恋拾い

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恋拾い  私がそのきらきらとした落とし物を見つけたのはもう一年も前になる。より正確に言うならば、見えるようになったのは、だ。  最初はそれが何なのか分からなかった。  それはガラスのようなものでできていて、ビー玉のような見た目をしていた。 「あの、落としましたよ」  そう声をかけた相手には見えず、困惑したが、それを光に透かしたときに何なのかは分かった。  とても綺麗なガラス玉の中には、感情が籠っていた。不思議とそれが、感覚的に分かった。  私はそれを恋と呼ばれる感情と結論付けた。  恋の話が好きだ。  理由は色々ある。幸せそうな人を見るのが好き。焦がれている人が好き。淡い気持ちを大切に持ち続けている人が好き。  でも一番は、私自身が恋を分からないという点だ。  人を好きになる気持ちはなんとなく分かっても、恋する気持ちは一向に分からなかった。  それでも、恋は美しいと思うのは昔から変わらない。  要は、私は恋に恋している人間なのだ。 「ハルはさ、私の何を好きになってくれたの?」  こんな私にも恋人の春彦がいた。  やはり恋は、分からなかったけれど、誰かに必要とされている感覚は悪くはなかった。 「いきなりどうしたの?」  ハルはこちらを不思議がる。もしかしたら、不安がっているのかもしれない。  付き合ってそろそろ一年になる。 「いいから答えてよ~」  私は甘えるような声で答えを急かした。 「えっと、そうだね。強いて言うなら、綺麗なところとか?」  照れを隠すように手元の本を読みながら言うハル。私たちはよくお互いの家でデートをしていた。デートと言っても互いが好きなことをして、たまに触れあうみたいな時間だった。 「えー、見た目かぁ」  私にしてみれば興味深いとも思ったが、見た目だけと言われた感じがしてなんとも言えない。 「別に見た目だけの話じゃないよ」  ハルは手元の本から顔を上げて、今度は私の目を見ながら投げ掛けた。 「例えば?」  そう言って先を促す。 「綺麗なものを綺麗って言えるところとか?」  それを聞いて、ハルは私が思っているよりも私のことを分かっているのかもしれないと思った。 「何それ、分かんないや」  それでも、少し意地悪な私は、分からないふりをする。 「まぁ、後は軸があるところとかかな」  だから聞いてもないのに。続けざまに言われたときは、驚いてしまった。 「あるのかな!」  変に声が大きくなって、ハルの部屋に響き渡る。近所迷惑だ。 「あるよ」  笑いながら、ハルは一言はっきりと言ってくれた。 「そっか~。まぁ、ちゃんと答えてくれて安心だね」  何だか、居心地が悪くなって、照れ隠しをするためにハルの部屋の本棚から適当に小説を一冊持ち出した。  そのタイミングでハルは冷蔵庫のアイスでも取りに行くために台所に向かって行く。 「そう言えば堂本が同じことを彼女に聞かれたらしくてさ」  ハルが、ふと思い出した、という感じで投げ掛けてきた。  堂本くんは同じ学科の友人だ。美人の彼女さんがいることで知られている。 「へぇ、それでどうなったの?」  少しだけ、興味が湧いた。 「彼女のお気に召さなかったらしくて、正念場」  アイスを取って帰ってきたハルは、苦笑いを浮かべていた。 「それ、聞かれた時点が正念場で、今はもうただの修羅場だね」  そう言いながら、堂本くんはどんなことを答えたんだろうと考えた。  そのうち別れてしまうのだろうか。 「明日にでも大学の裏門とかでやりやいそうだよ」  言葉には出さなかったけれど、ハルは疑問の答えを言ってくれた。  次の日、ハルの予想が的中することになる。  大学の講義を終わり。久しぶりに一人で自宅に帰ろうと、珍しく裏門を通ろうとした。  大学に裏門はいくつかあるが、その場所は門と言うよりは道で、どちらかと言うと抜け道と呼んだ方がしっくりとする場所だった。  その抜け道に、美人な彼女さんに頬を叩かれている堂本くんがいた。 「もうアンタなんて嫌いよ!」  そう言う彼女さんは涙を浮かべていたけれど、それでも綺麗さが感じられた。 「こっちこそ願い下げだよ!くそが!」  堂本くんは、そう吐き捨てた。 「もう別れよう。終わりだ」  堂本くんが最後に付け足したように、別れの言葉を告げ、修羅場が終わる。  彼らが居なくなった後、私は探しものをしてみた。  予想通り、そこには恋が落ちていた。終わった恋。失恋という言葉はこの綺麗なガラス玉を心から失うことなのかもしれない。  辺りを見回しても、恋は一つしかないので、たぶん彼女さんの方は嫌いになりきれてないのだろう。  透かしてみると堂本くんの恋が見えた。  それはキラキラしていて、幸せを滲ませている。  私がうっとりとしていると、不意に誰かが寄ってきた。 「久しぶり」  そう声を掛けてきたのは、一年ほど前に付き合っていた剛だった。  数日後、私はハルと別れた。  理由は簡単だ。  剛と寄りを戻すことにしたから。  そもそも人に恋をしたことの無い私は、別れの痛みも、はっきりとは分からない。  ハルには悪いけれど仕方無い。  ハルは最後には泣いてくれた。ちゃんと、はっきりと私を諦めてくれた。  私は自宅で、瓶詰めにそれを入れていく。 「これは一年前の剛のぶん」  黄い雷みたいな、そんな恋。 「これは堂本くんのぶん」  赤い炎みたいな、そんな恋。 「そして、これが───」  青い空みたいな、そんな恋。 「ハルのぶん」  それを掲げて思う。 「ふふっ。やっぱりきれいだなぁ」  恋を見てうっとりする。  ハルの言葉を思い出す。軸がある、と。私に軸があるとすれば「これ」だ。  私は、恋の収集家。そして、恋の菜園家。  恋を育て、収穫し、保存する。  瓶いっぱいのそれを、まとめて透かし見て、今日も恋は良いものだなって思った。
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