の中で永遠に閉じ込められるのです。そしてその木の管理には、地上の人間が担当することになりました。ですが、人間と言うのは自分勝手な生き物で。我らと違ってすぐ死んでしまうので、その役目は代々子孫に受け継がれていくことになったのです。   こうして、モルガン様は、木の中で過ごすことになったのです。 さて、お立会いの皆さん、もうこの話はご存知でしょうが、私が本当に話したかったのは、これらかです。  これは、モルガンさまと、ある一人の人間の娘の物語です。
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