「神様、お願い!」(3/4)

1/1
前へ
/4ページ
次へ

「神様、お願い!」(3/4)

「心が折れました」  と言って、しょんぼり歩いていく芹沢の後ろ姿を見るのは辛かった。あまりにかわいそうだったので、珈彩館でのコーヒーはおごってやった。だけどよく考えたら、占ってやった方がコーヒーおごるは違うよなぁ、と、そう気付いたのは、僕が家に帰って風呂に入っている時だった。  次の週。学校にて。  芹沢がちょいちょい、と手を振る。今回は芹沢本人のではなく、とある女の子が占ってほしい、との、ことのようだ。違うクラスの人からご指名があるのは初めてだ。 「藤村サマの、当たる占いのご威光は、とうとう隣のクラスにまで及びましたなぁ」  と、芹沢は笑う。芹沢に関しては、それほどガッツリ落ち込んでるふうにも見えないし、相変わらず昼もよく食べているし、おそらく大丈夫だろう。  それはさておき、隣のクラスの子をどこで占おう。こっちに来てもらっても僕が向こうに行っても明らかに気まずい。 「廃部になった映画部の鍵なら、借りられそうだぞ。内緒だけどな」  と芹沢は言う。芹沢が、僕の占いのマネジメントじみたことをしているのは、こういう謎の人脈だったり、話しかけやすさだったり、そういう人柄によるところが大きい。使っていない前提の部室だから、それほど長くは使えないけど、占いの15分程度だったら、まあ平気だろう。俺がそれとなく、廊下をうろうろして門番してやるから、とのこと。  放課後、先に映画部の部屋に僕が入って、机と椅子を動かして、トランプを取り出してシャッフルしていた。程なく引き戸がゆっくり開いて、芹沢に促されて女の子が入ってくる。顔は知っているけど名前は知らない。僕は立って、藤村です。と挨拶すると、あ、相澤です、と、その女の子もぎこちなく挨拶をした。その様子を見て、芹沢がそっと扉を閉める。  今日は占いに? と聞くと、ひとつはそうです。と相澤さんは答えた。ひとつは、がちょっと気になったが、恋の占いっぽいね。と聞いてみる。そうなんです。分かるんですね。と相澤さんは答える。だいたいで僕は聞いているのだけど、それが少しでも当たると、「全部が当たる」と、人はどうも思い込んでしまう存在のようだ。 「告白をしたいと思って」  あれ、少し前に聞いた感じ。さすがにこの場で、よし、頑張れとか、突き放す訳にもいかないので、カードをシャッフルしながら、無言なのも何なので、その人の誕生日とか分かりますか? と聞いてみる。 「2月14日、バレンタインの日と聞きました」  あれ? これもちょっと前に聞いた感じ。  カードを一枚、左側に置いて、その人は、同じ学年の人かな? と聞いてみる。相澤さんは、はい。と答える。  その隣にカードを一枚。同じ学校の人? と聞くと、相澤さんは、はい、と。  最後に右側にカードを置いて、もしかして、クラスは違う人? と聞くと、相澤さんはだいぶん驚いた顔をして、はい、そうなんです。そういうふうにカードが出ているのですか? と聞いてくる。  カードに関して言うと、全く意味を持っていない。質問のタイミングに合わせて、カードを並べただけだ。とは言え、上から引いた右側のハートの1は、恋愛が今から始まる、という点では、最高のカードだ。 「出ているカードは素晴らしくいい感じなんだけど、もしこの占いで、悪い結果だったら、あきらめていた?」  そう聞くと、相澤さんは、一瞬考えた後、 「いえ、どういう結果でも、勇気を持って告白してみるつもりでした」  そうしたら、僕は背中を押してやるだけだ。スペードだけ13枚、集めてカードを切りながら、僕は相澤さんに言う。 「相澤さんがそういう気持ちなら、自分でカード開いてみるのがいいよ。エースが最高、13番、キングが最悪ってことで」  僕はそう言って、相澤さんに示したエースを真ん中に入れて、軽くシャッフルする。  クラスが違う相澤さんは知る由もないので仕方ないとして、みんな忘れていることがある。恐らく、今これを読んでいるあなたもきっと忘れている。僕がトランプを持っているのは、本来は占いのためじゃない。手品をするためだ。  アンビシャスカード、カードを真ん中に差し込む振りをして、実は上から2枚目に差し込むテクニック。場所さえ知っていれば、簡単なシャッフルで、目的のカードを一番上に持ってくるなんてお手の物だ。  そう仕込んだスペードの束を、相澤さんの前に差し出す。  相澤さんは、カードを引くのに手を伸ばしかけて、そして「神様、お願い!」と呟いて、一枚目のカードをめくった。めくったカードを見て、驚いたような、ちょっと泣き出しそうな、そういう表情をしている。  僕の方は、まさかそんな呟きが出てくるなんて予想もしていなかったので、内心、すごくドキドキしていた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加