おみつ

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おみつ

◇ 「伊平様、また喧嘩なさったのですか。お顔がひどいことに」 「そうか。そんなに殴られちゃいねえはずだがな」  隅田川沿いの川べりに腰掛けて佇んでいるのは、伊平とおみつであった。 「危ないことはもうおやめになってくださいまし」  おみつが心配そうに俺の顔を覗きこむ。おっかさんといい、おみつといい、俺に大人しくしろと言ってくる奴らばかりで鬱陶しい。 「俺だって好きでやってるわけじゃねえぞ」 「そうですか。小さい頃から喧嘩ばっかりでしたわ」  おみつは俺の幼馴染みだから、俺が子供の頃から気性の荒い男だとよく知っているのだ。 「みんな、伊平様のこと、なんて呼んでるか、ご存知でして?」 「暴れ伊平だろ。格好いいじゃねえか」 「もう……。伊平様、もう少し他人様のことも考えてあげないといけませんわ。でないとあたし……」  おみつはそのあと言い淀んだ。伊平にしてもおみつの気持ちは分からないでもなかった。こんな乱暴な男が夫になった日にゃ、心休まる時などほとんどなくなるに違いない。  おみつのことを思えば、もっと落ち着いた男にならなければ、と伊平は思わないでもなかったが、この気性は生まれつきでどうにもならなかった。心を入れ替えることが出来りゃ苦労しない。それが出来ないから、この歳になっても方々で暴れまくっているのだ。
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